「形見」

「俺は、あれこれ言うのは好きじゃない。ただ、お前が心配なんだ」
「え?」
 壬生屋は不思議そうな顔をしている。くすっと苦笑する若宮。
「俺が1号機の後ろで、どんなに胃の痛い思いをしているか、知ってるか?」
 壬生屋が慌てて謝る。
「も、申し訳まりません!出撃中は無我夢中になっておりますので、ついつい前に出てしまって」
「いや、いいんだ。どうせ、士魂号を降りろと言っても、聞かないんだろう?」
 少し呆れた顔で若宮が言った。壬生屋はうつむき、かすれた声で答える。
「申し訳ありません」
「だから、俺が守る」
 驚き、顔を上げる壬生屋。大きな瞳をさらに見開き、見つめる。そして、その表情を心底愛しそうに眺める若宮。
「いつか言っただろう?俺は、お前を守って死ぬから、って。・・・俺の髪、ちゃんと持っていてくれ」
 壬生屋がかぶりを振る。あまりの勢いに、つややかな黒髪が首筋にからまり、ほどける。
「嫌です、貴方が死ぬなんて、そんな。絶対に、嫌です」
 はらはらと真珠のような涙が零れ、白磁の頬を濡らす。
「わたくしがあれを持っている事で貴方が死ぬと仰るのなら、捨てます」
「おいおい」
「髪なんか、いりません。髪より・・・貴方の方が大事です」
 壬生屋はきっぱりと言った。
 ふと若宮は、戦闘中の壬生屋を思い出す。
 この少女のどこにあんな闘争心が眠っているのか。スカウトの自分でも真似できない・・・いや、真似したくない特攻。ミノタウロスを相手に、両手の大太刀のみで挑みかかる、その勇姿。人は蛮勇と言うが、若宮にはひどく美しい姿に思えてならなかった。
 たぶん、俺よりも強い。
 若宮はそう思う。筋力よりも、生命力と気力の問題だ。ウォードレス同士で戦うならば、彼女は俺の敵ではない。想像するのも嫌だが、俺の一撃で未央は死ぬだろう。
 だが、死ぬその瞬間まで、急所を狙い、攻撃を仕掛ける。そんな気がする。
 自分が彼女を守って死んだ後のことを想像してみる。
 未央なら、絢爛舞踏にでもなりそうだ。

「康光様がどうしてもわたくしを守って死ぬと仰るのなら」
 考え事をしていた若宮の耳に、そんなセリフが届いた。視線を壬生屋に戻す。
 壬生屋は、どこから出したのか、抜き身の懐剣を手にしていた。
「お前、そんなものどこから出したっ!」
 妙に焦る若宮。
「大和撫子のたしなみでございます。それはともかく」
 壬生屋は右手に懐剣を持つと、左手に黒髪を一握り束ねた。
 懐剣を髪にあてがい、力を込める。
「未央っ!」
 止めようとする若宮。だが、一瞬遅かった。
 さくりと切れた髪を、若宮につきつける。
「これをお持ち下さい」
 目が点になっている若宮、呆然と髪の束を受け取る。
「わたくしも、貴方を守って死ぬ覚悟は出来ております。ですから、形見です」
「形見・・・?」
「はい」
 お前がいなくて髪だけ持っていて、何になる。
そう言おうとして。
 そのときようやく、若宮は実感した。
 髪よりも貴方が大事。
 未央の言葉が心に響く。
「すまん。俺が間違っていた」
「康光様」
「・・・俺も、髪よりもお前の方が大事だ」
 若宮は素直に頭を下げた。壬生屋の目にまた涙が光った。

「勿体ないことをさせたな。こんなに綺麗な髪なのに」
 若宮の指が壬生屋の髪の切り口を触る。左側の顔に近い部分だけ、不揃いに短い。
「お父様に叱られますけれど、構いません」
「まず、俺はお前を親父さんから守るってわけか」
 若宮が笑う。壬生屋もにっこり笑い、
「そうですわね。父はその昔、素手で幻獣を倒したらしいですから、お気をつけて下さいませね」
 若宮の顔が少し青ざめる。
「そういえばこの間も散歩のジャマだったからといって、川べりに止まっていた指揮車を蹴り落としたそうですわ。そうそう、ジャガイモ60kgを軽々担いで帰ってきたこともありました。もうちょっと買い込んでおくとか言って、2,3回往復したんです・・・康光様、どうかなさいまして?」

 次の日から若宮の訓練量が増えたのは、言うまでもない。

                    おわり
                             

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