赤き乙女白い妖怪

「どういうおつもりですかっ!?」
 人気のない一組教室に少女の声が響く。
 白い着物と赤い袴を着たその少女が、白い服を着た男に詰め寄っていた。
「わたくしの見ていない隙に、他の女性に話しかけるなんてあんまりです!それも、わたくしの手作り弁当を上げておしまいになるなんて!」
 状況は男に不利のようだ。しかし彼は彼女の言葉が耳に入らないかのように、妙な踊りを続けている。
「フフフフ〜ン」
「聞いてらっしゃるんですか、裕様!」
 壬生屋の瞳には、怒りと共に涙が溢れていた。
 ――何故わたくしはこのような殿方と交際しているのでしょう・・・。
 もっともな疑問である。
 しかし、岩田を屋上に呼びだしたのは壬生屋の方であったのだから、その疑問は自分の胸に聞いてみた方が早いのだが。
「・・・わたくしと付き合うのが、そんなにお嫌ですか?」
 ――わたくしは、あの女性よりも魅力がないのですか?
 そう聞いてみたい衝動にかられる。
 壬生屋は、自分を無視して踊り続ける岩田を見て無性に哀しくなった。
 空いていた二号機に岩田が異動してきたのが、3月の中頃。
 既に恋人になっていた速水と芝村を見るのが辛かった壬生屋。
 岩田にパイロットの仕事を教えるという名目を盾に、速水からの訓練の誘いを断り続けた。
 そして。

 * 二週間前 *

 轟音鳴り響くハンガー。その二階。
 壬生屋と岩田が一緒に仕事をしている。
「今日はこのへんで終わりませんか?」
「フフフ、イイ具合に仕上がりましたね」
 労働の後の心地よい疲れ。二人は『共に何かを成し遂げた』という連帯感で繋がっていた。二人とも無意識に微笑み合う。と、そこへ。
「壬生屋さん、仕事終わった?」
 ぽややんとした笑顔を見せながら、速水が声を掛けた。一瞬にして硬直する壬生屋。
「良かったら、体力の訓練しない?」
 壬生屋が目を伏せる。彼の恋人である芝村の逆恨みが怖かったのではない。ただ、自分の気持ちが怖かったのだ。
 恋人のいる速水に惹かれ続ける自分が、浅ましくて嫌いだった。
「あ、あの・・・」
 断りたい思いと、素直な喜びの間で煩悶する。どう答えていいか判らなかった。
 不意に、二人の会話を聞いていた岩田が口を挟んだ。
「残念ながら、先約です」
 そう言うと、岩田は壬生屋の手を取ると強引に引っ張った。
「えっ」
 あっという間にハンガーの外、指揮車の前まで引きずり出されていた。
 既に仕事をしている人間の姿もなく、静まり返っている。
 岩田は掴んだままの壬生屋の手を離すと背を向け、そのままフラフラ歩き出した。
「岩田くん、どうして・・・」
「嫌なら、断ればいいんです。あなたは彼に優しすぎる」
 思いがけない言葉に、壬生屋はかっとなった。
「や、優しい事のどこがいけないんですか!」
 岩田は振り返り、壬生屋の目をじっと見た。
「あなたが苦しんでいる様子を見るのは、つらいですから」
「な、何を・・・」
「見ていれば判ります。あなたは芝村さんと替わりたい。違いますか?」
 見抜かれている。
 ――たった数日の間に、この男はわたくしの欲望に勘づいたのだ。
 さっきとは別の意味で、かっとなる壬生屋。恥ずかしくて堪らない。
「いけない事だと判っていても・・・止められない事もあるんです」
 消え入りそうな声。それを聞いて岩田は困ったように上空を見上げた。
「・・・予定とは違いますが、いいでしょう。多分大丈夫だと思います」
 小声でそう言うと、壬生屋に話しかけた。
「フフフ、お話があります」
「え?」
「一緒に訓練でもいかがですか?」
「え、ええ。それは構いませんが・・・」
 壬生屋は唐突な話の切り替わりについていけないらしい。
「あなたの歩行分速も知りたいです。それと、仕事の事や好きな物の事も」
「は?」
 全くついていけてない。
「・・・おかしいですね。これで私とあなたの愛情度が上がるはずなのですが」
「・・・はい?」
「フフフ、つまりはそういう事です。さあ、一緒に歩いて一緒に訓練ですよ!」
 岩田はそう言ってまた壬生屋の手を掴み、歩き出した。
「えっ、あの・・・・・・・・・ええっ!?」
 ようやく岩田の言った言葉の意味が脳に浸透したらしい。
「ラランランララ〜ン、そんなに驚かれるとハズカシイです。キャ〜、ハズカシイィ」
 岩田は頬を染めて壬生屋の腕を高く上げ、くるりとその下を潜った。

