「アルガナの日」

「やったか!?」
 もうもうと立つ土煙を透かすように、芝村舞は目をこらした。さっきまでその視線の先にはミノタウロスがいた。士魂号3番機の放ったミサイルによって撃破されていなければ、今もいるはずだったが。
「やった、やったよ!」
 舞の足下で速水厚志が歓喜の声を上げる。
 ミノタウロスは、消滅していた。
「150機撃破、おめでとう!」
 速水に足を引っ張られる。嬉しいようなくすぐったいような、複雑な気分だ。どう表現していいか判らなかった舞は、とりあえず、
「たわけ。まだ敵は撤退しておらぬぞ」
と、憮然とした声で言った。

 翌日の一組教室。生徒たちがざわざわと騒いでいる。
 舞と速水への勲章授与式から帰ってきたばかりだった。
 黄金剣翼突撃勲章。通称、アルガナ勲章。
 150機撃墜のエースに贈られる、軍人として――人として最高の栄誉ある勲章だ。
「150機撃墜、おめでとうございます。熊本・・・いや、九州のトップエースは間違いなさそうですね」
 善行が声を掛けてきた。
「うむ」
 舞は少し照れて答える。褒められるのには、あまり慣れていない。
 と、そこへ瀬戸口が飄々と割り込んできた。
「おっ。いまや戦車戦の名人と呼ばれているらしいじゃないか。感心したよ。そういうモテ方もあったんだな」
 舞の隣にいた速水が苦笑する。
「もう、瀬戸口はいつもそういう事ばっかりなんだから」
「俺から愛を取ったら、何にも残らないからな。ところでバンビちゃん、今度の日曜空いてる?」
「バンビちゃんはやめてってば」
「そう言うな。新市街でも行こうぜ。ナンパの仕方教えてやるからさ」
 速水と瀬戸口は笑い合いながら、教室を出ていった。
「彼らも、相変わらずですね」
 善行が呆れたように言い、次の瞬間真顔になった。
「相変わらずでいられるのは、あなたのお陰です。ありがとう。委員長として、礼を言います」
「私は私の仕事をしたまでだ」
 冷たい言葉ではある。しかし、舞にしてみれば『礼はいい』と言いたかったのであろう。その証拠に少し顔が赤くなっている。芝村語とも言えるその言葉の意味を理解した善行が、優しく見つめていた。舞は慌てて顔をそむけ、
「わ、私は少しハンガーに行くとする」
と言い残し、駆け出した。

 ハンガー。戦車兵が仕事をするいつもの場所には滝川がいた。いつの間に教室を抜け出したのか。そっと人差し指で士魂号の装甲をなぞっていた。と、舞の気配に気づいたのだろう。振り返り、ぎこちなく挨拶をした。
「よ、よう」
 思わぬ所で出くわしたとでも言いたげな顔である。
「そなたはまた訓練か?よければ、手伝うが」
と、舞。
「えっ、いや、でも・・・」
 歯切れの悪い滝川。舞が微笑む。
「かまわぬ。我らは親友ではないか」

 これより時を遡ること一ヶ月。
 舞は滝川から告白された。
 いつまでたっても戦車技能を取らない滝川に業を煮やした舞が滝川の訓練を手伝うのは当然の成り行きとも言えた。
 そして、親しくなる事も。
 晴天の下。プレハブ校舎の屋上。滝川が真っ赤になってもじもじしている。どう言おうか悩んでいるようだ。舞はと見れば、滝川が何かを言いかけてやめたり、じっとこっちを見ていたくせに視線を外したりする度に、だんだん眉間の皺が深くなってきている。
 5分ほど向き合っていたが、滝川がようやく言葉を発した。
「あ、あのさ。俺、お前に手伝ってもらうと、凄く嬉しくてさ」
「・・・」
「何か、すぐにでも技能取れそうな気がして・・・。だから、俺の側にずっといてくれないかな」
 思いの丈をぶちまける滝川。しかし。
「たわけ」
「え?」
 滝川がきょとんとした顔で聞き返す。
「たわけ、と言ったのだ。残念だが、私は言葉だけの男は嫌いだ」
 舞の言葉にぐっと唇を噛む。
「用はそれだけか。私は忙しいのだ。つまらぬ事で呼び出すな」
「あ、あはは、ごめん。いや、あのその、冗談、だよ」
「冗談だと?そなた、本当にたわけておる」
 くるりときびすを返し、階段を降りる舞。その後ろ姿を見ながら滝川は涙をこぼしそうになった。
「じょう、だん・・・なわけ、ないだろ・・・」
 ぼそりと言う。
 滝川は思った。いつか、舞を振り向かせる。今はまだ全然だめだけど、舞を追いかけて、追いついて、そして追い抜く。
 それから滝川は舞と訓練を共にすることが今まで以上に多くなった。舞の全てを吸収しようとしているようにさえ見えた。実際のところは、吸収出来たのは戦車技能ぐらいであったが。
 ともかく、かくして彼らは親友になったのである。
 
