「晩秋」

第1幕 病室。

 柔らかな日差しが、大きな窓から差し込む。秋の昼下がり。
 真っ白な部屋。外の廊下では、白衣を着た人たちが忙しなく歩き回っている。
 ベッドに横たわり、目を閉じている男。その髪はまだ、金と茶に染め分けられている。
 若宮康光。年齢固定クローンである彼の命は、燃え尽きようとしていた。
 がちゃりと音を立ててドアが開く。目を開ける身を起こす若宮。
「具合、どう?」
 白衣を着た、原素子だった。若宮は少し驚いた後、微笑んだ。
「はい、だいぶ良いようです」
 しかし、その体は以前とは比較にならないほど痩せ衰えていた。もとが筋骨隆々とした偉丈夫であっただけに、痛々しい。
 何か言おうとする原。若宮は気づかず言葉を続ける。
「最近は、天気が良くて、気持ちまで晴々としてきます。これは、治っているしるしでしょう?」
 原に笑いかける若宮。原は心の中で叫んだ。
 年齢固定クローンとして、貴方は限界に来ているのよ。熊本戦線で酷使したツケが今、回ってきたの。
 だが口には出せず、ただ
「そうね」
と言った。

 戦争終結、そして5121小隊解散後、若宮は清掃会社を善行と共に興した。
 立場的には他の社員よりも善行社長に近いが、いつまでも現場仕事を好んでいた。
 若手に慕われ、取引先の重役にも可愛がられていた。
 だが、全て過去のことなのだ。
 今、若宮は原の勤めるラボに「入院」している。ここは戦争中に建てられた年齢固定クローンの研究所だ。若宮は、ここから生まれ、そして還ろうとしていた。
「あなたがここへ来て、もう2年になるのね」
 原が言う。2年前運ばれてきた時に再会した原と若宮は、以前の同僚という気安さもあり、単なる「研究者と患者」という立場を越えて色々なことを話し合ったりしていた。
 小隊の思い出話、若宮が結成した(といっても隊員は若宮一人だったが)原素子親衛隊のこと、速水と舞のこと、ののみのこと、みんなのこと。
 そして、いつか来る最期のこと。
 若宮にもそれは分かっていたのだ。だが、持ち前の闘争心・・・その運命に抗おうという気力だけが、今の若宮を動かしていた。
「自分は、ここへ入院出来て、良かったと思いますよ。小隊が解散してからも、ずっと貴方に会いたかったから」
 原を見つめ、若宮が言う。
「ふふっ、どうしたの?昔より口が達者になったみたい」
 微笑む原。真っ赤になった若宮が急に大声を出す。
「今まで言えなかったことを、今、言います。自分は、善行より早くに貴方に出会いたかった。・・・そうすれば、貴方を不幸にはしなかったはずだ。泣かせたりはしなかった。それだけが、心残りだ」
「今更、何言ってるの・・・」
 目を落とす原。善行忠孝・・・元恋人の事を思い出している様子だ。
「本当です。ああ、貴方が不幸なのが本当ではなくて、自分なら貴方を幸せにする自信があった。そのことです」
「・・・そんなに不幸に見える?」
 原の視線が一段と暗くなる。慌てる若宮。
「そうじゃなくてですね・・・。ああ、こんな自分が言っても説得力に欠けますな。・・・すみません」
「そうね。貴方と早くに出会っていたら、変わっていたかもね」
 原の視線が上がる。挑戦的な瞳だ。
「そして、今のこの時を迎えて、別れなきゃいけないのよね。・・・どっちが不幸なのかしら?ただ単に、遅れてやってくる、それだけのことじゃない?」
 立ち上がり、後ろを向く原。
「そう、それだけのこと。だけど、ほんとに・・・。さよなら」
 若宮の耳には、さよならしか届かなかった。

