くじびきSS第一弾
ブータ&壬生屋SS

「不思議」

「最近、とんと訓練する時間がありませんわね」
 壬生屋未央が机に頬杖をつき、言った。朝のHR前で、生徒はまだほとんど来ていない。
「仕方なかろう。ここのところ連戦だからな。授業に出られるだけ有り難いと思わねば」
 目の前にいる芝村舞が答える。
「このままじゃ、体が鈍りますわ。・・・ふふ、良いことを思いつきました」
 未央が舞ににっこり笑いかける。と、芝村は少し恐がっているような目つきで壬生屋を見た。
「ま、まさかまた朝練ではないだろうな?この間のように倒れてしまって授業に出られぬのでは、意味がないと思うぞ!」
 じりじりとあとずさりしている。
「まあ、親友なのに冷たいですわね!・・・ふふ、冗談ですことよ」
「なんだ、驚かせるでない。まったく。そなたは冗談が上手すぎる」
「舞が下手なだけですわ。・・・あら?」
 入り口のほうから大きな猫がとことこと歩いて来た。そしてそのまま舞にすり寄り、ゴロゴロとノドを鳴らす。
「ニャウ」
「ギクッ!」
 傍目にも舞の体が硬直したのが判った。ぎくしゃくと動く舞。
「そ、そうだ!私は用事を思い出した!さらばだ!」
 教壇に躓きながら、舞はあたふたと歩いていった。右手と右足が一緒に出ている。
「ヘンな舞ですこと。せっかく甘えてましたのに、かわいそうにね、ブータ」
 しょんぼりとしたブータのノドに未央が手を伸ばし、くすぐる。
 すぐにまたゴロゴロと言い始めた。
「うふふ、現金ですわねぇ」
 未央が微笑む。ブータはきらりと光る目で未央を見ると、言った。
「猫の身では仕方ない事。・・・そのように驚くでない」
 ブータのヒゲの先端がほんのり上がる。微笑んでいるのであろう。
「・・・どうした。もっと続けてくれぬか。まこと、ノドを撫でられるのは心地よいものよ」
 未央が止まっていた手を慌てて動かす。
「そなたにこのように撫でられるのは、久方ぶりだ。・・・もっと、ゆっくり撫でられぬのか?ふむ」
 ブータの目がまた未央を見た。
「動揺しておるのか?」
「あああ、当たり前ですわっ!」
 今まで黙ってブータの言うがままになっていた未央が、ようやく声を上げた。
「猫が喋るなんて、聞いたこともありませんもの!」
「人が喋るのなら、猫が喋っても不思議はないと思うのだがな?」
「不思議すぎます!」
「・・・そなたの言葉とは思えぬな」
「不思議なものを不思議と言って、何が悪いんですか!」
 未央は衝撃のあまり、少しヒステリー気味になっているようだ。
「不思議とはすなわち己が理解し得ぬ事柄。理解する努力もせずに不思議だという一言で切り捨てるのは、少々乱暴すぎぬか?」
「・・・猫のくせに、舞みたいな事を言いますのね」
 未央の眉が寄った。そのうちに唇の端が上がってゆく。
「ふふっ、あなたの仰るとおりですね。そう、同じ不思議でも、良い不思議ですわ。ここへ登られませんこと?背中も撫でて差し上げますよ」
 にっこりと微笑んで、未央が机の上をぽんと叩いた。
 『良い不思議』と『悪い不思議』。
 未央が口に出さなかった『悪い不思議』の意味を、ブータは悟った。
(ふむ、『あれ』はあれで意味があるものなのだが、そなたにはまだ理解できぬであろうな)
 しかし何も言わず、ただ黙って机に登り、未央の手に体を委ねた。
(物事にはすべて時機があると言うたのは、誰であったか。・・・まあよい。今暫くは、このような状況も悪くなかろう)
「あら、急に大人しくなりましたわね」
「ニャー」
「うふふ」
 未央は微笑んでブータの背骨あたりを優しく撫でる。
 ブータは夢見心地で目を細めている。

 そろそろ、生徒達が登校する時刻になろうとしていた。

                             おわり  

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