教行信証の読み方
今日から十二回にわたって、私が『教行信証』行巻の講義をすることになりました
のでよろしくお願い致します。この「輪王会」という会はこちらにお見えになる庄司会長が
始められました。二十五年続いている非常に伝統のある会です。私が大学を卒業したのが
昭和五十九年ですから、十七年間、いろいろ教えていただいています。「輪王会」という会が
なければ、私の主催する「歎異会」もなかったかもしれません。「輪王会」というのは
「歎異会」の生みの親であります。
今回、新たに『教行信証』を読んでいこうということで、行巻を講義していくことになります。
六年計画で『教行信証』を読んでいこうということです。まず私がやりまして、来年は
庄司先生、再来年は渡辺先生が担当します。これを二回転するわけです。これから講義が
一年間行われるのですが、庄司会長に教えていただいたことを引継ぎながら話をさせて
いただきたいと思います。
『教行信証』を読んでいくということで、庄司会長が「教行信証講義」というタイトルを
つけなさいと言われたのですが、私のようなものに講義というものが果たしてできるだろうか
と考えています。昔、私が「輪王会」で話をさせていただいた時に、まだ若かったものですから、
庄司会長から「講義じゃなくて講話かもしれないな」と言われたこともありました。
私に講義などできるのかなあという気持ちもありますが、なるべく一生懸命一年間、
初心に戻ったつもりで気持ちを新たに頑張っていきたいと思います。
まず申しあげたいことは、庄司会長は「いろいろな先生の種本、先生が何をもとにして話して
いるのか、見抜かなくてはならない」と言われたことです。これは、最近聞いたことですが、
ある真宗の先生が「真宗には盗作はない」とおっしゃられたそうです。
皆さんはどう思われますか。真宗の教えを聞いていれば、何となくはわかりますよね。
如来よりたまわりたる教えですから、如来を通していただいたものだったら、その先生の
ものではなくて、それを話してもよいわけです。だから、「真宗には盗作はない」と言っている
先生がいるそうです。
でも、ある先生がいい話しをなさるなあと思って聞いていた後に、ある本を読んでいたら
その先生と全く同じようなことが書かれていたというショッキングなことがありました。
ああ、この先生はコピーでしかないのだなあと、非常にがっかりさせられました。そのような
思いがありますから、講義をするにあたって、私はできうる限り自分の種本というものを
皆さんにきちんとお伝えしていきたいと思っています。
私は種本を暴露してもちょうどよいのではないかと思うわけです。それはなぜかというと、
私はよく「法蔵菩薩のご苦労に気づく」ということが一番真宗においては大切なことではない
だろうか、という話をしています。そうしましたら、私の後輩が「それはいつも幡谷先生が言って
おられたことです」と言われました。ということは、結局私は自分の言葉だと思っていても、
恩師の幡谷明先生がそのようなお言葉を使っておられるとしたら、無意識のうちに幡谷先生より
いただいたお言葉を自分のものにしていることもあるわけです。盗作したつもりがなくても、
使っている場合もあるわけです。
そのような場合がただでさえあるものですから、自分でわかりうる限りはなるべく皆さんに
今日はこの著書を参考にしてお話しをしましたということをきちんと話していくことが礼儀に
なると思います。それくらい厳密にやっていても、やはり知らないうちに自分の言葉のように
使っている場合がままあるわけです。そこのところはきちんと神経質すぎるくらい考えて
ちょうどよいと思っています。
真宗における問題点は、先生方がいろいろな先輩の先生方のコピーでしかなく、自分の
言葉で語らないで、種本を隠して、何かいかにも自分だけが明らかにしてきたというような
ことをしているものですから、宗門の大学のレベルが非常に下がっているという悲しい現状が
あるようです。ですから、そこのところは私もなるべくごまかすことなく話していきたいですし、
また私の話しが他の書物に書いてありましたら、ぜひ教えていただければ光栄です。
