「遊びに行こうよ」

 教室の空気は、張りつめていた。速水に話しかけよう、速水に話しかける奴の会話を邪魔してやろう。そんな空気だ。
(・・・ふう、たまんないよ)
 ため息を洩らしたのは、速水厚志。八方美人である。誰とでも仲良く、がモットーらしい。
 おかげで、5121小隊員同志の仲はかなり悪くなっていた。
 速水が全員に声をかけた。
「遊びに行こう」を提案する。
 何とかして、全員の仲を良くしたい速水の、苦肉の策であった。

 日曜日、尚敬校校門前には5人の男達が集まった。
 善行守孝。司令。上級万翼長。
 瀬戸口隆之。オペレーター。十翼長。
 滝川陽平。2号機パイロット。百翼長。
 若宮康光。スカウト。十翼長。
 速水厚志。3号機パイロット。千翼長。
 速水は、行き先に「味のれん」を指定した。

 「味のれん」の座敷は5人も入ると結構狭い。みんな肩を寄せ合うような格好になる。
「オヤジさん、俺ビールね」
 瀬戸口が店主を呼ぶ。
「じゃあ、私は日本酒を燗でお願いします」
 善行も飲む気らしい。
「ええっ、二人とも酒飲むの!?」
 滝川が叫ぶ。瀬戸口は年齢的に、善行は性格的に、酒を飲むというイメージが湧かないようだ。
「俺、ハタチ過ぎてるぜ」
「私だって、ハタチ過ぎてます」
 二人の答えに憮然とする滝川。
「ずっり〜。いいよなぁ、オトナは。厚志〜、俺達はこんなオトナにならないでおこうな!」
「ははは、何言ってんの、陽平。・・・若宮さんは何します?」
 滝川を軽くいなした速水、一人でメニューに没頭している若宮に声を掛ける。
「う〜む、やっぱりコロッケか。いやいや、アップルパイも美味いし」
「あの、若宮さん?食べ物じゃなくて、何飲みますか?」
「えっ、あっ、はっ、はい、千翼長。自分はジュースを飲みたく思っております!」
 速水と滝川の顔に苦笑が浮かぶ。若宮は善行からの、
「若宮くん、今日は無礼講ってことでお願いします」
という提案で、ようやくくつろいだ様子になった。

「ところでさ」
 と瀬戸口。
「男ばっかで寂しいね」
 瀬戸口のこの言葉に滝川も頷く。
「そうだよ、厚志ぃ。なんで女の子誘わなかったんだよ!」
「しょうがないよ。画面に入れるの、5人までじゃん。ヤなら、帰れば?」
「そこまで言うか〜?」
 善行が仲裁に入る。
「まあまあまあ、今日は一組男子の親睦会ってことでいいじゃありませんか。来須くんを誘えなかったのは残念ですけどね。ねぇ、若宮くん。・・・若宮くん?」
 若宮は、口一杯に料理を頬張っていた。
「はっ。(もぐもぐ)何でしょう、司令!」
 会話を聞いていない上に、無礼講ということも忘れてしまっていたらしい。
 滝川が頭を抱える。
「お前、食い過ぎ。ワリカンじゃ合わねぇよ」
「ここは一つ、高給取りの司令のオゴリってことで」
 善行が肩をすくめる。
「仕方ないですね」
 速水が割って入る。
「あ、あの、僕も出します!誘ったの、僕なんだし」
「悪いですね。実は、持ち合わせが少なくて、ちょっと困ってたんです」
 ほっとした様子の善行。瀬戸口がニヤニヤと若宮をそそのかす。
「じゃ、坊やと司令のオゴリね。良かったな、若宮。思う存分喰っていいぞ!」
 おう!と返事をしたかと思うと、更なる勢いで食べ出す若宮。
「いや〜、喰いっぷりがいいと、見てるだけで楽しくなるね!」
 大笑いする瀬戸口を後目に、青い顔で財布の中身をチェックする速水と善行。

