「坂上久臣、仁義無き闘い」

「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
 同じ顔、同じ服装の男が挨拶している。片方は坂上久臣壱型。そしてもう一方は坂上久臣弐型だ。今、壱型が芝村の監視から戻ってきたところである。
「夕食前に、少し話したいことがあります」
 切り出したのは、弐型の方だった。
「何ですか?記憶処理で済まされないことですか?」
「直接話した方がいいと思いますので」
 壱型が日本茶の入った湯飲みを手に食卓に向かう。弐型も向かい側に座った。弐型の表情を伺う壱型。しかし、その顔からは何も読みとれない。
「実は、今日芝村の舞から告白されまして、つき合うことになりました」
 弐型が淡々と告げる。飲みかけていたお茶がむせて、壱型はせき込んだ。
「すいません、もう一度言っていただけますか?」
 信じられない様子である。
「ええ、ですから、芝村舞と恋人関係になったんです」
 弐型の顔をまじまじと見つめる壱型。
「今日はたしか、3月の10日でしたか」
「貴方の言いたいことは判ります。そう、10日です」
「そうですか」
 彼らの言っていることを説明すると、芝村舞は出会って1週間もしないうちに、風采のあがらない、いつも戦術のことばかり話す、誰か会話していれば割り込んでくる男に告白した、それを確認しあっているのである。
「今日、交替しますか?」
 壱型が聞く。いわんとするところは、今日は交替の日だけれども、このまま自分が芝村一族の監視を続けて、弐型は舞といた方がいいのではないか?である。
 この男達の会話は、実にややこしい。
「いえ、貴方も彼女に会ってみて下さい」
 弐型が言った。

(あの少女か)
 壱型は遠くから舞を眺めた。「ポニーテールでツリ目で芝村的」とは言い得て妙だ。ただし、弐型の説明ではその後に「美少女」と続いていたのだが。
 舞が壱型の姿を認めて駆け寄ってくる。愛らしいと言えば言えないこともない風情だ。
「坂上、戦術の話を聞かせてくれ」
 単刀直入、芝村的なことこの上ない。
「わかりました。戦術のいうものは・・・戦術は・・・。さっきから何を見つめてるんですか」
 舞は、じっと壱型の喋る様子を見つめていた。
「そなたの顔だ」
「私の顔なのは分かってますよ・・・戦術はええと戦術というものは・・・気になるな」
 壱型は舞の瞳から逃げるように、視線を上へ彷徨わせていたが、思い切って目を合わせてみた。
「なぜ、私の顔を見つめるんですか?」
 舞は、少し赤くなった。
「なぜ、と聞かれても困る。どうして・・・むにゃむにゃなのか、とか、本当に・・・とか、色々考えていたのだ」
 歯切れが悪い。いきなり芝村的でなくなってしまった。壱型が少し微笑む。
「どうして、こんな男に告白してしまったのだろう、ですか?」
 舞の目が見開かれる。
「なぬ、いや、何をたわけたことを。昨日の我の言葉を疑っているのか?」
「いえ、そうではありませんが。私のことが嫌いになったかと思いまして」
 舞がうつむいた。
「・・・逆だ。もうこれ以上は言いたくない」
「逆、とは?」
「言いたくないと言っている!」
 壱型は肩をすくめた。その場を立ち去ろうとする。しかし、舞の手が壱型のシャツの裾を掴んだ。壱型がふと見ると、掴んだその指先が震えている。
「すまぬ。言葉が過ぎたようだ。そなたを怒らせるつもりはなかった」
 舞が顔を上げた。まっすぐに壱型の目を見つめる。
「先刻そなたは言ったな?「どうして、こんな男に告白してしまったのだろう」だとか「私のことが嫌いになったかと思いまして」だとか」
「ええ、言いました」
「その、逆だ」
 壱型の顔をしっかりと見据えながらも、舞の頬は真っ赤になっていった。
「どうしてこの男は我を受け入れたのか。どうしてこんなにも好きになっていくのか。・・・この男は我を好いていてくれるのか。それを、考えていたのだ」
 また舞が顔を伏せた。同時に掴んでいたシャツを離す。
「そなたは、酷い男だ。我にこんなことを言わせる」
 小声でそう言って、舞は壱型に背を向けた。
「我が側にいると迷惑がかかる。そなたも本当は我を嫌っているようだし。やはり、教官と生徒の間柄がいいようだ」
 歩き出した舞に壱型が声をかける。
「芝村さん」
 舞の脚が止まった。
「逆です」
 坂上は、何を言っているのか、と自嘲した。だが、言わなければならない事だと思った。
 舞が振り向いてぎこちなく笑う。
 弐型の説明は正しかった。壱型は舞の様子を見て確信した。

