「そはかそけききみのこえ 1」(「そはかそけききみのこえ 2」)


 私の名は坂上久臣。弐型。
 私は芝村勝吏準竜師に造られた、道具。
 彼の言うままに見聞きし、伝え、処理する。
 私の手が血で黒く汚れようともかまわない。
 彼女さえ生きているのならば。


「ただいま帰りました」
 玄関のドアが開く音。そして男の声。
「おかえりなさい」
 私は手元の本に目を落としたまま、答えた。部屋に入ってきた男が蛍光灯を点ける。
「・・・本を読むのなら、電気ぐらい点けなさい」
 目を上げると、彼は呆れたような顔でこちらを見ていた。
「今日は、どうでしたか?」
 私は彼の言葉を無視して本を閉じた。それをテーブルの上に置き、尋ねる。
 今日は初出勤の日だった。
「別に、どうという事はありません。後で書類を渡しますので、目を通して下さい」
「判りました」
「明日は、貴方の番ですから」

 彼の名も坂上久臣。
 私が弐型なら、彼は壱型とでも呼ぶべきだろうか。
 私達はともに同じ遺伝子から作られたクローン。
 私達の違いは、守るものがあるかどうか。
 それだけのはずだった。


 夕食(カップラーメン)後、壱型から小隊員達の履歴書を見せられた。今後のために憶えておかなければいけないそうだ。まだ書類が届いていないものもいたが、それでも見ておくに越したことはない。
「で、この子が芝村舞さん」
 壱型が書類を差し出しながら言う。クリップで書類に止められた写真には、少しツリ目の少女が写っていた。
「芝村、というと・・・」
「そう。かの一族の末姫だそうです」
「なんでまたこんな小隊に配属されたのでしょう」
「さあね、あの男のやることは、私にはいまいちよく判りません」
 壱型の手が次の書類に伸びた。見ると、教官達の分のようである。紫色の頭髪をした人間の写真が添付されていた。これは・・・男?いや、女か?
「この人が、本田節子教官。軍属です。・・・彼女は格好はちょっと凄いですが、驚かないようにして下さい」
「凄いってどんな」
 私はこの写真の主が女である事に少し驚きつつ、聞いた。この髪に加えて凄い格好と言われても、私の想像力では追いつきそうにない。
「何と言いましょうか・・・彼女曰く、『俺はメタルだ』だそうです」
 メタル?
「全身エナメルで真っ赤です。女性の服のことはよく判らないのですが、露出度は高い方だと思います」
「はあ」
 私は壱型が少し頬を赤らめながら答えるのを見て、もっとよく判らなくなった。
「格好については、明日見れば判ります。・・・重ねて言いますが、驚かないようにしてくださいよ。性格の方は、気さくで生徒の扱いにも慣れている。優秀な人材ですね」
「これで、ですか」
「ええ。これで、です」
 本田教官の写真を見ながら、お互いに言った。さっきの芝村舞よりもさらにきついツリ目だ。しかも本田の顔には、教師というよりも歌舞伎役者であると言われた方が納得できそうな化粧が施されている。
「いや、本当にいい人なんです」
 私の怪訝な表情を察知したのだろう。壱型が強調するように言った。
「もう一人、いるようですが?」
 壱型の奇妙な言動は放っておくことにして、私は自分で書類をめくった。
「ああ、この人は民間人の・・・」
 写真が目に飛び込んできた。壱型の声が遠くから聞こえる。
 春香。
「・・・で、国語を教えることになっています。・・・聞いてますか?」
「えっ?ええ、聞いてますよ」
 一瞬意識が飛んでいたのを悟られまいと、私は慌てて答える。
「大丈夫ですか?そう言えば、この人もそういう所があるようです」
「そういう所?」
「ええ、彼女が言うには、『少し時間が飛ぶ』んだそうですが、私に言わせれば単に妄想にトリップしているだけです」
「妄想癖、ですか」
「授業中にそれを起こさなければ、平凡な教師なんですが」
 私は壱型の言葉を聞きながら、記憶を辿った。少しほわんとした所はあったが、そんな癖は思い当たらない。
「彼女にあまり期待するのも酷でしょう。なにせ、急造品ですのでね」
 壱型の言葉に、思わず拳を作ってしまう。ただしテーブルの下で。
「急造、品?」
 壱型に聞く。彼は少し寂しそうな微笑みを浮かべた。
「ご存知ありませんでしたか?・・・この戦争によって、優秀な大人は既に絶滅したも同然です。人類は、第6世代の子供達を育てる間の繋ぎとして、年齢固定クローンを作りました。私達もそれですが、中には彼女のような粗製濫造とも言うべき個体も多く含まれています」
「我々の方が粗製濫造なのかもしれませんよ」
 壱型は、私の言葉を冗談だと思ったのだろう。
「まさか」
と呟き、笑う。私は彼の顔を見ながら言った。
「何故まさかなのですか?自分には欠けた所がないとでも?」
 そうして、私はそのまま席を離れた。

