100人の従業員がいる工場を想定してみよう。この工場は1日100台の車を生産している。今、従業員の半数50人の馘首を切ったとする。はたして生産性は向上したのか。
見かけ上、工場内に限定して計算すると効率は倍に上がってようにみえる。しかし、工場外に効率0の50人が存在する。(50人で100人分の仕事をしなければならなくなった個々の従業員の労働は倍に強化された)すなわち効率の不平等が起きたのみで、人類全体として何一つ効率は上昇していないのである。真の効率の上昇とは技術革新、工夫によってのみなされ、人減らしによってはなされるものではないのである。資本主義経済学ではこのような簡単な問題さへ解けない。
 通貨供給、公定歩合操作、公共投資。ケインズ主義の3本柱がことごとく用を成さない。これは資本主義経済学の終焉を物語っている。