「ラブラブ・ホンダ・バレンタイン」

 尚敬校校門前。芳野春香が、大きなバスケットを手に立っている。
「おはよう!あのね、これ、良かったら食べて?」
 通りがかった来須銀河に、小さな包みを手渡した。
「・・・?」
 怪訝な顔の来須。横合いから新井木が顔を出す。
「あー、チョコレートでしょ!いいなあ、先輩。先生、僕にもちょーだい!」
 ついでに手も出す新井木。芳野は笑ってその手にも包みを乗せた。
「はい、どうぞ。遅刻しないようにね」
 2月14日である。バレンタインチョコを配っているのだ。家事が得意な芳野お手製とあって、味の方は申し分なしの出来映えである。
 芳野は登校してくる生徒達に次々とチョコを手渡していく。男子女子関係なく、配っている。
 と、そこへ背後から、
「チョコレートですか」
 低い男の声が聞こえた。硬直する芳野。顔は、既に赤い。
 芳野が振り返ると、想像通り坂上久臣が立っていた。
「さ、坂上先生!あの、これはその」
 しどろもどろになる芳野。
「ああ、構いませんよ。生徒達も甘い物を食べるのは久しぶりでしょう。そのせいか、今朝は士気が高い。先生のお陰です」
 芳野の動揺を、自分に叱責されそうなせいだと思った坂上は、悠然と言った。
「あ、あの」
 バスケットに手をやる芳野。それを見て坂上は、
「私は結構です。生徒達に分けて上げて下さい」
と言って、玄関の方に消えた。
 芳野は、ひときわ大きなチョコを手に、その後ろ姿を見送る。
 坂上のために、用意したチョコレートだった。
 拒否された。そう思うと、声も出なかった。
 追いかける勇気は、勿論湧かなかった。
 それどころか、面と向かって手渡す勇気も既に消えている。
 生徒達へのプレゼントに紛れて渡すのなら、なんとか出来るかもしれない。
 チョコ配りは、芳野が考え出した作戦だったのだ。
 そして、その作戦は失敗し、後に残ったのは、失意の芳野と大きな可愛い包みだった。
 
「よ、どしたの」
 呆然と玄関を見つめる芳野に声を掛けたのは、同僚の本田節子だった。
 振り向く芳野。
「ああ、今日はバレンタインデーか。それって、もしかして坂上先生に・・・」
 にやにやと笑う本田に芳野はチョコを押しつけた。
「あげます」
「え?」
「あげますったら、あげます!」
 それだけ言うと、芳野は味のれん方面に走り去った。芳野の目元に涙が光っていた。
「いや、もらっても困るんだけど、って、あのちょっと先生授業は?」
 本田の呼びかけが、空しく響く。

 時計は夕方を差している。ついに芳野は戻って来なかった。
 本田が、食堂で芳野に貰ったチョコレートをかじる。ハート型のチョコの端を口の中で転がす。ほろ苦い味だ。芳野も一生懸命に坂上の好みを調べたのだろう。
「坂上先生がビターチョコ好きだって、聞いたことないけどな」
 本田がひとりごちる。
 と、そこへ明るい声がした。
「あ、本田先生、何食ってんの?」
 滝川陽平だ。滝川はそのまま、本田の隣のイスに腰掛ける。
「あー、チョコだ。いいなぁ」
「何だ、おめー、貰い損ねたのか?」
 滝川がむっとした表情になる。
「どーせ、俺は彼女いないよ」
「そうじゃなくて、今朝芳野先生が配ってただろ」
 苦笑いしながら本田が言う。滝川はポンと手を打ち、
「あ、だからみんなチョコ持ってたんだ」
と言って笑った。本田もつられて微笑む。
「正真正銘、貰いっぱぐれたな?わかった、半分やるよ」
 本田は調理場の方から包丁を持ってくると、チョコを叩き割った。歯形の付いていない方を滝川に渡す。すると、今度は滝川が苦笑いした。
「あのさ、先生。ハート型のチョコをふつー包丁で割るか?真っ二つになったハート型って、なんか寂しくない?」
「そっか、わりぃ。俺、そういうの疎いからな」
 うつむく本田。滝川はコリコリとチョコをかじる。沈黙が重い。
「俺ってさ、女としてどうなのかな」
 ふと本田が呟く。口から言葉が出た瞬間、言った本人が赤面した。滝川も口一杯に頬張ったチョコを吹き出した。
「!!げほげほ、どうしたんだよ先生。らしくねぇな」
「あ、いや、そのなんだ。あー・・・いいや。言っちまったもんはしょうがねえ。なあ、滝川。どう思う?」
 妙に頭の切り替えが早い本田、いまだにむせている滝川に尋ねる。
「先生さ、マジで熱あるんじゃない?それか、好きな男でも出来た?」
 滝川が冗談めかして言う。本田は、真面目に答えろ、と滝川の頭をはたき、
「俺って、格好はこうだし、言葉遣いはアレだし、どっちかっつーと女として見られてないと思うんだよな。メタル好きだから、この格好変えるつもりはねえけど、女として見られない方が楽だから、こういう格好してんじゃねえかって、たまに自分でも思うんだ」
「好きなら、いいんじゃないの?」
「でもさ、こういう日には特に・・・芳野先生はホラ、坂上先生にラブラブだろ?生徒達だって仲良いヤツとか凄く楽しそうじゃん。そういうの見てると、俺ってもしかして、物凄く無駄な人生送ってるんじゃねえかってさ」
 本田は口をつぐんだ。本気で悩んでいる様子だ。滝川も真剣に考えているらしく、宙を睨んで言う。
「確かに、速水とか若宮とか、楽しそうに一緒に訓練してるよな」
「だろ?」
 勢いよく言う本田の顔を、滝川は真っ向から見つめた。
「でもさ、好きでもない格好した本田先生って、なんか良くないよ」
「そうか?」
「当たり前だろ?女に見られるってことより、好きだってことの方が格段に大事だと、俺は思うな」
 滝川は立ち上がり、
「それにさ、好きな格好をしてる本田先生って、キレイ、だよ」
 唖然とする本田。滝川はちょっとポーズを決めて、
「今度、プールでも行かない?」
と言ってにこっと笑った。
 本田の口元に、次第に笑みがこぼれる。そして、くすくすと笑いながら、
「ばーか」
 優しい声で答えた。

                          おわり
 

 

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