私も『教行信証』の講義を視野に入れながら、昨年の十一月ぐらいから「教行信証への
アプローチ」というタイトルをつけて、いろいろ話してきました。『観無量寿経』の講義をして
いましたので、『観経』を『教行信証』に照らしあわせながら明らかにしていこうと思いました。
しかし、「教行信証へのアプローチ」というタイトルは私の中では信心がまだ浅かったなあと、
講義をしながら気づきました。それで、今年から「歎異会」ではタイトルを変えました。
どのように変えたかと言いますと、「教行信証からのアプローチ」というタイトルにしました。
『教行信証』の方から私たちにメッセージが来ているということです。これを私は他力と
いいたいと思います。
『教行信証』は難しい本ですね。自分が読もうと思ったら、はっきり言って一ページか
二ページ読んだら、正直言って読む気をなくすと思います。ところが、読む気をなくしたとしても、
『教行信証』から絶えずアプローチが来ているのです。親鸞聖人は『教行信証』を開いてほしいと
いうような阿弥陀さまの願いというものを込められて『教行信証』をお書きになったのではないか
と思います。だから、『教行信証』から私の方へ絶えず本を開いてくれ、開いてくれというように
メッセージが来ていると思います。そのことを我々が気づくことができるかどうかということなのです。
つまり、『教行信証』と皆さんが相思相愛になれるかということです。『教行信証』は絶えず
あなたに開いてほしいという、あなたを絶えず好きといいますか、たとえが悪いかもしれませんが、
私にこの本に絶えず振り向いて下さいというラブコールをしているように思います。しかし、我々は
そのラブコールに気づくことができない。難しいものだからふりたい、つきあって下さいと言われても、
あなたとはつきあえないからと言って断ってばかりいるのです。本当に『教行信証』と相思相愛に
なれるかどうかということです。そのように相思相愛になれたら、親鸞聖人に喜んでいただける
だろうなあと思います。
この『教行信証』という書物は思い違いかもしれませんが、禅宗の僧侶の方々にも書かれた
書物ではないだろうかと考えています。華厳宗の明恵というお方が法然上人の『選択集』を
批判しました。法然上人が発菩提心無要と、菩提心は必要ないということに対して「一体何事だ」
という明恵の批判を受けて、親鸞聖人は『教行信証』という書物を書きました。最終的には、
専修念仏を批判した禅宗の僧侶の方々にも他力の教えというのはすばらしい論理的な形態が
ありますよ、決して法然上人は安易に菩提心を批判しているわけではありませんよ、ということを
親鸞聖人は反論していかれたように思います。
しかし、「教行信証からのアプローチ」ということを念頭において考えていくと専修念仏を批判した
人々にも弥陀の大悲心がかけられていることに親鸞聖人自身が気づかれていかれたのではないで
しょうか。明恵のような専修念仏を批判した人々に、『観経』の中で逆害を加えたアジャセ・
ダイバダッタの姿を見ていかれたのではないでしょうか。これは親鸞聖人の晩年の境地であり、
自分の書いた『教行信証』が、親鸞聖人の意志を超えて専修念仏を弾圧した人々まで包みこもうと
していたように感じます。その頷きが、『末燈鈔』第一通の「浄土真宗は大乗のなかの至極なり」という
宣言になっていったと読んでいきたいと思います。第二通にも「この念仏する人をにくみそしる人をも、
にくみそしることあるべからず。あわれみをなし、かなしむこころをもつべし」と法然上人のお言葉を
引用されています。
さらに、善鸞義絶という事件の中で、自らに背いた善鸞自身の弥陀の本願でもあり、専修念仏を
弾圧した人々のための弥陀の本願でもあったと信心を深めていかれたように思います。
しかし、一般の人々に向けて書かれたものではありませんから、非常に難しいのではないかと思います。
だから、なかなか開くことができないというのは当然なことです。しかし、『教行信証』を読みながら、
親鸞聖人の本当の教えというものを、特に僧侶の方々は学んでいかなくてはならないのではないで
しょうか。
