ESPAS
四
聖司と藍が勤める支部が置かれているビルは当然組織の物だ。その中で支部として利用されているのが四階と五階である。四階は待機フロア、ここで情報を得て構成員は仕事に出る。五階は訓練フロア、完全防音設備完備の射撃練習場と、頑丈な板で出来た床と壁が自慢の格闘技場になっている。射撃場は訓練設備であるのと同時に銃器の置き場も兼ねていた。
聖司と藍は、格闘技室の方にいた。二人とも頭にヘッドセットを付けグローブをはめている。聖司はスーツのままで上着を脱いだだけだ、眼鏡は外してスーツと共にある。それに比べて藍はTシャツという動き易い格好であった。向かい合ってファイティングポーズをとる、部屋に設置されたタイマー付きのゴングが鳴った。
藍が猛然とダッシュして渾身のストレートを放つが聖司は難なく避ける、かすりもしない余裕の回避運動だった。この格闘技場は板張りで当然ロープなんて無いから動き放題だ、隅まで追い詰められればそれまでだが。
藍は果敢に攻めて聖司を押しているように見えるが聖司は円を描く様に移動しているので一方的に攻められても追い詰められている訳ではない。
最初の内はこんな事が続き、藍が攻撃し聖司がそれを避ける光景が何回も繰り返された。やがて藍が攻撃をやめて間合いを取る。ヘッドセットの端からはみ出る髪の毛に汗が滴を作っていた。その藍の体が先程より速く聖司の前に移動する、繰り出された拳も速く聖司のヘッドセットを掠めていった。しかし今度は聖司も反撃する、聖司の顔面を掠めて抜けていった藍の拳と交差する様に自分の拳を突き出す。だがこの拳は難なくかわされ、勢いで体が宙に泳ぐ。体を半身引いて避けていた藍の体が回転して聖司の後頭部に後ろ回し蹴りを打ち込む、その攻撃を今までの経験から知っていた聖司は頭を下げながら交代して蹴りの軌道から自分を離れさせる。思ったより早かった足がヘッドセットを小さな音と共に擦る。
「能力を使うな」
聖司は言いながら追撃の上段蹴りを後退して避ける。藍は無言で迫ってきた。聖司も能力を使う事にする。藍の視線を正面から受け止めて、次の瞬間には精神に侵入している。目の前まで迫った藍がサイコキネシスを我が身に作用させて筋力を上げたパンチを突き出すが聖司にはそれがどこを狙った物か、意図は何かはっきり分かっているので余裕綽々で受けることが出来る。高速のパンチを片手で払いながらもう一方の手で渾身の一撃をお見舞いしてやる、さすがに本気で女性を殴るのはまずいのでヘッドセットを思い切り擦ってやった。
「もっと速くしないと当たらないぞ」
聖司は挑発するがそれは藍に良い効果をもたらすはずが無い、精神的にも肉体的にもだ。
サイコキネシスを体に作用させて筋力は上がっても肉体はそのままなのだ、当然肉体には限界に近い負担がかかる。それを負けず嫌いの藍が自制するはずも無かった。
明らかに先程より速く重い拳が飛んでくる。腕で払うのは無理なのでその全ての軌道を読み避けていく。藍の全ての攻撃が聖司のぎりぎりを抜けていくのは聖司が意図的にそうしているからだ、藍の思考を読んで行動しているのだから拳が突き出される前にどこに来るか分かってしまう。
藍の拳が風を切り、それを先読みする聖司が回避していく。そんな状態が続いている内に藍がキレた。聖司が気付いても何かする間もなくサイコキネシスが体外に向かって発動する。聖司の動きが止まった、サイコキネシスの見えない手がその体を掴んだのだ。藍の精神に侵入している聖司はそのサイコキネシスの力を解除する。体が動くようになった時には藍の拳が眼前だった。下から振り上げたアッパーカットを藍の腕に打ち込み藍の攻撃を逸らす。とっさの行動にしては良く出来ていたが次の攻撃は止められない、藍のもう片方の腕がさらに突き込まれる。
聖司の姿が藍の視界から消えた、そしてその視界が急に移動すると背中に強い衝撃を受け息が詰まるのと同時にはっきりした視界が天井を映す。聖司が攻撃を避けながらしゃがみ、足払いをしたのだ。攻撃に集中していた藍は反応できずあっさりと足を払われた。
「あ〜あ」
上から見下ろす聖司を見ながら藍がヘッドセットを外す。それは止めの合図だった、聖司もヘッドセットを外す。
「テレパスは卑怯だと思うな」
「サイコキネシス使う奴が言うな。こっちは命が賭かっているんだぞ」
藍が最後に放った二発の攻撃は確実に全力だった。当たればヘッドセットをつけていてもいなくても関係なかっただろう、鼻が潰れて前歯が抜ける。そして体は宙を舞い背後の壁に打ち付けられる。
「それにしても、よく我慢したな」
「……まあね」
