勝吏の恋 〜愛の降下作戦〜(後編はこちらからどうぞ)

 小隊長室で、田辺はどきどきしていた。
 生まれて初めての陳情である。ウワサはよく聞いている。HRで昇進の辞令を下すあの人が陳情に応じてくれるのだという。田辺自身昇進の機会はまだ無かったが、辞令の画面だけは見たことがあった。
 芝村勝吏準竜師。それがその人の名だ。戦士である田辺にとっては雲よりも上の存在だと言えよう。
 震える指で準竜師直通通信機のスイッチを入れる。
 電話に似た音がして、画面に男性の顔が映った。
「俺だ」
 準竜師は、開口一番そう言った。
「ごごごご5121小隊所属、たたたたた田辺真紀戦士であります。本日は・・・」
 緊張の余り舌がもつれまくる田辺。北斗神拳かとツッコミの入りそうなセリフではあったが、準竜師はしれっと言った。
「挨拶は無用だ。用件を言え」
 笑いも怒りもせずに言われたことが、田辺にとっては有り難かった。気を取り直す。
「はっ、煙幕弾頭を送って欲しいのですが」
 準竜師は顔を変えずに笑って言った。
「・・・ふふ、ま、いいか。いいだろう」
 それが了承の言葉だったのであろう。田辺に礼を言わせる暇もなく、通信は一方的に切られた。椅子の上でがっくりと肩の力を抜く田辺。極度の緊張から解放されて、冷や汗がだらだらと流れている。
「迫力ある人・・・」
 それが田辺から見た準竜師の第一印象だった。

 別の日である。
 田辺はまた通信機の前に座っていた。今回も気合いを入れてスイッチを入れる。
「俺だ」
 何度見ても、迫力がある。田辺はそう思った。
「5121小隊所属、田辺真紀戦士です。本日は・・・」
 ちゃんと言えた。田辺は内心大喜びだったが、準竜師は前と変わらず、
「挨拶は無用だ。用件を言え」
と言うだけだった。
「はっ、・・・あれ、・・・どうしよう」
 田辺がもぞもぞと呟く。発言力が足りないのだ。
「・・・」
 準竜師は画面の向こう側で焦る田辺の顔を見つめている。
「・・・ごめんなさい。なんでもありません・・・」
 泣きそうな顔の田辺が頑張ってそれだけ呟いた。
「たわけ。・・・一度しか言わん。参謀技能を身につけよ」
「は?」
 思いもよらない準竜師の言葉だった。聞き返す田辺。
「参謀だ。図書館で修得できるであろう。・・・発言力を無駄にするな」
「はっ」
 田辺が答えた瞬間、通信は切れた。呆然とする田辺。発言力が減ったことに気づきそうもなかった。

 さらにまた数日が経った。田辺が通信機のスイッチを入れる。
「俺だ」
 いつも通りの準竜師の台詞を聞いて、田辺は決心を新たにする。
 いつも通りの受け答えがあり、田辺が陳情した。
「田辺の部署を2号機パイロットに変更したいのですが」
 ――今までの陳情を、準竜師は断らなかった。たぶん今回もそうだろう。私はパイロットになる。ならなくちゃ。他のみんなの役に立つ為に。怖いけど、やらなくちゃ。
 了承の台詞を予測して、田辺がぎゅっと目をつぶる。
 ――早く、早く答えて下さい。
 一瞬のようであり、永遠のようにも感じられた。
「正気か」
 準竜師の返答。予測とあまりにかけ離れた台詞に、田辺は思わず瞼を開いた。
「どうなのだ」
「は、はい」
「ふむ。確かお前は整備士だったな。それがパイロットか」
「あ、あの、私確かに今まで整備士でしたけど、パイロットにならなくちゃいけないんです!滝川君はまだ戦車技能を取ってないし、他のみなさんも大事なお仕事をされてます!あの、出来る限り訓練とかしますし、舞さん達の足手まといにならないように頑張りますから!」
 思わずまくし立てる田辺。準竜師はそれを聞いてふっと笑い、
「無茶な奴だ・・・少し待て、すぐには出来んぞ」
 と答えた。

 次の日、田辺は準竜師の言葉とは裏腹にパイロットになった。
 すぐには出来ないと言いながら、出来てしまうあたりが準竜師の凄さかもしれない。田辺は思った。
 その日の午後、出撃のサイレンが鳴った。
「田辺さん、初陣だけど危なくなったら下がるんだよ?」
 心配そうに速水が言う。
「はい、みなさんの足手まといにならないよう頑張ります!」
 田辺が元気良く答える。
 
