「生贄」

「図書館とか行って、調べないといけませんね」
 ハンガー二階左側で、森精華が誰かと話をしている。相手の声は士魂号から発せられる唸りでかき消されて聞こえない。外階段を登りかけていた坂上の足がぴたりと止まった。
「明日から、忙しくなりますよ。じゃ、また」
 森が、外に出てくるようだ。坂上は慌てて―しかし足音を忍ばせて―鉄の階段を下りた。
「・・・残念です」
 階段を降りて校舎の方へ向かう森の後ろ姿を見送りながら、坂上は呟いた。

 放課後である。生徒達は三々五々仕事へと散っていく。森もその例外ではなかった。が、
「森さん、少々よろしいですか?」
 担任の坂上に声を掛けられる。もともとあまり親しくはない。が、一応目上の人間への尊敬だけは失わない森である。嫌な顔をせず、振り向き答えた。
「なんですか?仕事中なんですけど」
 これでも、彼女にとっては精一杯のセリフなのだ。
「いえ、ちょっとお聞きしたいんですが」
 森は、坂上の方に向き直る。早く言えば?という表情だ。
「学校は・・・この小隊は、楽しいですか?」
 意外な質問に当惑気味の森。それでも、まだ自制して答える。
「え、ええ。原さんもいるし、二組のみんなも仲がいいし、楽しいです」
「そうですか・・・。あ、あと一つ」
「何ですか?」
 質問は終わったと思ったのに、また質問。森の顔にははっきりと困惑が刻まれている。
「ご家族との仲はどうですか?」
「はあ!?」
 前の質問よりさらにとっぴだ。森も思わず素っ頓狂な声を上げた。
「いえ、教師は生徒の家族のことも知っておかないといけませんから」
「はあ、まあまあ仲いいと思いますよ。普通です」
「そういえば、茜くんとご兄弟でしたね。おうちでの茜くんはどうですか?」
 この人は何を聞きたいのだろう。森はそう思いつつも、答える。
「大介・・・茜くんも、うちの両親とうまくやってます。・・・アイツもともと猫被るのだけは上手いし」
 最後の方は、小声だ。茜大介。森精華の義理の弟。人呼んで、金髪の小悪魔。
「そうですか。いや、お仕事中、ありがとうございました。では」
 坂上はそう言うと、職員室のある女子校校舎の方へ歩いていく。森は、その後ろ姿を見ながら、首を傾げていた。
「どうしたの?」
 聞き馴染みのある声がした。振り返ると、原素子がいつものように婉然と微笑んでいる。
「坂上先生が、学校は楽しいかとか、うちの家族仲のこと、聞いてきたんです。今日の先生、すごく変だと思いませんか?」
「あら。ふふ、もしかしたら、あなたに気があるのかもしれないわね。坂上先生、可愛いと思うけど」
 原のセリフはいつもどこまでが本気か判らない。森は、とりあえず手に持った工具箱で原の頭をこつんと叩くと、
「なに馬鹿な事言ってるんです。仕事しますよ、センパイ!」
と言った。

「あー、やれやれ。終わったぁ!」
 茜大介が伸びをする。
「お疲れサマデス」
 同じように伸びをしていた森に、ヨーコがタオルを差し出した。
「あ、ありがと。疲れたから、先上がらせてもらうわ。大介、うちの残った整備、ついでにやっといてよね」
「んだと、ふざけるな!」
 怒る茜を後目に、森はハンガーを出た。
 凝った首を回しながら歩く。校舎はずれに差し掛かったとき、坂上が小隊長室から出てきた。先ほどの原のセリフを思い出し、少し赤くなる森。
「お仕事お疲れさまです」
 坂上が話しかける。
「あ、どうも・・・坂上先生も、お仕事ですか?」
 他愛ない返事を返す森。夜で良かった。顔を見られずにすむ。そう思った。
「ええまあ。今からお帰りですか?待ちなさい。夜道は危ない。一緒に帰りましょう」
「え、あ、はい」
 妙に説得力のある坂上の声に、拒否できない森であった。

「全ては、戦術なんです」
「はあ」
 どぶ川べりの道を歩きながら、坂上は得意の戦術論を披瀝している。しかし、テクノオフィサーである森にはなんだかさっぱり判らなかった。
「あ、うちここですので」
 坂上の話から解放されそうで、ほっとする森。しかし坂上は、
「・・・今、ご両親ともご在宅ですか?」
と聞いた。
「ええ、たぶん。灯りが付いてるし、父の自転車もあるので、いると思いますけど」
 何なんだ一体。そんな思いが森の心を去来する。本当に、今日の坂上先生はよく判らない。
「・・・本当に、残念です」
「え?」
「あなたは、知りすぎました」
 坂上の言葉が合図になったかのように、黒塗りのウォードレスが数体現れた。
「え?え?」
 おろおろしている森を残し、ウォードレスは森の家へ侵入する。
 何かが割れる音。
 男女の悲鳴。
 ここへきて森はようやく事態を把握したようだった。
「あの人達、何してるんですか!?おとうちゃん!おかあちゃん!」
 家の方に駆け出そうとする森の行く手を坂上が阻んだ。
 手にしているのは、黒光りする重たげな銃だ。
「え?あの、坂上、せんせい?」
「準竜師の命令です。私の手で、あなたを処分しなければならない。・・・さようなら」
 一瞬の事だった。
 坂上の銃から閃光がほとばしる。
 森の体が何かに突かれたようにはじき飛ばされる。
 男女―森の両親だろう―を抱えたウォードレス達が家から出てくる。
 そのうちの一体が、森の体を抱え上げる。
 そして、出てきたときと同じように、唐突に姿を消す。
 残されたのは、既に銃を懐に仕舞った坂上ただ一人だった。

 翌日のHR。
 坂上が淡々と喋っている。
「森さんは、交通事故にあい・・・即死・・・ご両親ともども・・・」
 5121小隊は、失意の底に沈んだ。
 HRが終了した後、坂上は小隊長室に行った。芝村準竜師との通信のためである。仕事帰りの森と出会ったときも、準竜師との通信後であった。その通信で坂上はハンガーで聞いた事を報告し、準竜師は処分を通達したのだ。
「俺だ」
 いつものように、準竜師が言う。
「全て、終わりました」
「ご苦労」
「・・・」
「まだ何かあるか?」
「いいえ」
「フン。切るぞ」
 通信は一方的に切られた。
 坂上が小隊長室から出ると、茜大介が待ちかまえていた。
「先生。義姉さんの墓はどこですか」
 目が赤い。そういえばこの子も森の家族だと坂上は思った。しかし、準竜師もそのことは知っているはずだった。残されたということは・・・。
「お墓、ですか。遠い所にあります。行くのはちょっと無理でしょう」
 茜の目が光っている。
 涙か?
 いや、違う。怒りで燃えているのだ。
 憎みなさい。坂上は思った。
 一度は物言いたげに口を開く茜だったが、結局何も言わずに去っていった。
 憎みなさい。憎しみこそ、準竜師があなたに期待していることなのですから。そして、憎むことしか、今のあなたにはできないはずです。
 憎みなさい。私を。
 憎みなさい。準竜師を。
 憎みなさい。この世の全てを。

 そして、竜になりなさい。

 坂上は、ふと青空を見上げた。どこかで、あの男が嘲笑っている声が聞こえた、ような気がした。

                            おわり

 

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