「親友、か」
 場所と時は戻って、ハンガー。滝川がうつむいて舞に答える。
「どうした?」
 怪訝な顔の舞。
「なんだかさ、お前・・・幻獣を殺すたびに、人間じゃなくなっていくみたいでさ。・・・恐ぇよ」
 俯いた滝川の口から溢れる言葉に、舞は自分の耳を疑った。
「・・・。いや、悪ィ。ただ、そう思ったんだよ。戦ってる最中・・・お前、嬉しそうに笑っているように見えた時があってさ。きっと見間違いだろうけど、それからなんだ・・・」
 辛そうに、苦しそうに滝川が言う。舞はただそれを聞いている事しかできなかった。
「・・・なにか、お前・・・いや、あんたが、敵を殺すたびに、俺なんか話にならないくらい強いことに気付かされる。俺は、幻獣より恐い人の肩を、それと知らず叩いていたのかもって・・・。その調子で殺し続けて、勲章貰いつづけて、人類最高の絢爛舞踏章を取って・・・それで・・・それで・・・あんた、一体何になるんだよ」
――スーパーエースだ。そなたも、なりたいと言っていたではないか。
 舞は、冗談めかしてそう言いたかった。だが、言えなかった。
 心底怖がっている、滝川の顔。声音。
 それが、舞の言葉を、思考を止めた。
「いや、あんたには何度も命助けてもらってる。俺だって分かってる、あんたが居なきゃ、俺はとっくに死んじまってる・・・。でもさ、なぜだか最近、あんたの近くに居ると恐いんだよ。あんたは笑うけど、次の瞬間には笑ったまま、俺を殺せる・・・って。・・・悪い・・・。怒らないでくれよ。あんたは俺達と住む世界が違うんだよ。」
 滝川は一息で言い切ってしまうと、寂しそうに笑って、言い添えた。
「やっぱ、芝村、だからかな」
 舞の呪縛が解ける。頭の中で滝川の言葉がぐるぐると回り始めた。
――こやつを、笑って殺せるのだろうか、私は。
 芝村としての理性が答える。是。
 我らは我らの敵しか殺さぬ。ゆえに、滝川が我が敵になり我らと戦うのであれば、何の躊躇いもなく殺すだろう。
 舞としての感情が答える。否。
 我がとも。我が親友。たとえその力は小さく私に及ばぬとしても、こやつの顔を見る度に胸にあふれる暖かな思いは消せないだろう。
 ふたつの思いが舞の中で蠢く。どちらを口に出せば良いのか、自分でもよくわからなかった。
「俺・・・。ごめん」
 呆然としたままの舞を置いて、滝川は逃げるように走り去っていった。