 彼に欠けていて、私にはあるもの。
 それは記憶。大切な記憶。
 それが私を縛り、包み込む。
 夢の中。
 私は喜んでその呪縛を受けよう。


「それでは、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
 私は壱型と挨拶を交わし、家を出た。軍人及び軍属専用のマンションの廊下を歩く。管理費を節約するためか、エレベータなどという贅沢品はない。体力勝負の軍人用らしい作りである。私は階段を下りてマンションの玄関を目指した。
 それなりに管理され清潔さを保ってはいるが、どことなく冷ややかな印象を否めない建物だ。
 そんな事を考えながら歩いていると、突然目の前のドアが開いた。ぶつかりそうになって思わずよける。
「危ねーな!っと、坂上先生でしたか」
 緑色の鉄のドアの向こうからこちらを窺っているのは、昨日写真で見た本田節子教官であった。
 思わず、言葉に詰まる。
 当然ながら実物の方が写真よりもインパクトが大きい。紫の頭髪はアザミのようであるし、真っ赤なジャケットとパンツはさながら南国の蜥蜴のようだ。壱型が何度も『驚くな』と言っていたのも納得できる。
「おはようございます」
 私があっけにとられている間に彼女はドアに鍵を掛け私に挨拶した。
「ああ・・・おはようございます」
「どうしたんですか?ま、一緒に行きましょうや」
 本田がにっこりと笑って歩を進めた。私もつられて歩き出す。
 ふと、思い出す。これは、この光景はいつか見たことがある。
「いやぁ、今日もいい天気ですね。この分だと生徒が揃う4日は快晴になりそうだ」
 薄暗い廊下を通り過ぎ玄関に出る。朝の光が眩しくて私はサングラスの奥で目を細めた。
 ぐらり、と景色が揺れた。・・・この後私は殺される。
「いいや、違う。それは過去の事だ」
 こめかみを押さえて呟く。そう、あの時見た過去の幻影に過ぎない。
「どうかしましたか?」
 本田が怪訝な顔で立ち止まる。私は黙って首を横に振った。

 過去と現在に違いはない。
 否。
 過去はもう還らない記憶のみの存在。
 再び問う。
 過去と現在に違いはない。
 然り。
 現在と感じる瞬間、それは過去の一部となる。


 本田とマンションの駐車場で別れ、私は壱型に指示された通り原動機付き自転車――通称『原チャリ』に乗って学校までの道を辿った。
 徒歩と電車で通勤している本田よりも一足先に到着する。学校の駐車場にバイクを停めた後、私はそのまま小隊職員室へ向かった。
 女子校の中は華やかだった。微かなものではあったが、今まで忘れていた雰囲気である。やはり女性ばかりの集団というのは、えてしてそういう雰囲気を自動的に醸し出してしまうのだろうか。私はそんな感慨に耽りながら、職員室のドアを開けた。
 そこは、先程までの雰囲気からかけ離れた場所だった。
 部屋の中央には大きなテーブル。それを囲むように置かれたパイプ椅子。事務机が三つ壁と窓に向けて設置されており、空いた壁にはロッカーが並べられていた。
「ええと、私の机はどれでしょう」
 呟いて、辺りを見回す。入り口から向かって右側の机にはライフルが無造作に投げ出されている。更にその近くには、何故かエレキギター。
「あれは違うな」
 そう確信した時、私の背後からクスクスという笑い声が聞こえた。
「坂上先生、おはようございます」
 振り返ると、ピンク色のスーツを着た女性がにこやかに私を見つめていた。
「お、おはようございます」
 少し口ごもりながら挨拶を返す。
「先生の机は、こちらですよ。昨日お決めになったじゃありませんか」
 彼女はもう一方の壁際にある机を指さしながら、部屋の中に入った。そしてそのまま窓際の椅子に腰掛ける。
「そう・・・いや、そうでした。うっかりしていました」
 私は無理に笑顔を作り、答えた。私がぼうっと見守っている間に、彼女は持参した花を手早く花瓶に生けた。私の視線に気づき、少し頬を赤らめる。
「少しでも、明るい方がいいと思って・・・いけませんか?」
「いえ。綺麗な花です」
 開け放たれた窓から入る風に、彼女の服と同じピンク色の花びらが揺れる。
「その花は何ですか?」
 私は彼女に一歩近づき、聞いた。
「いや、待って下さいよ。前に見たことがある」
 さらに一歩近づく。
「ええと・・・薔薇、ではありませんね。確か、トゲがあった筈だ」
 さらにもう一歩。
「コスモスですか?いや、違うな。あれは秋の花だから」
 彼女が花瓶を手に取り、私の方を見て微笑んだ。
「もっと近くでご覧になりますか?」
 花瓶を差し出す。その動きに合わせて細長い茎の上の花がゆらめく。
「綺麗ですね」
 私がそう言って彼女の手を取ろうとした瞬間。
「おーっす!」
 本田が入ってきた。
 私も彼女も、慌てて手を引っ込める。本田はそんな様子に気づく筈もなく、鼻歌まじりで私物を机の上にぶちまけた。

                            
つづく
  

目次へ戻ります