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赦されている私私たちは、何者なのでしょうか?ときどき、 罪責感を感じてすこじている方と出会います。 なんとなく自分は、 他人に対して悪いことをしている。 自分を責めてしまう。 聖書では、イエス・キリストを救い主と信ずるならば、 あなたの罪は赦される、と書いてあります。 人は赦される、というのです。 それは、 神と神として認める、ということです。 リックウォレン牧師は人の平安を破壊する原因を「罪悪感」として、説明しています。 「罪責感があると、過去の出来事に捕らわれ、追い立てられているように感じます。 誰かに知られたらどうしよう、この秘密がばれたらどうしようと心配して、 心が落ち着かないのです。」 『人生を変える力―実り豊かな人生の秘訣 それとは逆なのが、 自分が神様になる、という生活態度です。 具体的には 自分を神のようにして、 他人や自分のすべてのことをコントロールしようとします。 他人にあくせくしたり、? 他人にイライラしたり、 なにもかも自分の思い通りにしたいという 欲望でもし困っているのならば、 もう 演技するのをやめることを、おすすめします。 妻に対し 夫に対し 子供に対し 理想の相手のおしつけるのではなく、 「今のあなたでよかった」と感謝するときに、 一日は変わっていきます。 対立の毎日よりも、 ゆるしあう毎日、 助け合う毎日のほうが ずっとすばらしいのはわかっているのに、 私たちは対立してしまいます。 これは、人のもつ性質であり、誰もかも自分が一番でありたい、 神でありたいという、間違った誘惑にあります。 神の赦しを知りたい。 聖書の言葉から考えて生きます。 私がまず考えたいのは、イエス・キリストの言葉です。 イエスはこれを聞いて言われた。 「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。 わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」 (マルコによる福音書2章17節) 私たちは、自分がよい人でないと救われないと勘違いします。 もっとましになってから、教会に行きますとか、 人として成長してから、といいます。 しかし、イエス様はそうではありません。 ・なんらかの問題を抱えていた人と出会っていた。 ・子供たちを大切にした。 ・宗教的に、差別されていた人、罪びととよばれている人に近づいた。 イエス様にとって大切なのは、一人ひとりでした。 私たちは、問題があったならば、 自分を失格だとみなします。 イエス様はそうではありませんでした。 たとえ問題を抱えていたとしても、神の救いは近くにあること、 神の恵みはあなたにあることを、教えてくださいました。 私たちは、 時代に翻弄されてその人のもつ命の価値は、 その人がいる、ということだけで大切であり、 神様にとって、どれほど大切な存在とされているのか、忘れることがあります。 様々なことをまず傍らにおいて、みてください。 学歴も忘れてください。 そして、 自分と神様との関係の中でじっくり考えてみてください 向きをかえて(悔い改めをし)、神様のところに かえりましょう。 どうぞ、聖書を手にとって、 イエス・キリストを信ずるならば自分が赦されることを、 どうぞ確かめてみてください。 神様に赦される自分を、発見するでしょう。 「お互いに親切にし、心の優しい人となり、 |