――俺、なんであんな事言っちゃったんだろう。
 ハンガーから逃げた滝川。グランド外れで鉄棒にぶら下がりながらふと思う。
 出ていく寸前に見た、魂の抜けたような舞の顔が目の前をちらついて離れない。
「くそっ!」
 体に勢いを付けて、鉄棒から手を離す。ふわりと宙に浮いたあと、見事に着地する。
 どこからか、拍手が聞こえた。きょろきょろと辺りを見回すと、正面グランドから入るところに若宮が立っていた。
「10.00だな」
 若宮がにこっと笑って言う。滝川は眩しそうにその顔から目をそらした。
「ん?どうした?」
 心配そうに若宮が駆け寄る。小隊の兄貴分であるだけに、こういう気配りは細やかだ。それゆえに兄貴分と呼ばれているのかもしれない。
「あのさ・・・お前、芝村の事どう思う?」
 滝川は聞いてから、しまったと思った。若宮の顔が見事に緩んだからだ。
「そういえばお前達、つき合ってたんだっけ」
 ちくりと胸を刺す痛み。彼こそ、舞が選んだ男。
「ん、まあな。隠すような事じゃないが。芝村か。・・・いいよな」
「何で?お前、最初は嫌ってたじゃん」
 自分の事は棚に上げ、若宮に聞く滝川。若宮は首を傾げ真剣に考えながら、言葉を選びつつ答える。
「それもそうなんだが。・・・つまり何だ、あいつは俺の思っていた芝村とは少し違うんだ」
「どんなふうに?」
「何というか、最初はいつも真剣なところが気に入った。あいつは手加減というものを知らないからな。何に対しても、真剣勝負だ」
「まあな」
「それでこっちもついついその勝負に乗ってしまって、なんとなくあいつの言いたいことが判るようになった。偉そうに聞こえる言葉遣いをする奴だが、それはそう教育されたからであって、あいつ自身が自分を偉いと思っているわけじゃない、とかな」
「へえ」
「そう思うと、あいつの言葉がすっと胸に届いた。あいつは、俺以上に正直で嘘の付けない奴だ。・・・まあ、そんな所が好きなんだけどな」
 真っ赤になって言う若宮を見ながら、滝川は思った。
――俺だけじゃ、なかったんだ。
 自分だけが舞の本当の姿を知っていると思っていた。舞が自分だけに本当の姿を見せてくれていると。
――俺だけのものじゃなかったのか。
 たわいない言葉のやりとり。舞の微笑み。いつか見たそんな光景が滝川の脳裏をかすめる。
――俺だけのものじゃないのなら、誰のものにもしたくない。
 滝川が若宮の表情を窺う。幸せそうな顔。少し・・・いや、とても羨ましかった。
 何気ない調子を装い、若宮に尋ねる。
「だけどさ、あいつアルガナ取ったじゃん。怖くない?」
 今、自分の顔に浮かんでいるであろう意地悪な表情を隠すために、思わず俯く。
「いや、別に」
「え?」
「凄い奴だと思ってるよ。俺の・・・誇りだな」
 目を大きく見開いて、食い入るように若宮の顔を見る滝川。若宮の顔には別段皮肉っぽい表情は現れていない。
 こいつは本気だと、滝川は思った。
「誇り、か」
「そうだ。なんというかな・・・熊本中に『こいつはアルガナ受章者で、俺の恋人だ!』って言って回りたい気分だ」
「それって自慢したいって事?」
「まあ、そうかな。いや別にアルガナじゃなくても、極楽トンボでだっていいんだが」
「極楽トンボじゃ自慢になんないじゃん」
「そうか?『俺の恋人は極楽トンボを取った凄い奴だ!』って言いたくならないか?」
「なるわけないよ・・・だって、極楽トンボだぜ?」
「どんな勲章を取っていても、あいつは俺の自慢なんだがな・・・」
「そ・・・っか」
「ん?」
「いや・・・なんか、わかった」
「何が?」
「あいつがお前を選んだわけ・・・。あと一個聞いていい?」
「何だ?」
「あいつがもし『これから激戦区に向かう。ただし私とそなたの二人しかいない。来るも来ないも、そなたの自由だ』って言ったら、お前どうする?」
 滝川の質問を聞き、若宮は大きな声で笑い、そして言った。
「ははは、そんな事決まってるだろう。ついて行くよ。当然だろ?」
「当然、か・・・」
「本当に、どうしたんだ?熱でもあるのか?よし、ちょっと待ってろ。体温計を持ってきてやるから」
 若宮は誤解したまま走り去って行った。たぶん、整備員詰め所に向かったのだろう。
「俺は・・・俺だったら・・・」
 激戦区。スキュラやミノタウロスがうようよいる場面を想像し、そこへ単騎乗り込む自分を想像して、ぞくっとする。
――死にたくない。
 舞は、きっと上手くやるだろう。だが、滝川がへまをした時助けてくれるという保証はどこにもない。
――舞の目の前で、死ぬ・・・。
 誰一人、看取ってくれるもののない場所で死ぬよりは、ましだ。だが、死に水を取った相手とはいえ既に死んだ者の事をずっと覚えているとは到底思えなかった。
――いやだ。忘れられるなんて、絶対にいやだ。
 滝川は思わず己の肩を抱いた。ぞくぞくっとした寒気が体中を走り回る。
 足ががくがくと震え、立っていられなかった。
「おい、大丈夫か?」
 頭の上から声が聞こえた。仰ぎ見ると、若宮がまた心配そうな顔で見ている。
「顔色、真っ青だぞ。・・・ほら」
 滝川の目の前に、若宮の大きな背中が出現した。
「いいから早くおぶされ」
 誘われるかのように、若宮の首に手を回し、体重を背中に預ける滝川。
 暖かなぬくもりが、指先や胸から染み込む。
「よし、大丈夫か?すぐ、詰め所まで運んでやるからな」
 若宮は、滝川を背負ったまま歩き出した。



