「ふたり」

 水槽から羊水が排出され、浮力が消えた。体の重みを感じる。
「目を覚ましなさい」
 ゆっくりと目を開けると、白くて細長いものが見えた。
 くねくねしている。怖くなって、また目を閉じた。

 心地よい夢の中から無理矢理叩き起こされて、一週間が過ぎた。
 今日は、初めて部屋の外に出る。服も、緑の寝間着から普通のシャツに変えられた。白くて細長い「岩田」の後ろについて歩くが、まだ体の重さには慣れない。
「フフフ、今日はあなたに会わせたい人がいます」
 岩田が言った。私は今日まで、この男以外の人間を見たことがなかった。いや、鏡に映る自分を入れると二人か。
 少し楽しみになった。
 岩田が立ち止まり、ドアを開けた。私も続いて部屋に入る。
 薄暗い部屋。とても殺風景だ。中にあるものは、ソファが一つ、男が二人。
 ソファに座っていたのは、白い服を着た奇妙な男と・・・私自身だった。
「こいつか」
 白い服の男が私を見て言った。
「そう!新しい坂上です!いかがですか、準竜師?お気に召しましたか?」
 岩田がのけぞりながら答える。準竜師は岩田とは初対面では無いのだろう。少しも動揺していない。
 私と同じ顔をした男に視線を合わせる。私が「新しい坂上」ならば、この男は「古い坂上」という事なのだろうか。
 坂上が表情を殺したまま、準竜師に言う。
「岩田のチェックはオールグリーンでした。・・・処理に入りますか?」
「よかろう」
 準竜師が頷く。坂上は立ち上がると、私の手を掴んで引き寄せ、お互いの額をくっつけた。私は驚いて体を引こうとしたが、坂上の手はそれを許さなかった。耳に、準竜師の皮肉な声が聞こえる。
「フン、おっさん同士のカラミを見せられても、嬉しくもなんともないな」
「フフフ、彼がおっさんなら、あなたもおっさん、私もおっさんです」
 鈍い音。岩田のどたりと倒れる様子が、目の端に見えた。
「何の真似だ」
 目の前にある顔に囁く。
「処理です。・・・じっとしていれば、すぐに終わりますよ」
「処理って、何の」
 一体、私は何をしているのか。
 こんなおっさん・・・いや、私にそっくりなのだから、私もおっさんなのだが・・・に抱きしめられているとは。酷く気分が悪い。
 私達は、何なのだろうか。
 「新しい坂上」と「古い坂上」とは、一体いかなる意味なのか。
 もう一度、言葉を発しようとしたその時、網膜の上に初めて見る見慣れた風景が映った。

 明るい空。枯れた木が方々に生えた、荒野。
 遠くに、一群の醜い怪物が蠢いている。
 友軍の兵士が、指さし叫ぶ。私はそれに頷くと、背中から細長い銃器を下ろし怪物に照準を合わせた。
 スコープを覗くと、違う風景が広がっていた。
 冷たい目をした男が、皮肉な口調で語りかけてくる。
「どうして、だと?たわけた事を聞く。お前には、一生判らない理由だ」
 私は、その男のことを心底怖いと思った。
 男の顔をそれ以上見つめる気にはならなかった。目をそらす。
 目の前に紫色の髪をした若い女性が立っていた。
「坂上先生!今から授業ですか?ま、一緒に行きましょうや」
 親しげに話しかけてきた。そうか、私は教師なのか。
「昨日は随分としごいたそうじゃないですか。そんなだから、「鬼坂上」なんてあだ名されるんですよ」
 連れだって歩いている。薄暗い廊下を抜け、外に出る。
 また、風景が変わった。
 夜の道路だ。私は歩いている。と、胸を貫く痛み。滴り落ちる真っ赤な血が、最後に見たものだった。ばったりと倒れ、目を閉じる。

 目を開けると、毎朝鏡の中で見るのと同じ顔が見えた。
「どうだ?」
 背後から、芝村準竜師の声が聞こえた。
「うまくいったようです。このまま、部屋へ運んで下さい」
 ぐったりとした男の体を抱えたまま、「私」が答える。準竜師は目で岩田に指示を出した。岩田(準竜師の折檻から無事立ち直ったようだ)の手で運び出される「私」を見ながら、準竜師は薄く笑った。
「ふ、今日は、ご苦労だった。これで、奴も肩の荷が下りたろうな」
「はい」
「暫定的にあいつに名前を与えるとしよう。そうだな、「弐型」でいいだろう。俺の配下に付くよう、手配する」
「ありがとうございます」
 儀礼的に私は頭を下げた。
「明日か明後日には、準備も整う。お前の方も、受け入れの用意をしておけ」
「はっ」
 準竜師は立ち上がり、部屋を出て行きかけ、ふと振り返る。
「ところで、奴は今どこにいる?第6世界か?」
 私が、
「はい、確かその筈です」
と答えると、準竜師はニヤリと笑い、
「ふ、部下とあろう者が、上司の居所ぐらい把握していなくてどうする。・・・まあいいか。それではこれからよろしく頼む。<介入者>よ」
と言った・・・。

 記憶処理の間中聞こえていた、あの男・・・準竜師の言葉を借りれば「弐型」の疑問を心の中で繰り返してみる。
 私達は一体、なんなのか?
 その答えを私は、持ってはいなかった。
「たぶん、一生わからないでしょうね」
 声に出して言ってみる。自嘲的な笑みが零れた。あたりを見回す。
 誰かに覗かれているような気が、一瞬だけ、した。
 
                           おわり

 

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