 戦場にいたのは、大物ばかりだった。スキュラにミノタウロス。田辺は初めて見る幻獣に驚きを隠せない。
「田辺さん、前方右のミノタウロスをお願いします」
 司令車からの善行の指令に、田辺は装備していたジャイアントバズーカを構えた。
「行きます!」
 田辺が撃ったバズーカの弾は、先行していた壬生屋の機体をかすめて飛んで行く。
「危ないじゃないですか!」
 壬生屋の怒った声がスピーカーから聞こえた。
「ごごごごめんなさい」
「・・・嘘みたい。当たってる」
 田辺が慌てて謝る。と同時に、速水の半ば呆れた声が届いた。田辺が確認してみると、狙っていたミノタウロスの姿はもうどこにも無い。
「田辺機、ミノタウロス撃破!」
 オペレーターの瀬戸口が意気揚々と田辺の戦果を報告する。
「田辺さん、続いて壬生屋さん側のスキュラをお願いします!壬生屋さんはバズーカの弾に気を付けて!」
「はい!」
 またバズーカが爆音を上げる。今度は一撃で仕留められなかった。しかし、側で待機していた壬生屋の左切りに、スキュラは敢えなく塵と化した。
「よろしい、この調子で行きます。田辺さんは続けてバズーカを。それが尽きたら、アサルトで援護射撃をお願いします。壬生屋さんは田辺さんが撃ち洩らした幻獣を優先的に仕留めて下さい」
 この善行の指令により、単体行動をとる3号機と、連携プレイをする1、2号機というスタイルが出来上がった。そしてそれは、今までにない効果を上げた。
「ミサイル射出!退がります!」
 真ん中に突っ込んだ3号機の速水から通信が入った。速水機を追って来た残りの幻獣を壬生屋と田辺で潰していく。

「素晴らしい戦いぶりでした」
 出撃後、田辺は善行からこう声を掛けられた。思わず顔が赤くなる。
「あの、私足手まといにはなりませんでしたか?」
「それどころか、良いスタイルを作れたと思っています。これからも、よろしく」
「ががががんばります!」
 それ以降、5121小隊の快進撃が始まった。

「お前は、昇進の陳情をしないのだな」
 何度目か数え切れなくなった陳情の席で、準竜師が田辺に尋ねた。
 準竜師は何故だか田辺が陳情する時だけ小隊の調子や戦況などを質問していた。その程度の資料なら手元に届いているはずなのに、である。
「は、はい。出世したいのはやまやまなんですけど、発言力が足りなくて」
 準竜師の顔に皮肉な笑みが宿る。
「ふっ。確かに、幻獣を狩って得た発言力は全て装備にしているようだな」
「小隊に必要なものですから」
 田辺が準竜師の言葉に微笑んで答える。
「それでも、少し装備の陳情を控えれば、昇進できるほどは貯まるであろう?」
「はい、いいえ、準竜師。私、できるだけみなさんのお役に立ちたいんです。その為だったら、私、お給料が安くたって、ガマンできますから」
「ふふふ。面白い奴だ」
 準竜師がニヤリと笑った。

 そして次の日。
 本田が一組の生徒に向かい、言った。
「いい話だ。・・・ちょっとまて」
 生徒達が顔を目配せする。この台詞が出るときは、昇進の辞令がある時だ。
 誰かがまた偉くなる。羨望と寂寥が教室を満たした。
 本田がかばんからいつもの板を取り出した。
「俺だ。田辺戦士、前へ」
 画面に現れた準竜師が田辺を呼んだ。言われたとおり教卓の前へ進み出る。準竜師の映った板の真前に立った。
「なんでしょう?」
 田辺が不審気に言う。
「お前の昇進が決まった。おめでとう。田辺十翼長」
「はい!」
 田辺は無性に嬉しかった。自分で陳情した記憶はない。とすると、誰か友達が陳情してくれたに違いないのだ。友達っていいな。田辺はそう思った。
「よろしい。明日にも新しい階級章と礼服を届けさせる。肩の線に負けないようにせよ」
「はっ!」
 胸を張って田辺が答えた。
「結構だ。どうでもいいが、こうやっていると俺は故人の写真みたいだな」
 準竜師のいつもの冗談に微笑む田辺。それほど嬉しかったのだ。その笑顔を見て準竜師は頬に微かな笑みを浮かべ、
「以上だ」
 と言って通信を切った。
「いよっ、これでまた一段偉くなったわけだ。よかったな。部下殺すなよ」
 本田のからかいも田辺の耳に入らなかった。
 ――そうだ、お礼を言わなくちゃ!
 授業中そう決心する。
 ――誰だろう・・・。新井木さん?・・・まさか、遠坂さん?
 遠坂の顔を思い出した田辺は、真っ赤になって机につっぷした。
「コラ、何やってんだ!」
 本田に出席簿で頭を叩かれても、顔のほてりは取れなかった。

