「私がいないとダメなのだ!」

「じゃあな」
「ニャーオ」
 ブータとの訓練を終えた若宮。ほくほく顔だ。気力が上がった上に特殊技能の幻視まで得られたのだから、当然とも言える。
「さて、速水に言われたとおり、魅力の訓練でもするかな」
 玄関を通った若宮、そうひとりごちると尚敬校廊下へ向かう。既に日はとっぷりと暮れていた。
「・・・なんだ、誰もいないのか。瀬戸口ぐらいいると思ったんだがな。さて、それじゃ訓練訓練と」
 やけに独り言が多い。鏡に集中しようと努力しているが、トイレのドアの影や物音が気になって仕方がない様子だ。
「馬鹿者!気合いが足りないぞ!」
 ふいに、耳元で声がした。きょろきょろと辺りを見回す若宮。しかし、誰もいない。
「っかしいなぁ。あれ?誰か後ろにいるのか?・・・・ぎゃー!!!」
 絹ならぬ、木綿を裂くような悲鳴が尚敬校に響きわたった。どたっという音を立てて、床に倒れる若宮。
 完全に気を失っていた。

「こら!起きるのだ!もー、冷えるではないか!」
 若宮の耳元でまた大声がした。うすく目を開ける若宮。
「よし、起きたな。って、おい!また気を失うつもりか!見つかったら、恥ずかしいぞ」
 声のせいでまた倒れかけた若宮は、羞恥心という一本のザイルにすがって立ち上がった。「よーし、鏡を見るのだ。いいから、早く!」
 謎の声に急かされて、鏡を覗き込む。
「私が見えるようだな」
「・・・お前、誰、いや、何者だ?」
 若宮の目にようやく声の正体が映った。
 ちいさな、女の子だ。少女ではなく、正真正銘、小さいのである。15センチあるかないか。その女の子が、若宮の肩に乗っていた。
「私は、火の国の宝剣の巫女神、ミトリだ。故あってお前に付いてやっている」
 ミトリと名乗ったちいさな女神は、偉そうにふんぞり返って鏡の中の若宮を見つめた。
「ちょっと待ってくれ。急に女神だとか言われても・・・」
 事態を頭の中で整理している若宮を、ミトリは小馬鹿にしたように眺める。
「ふん、お前の頭で理解など出来るものか。お前には私が付いている。それを感謝すれば良いのだ」
 若宮の眉がぴくりと上がった。軍隊でなら偉い奴に偉そうにされても何ともないが、肩に乗るくらいの女の子にそんな態度を取られて腹が立ったのである。
「おい、ミトリとか言ったな。ふざけた事を言ってもらっちゃ困る。俺はお前に感謝するような事は何もない」
 この言葉にミトリも腹を立てたようだ。親指ほどの顔が怒りで真っ赤になっている。
「お前、このミトリに逆らうのか?」
「神様とか偉そうに言ってるが、お前が俺に何をしてくれたって言うんだ?」
 ふいに、ミトリの勢いが弱まる。
「えっと、それはその・・・」
「言ってみろよ」
 驚かされた上に偉そうにされた若宮は、少し意地悪な気分だった。ミトリを追い込んで行く。
「・・・言う必要はない!私が守っている、それだけで充分ではないか!」
 ミトリ、逆ギレである。
「ふん、お前はどうせ狐狸妖怪の類だろう。そんなのに取り憑かれてちゃたまらん。さっさと離れてくれ」
「あーっ!お前、信じてないのか?ミトリ様が守ってやってるっていうのに!」
「だから、何を守ってるかはっきり言えばいいんだよ」
 口ごもる、ミトリ。その様子を見て、ふっとあさってを向いてため息を付く若宮。
「バケモノにくっつかれてたんじゃ、俺の命運も尽きたな。明日くらいに戦死かな」
「バケモノじゃないってば!・・・もー、怒った!やめやめ!お前の守護は今日限りで終わり!」
 言い捨てると、ミトリはふいに消えた。
 消える瞬間を見て青くなる若宮。「バケモノ」だの「狐狸妖怪」だの言ってはいたが、そういう実感はなかったのだ。しかし、その感じが判った時、若宮は再び気を失った。

 トイレに倒れた若宮はさておき、ミトリである。ひどくむくれている。若宮から離れた彼女は、ふよふよとハンガーの方へと漂っていった。
 一階の田辺のまわりをうろうろしてみる。田辺に付いているコトリは、まとわりついてくる不幸を払うのに大忙しでミトリに気づかない。
 整備テント二階に上がる。運良く速水がいた。速水と共に、巫女神三姉妹の長姉であるイトリもいた。
「あら、ミトリ。あのおっきい人はどうしたの?」
 イトリがミトリに気づいた。むくれ顔のミトリは慌ててそっぽを向く。
「いいではないか、いつも一緒にいなくても。どうせ見えないんだし」
「まあ、だめじゃないの、そんな事言っちゃ。いざという時に守れないじゃない。宝剣の命に背くことになるわよ」
 年上らしく諭すイトリ。優しい口調にミトリの目に涙が溢れた。
「あねさまー」
「あらら、どうしたの?泣いてちゃわからないじゃないの。さ、言ってごらんなさい」
 堰を切ったように泣き出すミトリを優しく抱きしめるイトリだった。