 * 現在 *

「わたくしの事が嫌いなら、あの時お受けにならなければよかったのに・・・」
 痴話喧嘩はまだ続いていた。
「いいえ、それより前にわたくしに構わなければよろしかったのですわ」
 喧嘩というより壬生屋が一方的に喋っているとも言える。
「そうすれば、あなたはお好きな女性とデートもお出来になりますし、それに、それに・・・」
 堪らえるように、押し黙る。壬生屋の肩が苦しげに揺れた。
 この状況になって、岩田はようやく踊りを止めた。
「フフフ、それはゴ・カ・イ。六階の下じゃありませんよ。だって」
 そう言って岩田は手首の多目的結晶体を露出させた。そして、壬生屋の左手を掴み、強引にデータを送信する。
 壬生屋の顔が、真紅に染まった。
「ね?あなたとの事しか、考えてませんでしょう?」
 データ送信を終えた岩田が、ニッと笑って言った。
「ふ、不潔ですっ!」
 どんなネタを送られたのだろう。お得意の台詞が飛び出す。
「またまた。喜んでるク・セ・に」
 岩田がつん、と壬生屋の赤い頬をつつく。
 そのふざけた様子に壬生屋が腰の刀に手を掛けた。
「あなたは・・・わたくしをどこまで馬鹿にすれば気が済むのですか!」
 チャキッという音がして、岩田の眉間に切っ先が向けられた。
「あなたのような汚らわしい生き物は、成敗して差し上げます!」
「あぁん、恐ろしい!でもキレイ!びゅーりほーなカタナです!とってもよく見えます!」
 柳眉をつり上げ鬼しばきを構える壬生屋に岩田がへらへらと笑った。
「遺言、承知つかまつりました」
 言葉と共にすうっと振りかぶる。
「・・・マジですか?いや、あの、未央さん?落ち着いて下さい」
「問答無用です!」
 幾多の鬼の血を吸った刀が閃く。
 その瞬間。
 岩田は人間技とは思えぬ角度で体を曲げ攻撃をかわした。
 そして、懐から何かを取り出し壬生屋の目の前に突きつける。
「こ、これは?」
 驚き、凶器を降ろす壬生屋。
 壬生屋の目の前にあるもの。それは、靴下。
 ・・・ではなく、『イヤリング』だった。
「フフフ、イヤリングです、とっておいてください」
「・・・こんなもので誤魔化されると思ったら大きな間違いですっ!」
 怒り心頭に発した壬生屋が先程よりも高く刀を振りかぶった。
「あぁん、それだけじゃありませんよ。フフフ、これをつけて、今週の日曜日一緒にどこかへ行きませんか?」
 今度こそ本当に、壬生屋の動きが止まった。
「何故・・・先週は誘って下さらなかったのに・・・お付き合いを始めて最初の日曜日だから、わたくしとても楽しみにしていましたのに」
「だから、こうして提案してみました。ようやく新井木さんに教わったのでね」
 ――わたくしのために?
 壬生屋の瞳から涙が零れた。
 今日新井木と岩田が話していたのは、このためだったのだ。
「涙もイイ、スゴクイイィ!ですが、あなたには似合いすぎて困ります。さ、涙を拭いて」
 岩田がポケットを探り、発見した布きれを壬生屋に手渡した。
「有り難うございます、裕様。・・・うっ」
 壬生屋がばったりと倒れた。
「未央さん?どうしました?・・・しまった」
 ハンカチだと思って壬生屋が顔に当てた物、それを詳しく述べる必要はないだろう。

 後日楽しくデートに興じる二人を見かけた者はいた。
 だが、壬生屋が靴下に目覚めたかどうかは定かではない。

                         おわり  

 

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