皆様方にとって『歎異抄』は、馴染み深いものですが『教行信証』になってくると専門的になって
きますから難しいかもしれません。しかし、『教行信証』の中から親鸞聖人のメッセージを聞いて、
このお言葉は私ひとりのために書かれたものであるという感動のようなものを味わっていただきたいの
です。『教行信証』の一節から自分自身に響いてくる言葉に出遇っていただきたいと思います。
ただ講義をするということでなく、そのお手伝いができれば光栄です。
まず今回は「教行信証の読み方」ということについて、板東性純先生の『親鸞思想入門』
という著書を参考にして話していきたいと思います。
私の尊敬する曾我量深先生は、どのように読まれたかと言いますと、『教行信証』をまず教巻と
行巻をひとまとめにしました。教と行の二つは伝承です。龍樹・天親・曇鸞・道綽・善導・源信・源空と
いう七高僧の教えの伝承を親鸞聖人は受け継がれました。教・行巻にその伝承が書かれている
ので第一部です。次の信巻・証巻・真仏土巻・化身土巻というのは己証を表わした第二部と
呼んでおられます。己証というのは自己の上に証明された信心、自分自身の中で明らかになってきた
信心のことで、それを信巻・証巻・真仏土巻・化身土巻に記されたという読み方をされています。
この「伝承と己証」という読み方は私の個人的な読み方でありますが、「理論と実践」というように
考えるとわかりやすいかもしれません。教・行巻は念仏の理論を表わし、後は念仏の理論を
いかに実践していくのか、というように読んでいくべきではないでしょうか。
次は金子大栄先生の読み方なのですが、教巻・行巻・信巻・証巻(教行信証)が第一部であると
読んでおられます。第一部は正説という絶対真宗というものを明らかにしたということです。
次の真仏土巻と化身土巻が第二部で、補説として相対真宗という読み方をされています。
そして、もう一つあまり知られていないかもしれませんが、曾我先生は興味深いご
指摘をされています。
今私は静かに機法の根本範囲を考察して、六巻の聖典を披く時、了了として
顕はれる事実は行と真仏土との二巻を合せて絶対の法の世界を表顕し、これ
に対して信と化身土との二巻は相対の機に明にし、教と証との二巻はこの機
法の交渉入出を闡明して居ることは、私の驚嘆せざるを得ない所であります。
(念仏の意義 曾我選集 第十巻 四十九頁)
行・真仏土巻には絶対の法が説かれ、信・化身土巻には相対の機が説かれて、
教・証巻が仏(法)と衆生(機)をつなぐものであると読まれています。
どちらかと言いますと、『教行信証』の権威のある先生は金子先生であり、今テキストと
して使っています岩波文庫の『教行信証』も金子先生が書かれています。
非常に教行信証の読み方には定評のあった先生で、教行信証の金子とも言われました。
そして、もう一つ『教行信証』の正式の名称は『顕浄土真実教行証文類』だと言うことです。
「信」という字が抜けています。ここに注目していただきたいと思います。
最近、私は『教行信証』というよりも『教行証文類』という呼び方の方がよいのではないかと
思うのです。これは上田義文という先生が、『親鸞の思想構造』という著書で指摘されています。
なぜかと言いますと、結局、行と信というのは一体なのです。
だから切り離して考えることはできないのです。今回も行巻を講義するのですが、
行巻だけ読んでいてはわからないと思います。信巻と対応しながら『教行信証』を読んで
いかないと明らかにしていくことは難しいのではないでしょうか。今まで大学の先生方が
行巻とか信巻とか担当を分けて講義されていますが、そのような読み方は感心しない読み方
だと思うのです。全体像を探りながら読んでいかなくてはいけないのではないでしょうか。
なぜそのようなことを言うかと申しますと、行巻の一番初めに、
謹んで往相の回向を案ずるに、大行あり、大信あり。 (聖典 百五十七頁)
と、すでに「大信あり」と書いてあるのです。このように書いてありますから、行巻を読めば
大行だけでなく大信も問題になってくるのです。ところが、大信の説明に関しては行巻です
から、親鸞聖人はあえて触れることはしなかったのです。信巻にきちんと分けて、信巻の初めに、
