ESPAS
六
二階にある部屋の数は三部屋。まず一番奥の部屋の前に移動する。ドアの左右に分かれて中の様子を伺う。そして智がドアノブを捻って押した。開いたドアと入れ替わるように銃弾の雨が飛び出してくる。入り口の前の壁が銃弾によって蜂の巣になり剥落していく。
藍と智がサイコキネシスでフィールドを張ろうとしたがそれは夏樹によって止められる。そしてその視線が左右に分かれている聖司と慶に移動する、二人は持っていた拳銃とは違う、別の拳銃を取り出す。その拳銃には組織の作った特殊弾丸ではなく普通の鉛玉が入っている。
二人は入り口の中の様子を顔だけ出して見る。中には三人、全員がマシンガンを向けていて傍らの机の上にいくつもマガジンが置かれている。
「出来るか?」
無線機を通じて連続する轟音の中でも全員に慶の声が届く。聖司はその声に頷く。
「やりましょう」
二人は壁に向けて銃を構えた。白く塗られていたコンクリートの壁はそのほとんどが剥げ落ちて灰色を晒している。そのでこぼこの壁の中で唯一破壊の前を残している場所があった、壁に取り付けられて金属製の標識だ。今銃撃を行っている部屋の名前だろうがすでに読めないほど凹んでいた。
藍が能力で天井の蛍光灯のさらに上にあり、その光を拡散させている金属板を引きちぎる。蛍光灯が二つ割れたので廊下の光量が落ちる。金属板は聖司と慶の前に差し出された。
その板に向かって二人は銃弾を撃ち込んだ。二つの銃弾は金属の板を直撃、そのまま跳ね返る標識でもう一度跳ね、部屋の中に消えていった。聖司と慶は続けて何発も銃弾を板に当てて跳弾に変えた。それはすべてが部屋の中には入っていき、その度にうめき声が上がった。やがて銃撃が止み六人の内三人が中に入った。聖司と慶、智が入った。
部屋の中では三人の男が小さな血溜まりの中に倒れていて、うめいていた。その三人に慶が容赦なく銃弾を浴びせる。銃弾は能力を消す薬を内蔵したもので当てる場所も人道的に肩か二の腕だった。
「仲間の数を訊いておくか?」
慶がそういって背後の二人を振り返るが二人とも首を振った。男達三人はしばらく激痛の中に置いてきぼりを喰らった。
三人が中から出てくると外では三人が待っていた、しかしそれを見計らったかのように
隣の部屋のドアが開き何かが飛び出してきた。小型のそれは濃い緑色で卵形の物体だった、手榴弾だ。
藍と智が無言で能力を発動、藍が先に手を伸ばして手榴弾を止めるとその上に智が半球体のフィールドを張った。そしてすぐに爆発、相手はピンを抜いてからかなり辛抱したようだ。しかし爆発のエネルギーはフィールドの中に閉じ込められ、逃げ場を求めたエネルギーが集中した床の一部が崩壊するだけに終わる。
そして爆発の時には奈々と夏樹、聖司が飛び出しその部屋に特攻を掛けていた。打ち合わせなしのぶっつけ本番の作戦。
まず奈々が飛び出して能力を開放、しかし狙いを定めないので壁や床に氷の粒が生まれていく。その時、部屋にいた五人の男の内一人が手から銃を落とした。
そこに走りこんできた夏樹が四つの銃口に狙われる奈々の肩に手を置き、二人が消えた。夏樹がテレポートの能力で瞬間移動したのだ。標的が消えてうろたえる五人の男の前に最後に走りこんできた聖司が映る。彼は両手に銃を持って男たちに向けていた。
しかし銃撃が始まる前に、二人の男が糸が切れた操り人形のように倒れる。その原因は聖司の眼を見たからだ。テレパスの能力を使った精神攻撃、本気で使えば人間を一瞬で植物状態にすることも出来る危険な能力だ。
銃撃が始まれば残った三人に銃弾を撃ち込むことなど軽い、しかしそれは能力を消せるのであって銃を落とさせるわけではない。三人のうち一人は両肩に銃撃を受けた後、ダメ押しで腿を撃たれたので立つ事も出来ないが残り二人は片方の肩を打ち抜かれただけだった。二人ともサブマシンガンの肩当を引き出して当てていたので片方の肩しか狙えなかったのだ。それならすぐに足を撃てばよかったのだがそうする時間はない、二つの銃口は大きくぶれながらも聖司を狙っていた、連射されれば距離が近いので撃ち方がどんなに下手でも持ち主がどんな状態でも当たるだろう。
しかし、サブマシンガンの銃口が火を噴くことはなかった。聖司ではない別の誰かが部屋の中から男達を打ち倒したのだ。三人の男たちが倒れたのを確認して聖司と一緒に部屋の中で立っている人、湯村夏樹は銃口から上る硝煙を吹いていた。
「うまくいったな」
そういって拳を突き出してくる夏樹、その拳に聖司は自分の拳をぶつけた。部屋の入り口にほかの四人が集まる。
「最後の部屋に行こう」
慶が言って先を歩いた、そして六人は最後の部屋のドアを開ける。中には二つの人影があった。一人は男もう一人は女、男の腕が女の首に回っている。
「私は運がいいな」
男はそういって手の中の拳銃の銃口を締め上げている女のこめかみに突きつけた。
「さあ、能力を使え」
女の体は遠くから見てもわかるほど震えている。
「やれ!」