 再び目を閉じる若宮。数分後、閉じたドアの方から、風が吹き込む。
「やあ、お前か」
 突然現れた青い瞳の男を見て、若宮が話しかける。
「帽子、新しくしたんだな。よく似合う。俺か?俺はこんなになっちまったよ。だけど、不思議なんだが、割と幸せだ。お前はどうだ?」
 窓の外から、枝のざわめきが聞こえた。誰かが答えたとしても、それに遮られて聞こえない。
「そうか。それじゃ、俺は行くよ。できたら、最後に握手して欲しいんだが」
 若宮が男に手を伸ばす。一瞬ののち、その手は力つき、はたりと布団の上に投げ出された。

 第2幕 熊本の海。
 声がする。
「なんだ、泣いているのか?」
 懐かしい声。もう聞こえない声。唇をかみしめ、てのひらに爪を立て、涙を堪える。
「さよなら」
 口に出して言ってみる。熊本の海は青かった。灰は、風に乗って散った。
 原が若宮の遺体を手に入れるには、相当の時間と費用が必要だった。もともと研究施設として機能していたラボには、遺体を研究に利用するため以外の手続きがなかったのだ。
 耐えられなかった。今まで己がしてきたことではあるが、誰かの手に握られたメスで切り刻まれたくはなかった。
 いつか話し合ったとおり、最期はこの海に還したかったのだ。
「悲しむのは、今日で終わりにするわ。私には、やることがあるから」
 誰にともなく呟く原。
 その目にもやはり、青い熊本の海が映っていた。

 第3幕 軍司令部の一室。

「ニュース速報です」
 テレビの中のキャスターが喋っている。軍服を着た男が、それを見つめている。
「今年のノーベル生物学賞に、日本の原素子さんが選ばれました。原さんはクローン研究の第一人者であり、国立遺伝子研究所の所長でもあります。今回の受賞は、「遺伝子の呪縛」と呼ばれる、過去に操作された遺伝子をもとの状態に戻す技術の開発によるものです。なお、授賞式は・・・・・・」
 ドアが開き、副官が入ってきた。
「善行将軍、お時間です」
 軍服を着たこの部屋の主、善行忠孝将軍が答える。
「用意は出来ています。行きましょう」
 善行はテレビを消すと、部屋を出た。

第4部 同窓会。

 電話のベルが鳴る。
「はい、原です。・・・善行くん。お久しぶり。ええ、私は元気よ。・・・有り難う。私ひとりの力じゃないんだけどね。え?同窓会?・・・そう、速水君が・・・。いいわ、行きます。はい・・・こら、やめなさい!いいえ、こっちのこと。はい・・・はい。ええ、空いてるわ」
 原は受話器を持ち直し、
「そうそう、子連れなんだけど、いいかしら」
と言った。

 同窓会会場である。
 元5121小隊の面々が小さな群を作るかのようにして喋っている。
 それ相応に老けた顔だが、皆久々に会えた喜びに溢れていた。
 一人、離れたテーブルでその様子を眺める善行。先日聞いた原の言葉を気にしているらしい。
「なんや、しけた顔して。どないしたんですか、司令・・・と、今は将軍でしたっけ」
 狩谷夫人が話しかけてきた。善行が困ったように笑う。
「あなたも相変わらずですね。その大阪弁ですよ。実に懐かしい」
「いややわ、もう。照れるやないの、なあ、なっちゃん」
 頬を染めた元加藤、隣にいた夫の肩をばしっと叩く。
「どうでもいいけど、恥ずかしいからなっちゃんはやめろよ、祭」
 狩谷夏樹は、暴力的ツッコミにはもう慣れたようだ。
「ははは、相変わらず仲が良い」
「で、誰か待ったはるんですか?入り口の方ばっかり見てはりますけど」
「いや、原さんがね、来る予定なんですよ」
 善行の一言をきっかけに、ざわめきが波紋のように拡がる。
 一組の出世頭を将軍職まで登り詰めた善行だとするならば、二組の出世頭は当然の如く原だ。なにせ、世界のノーベル賞を受賞したのだから。その偉人を迎えるとあっては、ざわめくのも無理はない。
 と、そこへショートカットの美女が現れた。年を重ねても、そのスレンダーな体は衰えていない。
 原だ。
 ざわめきは一層大きくなる。が、原の後ろから少年が現れたとき、会場にいた全員が息を呑んだ。静寂が拡がる。
 髪を金と茶に染め分けた少年。それは、記憶の中の誰かを思い起こさせた。
「遅くなってごめんなさい。・・・ほら、ごあいさつは?」
 原が少年の背中を押す。少年は、
「はじめまして、はらあきみつです!」
と言うと深々と御辞儀した。
「は、はじめまして」
 善行が驚きながらもそう答えると、少年はにこっと・・・若宮そっくりの笑顔で笑った。

