| 「弐型の選択」 坂上久臣との会見と、それに伴う記憶の書き込み――いや、呼び戻しと言った方が正しい――から数日経ったある日、私は再びあの部屋に呼び出された。 今日もまた、白い服を着た男がソファに座っている。坂上と岩田はいない。 「これが、お前達にこれからやってもらう仕事だ」 芝村準竜師はそう言って、応接セットのテーブル越しに書類を投げて寄越した。手に取り、一通り目を通す。 「この、5121小隊というのは?」 5121小隊付き教官という一文を見て、尋ねる。 「この春新設される部隊だ。・・・まあ、落ち零れの集まりだな」 準竜師が薄く笑った。 「お前達は交代制でそこを監視し統制をとることになる」 「はい」 「そして、こっちがお前の仕事だ」 もう一部、書類を寄越す準竜師。私はそれにも目を通し、愕然とした。 「この・・・部隊の統制を乱すものの排除とは一体・・・?」 「言葉通りだ」 準竜師が平然と言った。 「今度その部隊に配備される『士魂号M型』について調べるものや、部隊内部の幻獣共生派を始末してもらう。その他にも、二三はあるか」 「・・・」 「そういったものがいれば、俺に伝えろ。直通通信機を置いておく」 「何故、私なのですか」 眉間に皺を寄せて私が聞くと、準竜師は小馬鹿にしたように笑った。 「ふ、お前はそのために作ったのだからな。やってもらわねば価値がない」 「嫌だと言ったら、どうしますか?」 幻獣はともかく、人殺しは嫌だ。そう思って聞いてみる。もちろん、明確な答えなど、はなから期待はしていない。 準竜師はニヤリと笑い、 「岩田、来い」 ドアに向かって言った。軽い音がして、誰かが入ってくる気配。 「何か?」 聞き慣れた声がした。私が生まれて初めて聞いた人間の声。 「あれはどうしている?」 「変わりありません。生きることも死ぬことも、許されてはいませんから」 「会えるか?」 「そうお望みでしたら」 岩田の声に、少し嫌そうな響きが加わった。何だろう。 準竜師が私に向かって言った。 「お前に会わせたい人間がいる。岩田について行け」 岩田がフラフラと歩く通路は、私が今まで入った事のない場所だった。確か、防火壁があったはずだが。そう思って辺りを見回す。 「このへんは、研究者以外立入禁止です。あなたが初めてなのは無理もない」 岩田がちらりとこちらを振り返って言った。 「まあ、ただの研究者も入れませんがね」 その通路を知っている岩田は、ただの研究者ではないと言う事か。 「着きました」 岩田が大きな緑色のドアの前で立ち止まった。カードキーを機械に通す。さらに指紋と網膜の照合をする。電子音とロックの外れる音がした。えらく厳重なつくりだ。 「こちらです」 岩田が手招きしながら中へと入っていった。そこには。 見慣れたガラスの水槽。私が過去にその中から見ていた景色。幾人もの男女。 水槽の中には、少し粘りけのあるゲル状の液体が満たされている。 それがどういう仕組みでかは知らないが、酸素を肺に送り込んでいるのだ。 「これは・・・」 私が思わず尋ねる。 「フフフ、あなたが思っている場所とは少し違います。もっと、重要な場所ですよ」 水槽の間をクネクネと歩きながら岩田が答えた。 この男女がクローン体でないとすれば、一体何なのだろう。私はそう思い、また尋ねる。 「では、ここは一体・・・」 「質問が多いのはキライです。答えはすぐに見つかりますよ。あなた次第ですが」 よくわからない。私次第? そうしている間に、私達はその部屋の最奥にたどり着いていた。 「これです。さ、ご挨拶をどうぞ」 岩田が一つの水槽を指し示す。ついでに腰を折り、うやうやしくも空々しい挨拶をした。 細身の女性がその中で漂うように浮かんでいる。 「・・・春香」 私の脳を揺さぶる、その姿。思い出すより先に、呼び慣れた名前が口から零れる。 「覚えていて、何よりです」 私はそう言う岩田に目もくれず、一歩踏み出した。と、それが合図だったかのように、彼が重ねて言う。 「覚えているのは、あなただけです」 私は岩田に振り向いた。 「・・・というと?」 「あなた・・・弐型だけが、この女性の事を覚えているのです。坂上は知りません。