藍は苦々しく答えた。聖司の動きをサイコキネシスで拘束した時、拘束しないで他の事をすることも出来た。聖司の体を吹き飛ばすとか。
「いつかしっかりと実力で勝つんだから」
「楽しみにしているよ」
聖司は言って笑ってみせる、藍が膨れ面をして見せた。聖司と藍では射撃、格闘どちらも聖司の方が上だ。それは男と女の差でもある。そしてこの実力の差が今までの戦果に影響してランクに差をもたらしていた。
二人が外したグローブとヘッドセットを指定の置き場所へ返していると湯村夏樹が後ろに現れた。その姿は何の前触れもなく現れたがそれは驚くに値しない事だ、彼はテレポーターだ。
「どっちが勝った?」
「当然俺です」
聖司が答えるとその後ろの藍が舌を出した。
「何かあったみたいですね」
「ちょっとな、下に来てくれ」
三人は四階に降りる、入る時のチェックで時間を取られた。
「早かったな、どっちが勝った?」
訊いてきたのは部屋の奥にあるデスクを使っている部長、内藤和正。最近肥満気味の体に磨きがかかり明らかに肥満になっている。丸い眼鏡の奥で優しい光を湛えた瞳があった。
「聖司が勝ちました〜」
適当な口調で藍が言って自分の席に腰掛ける。その向かいの席の聖司も席に付いた。藍の様子に苦笑している湯村夏樹のペア、荒木智が夏樹に椅子を差し出した。
和正がリモコンをいじると天井からスクリーンが出てくる。そしてパソコンのキーボードを叩く音が響いてそのスクリーンに一枚の写真が映し出された。
「何ですか、これ」
藍が言う。映し出された写真は何の変哲も無い港の写真だ。平和な風景があった。
「この近所の港でなにも無い所なんだが、隣りの隣りの支部の連中が警察に協力したそうだ」
警察に協力する事についてはなにも制限は無い。
「それで、何に協力したんですか?」
智が聞くと和正は間を置いた。
「銃器、麻薬の密輸、密売の摘発」
全員が小さく息を呑んだ。
「それで?」
夏樹が先を促す。
「まあ、結果から言うと銃器がごろごろ見つかり麻薬は見つからなかった」
写真が変わり青いシートの上に置かれた大量の銃器が映った。
「戦争が出来そうですね」
「面白いのは対戦車ロケットミサイルと手榴弾、位かな。拳銃よりマシンガンとかの方が多い」
「見れば分かります」
聖司が冷ややかに言うと、喋っていた和正がしかめっ面をして夏樹と智、藍は苦笑した。
「それで、本題は何です?」
細い楕円の眼鏡の奥に光る鋭い目で和正を一瞥する聖司。
「その時捕まった密輸業者が幾人かいるんだが、その中に手配中の能力者がいた」
「よく手配中だと分かったな」
夏樹が呟く。
「真面目君がいたんでしょ」
藍が一言で片付けた。
「その能力者が何か?」
智が詳しく訊いたのは手配中の能力者が裏の世界に入るのは珍しくないからだ。
「この能力者なんだが―――」
写真が変わり、銃が並んだ風景が一変して一人の男に変わった。
「実は業者ではなく、その取引相手として捕まったんだ」
「どういう事ですか?」
「こいつは銃を買おうとしていた、ここにあるもの全て」
写真が銃の写真に戻る。
「この男の能力って腕を増やす能力?」
夏樹が軽口を言う。
「ただのパイロキネシストだ」
「銃は彼一人が使う者では無い、仲介人かどこかの組織の人間?」
「正解」
聖司の推測に和正がそう言って拍手をした。
「この前から話題にしている超能力者に関する新聞広告、あれを出している人間の手先のようなんだ」
「うわ、危険思想が絡んでるっぽい匂いがする」
藍が心底嫌そうに言った。
「二人とも冴えてるな。その超能力者を集めている男が超能力者を新人類だといって旧人類である、まあ常人を殺そうと考えているらしいんだ」
「それを止めろと」
夏樹が言うと和正が頷く。
「でも港は隣りの隣りの管轄でしょ」
「運が悪い事に敵は我々の管轄にいるんだ」
その場の全員――和正を含めた全員――が溜息を付いた。
「ウチだけで処理するから総出の作業になる」
「銃器の使用許可は?」
「ばっちり下りてる、好きなだけ使ってくれ」
夏樹が自分の引き出しを開けてすぐに銃を取り出した。
「使用可能なのは拳銃だけだ、閃光弾も手榴弾も使用不可」
「敵が使った場合は?」
「自分達の命を考えて行動すればいい。一般人が巻き込まれないように気を使え」
智がもう一度溜息をついた。
「敵戦力は不明ですね?」
「銃器の所持は考えておけ、それと相手は超能力者だ」
これを聞いて全員が黙った。
「また今夜招集をかける、明日の零時決行でいいな?」
「了解」
四つの声が重なった、含まれる感情はバラバラだが。