 その日の昼休み。田辺は久々に二組へ出向いた。
「マッキー!久しぶり!」
 入り口できょろきょろしていると、後ろから肩を叩かれた。振り返る。探していた新井木が、そこにいた。
「新井木さん・・・」
「どしたの?」
 自分の顔を見上げている新井木。どう言えばいいのか判らなくて、胸が詰まる。とりあえず、一番言いやすい言葉で感謝を伝えることにした。
「・・・ありがとうございます」
「は?」
 真剣な顔の田辺と裏腹に、すっとぼけた表情の新井木。拍子抜けである。
「え?あの、昇進の陳情してくれたの、新井木さんじゃ、ないんですか?」
「僕が君の?まっさかぁ!そんな事するぐらいなら僕、自分で昇進するよ」
 けらけらと笑いながら新井木が言った。はぁ、とかなんとか呟きながら、田辺はずり落ちてきたメガネを押し上げる。
「じゃあ、もしかしてホントに・・・」
 また真っ赤になる田辺。
「あの、新井木さん、遠坂さんはどこにいるかご存知ですか?」
「さあ、休みなんじゃないの?」
 田辺、がっかりである。
「なになに?遠坂クンが陳情したの?やるねぇ」
「いえあの、そう決まったわけじゃありませんから」
 肘でつつき回す新井木に、田辺はそう答えるしかなかった。

「は?違いますが」
 十翼長昇進の次の日、田辺はまた昇進した。二度も陳情して貰っておいてお礼も言わないなんて女が廃ると思った田辺は、気力を振り絞って遠坂に聞いた。
「ととと遠坂さんが陳情して下さったんですよね?」
 返ってきた答えは、冒頭のそれであった。
「あの人・・・芝村準竜師とは出来るだけ言葉を交わしたくありませんから」
 苦い顔で言う遠坂。田辺には想像もつかない関係があるようだった。詳しく知りたかったけれど持ち前の性格がジャマをしてそれ以上聞けなかった。ただ、
「そ、そうですか」
 と言って肩を落とすしかなかった。

 そしてまた次の日。田辺は千翼長になった。昇進は彼女が上級万翼長になるまで続いた。
 なすすべなく地位が上がるに任せていた田辺であったが、上級万翼長に昇進した日、陳情していたのが誰だったのか、その証拠を掴んだ、気がした。
「以上だ」
 芝村準竜師がいつものように通信を切ろうとした瞬間、彼はあろうことか田辺に向かってにっこりと微笑んだのだ。
 いつもの皮肉満点の笑みでなく、本当に嬉しそうな顔で。
 田辺は、目が点になった。
 本田は板を支えていたので見れなかった。他の生徒達も田辺の体が邪魔になって準竜師の顔は見えなかったはずだ。
 ようやく田辺は張本人が誰であるか気づいた。
 確たるものではなかったけれど、あの笑顔がその証拠だ。
 そして、田辺の怒りは爆発した。
 もともと、望まぬ昇進である。というより田辺は上官らしい態度に慣れていなかった。しかし、そうも言っていられない状況が続き、極度の緊張が彼女の精神を圧迫していた。
 ――私、そんな事頼んでません!
 そう言ってやろうと思い、田辺は通信機のスイッチを乱暴に入れた。
「俺だ」
「準竜師!一体どういうおつもりですか!」
 挨拶の手続きを忘れて叫ぶ。
「ふ、どうやらばれたようだな」
「教えてください!」
「ふ、ふふふ。さらばだ」
 ブチッ。通信切断。
 あまりにも一方的である。怒った田辺はまたスイッチを入れた。
「準竜師!」
「残念ですが、田辺上級万翼長」
 通信に出たのは派手な髪型の美人の副官だった。確か、ウィチタ・更紗と言う人だったと田辺は思った。その彼女が手元の資料を見ながら言葉を続ける。
「準竜師は現在、作戦会議の為、取り次ぎは不能の状態にあります」
「そんな、今までそこにいらっしゃったじゃないですか!」
 副官は田辺の抗議にキッと顔を上げ、言った。
「また、おかけなおしください」
「納得できません!」
 またもや一方的に、通信は切られた。