この世に自分の愛した女がいることを。あまつさえ、結婚していただなんて夢にも思わないでしょう。彼女の方は、・・・まあ、この状態ですからね」 再び水槽に目をやる。私達の会話すら聞こえないかの如く、目を閉じたままの春香。 「彼女は一体・・・?」 記憶に刻み込まれた彼女を鮮明に思い浮かべる。 優しく笑う、少し拗ねる、私を見つめる、春香。 「原因は、あなたです」 岩田が私の顔を見て言った。私には皆目見当がつかない事だった。 「私?」 「そう。あなたのオリジナルは殺害された後、山に埋められましたのでね。一般人には足取りは掴めませんから失踪という事で処理されました。それが、彼女にとっては信じられなかったのでしょう」 「どうしたんだ」 聞きたくない。そう思いながらも、聞かずにはいられない。言葉が、勝手に口から出た。 「心が、その負荷に耐えきれなかった。薬物の多量摂取です。幸い発見が早かったので一命は取り留めましたが、それだけでした」 「つまり・・・」 「はい。つまりは、こういう事です」 岩田は芝居がかったポーズで彼女と彼女の入った水槽を指し示した。 「自発呼吸の低下とそれに伴うチアノーゼ。それを防ぐ為には、この水槽にいるより仕方がないんですよ」 そして、その水槽は準竜師の手許に。 本当に、春香は自殺を図ったのだろうか。準竜師の企みは、なかったのだろうか。 疑問がふつふつと湧く。それとともに、怒りと諦めが。 「・・・何が望みだ」 私は歯を食いしばり、言った。そうでもしないと、怒りに我を忘れてしまいそうだった。 「別に何も」 岩田がさらっと答えた。その声音が私の怒りをさらに掻き立て、思わず声を荒げてしまう。 「嘘をつけ!」 「フフフ、怖い怖い。嘘じゃありません。私は別にあなたがどうしようと構いませんよ。・・・ただ、準竜師が何と言うかまでは責任を持てませんがね」 やはり、そういう事だったのだ。 春香は、私をいいように操るための人質。 「下司め・・・」 唇を噛みしめる。 「何とでも。そうですね、あなたに出来ることは、準竜師の忠実な下僕になるか、そこの」 言いながら、岩田は春香の入った機械についたスイッチを指さす。 「電源を切るか。二つに一つ、でしょうね。まあ、あなた自身が切らなくとも・・・」 そこで口をつぐみ、ニヤッと笑い掛ける。その笑顔の邪悪さに、私は気分が悪くなった。 「さて、そろそろ出ますか。ここはそんなに長居したい場所でもありませんし。あなたは、どうします?」 私の答えを待つ。しかし、私は答えなかった。私の目は、春香から離せなかったのだ。 「フフフ、いいでしょう。好きなだけいらっしゃい。私は表で待っています」 岩田がまたクネクネしながら出ていった。 私は取り残された。 ――春香。 私はそっとガラスに触れた。 儚げな面差し。伏せられた瞼。うす紅の唇。折れそうに細いうなじ。 全てが、思い出の中そのままだ。 ただ、彼女の微笑み、彼女の眼差し、彼女の声が無い。 私の視線が彷徨い、スイッチに留まる。 ――君は、このままで幸せなのか。 私のせいで死んだ女。彼女自身の心が弱すぎたせいかもしれない。 だが、私は一生守るとあのとき誓った。その約束を果たせなかったのは、私だ。 その女を、もう一度殺すのか。 いや、殺せるのか、私は。 ――春香。 水槽をたゆたう。私はそれを見つめ続ける。 彼女の瞳は、もう二度と私を見ることはないのに。 拳を握りしめ、私は、彼女をそのままにして出口へ向かった。 私には、道は一つしかなかったのだ。 それがどんなに汚い道でも構わない。春香が生きてさえいるのならば。 おわり 扉の反対側。 「はい、私です。・・・ええ、弐型に会わせました。本当に、あなたは趣味が悪い。・・・ええ。はい・・・そう、二人とも、作り直しはききますが、私はもう関わりたくありませんね。!・・・それは・・・。判りました。善処します」 岩田は苦々しい顔で携帯電話を切った。一人呟く。 「本当に、準竜師は趣味が悪いですね。他人の弱みを全て握って離そうとしない。弐型しかり、・・・私しかり」 もう引き返せないのだと、岩田は思った。あの子達の為に。 そう。岩田にも、道は一つしかなかった。 ほんとにおわり |