 ガラガラガラ。
「らっしゃい!」
 オヤジの威勢のいい声が響く。入ってきたのは、二組の中村光弘、岩田裕、遠坂圭吾だった。
「おや、みなお揃いかいね」
 と中村。
「フフフ、男同士!イィですね、スゴクイィ!」
 クネクネしながら叫んでいるのは、岩田だ。
「皆さんも、お食事ですか?」
 速水が声をかける。
「ああ、わしらは、ソック、げふっ!」
 答える中村の鳩尾に、沈黙していた遠坂の肘が命中する。
「ええ、そう。食事会なんですよ。ね、オヤジさん?」
 遠坂がちらっとオヤジに目をやる。
「!そ、そうそう。あ〜っと、座敷使っとるけん、二階行ってくれんかね。ワシもそのうち行くけん」
 オヤジに促されて、中村達が二階に上がろうとする。一行から外れていた遠坂が速水を手招きした。
「何かな?」
 尋ねる速水に、遠坂は、
「これを差し上げます」
と金の延べ棒を差し出す。驚く速水。
「ええっ!貰えないですよ!」
 食べ続ける若宮と滝川を、遠坂はちらりと眺めた。
「支払い、大変でしょう?私は、大丈夫ですから」
「でも・・・」
「じゃ、あなたの靴下と交換しましょう。ね?」
「はあ。・・・いいのかな」
 速水は履いていた靴下を脱いで、遠坂に渡した。
「ありがとうございます。では」
 二階へ上がる遠坂の口元に微笑が見えたのは、速水の見間違いだったのだろうか?
 呆然と立ちつくす速水に、善行が声をかける。
「どうしました?」
 当惑した表情で振り返る速水。
「えっ、あの、遠坂さんに、金の延べ棒貰ったんですけど」
「すっげぇ!」
 滝川の歓喜の声に、速水は「何かヘン」という一言を飲み込んだ。
「さすが、金持ちのボンだね」
と、瀬戸口。
「よしっ!もっと喰うぞ!」
と言ったのは、もちろん若宮である。彼の食べっぷりに速水は(あああ)と、声にならない叫びを上げた。
 善行が立ち上がる。
「さっそく、換金して来ましょう。ああ、速水くんは居て下さい。主役なんですから」
 ついていこうとする速水を制する善行。速水の頭にはまだ遠坂の謎が渦巻いていて、いつから主役になったんだ、という疑問は浮かばないようだ。
「新市街に行くのかい?じゃ、俺も。ついでにナンパでもしてくるよ」
「さっすが、瀬戸口師匠!よっ、愛の伝道師!」
 滝川の声援に手をひらひらと振って応える瀬戸口であった。

「・・・で?」
 「味のれん」を出て少したった頃、善行が言った。
「で?とは?」
「今更とぼけてもムダですよ。わざわざ私と一緒に出たりして。何か言いたい事でもあるんでしょう?告白以外ならお聞きしますよ」
 淡々とした表情の善行に、瀬戸口が向き直る。眉間にしわを寄せて、かなり怖い顔だ。
「司令様は何でもお見通しか。・・・石津のことさ。仲良くしちゃいけない、なんて俺は言わない。だけど、あんたと仲良いせいであいつが二組の女どもに何されてるのか知ってるのか?」
「知ってますよ。原さんでしょう?あの人も、困ったものです」
 善行の答えを断ち切るように、瀬戸口が小さく叫ぶ。
「原はこの際どうでもいいんだよ!・・・あれじゃ石津が可哀想だ」
 可哀想、と言った瀬戸口を冷たい目で見る善行。瀬戸口がその視線に気づく前に、ふいっと目を逸らし、 
「でもね、石津さんは世界を分けるすべを知っている。良いことか悪いことかは別にして、ね。彼女を見下す人間は、彼女にとっていないも同然なんです。自分と、自分を対等に見てくれる人間しかいない世界に住んでいて、そんな世界を作り上げてしまった彼女に、いないはずの人間が何か言ったところで堪えると思いますか?」
「そこまで判ってて、なんで石津にかまう。司令の仕事のためか?」
「それもありますが・・・私はね、相談相手なんですよ」
「相談?何の」
 意外な善行の言葉に、瀬戸口は驚いた表情を浮かべる。
「詳しくは言えませんが、まあニンゲンカンケイの話です。どうすればいいのか、とか。とにかく、彼女が本当に仲良くしたいのは、私じゃない」
 首を振る瀬戸口。
「・・・判らんね。あんたも判らんが、石津も判らん。あんたには言えることが、その、何だ、本当に仲良くしたい相手には言えないってのか?」
「そういう事もありますよ。例えば、常に誰かが側にいて、話しかけることすら出来ないとか」
 善行の例え話には、瀬戸口も思い当たる事があったらしい。
「・・・そうだな。つまらない事を言って悪かったな」
「いえ。ところで、どうして私にそのことを聞こうと思われたか、教えていただけますか?」
 瀬戸口が少し照れた顔で答える。
「ああ・・・ののみだよ。原に言ってたんだ。「もえちゃんいじめちゃ、めーなのよー」って。あいつ、石津の事すごく心配しててさ」
「そう、ですか。(・・・石津さんにはこの事、言わない方が良さそうですね)」
「ん?何か言ったかい?」
「いいえ。ああ、新市街に着きましたね。裏マーケットへ行きましょうか」