 ――怒りました!勝手に昇進させるなんて!信じられません!
 出世できない無職の者が聞いたら逆ギレされそうな台詞ではあるが、田辺は本当に怒っていた。
「どしたの、マッキー?」
 小隊長室から出てすぐに、2号機整備士の新井木勇美が声を掛けてきた。大きな木が生えている根元あたりで立ち話が始まる。田辺はこれまでのいきさつを新井木にうち明けた。
「あしながおじさんじゃなくて、よこながおじさんだったのか」
 ポリポリと頭を掻く新井木。でもさぁ、と言葉を続ける。
「言わなくても昇進させてもらえるなんて、すっごいラッキーじゃない」
「勝手にされたって事がイヤなんです!」
「またまたぁ。ホントは嬉しいくせに。家計だって楽になるしさ。ねえねえ、どうやって取り入ったのか、僕にも教えてよ」
 そう言って新井木は田辺の顔を見上げた。
 田辺は、青く大きな瞳いっぱいに涙を浮かべていた。新井木が自分の顔を見ている事に気づき、慌てて俯く。涙が、メガネのレンズに溜まった。
 新井木が小首を傾げる。
「え?何で泣いてるの?」
 新井木は理解不能、といった表情だ。
「わ、私・・・そんな風に見えますか・・・」
 田辺が俯いたまま呟く。
「え?そんな風って」
 そんな風、ってどんな風?と聞こうとした新井木に、
「私が媚びを売ったように見えますかっ!」
 新井木の目をひたっと見つめて、突然田辺が叫んだ。そして、しおれたようにまた俯く。
「あの、田辺さん?ごめんね?僕、そういうつもりで言ったんじゃないから。罰とか言わないよね?田辺さん?」
 いつものほほんとした田辺の豹変ぶりに驚く新井木。一応上官である田辺の不興を買っては不利だと判断したのだろう。とりあえず、謝ってみる。
「そんな・・・。私、そんなつもりじゃ・・・ないです・・・」
「あの、僕もう行くから。じゃね!」
 それだけ言って新井木は走り去った。田辺が、がっくりと座り込む。小隊長室の陰に隠れて、木の根元で膝を抱え、丸くなる。
――みんな、新井木さんみたいに思ってるのかな。遠坂さん、も・・・。私が準竜師に取り入ったって。媚びを売ったって・・・。
 とても悲しかった。涙が止まらなかった。仕事も訓練も出撃も、全部どうでもいいような気がした。
 そこへ、
「ドシタですか?」
 頭の上から、舌足らずな声が聞こえた。
 田辺がふと顔を上げる。
「ヨーコさん・・・」
 二組のヨーコ・小杉が心配そうな顔をしている。
「悲しいコト、あったデスカ?」
 小首を傾げて、ヨーコが尋ねた。田辺は泣き顔を見られたのが恥ずかしくて、立ち上がり袖で涙を拭った。
「だ、大丈夫ですから・・・」
 その手をヨーコはそっと止めた。田辺に優しく微笑む。
「隠すの、ダメでス。ンー、悲しいコト忘れる、イイ方法アリマス」
「え?あの、どこ行くんですか?」
 ヨーコは田辺の手を取り、グランド外れへと導いた。
「コレでス」
 ヨーコが指さしたのは、校庭の片隅に備えられているサンドバッグだった。
「ワタシ悲しいトキ、これで訓練しまス。一生懸命訓練するト、頭のナカから悲しいコト、出ていきマス。田辺サンも、ね?」
「は、はい、頑張ります!」
 ヨーコと田辺は一緒に訓練を始めた。
 サンドバッグを叩くうちに、ヨーコの言うとおり、悲しいことはどこかへ行ってしまった。
――新井木さんも悪気があって言ったわけじゃないし。悪いとすれば・・・そう、準竜師が悪いんです!
「腰のヒネリ、足りナイ!モット、拳に体重ヲかけてウツ!明日のタメニ!」
「はいっ!」
 サンドバッグに準竜師の顔を思い浮かべて、思い切り殴る。
「えぐりこむヨウニ!」
「はいっ!」
 サンドバッグを叩く音は、日が落ちるまで止まなかった。

                            つづく

一部更新2001/07/17

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