謹んで往相の回向を案ずるに、大信あり。 (聖典 二百十一頁)
と、大信の解釈があります。このように信巻に目を通さないと行巻を読んだことにはならない
ということなのです。『教行信証』の根底には、大行と大信が潜んでいると言っても過言ではありません。
そのような対応した読み方というものがなされていかないと『教行信証』の全体像というものは
明らかになってこないのではないかと感じるのです。だから、結局行と信は一体なのだと
いうことです。行信論ということで、いずれそこのところはきちんとさせていただきます。
ここで、真実の四法というのがあります。『教行信証』の教巻は『大無量寿経』がベースになって
います。教巻の始めに
それ、真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり。(聖典百五十二頁)
という文章があります。『大無量寿経』が真実の教えなのだ、と書かれています。『教行信証』の教と
いうのは『大無量寿経』というお経が基本になっているということです。
次は行巻です。行というのは南無阿弥陀仏の大行と表わされています。
謹んで往相の回向を案ずるに、大行あり、大信あり。大行とは、すはわち無碍
光如来の名を称するなり。 (聖典 百五十七頁)
と、「無碍光如来の名を称する」ことが大行なのです。これは十七願というのがベースになって
います。行巻の始まる前に「諸仏称名の願」と書かれてあります。十七願と言われてもわからない
人もおられると思いますので、なるべくわかりやすくお話しさせていただきます。
本来阿弥陀仏という仏は『大無量寿経』の法蔵比丘の物語に出てきまして、そこに阿弥陀仏の
出現が載っています。本来阿弥陀仏は私たちの目にも見えず、形もましまさず、こころもおよばず、
言葉でも表現できない仏なのです。
法身はいろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。
ことばもたえたり。 (唯信鈔文意 聖典 五百五十五頁)
阿弥陀仏とは本来そのような仏です。そのお言葉が『大無量寿経』の阿弥陀仏の物語の
基本になっています。『大無量寿経』では、まず阿弥陀仏が形を表わして一人の国王として
誕生します。そして、その国王が世自在王仏という仏に出遇います。『正信偈』の中にも
「在世自在王仏所」とあります。世自在王仏に出遇い、出家するのです。国王の座をあえて
捨てて、法蔵と名のるのです。出家した人は比丘と呼ばれますから法蔵比丘と名のったのです。
この法蔵比丘が、『正信偈』にも「五劫思惟之摂受」とあるように、五劫という長い長い間、思惟して、
自分が仏になって浄土を建立するために四十八の願いというものをお立てになるのです。
そして、四十八願を立てられて、さらに兆載永劫の修行をされます。私たちの代わりに修行をして
下さったといただくことができれば感動もひとしおといただけるように思います。そして、修行が
完成して初めて阿弥陀仏になられたのです。
このような物語が『大無量寿経』の中に書かれています。ですから、この物語を頭に入れて
おかないと教巻はわかりませんし、この物語が『教行信証』のベースになっています。
そして、注意していただきたいのは阿弥陀仏が二つの種類に分けられて出てくるということです。
初めは形を超越した阿弥陀仏が、法蔵比丘になり修行を積んで、形を持った阿弥陀仏に
なっていくというように二種類出てきます。これは曾我先生の教えですが、「形で表わされた
阿弥陀仏は法蔵菩薩として表現されている」と思います。だから、皆さんの中で形を超えた
阿弥陀仏をまだまだ法蔵比丘という修行段階の状態でいただいていますか、それとも本当に
修行を完成した法蔵菩薩としていただいていますか、という信仰の位置づけというものが大切だと
思います。そして、法蔵比丘の状態でまだ修行も完成されずに阿弥陀仏にしていないという
状態でも悪いわけではありません。
法蔵比丘を阿弥陀仏にしていますかという問いが、法蔵菩薩という言葉に込められてくる
のではないかと思うのです。
