人斬り甚右衛門 一

「おとう」
 そう呼ばれたとき、甚右衛門はさぞ戸惑ったにちがいない。
 童がいる。奇妙な童だった。年は六つか七つ。いやに大人びた表情をしている。服は粗末で、一見百姓の子のように見える。見たこともない童だった。
 甚右衛門は、妙におもった。甚右衛門に子はいない。逢瀬を共にした女はいるが、子ができたという風聞はきかない。だいいち年が大きすぎる。
 行き過ぎようとした。
「おとう、まてっ」
 童は慌てたようについてきた。甚右衛門は振り向きもしない。前を向き、声だけを発した。
「ついてくるな、俺はお前のおとうなどではない」
「おとうっ」
(まだ呼ぶかっ)
 甚右衛門は、多少の苛立ちをこめ振り向いた。童はやわらかげな眉をしかめ、こちらを見上げている。
「おれはお前のおとうではないっ」
 甚右衛門はもう一度いった。童は頭のうしろで手を組み、きいた。
「お前、波田仁之丞だろう」
 甚右衛門は軽く目をみはった。こんな子供が、なぜ自分を知っているのか、不思議であったのだ。
 人斬り甚右衛門──と男は呼ばれている。名の通り、これまで多くの人を斬ってきた。
 甚右衛門とは通り名である。五年の間、この名を通してきた。波田仁之丞──これが、男の昔の名だった。
 その仁之丞が旅に出たのは、人を探すためである。秋山五郎兵衛という名の男だった。仁之丞と同じく、名を変えているやも知れぬ。凶状持ちの、腐ったゴミのような人間だった。この男を、殺すための旅だった。

 波田沐右衛門という男がいた。仁之丞のいた家の主人だった。家僕の仁之丞に親父殿と呼ばせ、剣を習わせてくれた。
 天秤があったのだろう。仁之丞は期待に答え、神道無念流の道場で、代稽古までつとめている。沐右衛門は、仁之丞に、波田の姓を名乗らせた。
 波田夫婦に子はない。いずれは仁之丞を、養子にするつもりだったのやも知れぬ。
 その日は冬も間近の曇り空で、風もふかぬのに、いやに空気が冷たかった。
 ひとり所用に出ていた沐右衛門めに、声をかけた者がいる。やくざまがいの、仕様もない男だ。
 それが、秋山五郎兵衛だった。

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