 一方その頃、「味のれん」では。
「司令と瀬戸口、遅いね」
 速水が心配そうに時計を見る。
「ナンパに手間取ってるんじゃないか?あっ、そのラストカラアゲ狙ってたのに!」
 若宮は滝川との熱き戦いに没頭していて、答えも上の空だ。美味しそうなカラアゲを箸で押さえた滝川が勝利の微笑を浮かべる。
「へっへ〜ん、いただきぃ!(もぐもぐ)ところでさ、瀬戸口師匠って一体幾つなんだろ」
 唐突な滝川の疑問にコケる速水と若宮。
「幾つなんだろ、って。さっき本人がハタチ過ぎてるって言ってたじゃない」
「でもさー、ハタチ過ぎてる男が、「俺、美少年」なんて言うと思う?」
 滝川は、瀬戸口の自己紹介のセリフを思い出しているようだ。
「いいんじゃないか?幾つだって。人間、年齢じゃないぞ!」
 若宮がうんうんと頷きながら言う。
「かくいう俺も、しっかりしてると人からよく言われるが、実はそんなに年はくってない。17歳だからな」
「ええ〜っ!」
 速水、滝川の合唱だ。
「何だ何だ。そんなに驚く事か?」
 あっけに取られた若宮に隠れて、速水と滝川がこそこそ囁き合う。
「もーちっといってると思ってた」
「あ、陽平も?実は僕も」
 そんな二人をよそに、若宮は何やら感慨に浸っているようだ。
「ああ、早くハタチになりたいよな。選挙権も貰えるし、酒も飲めるんだもんな」
 滝川が、笑いをこらえながらそそのかす。
「じゃあさ、ソレ、飲んじゃいなよ」
 指さす先には善行の置いていった猪口がある。
「もう燗も冷めちゃってるし、司令が戻ってきたら頼み直すんだからさ。もったいないじゃん」
 真剣な表情で猪口と銚子を見つめる若宮。
「俺は、俺は・・・飲む!」
 言ったかと思うと、猪口をつかみ、ぐいっと開ける。
「ああっ!」
 速水が叫ぶ。猪口をたんっと卓上に返した若宮は、自分の反応を確かめるかのように、目を瞑っている。
「どう?若宮」
 滝川が尋ねる。若宮は目を開けない。
「若宮さん?大丈夫ですか?・・・わぁっ!」
 肩を揺する速水の上に、若宮が倒れかかる。驚く滝川と速水。そこへ善行と瀬戸口が帰って来た。
「ただ今戻りました。おやおや、何ですか?Hな雰囲気ですか?」
 帰ってきた善行がのんきな一言を掛ける。
「たすけて〜」
 若宮にのしかかられた速水は身動きがとれないらしい。
「坊やを押し倒すのは俺だと思ってたんだけど、先を越されたな」
「師匠ものんきな事言ってないでさ〜。若宮がヘンなんだよぉ」
 滝川もオロオロしている。若宮の首に手を当て、脈を取る善行。ついでにぺしぺしと頬を叩き、名前を呼ぶ。
「若宮くん?若宮くん!・・・ダメですね」
「ダメって、それじゃぁ・・・」
 若宮をそそのかした滝川は顔色が真っ青だ。
「・・・寝てます。・・・滝川くん、どうしたんですか?」
 善行の言葉を聞いて、へたへたと座り込む滝川。瀬戸口はその間に猪口を手に取っていた。
「これか。だめだなぁ、おこちゃまが飲んじゃ」

「重い〜」
「陽平、うるさい。喋る力、あるんだったら、ちゃんと、肩もって」
 速水と滝川が酔い潰れた若宮を二人がかりで抱えている。というより、肩を組んで引きずっていると言った方が正しいかもしれない。
「ほらほら、寮までまだありますよ」
「いやぁ、大変だねぇ」
 若宮に酒を飲ませた罰である。善行と瀬戸口は高見の見物だ。
「背丈が、違うから、余計、つらい」
 滝川は、はひはひと息を上げながらもまだ喋っている。反対に速水は黙々と足を進める。
 と、その時、警報が鳴り渡った。
「出撃です!」
 教室に向かって駆け出す善行と瀬戸口。
「しゅ、出撃!?」
 オロオロしている滝川と速水の肩が急に軽くなった。後ろから大声で叫ぶ誰かがいる。
「何してる!全員駆け足で教室に集合だ!急げ!」
 若宮である。呆気にとられる滝川と速水。
 駆けていく若宮の背中を眺めて、
「あのひと、人間じゃないかもしれない」
と呟く二人だった。

<補足>
 1999年4月26日の出撃報告。
 幻獣:ヒトウバン10体(うち3体が撤退)。ナーガ5体(うち0体が撤退)。ゴルゴーン2体(うち1体が撤退)。計17体(うち4体が撤退)
出撃結果:幻獣13体撃破(うち友軍機撃破3体、1号機撃破2体、3号機撃破12体)
 なお、2号機(パイロット不在のため)およびスカウト(若宮)(ウォードレスを着用していなかったため)出撃できませんでした。
 
                            5121小隊事務官
                               加藤 祭

                              END

  

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