優勝まで あと-14勝 (9月23日終了時点)

(優勝ラインを80勝と勝手に設定して、それに向けてカウントダウンしています)
●2001年栄光の軌跡
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おいかわ阪神新聞             2001年9月23日(Sun)

 負けてますね〜


〜相変わらずだな〜

『4割』打つも、最後まで“打線”にはならず

 (セ・リーグ、阪神1−3中日、22日、甲子園)先発の谷中を見殺しにしただけではない。若き左腕エースを助けることも、できなかった。防御率トップの野口を打ち崩す勝利は、イコール2位の井川へのアシスト。明確な目標があったはずなのに…。

 結果は1点しか奪えず、逆に防御率を2.49から2.44へアップさせてしまう。赤星の盗塁王と井川の最優秀防御率。地元甲子園で、数少ないファンの楽しみの1つを、遠ざけてしまった。

 「すみません。前の完封のとき(0−2、5月24日、金沢)と比べれば野口はよくなかったけど、こっちが…。相手は低めに丁寧に投げていた。申し訳ない」

 3打数1安打の広沢がため息交じりに吐き出した。選手のだれもが異口同音。「野口はよくなかった」−。ならば打て! と言いたくもなる。今季161打数29安打、打率.180の相手から、28打数7安打。数字の上では確かに『4割』打ったが、最後まで“打線”にはならなかった。

 チャンスを生かすことができたのは1度きり。六回一死満塁から矢野の遊ゴロで1点。その後の二死二、三塁は、代打・和田が二ゴロに終わった。試合前、「井川に(タイトルを)取ってほしい」と気合いを入れていた沖原は、二回と四回の二死一、二塁であえなく凡退した。

 「エースだからな。簡単に打てるとは思わん。再三チャンスがあって、そこで1本出てたらな…。なかなか、タイムリー欠乏症は解消できませんわ」

 野村監督のぼやきを今年、何回聞いたことか。枯れ始めた外野の芝生と同様、打線はつながらないまま秋の気配。残り14試合で、阪神は来季へつながる“何か”を見つけられるのか。



阪神優勝ヒトメダスとは
勝った時と引き分けの時には黄色の欄に○を負けた時にはグレーの欄に×を記入します。
黄色の欄がすべて○になればその時点で優勝は決まったも同然。逆にグレーの欄が×で埋まった時には、優勝は来年まで持ち越しを覚悟する時です。


「今夜はどこに飲みに行く〜?」
「素敵な女の子のいるお店に決まってるだろ。ちょっと髪型も決めておかなくちゃ。」

また負けてる。

そうえば、阪神ってまだ試合をやっていたんだなあ〜。
わけのわからない時に巨人から勝ってみたりするのに、どうでもいい中日には負けちゃうんだよな。
そうそう、久しぶりにこのコーナーを更新しましたが 、すでに阪神の優勝はなくなっています。

阪神優勝ヒトメダス
(9月23日終了時点)

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