「どういうことですか?」
 善行が尋ねる。原は、聞いているのかいないのか、ののみと会場を駆け回る少年・・・原曙光を見つめていた。
「・・・私の研究分野は、知ってるわよね」
 原が答える。
「ええ。「遺伝子の呪縛」の・・・。まさか」
「そう、あの子は若宮くんよ。オリジナル・ヒューマンとはいかないけど、第2世代ぐらいまでは戻った、ね」
 原が善行の方へ向き直る。
「私は彼のために・・・違うわね。彼を愛した自分の為に、研究を始めたの」
 原の視線は曙光から離れ、遠くを彷徨った。
「彼が死んでから、私は方々の施設を尋ねたわ。施設といっても、斡旋所じゃなくて受精卵を確保している所。そこでようやく見つけた、一つだけ残された「若宮タイプ」の卵が、曙光よ」
「そして、貴方はその卵に研究成果の全てを注いだわけですか」
 全てを理解した善行が言う。その声は困惑に満ちていた。
「どっちが先かって言ったら、卵を見つけたのが先ね。・・・このまま成長させても、30年で死ぬと思ったら、堪らなかった」
 原の目が、また曙光を捉える。
「今度こそ、人生を全うして欲しかったの。ううん、若宮くんがそうしなかった訳じゃないわ。彼は彼で戦い抜いた。だけど・・・だからこそ、彼の分身であるあの子には、戦いだけじゃない他の人生も味わって欲しかった・・・。惚れた弱みってヤツかしら?」
 原が笑った。全てを突き抜けた人間の笑顔だった。
「あの子にはもう全部話してあるわ。理解してるかどうかは分からないけど。まあ、血の繋がりのない母親っていうのも、昨今よくある話だし、どうってことないんじゃない?・・・ふふ、心配しなくてもあの子をマザコンにするつもりはなくってよ?」
 善行がメガネを直す。小隊時代、よく見られた仕草だ。
「強く、なりましたね」
「そうかしら?」
 善行と原の視線が出会う。
「貴方がそうまで仰るのなら、私は何も言いませんよ。曙光くん、でしたか。良い名前だ」
「そう?・・・ありがと」
 原の頬がすこし紅色に染まった。

 彼ら二人から少し離れたところで、曙光はののみと話していた。
「えっとね、あきみつくんはおいくつですか?」
「じゅっさいです!」
 はきはきとした答えに、ののみがにっこり笑う。つられて隣にいた瀬戸口も苦笑して、
「曙光くんは、若宮によく似てるな。まるで若宮本人がいるみたいだ。多少、ちっこいがな」
 曙光が、小首を傾げて言う。
「せとぐちのおじさん、それは違うよ。ぼくは、ぼくなんだよ。かあさんが言っていたけど、ぼくは、とうさんじゃなくて、ぼくなんだって。よくわからないけど、そうなんだって。いつかわかるかなぁ」

 あの日と同じ秋の昼下がり。
 原は目を細める
 金の髪のきらめきが目を射た。
 一瞬、曙光の側に寄り添うように立つ若宮の姿が見えた。
 若宮は、振り返ると、昔のように笑った。
 
                    おわり

目次へ戻ります