「来須と桃缶」

 コンコン。
 紙袋を抱えた若宮が、軽くドアをノックする。
 来須の住んでいるアパートである。体調を崩して欠席した彼の見舞いにやって来たのだ。
「よお、・・・大丈夫か?」
 玄関先でドアを開けた来須を見て若宮が言った。少しためらったのは、来須の病状のせいではない。
「風邪を引いたのはお前の薄着が原因だろうが、そこまですることはないんじゃないのか?」
 よろよろと布団に倒れ込んだ来須の背をさすりながら言う若宮。口元には微笑が零れている。
 そこまで、とは。
「・・・ヨーコが着ろと言った」
 着ろと言ったヨーコもヨーコだが、着てしまう来須も来須だ、と若宮は思う。
 それほど凄いセンスのちゃんちゃんこであった。若宮が持っている親衛隊のハッピにも匹敵する派手さとテカリ加減。やはり、ラテンの血が流れているのか。
「・・・日本では、これが普通だと」
「暖かくして寝ておくというのは、風邪の治療法だな。確かに」
 他に何とも言えず、うんうんと頷きながら答える。
「おっと、今日は見舞いの品を預かってきたんだった」
 若宮が持ってきた紙袋をがさがさと開けた。
「えーと、これが速水からで、これが芝村から。で、これが石津、壬生屋、加藤、東原、瀬戸口と」
 来須の枕元に、見舞い品を次々に並べていく。来須は枕に頭を乗せたまま、それを眺めている。
 白桃の缶詰。超強力栄養剤。よく判らない文字を書き連ねたお守り。それとは逆に真っ白な紙にただ一言「病気平癒」と書かれたお札。封筒。ぬいぐるみ。雑誌。
 それらが来須を取り囲む。特に石津のお守りと壬生屋のお札は威圧感抜群だ。ただし、横に並べておくと喧嘩し出しそうな雰囲気ではあるが。
「・・・それは?」
 来須が、封筒を顎で指す。
「ん、どれどれ?えーと・・・”九州一の名医!安藤左右衛門之丞先生。風邪でも癌でもピタリと治す”・・・”紹介料壱万円也”」
「・・・」
「・・・ええと、他には滝川からマガデーとコーラと紅茶と牛乳とやきそばパンと救急箱と」
 紙袋から出てくるものを見ながら、来須は少し微笑んだ。ふと若宮の視線を感じ慌てて横を向く。
「滝川らしいというか、滝川の好きなものばっかりだな」
「・・・牛乳」
「え?」
「・・・暖かい牛乳が飲みたい」
 来須が若宮を見上げて言った。
「判った。鍋、借りるぞ」
 立ち上がり、ガラス戸の奥にある台所に向かう。と、ひょいと顔を出し、
「家事はできんから、覚悟しとけよ」
 そして、豪快に笑った。

 台所でしゅんしゅんと湯気の立つ音が響いている。それと共に若宮の「うわぁぁぁ!」とか「泡が!泡が!!」という叫びも聞こえる。
 来須はそれを聞きながら、ついうとうとと眠りに落ちていった。

「先輩」
 ゴーグルの少年が駆け寄る。振り向いた来須の前で立ち止まり、にこっと笑った。
「先輩は、銀色の竜を見ましたか?」
 ――竜?
 少年は声無き来須の声を聞き、頷いた。少し戸惑う来須。
「銀色の竜は空を飛び彷徨っています、何かを探して」
 ――いつか見た竜。あれはいつだっただろう。
「先輩も見たんですか?あれだけは。あの竜だけは、敵じゃない。そんな気がするんです」
 ――そのことは、誰にも言わないほうがいい。
「判ってます。先輩だから、話したんです」
 そう言って少年はまた、にこっと笑った。

