聞法の心得
わからないことは、恥ずかしいことではない。
わかったつもりになっていることが、いちばん恥ずかしい。
しかし、少しわかれば得意になり、人に自慢したい私ばかり。
わからないことは、恥ずかしいこととずっーと生きてきた。
私自身の姿を見ることができない、そのこと一つに気づかせていただく。
他人の姿はよく見える。他人ばかり批判している私。
上下関係を問わず、自分のまちがいに気づいたら
素直に自分の非を認めるのが真宗門徒の生き方です。
自分で認識できるような煩悩は煩悩ではない。まだ底の浅いものである。
自分で煩悩だと気づくことができないからこそ、やっかいなのです。
「煩悩具足の凡夫だから」と、自分で言うのはやめましょう。
教えを聞く時は、日ごろの常識を捨てましょう。
そのような気持ちで望んでも、常識は捨て去ることできない。
常識を否定するのではなく、時に常識を疑うことも必要なのでは?
プラス思考は、よいことだと思われますか?
マイナス思考でしか生きることのできない人は救われないのでしょうか?
仏さまの世界は、プラスもマイナスもない。
プラス・マイナスをつけている私が浅ましい。
プラスは善いこと、マイナスは悪いことと分別している私。
善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり(歎異抄・後序 聖典P640)
プラスもマイナスもない世界に気づけたらいいなぁと思う。
でも、私はプラスとマイナスから離れることができない。
いつもいつも分別して、善いこと、悪いことと分けて生きている。