「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
 冒頭と同じセリフである。しかし、今回は言っている人物が替わっていた。
 弐型が帰って来たのだ。
「どうでしたか?」
 弐型が尋ねる。
「ええ。いい子です」
 答える壱型。弐型はにこっと笑った。
「そう、今日は私から話したいことがあります」
 壱型が切り出す。前と同じように食卓へ向かう二人。
「明日の日曜、出かけることになりました」
「そうですか」
 沈黙。
「どうしますか?」
「貴方は?」
 意味をなさない会話だが、要は前と同じである。
 交替するかしないか。芝村一族の監視に行くか、舞とデートに行くか。
「どうやら、二人とも同じ意見のようですね」
 片方が立ち上がる。同じく、もう片方も。
「しかたありませんね」
 二人は懐から拳銃を抜いた。

 次の日、舞は校門前でいらいらと坂上を待っていた。
「遅い!」
 辺りをうろつく舞。
「一体いつまで待たせる気だ!」
 多目的結晶が9時を告げた時、舞の怒りはピークに達した。

 ハンガー二階。舞がてきぱきと仕事を片づけている。いや、てきぱきどころか嵐のようなスピードだ。坂上への怒りで我を忘れている。
 誰か来る気配がした。その方向をぎろっと睨む舞。ツリ目がさらにつり上がる。
 舞の居所を尋ねる声。坂上だ。舞はすぐさま目をそらし、仕事をしている振りをした。
「・・・何しに来た」
「謝りに来ました」
 舞がつんと顔をそむける。
「知るか」
「反省しています」
 殊勝な坂上の声音に、ちらと目をやる舞。その顔に驚きが走る。
「そなた、一体どうしたのだ!?」
 坂上の顔や腕、いたるところに絆創膏が貼られていた。包帯を巻いている箇所もある。
「出る前に、ちょっとごたごたがありまして。遅刻するつもりはなかったのですが」
 壱型と弐型の闘いは熾烈を極めた。ここに来ているのは、勝った方だ。壱型か弐型かは、判別がつかないが、坂上であることに違いはない。
「誰にやられた。言え。仇を討ってきてやる」
 怪我の理由を知る由もない舞が息巻く。坂上は舞をなだめて、
「まあまあ、いいんですよ。それより、許していただけますか?」
「う、うむ、まあ、わざとではないのだからな。許すも許さないもないだろう」
 坂上がほっとしたように微笑んだ。
「よかった。許してもらえないのではないかと気がかりでした」
 眩しいものを見たかのように、坂上の笑顔から目をそらす舞。
「・・・嫌われたのだと、思ったぞ」 
「逆だといつも言ってるでしょう?」
 坂上の手が舞の髪に触れた。そのひとすじを指に絡める。唐突な行動に焦る舞。
「こ、こら、そんなところを触っても楽しくないだろう。いや、そういう意味でなくてだな、あの、えっと・・・」

 幸せな恋人達のひとときである。
 邪魔をするのも憚られるので、今回はこれにて、閉幕・・・。

                     おわり


 

目次へ戻ります