 舞は、ハンガーの階段に座り込み、滝川が言った台詞を延々と反芻していた。
「幻獣を殺すたびに、人間じゃなくなっていくみたいでさ。・・・恐ぇよ」 
 人として最高の勲章、アルガナ。
 確かに今のまま殺し続ければ、絢爛舞踏を取るのも夢ではないだろう。
――馬鹿な事を。
 舞は首を振り、己の考えを頭から追い出す。
 と、そこに後ろから肩を叩く者がいた。
「どうしました?」
 二組の担任、坂上久臣だった。
「少し調子が悪いように見えますが」
「・・・芝村に調子はない。覚えておくがいい」
「それでも、元気がなさそうなのは判りますよ」
 坂上は断りもなく舞の隣に腰を下ろした。懐かしい記憶を呼び覚ますかのような匂いが、舞の鼻腔をくすぐる。
「そ、そなた、何やら異質な香りがするぞ!」
「そうですか?」
 少し頬を染めた舞。坂上は自分の体臭を確かめている。
「もしかしたら、少し汗臭いかもしれません」
「そ、そうか。まあ、それならばしかたあるまい。無臭の人間などおらぬ故な。私とて、他人からすれば臭いかもしれぬ」
「そんなことありませんよ」
 素っ気なく答える坂上に対し、舞は真っ赤になってしまっている。
「大丈夫ですか?」
 坂上が心配そうに舞の顔をのぞき込む。舞は顔を隠すようについっと立ち上がった。
「ああ、言い忘れました。アルガナ授章、おめでとうございます」
 階段から士魂号に向かって歩き出していた舞の足が止まった。少し俯き、思い切って振り返る。
「一つ聞く。・・・そなた、私が怖いか」
 眉間に皺を寄せて、ぐっと睨み付ける形相は怖いと思ったが、坂上は首を横に振った。
「いいえ」
「何故、怖くないのだ」
「・・・本当に大丈夫ですか?」
「いいから答えろ」
 真剣な表情の舞に、坂上は肩を少しすくめ答えた。
「あなたは、ただの女の子ですから」
「何を言うか。私は芝村だ。ただの人間であることは、とうの昔にやめている」
「それでも、あなたはエースである前に普通の女の子で、私の大事な生徒です」
 坂上がにっこりと笑った。
「・・・誰かに何か言われましたか?」
「いや・・・別に・・・」
「いいアドバイスがあります。冷たい言い方をすると、『言いたい奴には言わせておけ』、優しい言い方をすれば、『彼らがそんな甘いことを言っていられるように、あなたは戦いなさい』です」
「・・・そんな事は、判っているっ!」
 舞は拳を握りしめた。
「では何故、そんなに苦しんでいるのですか?」
 虚を突かれたように言葉に詰まる舞。坂上の微笑みがさらに優しくなった。
「苦しいのは、ただの女の子である証拠です。これから先に進めば、彼らはもっと酷いことを言うでしょう。あなたが信頼している人たちですら、あなたの事を恐れるようになります。・・・実際、私は体験しました」
 坂上の目が舞を通り越してどこか遠くを見つめた。
「本当に強い者は、そこにいるだけで恐怖心を呼び起こします。それがどんなに深い信頼でつながった相手であろうとも。私が一度だけ見た・・・あの男は、強いとしか言いようがなかった。そこそこの強さを誇っていた私など、足下にも及ばない存在。私のプライドを蟻でも潰すかのように叩きつぶし、その上それを自覚して私を見ていた、あの男。アルガナなど、あの男の前では子供の玩具でしかなかった」
「そういえば、そなたはアルガナ授章者だったな。本田に聞いたことがある」
「昔の話ですよ。私は彼を目にして、自分には越えられないものがある事を知りました。越える為には、全てを捨てなければならない。いや、全てに執着しないからこそ、越えてしまったのかもしれません。私には元から無理だったんです」
 舞は、何となくその男の名前を知っているような気がした。だが、確かめられなかった。
 怖かった。そして、恥ずかしかったのだ。
 言葉を吐く代わりに、坂上を見つめた。
 あの男の事を、もっと聞きたいという願いを込めて。
 坂上にその願いが通じたのだろうか。彼はさらに話を続けた。
「私がアルガナを取った時、周りの人間に言われました。人でなくなるつもりなのか、と。事実、私はそのつもりでした。幻獣を殲滅し、世界を平和にできるのなら、それもまた良いだろうと思っていた。だが、あの男だけは、私を怖がらなかった。・・・いや、怖がらなかった訳ではなく、恐れるに足らぬ相手だった。それだけです。あの時、私より少し年下で、軍歴も浅い彼が言った言葉を今でも覚えています。『そなたがその安ぴかを手に入れるのに何年かかった?・・・ふむ、では我は一月で取れそうだ。・・・何故怒る。怒るのは、一月後の我を見てからにするがいい』・・・あの男は、言葉通り私のアルガナ授章から数えて30日目でそれを取り、そして言いました。『ふむ。これなら、人でなくなるのも早かろう。そなた、我に付け。我を補佐せよ』」
 坂上は、ふと笑って言葉を切った。
「そして彼は人であって人でなきものとなり、私は怖くなって実戦を離れた。ですが、心はあの男に魅せられてしまっていました。本当に強い人間というものは、人の心を恐怖させ、そして魅了するのです」
「魅了・・・」
「人は強い者に憧れ、恐れる。きっと、あなたも真に強い者になる資質があるのかもしれません。だからこそ、みんなが恐れを抱きつつ、周囲に集まるのです」
 坂上は立ち上がった。舞の顔をじっと見つめ、宣告する。
「あなたは、どうしますか?」
「何?」
「あなたは、どうしたいのですか?人を越え、全てを捨てて、戦いを・・・ループを終わらせますか?それとも、ここで戦いを止めますか?」
「・・・」
 舞は黙っている。坂上の言葉は、自分を通り越して向こう側にいる誰かに宛てて発せられている。そんな気がした。
「今あなたが戦う事を止めても、たぶん戦争は終わらないでしょう。戦力の差がありすぎる。あなたが戦い続けたとしても、戦争が確実に終わるとは言い切れません。何らかの方策が必要ですね」
「・・・何が言いたい」
「別に何も。ただ、あなたなら・・・芝村さんなら、何か策をお持ちではないか、と思いまして」
 舞は、覚悟を決めた。ここで戦いを止めるのなら、一体何の為に芝村になったのか。
 これまでの生き方を、自分で捨てるような真似は出来なかった。
「・・・私は、戦う。誰に何を言われても構わぬ」
 そして少し笑った。
「我が一族、少しは私の役に立ってもらうとしよう」
 坂上が舞の微笑みを見て、ふと呟く。
「その笑顔、よく似ておいでです」
 やっぱり舞は、誰に、とは聞けなかった。



