あなたは愛されている!

『ありのままを生きる』



この書籍のいいところは、
著者のキリスト者としての実体験をかいていることです。
著者はいつしか、
ありのままの自分を生きることに気がつきます。
様々なことで心配し、
悩み、何ができるかできないか、友達といつも比べたりしています。

本当に、忙しい毎日ですよね。
学生さんは、必死に勉強して、
友達と競い合います。
もちろんすばらしいことですが、
勉強は楽しくないと、苦痛ですよね。

最近ではいじめが蔓延し、
いじめを苦に自殺していく子供が、後をたちません。

どこから手をつければよいのか、
実は、私たちはわからなくなってきているのではないでしょうか?
そんなときにこの書籍をぜひお勧めします。


(★参考にしている書籍はこちらです
『ありのままを生きる』 (Forest books)amazon)

以下、少しお借りして、引用いたします。
自分は一体どこからきたのだろう。
命の源はどこかという問題である。
誰しも一度は考える。
素朴な疑問だが、 答えはそう簡単ではない。
そして、もし子供たちがこの質問をしたら、
私たちはきちんと答えられるだろうか。
大抵の場合、戸惑って
「余計なことは考えないで勉強しなさい」とか、
「それより宿題は大丈夫なの?」と
苦し紛れに現実に引き戻し、それ以上は触れないですごしてしまう。
そのときは、なんとなくそれで済んだように
思うが、子供のこころには、心配の火種が残る。
やがて、自分の存在に不安を感じ始め、ありのままの自分を生きられなくなると、
神経症や鬱状態といった、思いもかけぬ方向へ火種は発展しかねない。
なんとかこの問題に答えは出せないのだろうか。

聖書はこんなふうに言う。
「わたしは、あなたを体内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、
あなたを生別し、あなたを国々への預言者と定めていた」(エレミヤ書1章5節)と。
つまり、私たちは母の胎に宿る前から
すでに選ばれているのだ。
また、「神は私たちを世界の基のおかれる前から彼にあって選び、
御前で聖く、傷のない者にしよう
とされました」(エペソ人への手紙1章4節)ともあり、
天地創造の前からすでに選ばれていることが記されている。

このように見てくると、私たちは偶然でもなければ、
進化の結果、生まれてきたのでもない。
神の深い愛につつまれ、
選ばれ、
尊ばれ、
今ここにこうして生かされているのである。
このことが少しでも分かれば、いたずに自分を人と比べたり、
卑下することなく、
誇りをもって、
ありのままの自分を受け入れられるようになるのではないか。

もうだいぶ前のことになるが、
母校の高等学校で講演させてもらったことがある。
演題は確か、
「ありのままのあなたでいい」のような内容であったと記憶している。
高校時代の思い出話などをした後、本論に入り、
みんなそれぞれ神様から尊い命を頂いているのだから、
自分らしい人生を生きればいい。
ありのままの自分でいい
」というくだりにくると、
前の方の女子高生が一人、また一人となき始めた。
それにつられて、こちらまで胸が熱くなり一瞬ことば
に詰まったが、さらに
勉強できようが、できまいが、就職しようが、
進学しようが、スポーツできようが、
できまいが、歌が上手であろうが、
なかろうが、容姿がよかろうが、
そうであろうが、
そんなことは問題ではない。
あなたの真の価値、命の重みは変わらない
」と続けた。

講演後、目を真っ赤に泣きはらした女子生徒がやってきて、
こう語った。そのことばが今も忘れられない。
「私はこれまで17年間、
そのままでいい』といわれたことは一度もなかった。
今日初めて先生に言われた。
いつも周りの人からは、
『ここが駄目、あそこが駄目』
『こうしなければ、ああしなければ』といわれ、
本当に自分は駄目な人間だと思っていた」と言って、辺りかまわず泣いた。
よほど辛かったのだろう。
そして、同時に古い自分から開放され、すばらしい笑顔に戻った。