「悪夢」

 滝川君が死んだ。朝のHRで本田先生が淡々と事実だけを告げる。
 私は、わけがわからなくなった。銀色の竜の話をしたのは、ほんのこの間のことだったのに。
 私は走った。唯一、理由を知っているだろう、あのひとのもとへ。
「どうしました?」
 あのひと。坂上久臣は机の上の書類から目を上げた。なんの後ろめたさも感じられない、いつも通りの声音。いつも通りの笑顔。
「あの。滝川君が・・・」
 どう言っていいかわからなかった。坂上から視線をそらす。
 私が滝川君から聞いた竜の事を話したのは、この人だけ。だから、きっとこの人は何か知っているはずだった。でも、言葉が上手く出てこない。
「ああ、その事ですか」
 坂上が立ち上がってこちらへ一歩踏み出す。思わず、体が逃げた。坂上の表情が、一瞬冷たくなった。
「・・・あなたが、思っている通りですよ」
 そう言って、彼は私の腕を掴んだ。指が手首に食い込む。
「は、離してください」
 私は、捕まれた手をふりほどこうと必死に暴れた。無性に怖かった。
「滝川は、幻獣共生派だったんですよ。あなたも知っているでしょう?共生派の末路を」
 私は驚いて坂上の顔を見つめた。目が、サングラスの奥でひやりと光る。
 滝川と幻獣共生派が頭の中で結びつきはしなかった。むしろ、絡まっていく。本能的な恐怖。私は、さらに暴れた。
「私から逃げて、何処へ行こうというのですか?言ったでしょう?私は準竜師直属だと」
 そうだった。このひとは、いや、この小隊全てが、あの芝村準竜師直属なのだ。陳情の時に見る、準竜師の冷たく光る目を思い出す。そういえば、さっきの坂上の目は、準竜師の目によく似ていた。
 どこへも、逃げられない。体から力が抜けていく。
 頽れそうになる私を坂上は抱き留めた。
「忠告しておきます。このことは、誰にも言わないほうがいい。原にも、善行にも」
 ぼうっとなった頭に、坂上の囁きがこだまする。
「言ってしまえば、私は準竜師にあなたのことを報告しなければならなくなる。あなたを、失いたくない」
 坂上の腕に力がこもる。滅多に感情を出さない彼の言葉とは思えない。こんな状況なのに私は、嬉しかった。その一方で、もう逃げられないのだと悟った。
 逃げられない。逃げたいのだろうか、私は?
 誰から?このひとから?それとも・・・。

 闇。目の前には箱。
 開けてはいけない。
 そう思っても、私の腕は誰かに操られているかのように、蓋に伸びる。
 いつか聞いた、原の言葉を思い出す。
 開けたくない。・・・が入っているから。
 何が?
 指先が、蓋に掛かる。
 駄目。
 呪縛から逃れようと、腕に思い切り力を入れる。
 その瞬間、呪縛が解けた。反動で指先にひっかかった蓋が開いて。
 滝川君。

 私は、飛び起きた。汗で体が冷え切っている。薄闇の中、私のすぐ横から声が聞こえた。
「どうしました?うなされてましたよ」
 坂上だ。見えなくても、心配そうな顔をしているのが判る。
「夢を・・・、いいえ、なんでもないです」
 膝を抱え顔を埋める私の青い髪を、坂上がなでる。
「なんでも、なんでもないの・・・」
 夢が怖くて、優しさが嬉しくて、涙が溢れた。このひとに夢のことは言えない。なぜだかそう思った。
「疲れてるんでしょう。ゆっくり休んだ方がいい」
 ひっくひっくと泣きじゃくる私を優しく寝かしつける坂上。
 どうしようもなく愛しくて怖いひと。ずっと側にいたくて、逃げ出したい。
 でも、もうこのひとから逃げられないのだ。

 悪夢。それは、今夜見た夢ではないのかもしれない。

                             END

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