 ハンガーを出た舞が整備員詰め所前に通りがかった時、滝川を介抱した後の若宮が現れた。
「よう」
 にっこり笑って若宮が声を掛ける。舞は少し躊躇ったあと、微笑みを返した。
「若宮。そなたに少し言っておきたい事がある」
「何?」
 滅多に見られない柔らかな舞の微笑みに見とれる若宮。
「・・・そなた、何を見ておる!」
 若宮の優しい表情に気づいた舞が、焦ってそっぽを向いた。
「いや、可愛いな、って」
 嫌味もなく答える若宮に、余計焦る舞。
「かかかか、可愛いかどうかは、私の言葉を聞いてから決めるが良い!」
 舞がきっと若宮を見つめ、言った。
「これから私はある策を実行する。それによって、私は激戦地へ赴かねばならぬだろう。・・・帰って来ぬかも知れぬ。そなたは私の事など忘れた方が良い。・・・誰か、他の女とつき合った方が、そなたの身のためだ。・・・以上だ」
 舞がくるりときびすを返した。若宮がその後ろ姿に答える。
「それでも、俺はお前を守りたい」
 若宮がそっと手を伸ばし、舞の肩に触れた。
「お前の肩は細すぎるな。重い荷物なら、俺に預けろ」
 肩が、震えているのが判った。
「お前がどこに行こうとも、俺は付いていくつもりだ。・・・付いて来るなと言うか?」
「馬鹿!」
 舞が振り向いた。睫毛いっぱいに涙を溜めている。零れ落ちる瞬間、舞は自分の袖口でその滴を拭った。
「そなた、やはり馬鹿だ。私が折角そなたを安全な所に置いていこうと思ったというのに自分から火の粉を被りに行くなど・・・馬鹿者!」
「馬鹿だから、思った通りにできる。たとえば、こんな風に」
 若宮が、舞を抱きしめた。舞の顔に厚い胸筋が当たる。じたばた暴れる舞。だが、若宮は離そうとしなかった。
「俺が生き残ってお前が死ぬより、俺とお前が生き残ってまたこんな風にできる方が、良いとは思わんか?」
 舞は、答えるかわりに若宮の制服の裾を握りしめた。
 まるで、一生離さない、とでも言うかのように。

                          おわり

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