 すこし後。
 ようやく落ち着いたミトリが事の次第を話し終わった所だ。
「もー、あのトーヘンボクったら、そんなふうなの!」
 落ち着くどころかヒートアップしている。
「あのでも、それはミトリあねさまもいけないのでは・・・ごめんなさい!」
 田辺についているコトリである。巫女神であるが、性格は田辺似らしい。怒ったミトリにぽかぽか殴られている。
「やめなさい。コトリの言うとおりよ、ミトリ」
 イトリがたしなめる。ミトリはコトリを殴るのは止めたものの、不承知顔である。
「でもあねさま、宝剣の巫女神である私をバカにするなんてゆるせない!絶対、こらしめてやるんだから!」
「・・・言い出したら聞かないんだから。危ないことはだめよ?」
「大丈夫だって!」
 厳しいように見えて妹には大甘のイトリであった。結局、イトリもコトリもミトリの計画の片棒をかつぐことになったのである。

「若宮、話があるんだけどいいかな?」
 速水が若宮を呼び止めた。
「ん?」
「これ、あげるよ。じゃ」
 返事をするヒマもなく、若宮の手に包みを押しつけて速水は去っていった。
「あの、若宮さん。いいですか?」
 田辺である。
「あの、これを差し上げます」
 田辺もまた、若宮の返事を聞かず立ち去る。若宮の手元には二つの包みが残った。
「なんだこれ・・・おわぉ!」
 怪訝な顔で包みを開ける若宮。包みの中身は。
「危険なサンドイッチとおそろしい弁当か」
 一般人にはヤバイブツである。コレを食べると、体力がげっそり消耗する。鍛えていない整備クラスの生徒なら、ぶっ倒れて詰め所行き確実のシロモノだ。
 しかし、日頃「鉄の胃腸」を誇る若宮にはなんともない、はずだった。
 おそろしげなブツを手にうきうき顔の若宮を物陰から見つめる三対の目。
 言うまでもなく、宝剣の巫女神たちだ。
「あ、あの、ミトリあねさま?私たち、ふつうのひとには見えないんだから、別に隠れなくっても・・・ごめんなさいー!」
 またコトリをぽかぽか殴るミトリ。イトリが声を掛ける。
「ミトリ!あの方、あれを食べるつもりみたいよ。豪気ねぇ」
「それがこっちの狙い目なのよ、あねさま」
 いぢわるな笑みを浮かべて、食事中の若宮を眺めるミトリだった。

 屋上なんかで食べるんじゃなかった。
 若宮は、後悔していた。
 ここじゃ、誰も通らないじゃないか。こんなことなら食堂にしとけば・・・。イテテ。
「ふふふ、私の守護がなけりゃ、お前なんか普通の人間なんだから!」
 腹痛で苦しむ若宮と、それを見て楽しむミトリ。
「苦しんでらっしゃるわねぇ。早く助けてさしあげたら?ミトリ」
「ふふ、それじゃ行って来るわ」
 苦悶の表情を浮かべる若宮に近寄るミトリ。肩に留まり耳元に囁く。
「苦しそうだな」
 驚く若宮。
「ああ、バケモノか。ヤバイもん喰ったらしい。イテイテ。・・・動けん」
「助けてやったら、私のことを信じるか?」
 速水と田辺を操って、若宮にヤバイものを持って行かせたのは、ミトリであった。窮地に追い込めば、自分にすがるだろうという魂胆だ。
「俺は、取引は嫌いだ」
 若宮は言い切った。既にその顔は脂汗でびっしょりである。
「何!お前、そんな事言っていいのか?」
 魂胆とは裏腹の結果が出て、焦るミトリ。
「俺を助けたいなら、助ければいい。そんな奴なら、信用できるってもんだ。だが・・・、っつつ、そうでないなら・・・」
 言葉が切れ切れになってきた。時々苦しげに顔をしかめる。
 若宮の苦悶の表情を見つめていたミトリ、ぎゅっと目をつぶる。
「ばかばかばか!もー、そんなばかじゃ、私が付いていないと死ぬぞ!」
 叫んだ後、深呼吸するミトリ。吐息とともにそのの体からほの赤い光がこぼれた。光は一瞬漂うと、集まって若宮の腹部にすいこまれて行く。
 若宮の顔から、汗が引いていく。
「おおばかの、トーヘンボク!やっぱりお前は私がいないとダメなのだ!」
 そんなミトリの声を耳元で聞きながら、若宮はまたまた、気を失った。
「・・・これから先もずっと、守るなって言っても守るから。死ぬなよ」
 一瞬だけ若宮の目に映ったのは、心配そうな顔のかわいい女の子だった。
 
                           おわり

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