男が怒鳴ると同時に慶が持っていた銃の引き金を引いた。放たれた銃弾は窓を直撃して穴を開けた。男と女の姿はない。
「テレポートしたか」
慶が悔しそうにいって二人がいた所に立つ。
「聖司、追跡できるか?」
「テレパスには無理です、シンパスならどうにかなるかもしれませんが」
聖司が首を振って答える。
「細野さんか」
「呼んだか?」
声は全員の予想しないところから聞こえた。階段を上がってきた人影が二つある。一人はタバコを咥えた男、もう一人は茶色っぽい髪の女だ。細野秀明と木村佳奈子である。
「どうしたの?」
マイペースに聞いてきた佳奈子に聖司が答える。
「親玉に逃げられて」
「だから細野さんの出番なのか」
加奈子は納得したようだったが秀明は無言で部屋の中に入った。
「どこら辺だ?」
「ここです」
慶が指したのは寸前まで二人がいた所だ。秀明はそこに膝をつくと、床に手を置いた。彼の能力はシンパシー、他人の感情を読み取ったり残留思念を感知する能力だ。
床に置かれた英明の手が能力発動と同時に青い光に包まれる、淡い青だ。秀明は目を閉じて何かを探るような気配を発していた。やがて手の光が消える。立ち上がった秀明は煙を一回吸った。
「行った所が分かった。木村、リンクしろ」
それに答えて加奈子が秀明の肩に手を置く。そして彼女が目を閉じるとその場の全員が心に何かが混じる感触を覚えた。聖司は佳奈子と同じテレパスなので無意識にそれを防いでしまう。
「桂木さん、別に何もしませんよ」
目を閉じたまま佳奈子がくすくすと笑った。聖司は口をへの字に曲げながら防御を解いた。心の中にイメージが浮かぶ、どこかで見た光景だ。
「これが行った場所?」
「そうだ」
秀明はなんともないようにタバコを吹かしていた。そして一言だけ口にする。
「聖司と藍が行くのがいいだろう、夏樹が連れて行け」
「どうして?」
奈々が反論する。
「二人は場所を知っているし能力的にバランスが取れている」
聖司は藍を見る。聖司の能力がテレパス、藍の能力がサイコキネシス。力が距離に左右されないので制圧戦には向いている、確かに秀明が言ったことは正しい。
「じゃあ急ぐぞ」
夏樹が早々と二人の後ろに周り肩に手を置いた。そして藍が目を閉じ、聖司は目を開けていたので世界が変わる様を目撃する。
テレポートの能力は能力者の世界の時間を固定する。正確には能力の発動時に世界の時間が止まるのだ。そして色がなくなり全体的にセピア色になる、この光景を見ると気分を悪くする者もいる、藍がそうだが聖司は全く平気だった。
聖司は自分の体が浮くのを感じる、隣りの藍や後ろの夏樹も飛んでいるのだろう。この世界では夏樹だけが自由に動ける、夏樹の意思で空を飛んでいるのだ。
三人はやがて一軒のビルの合間に埋もれた建物の前に移動する。そしてその中に滑り込んだ。
床に着地して、視界が一瞬で色を取り戻す。体が軽くなる感覚がした。
「後は任せた。何かあったら呼んでくれ」
夏樹はそれだけ言って消えた。
「いくぞ」
聖司は言って銃を取り出すとマガジンを交換した。藍もその隣りで残弾を数えた。二人は二階にテレポートしたので目に付くドアは一つしかない。それを開け、狭い部屋に入るとそこに人間がいた。一つは立ち、一つは倒れている。倒れているのは女、体の下に大きな赤い水溜りがあった。
「殺したのか!」
聖司が怒鳴ると立っている男が振り返った。
「焼いた方が良かったか?」
男の壊れた笑みを浮かべる顔の中にあって一際異質な歪み方をした口が言葉を紡ぐ。そして男が伸ばした腕の先で掌が開き聖司に向けられる。掌から一つ、炎の玉が飛び出した。
聖司はその炎の玉を手で持って打ち振ったコートの裾で叩き落す。男が連射するがどれも遅いのでコートの動きが十分に間に合う。全ての炎を叩き落したコートは小さな炎を宿すだけで振られるとそれも消え失せた。
「何故燃えない!」
男が怒号しながらさらに炎の玉を撃つ。
「このコートは特製で耐火耐熱使用だ」
聖司が冷静に返答してさらにコートで炎を落とす。
「俺は新しい種だ、誰よりも強い、誰よりも優れているんだ!」
聖司は無言で銃を上げる。するとコートを捌けなくなるが変わりに体の側面を男に向けた。炎の玉と交差する様に銃を連射する。
炎の玉が聖司の脇腹に当たるがコートに止められる、銃弾は男の肩や腕、腹部に刺さりその度に赤い花を一瞬だけ咲かせた。
「くそ!」
男が炎の勢いを増していく。聖司はその間に弾倉の中身を全て男の体に打ち込んだ。最後の頃には男は立つ事もままならなくなり壁に身を預けるようにしていた。そして掌だけは聖司に向けられているがその掌に炎は現れない。薬が効いてきたので能力がなくなったのだ。
「なんで、炎が出ない」
「あんたは終わりだ。自分達を特別だなんて思った時に終わってたんだ」
聖司はそう言って男に近づく。男の瞳は生気が感じられず何をするでもなく聖司を見上げていた。
「償える物では無いが罪を償え、償ってもらう」
聖司はそう言ってしゃがむと男の首筋に手刀を打ち込む。男はぐったりとして動かなくなった。