「・・・るす。くるす。来須」
 声で、目が覚めた。見慣れたアパートの天井と心配そうな若宮の顔が見えた。
「悪かったな、起こして」
「・・・いや」
 来須が体を起こす。少し熱が下がったようだった。
「あー、一応出来たんだがな、どうにも量が少なくなってしまった」
 そう言う若宮の手には、マグカップが握られている。持ってきたときには確か200mlの瓶に入っていたはずだが。
「すまん。ほとんど焦がしてしまった」
 申し訳なさそうに頭を下げる若宮。その様子を見て来須は、
「・・・構わない」
「そう言ってくれると思ってた。さあ、冷めないうちに飲め」
 若宮は相好を崩し、来須の手に暖かなカップを持たせる。来須がそれに口を付け飲み干している間に、若宮は缶詰を開けた。
「・・・桃か」
「ああ。さすが芝村、といった所だな」
 生鮮食料品も事欠く昨今、缶詰は更に高価で取引されていた。特にこの白桃などの果実類の缶詰は需要も多く、一般市民がおいそれと買える値段ではなくなっていた。
 皿の上の艶やかな果肉。そしてそれを囲む甘い蜜。
 若宮でなくともヨダレの出そうな逸品である。事実、若宮は口が半開きだ。
「・・・食え」
 来須が皿を押しやる。
「いやしかし、これはお前が貰ったものだからな。俺が食うわけにはいかん。・・・美味そうだが」
 腕組みして答える若宮。そのやせ我慢ぶりに来須がまた微笑む。
「・・・牛乳の礼だ。・・・半分、やる」
 若宮の生真面目な性格は来須も熟知していた。それ故の「礼」であり、「半分」なのだ。来須の考えた通り、若宮は少し悩んだあと、
「そうか。では、遠慮なく」
と言って、桃を二つに割った。

「で、だな。これが俺と司令と先生方からの見舞いだ」
 桃を食べ終わった若宮が紙袋からまた何かを取り出した。
 携帯電話だ。
「・・・?」
 桃を刺したフォークを置き、怪訝そうに見る来須。
 ピロロロロロ。
 電話が鳴る。来須が若宮を見ると、にやにや笑って取ろうとしない。仕方なく、来須が出る。
「ハーイ、ダーリン!」
 ヨーコの声だ。後ろでは誰かが騒ぐ声が聞こえる。
「次、次僕だからね!あっ、先輩?風邪大丈夫ですか?早く良くなって下さいね!はい、マッキー」
「えっ、あ、あのあの、ごっ、ごめんなさい!」
「田辺さん、それじゃお見舞いになってないじゃない・・・。来須さん?早く出てきて下さいね。貴方がいないとヨーコさん使いものにならないから。ハイ、原先輩」
 新井木、田辺、森の声が立て続けに響く。と、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「来須くん、お加減いかが?うふふ、うるさくしてごめんなさいね。本当はお見舞いに行きたかったんだけど、ヨーコさんに止められちゃって。誘惑なんて、しないのにね。・・・じゃ、代わるわね。お大事に」
 電話の向こうから、「アッチ行って下サイ!」という声がしたかと思うと、すぐに耳元でヨーコの囁きが聞こえた。
「ギンガがいないと、寂しいデス。セイカの言ったコト、本当ネ。ダカラ、早く体治して下サイ。・・・ジャ、オヤスミナサイ」
 そして電話は切れた。
 一瞬電話を見つめ、若宮を見る。
「一番声を聞きたいだろうと思ってな」
 そう言って立ち上がり、
「俺も仕事に行くとするか。あ、その電話は明日学校で返してくれればいいから」
 若宮は帰って行った。照れ隠しなのか、「俺も早く彼女欲しいな」と言いながら。
 残された来須は、携帯電話を見ながら思った。
 声無き声。言葉にするのが苦手なゆえに、伝わらないと諦めていた。しかし、それは間違いかもしれない、と。

 翌日の出撃に、完全回復した来須銀河の姿が見られたのは言うまでもない。

                      おわり
 

 

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