なぜ法蔵菩薩の話しをしたかというと、私は『教行信証』の主人公は法蔵菩薩だと
思っています。親鸞聖人が『教行信証』の中で引用した菩薩というのは、法蔵菩薩を
指している場合が多いことを明確にしていくことも大切です。行巻に必定の菩薩とか
大菩薩が出てきますので、そこに注目していくと『教行信証』の主人公は法蔵菩薩で
はないかということが自ずからわかってくると思います。そして、法蔵比丘があらゆる諸仏に
ほめたたえられることを十七願と言います。四十八の願いの中の十七番目の願いということです。
この場合、あえて法蔵比丘としたのは、皆さんが本当に諸仏の中で阿弥陀仏が優れていると
言えるのか、という問いかけをしていただくために法蔵比丘としました。
本願文の現代語訳を鈴木大拙著『浄土系思想論』から引用して紹介しましょう。
行巻(十七願) もし私が仏になる時、十方世界の量りなき仏がたが、ことごとく
讃めたたえて我が名を称えないならば、私は仏にはなりません。
(浄土系思想論 鈴木大拙訳)
諸仏が称える「我が名」というのは阿弥陀仏の名です。行巻の最初に書かれている十七願
「諸仏称名の願」は阿弥陀仏というのはすばらしい徳のある仏なのだということで、
南無阿弥陀仏というお念仏を諸仏が称えてくれなければ、私は仏にはなりませんという願いです。
諸仏が南無阿弥陀仏と称えなければ私は仏になりませんということを十七願に願われて、
それが行巻のベースになっているのです。
次に信巻は、『大無量寿経』下巻の始めに本願成就文というのがあり、十七番目から
十八番目の願いを一つに考えていますので、正しく行信一体として読んでいくべきです。
信巻というのは主に至心・信楽・欲生の三信というのを明らかにしています。信巻の最初には
十八願が記されています。
信巻(十八願)
もし私が仏になる時、あらゆる衆生が、まごころに(至心)信じねがって(信楽)、
私の国に生まれたいとおもって(欲生我国)、せめて十声でも念仏して(乃至十念)、もしも生まれる
ことができないならば、私は仏にはなりません。ただし、父を殺し、母を殺し、聖者を殺し、
僧侶の和合を破り、仏身より血を出すというような五逆罪を犯したものと、仏のみ教えを謗るもの
とは、この限りでありません。
十八願は至心信楽の願と言います。ここで注目していただきたいのは、至心を「まごころ」と
鈴木先生が訳されていることです。そして、本願に除かれた者があるということも重要なことです。
証巻は往生、さとりを得るということですから、自分自身が往生を得るということで、難思議往生と
いうことを表わします。この往生は十八願のすぐれた往生で、私たちの思いやはからい(議)を
超えた往生という意味です。難思議往生は最高の往生と覚えておいて下さい。証巻では、
最初に「必至滅度の願」という十一願が示されています。
往生が決まるのは生きている今、成仏は滅度として約束されている未来を指します。
証巻(十一願)
もし私が仏になる時、私の国の人たちが、この世では仏になるに
定まった位に住し、かならず迷を離れて滅度に到ることが出来ないならば
私は仏になりません。
と、最終的には必ず命が滅して救われていく世界に至るということを願われているわけです。
後で詳しく説明しますが、滅度は涅槃というよりも字のごとく「滅して救われていく」と味わった方が
よいと思います。滅度は成仏の問題になると言えます。
次に、方便の四法というものが出てきます。さらにこの方便にも要門と真門という二つに
分けています。方便としての『教行信証』というものがあるのです。この分け方はよく
言われていることですが、すごいなあと思います。要門の四法というのは、
まず教は『観無量寿経』です。そして行というのは自力の修行を指し、自力修行の人たちの
救われていく願いを十九願「修諸功徳の願」と言われています。
十九願 もし私が仏になる時、あらゆる衆生が、菩提を求める心を発して、も
ろもろの功徳を修め積んだ功徳をたよりとして、一心に私の国に生ま
れようと願う(至心発願欲生我国)、そういう人のいのち終わるときに臨
んで、多くの場合、私が聖者達と共に、その人の前に現れなかったな
らば、私は仏にはなりません。
二十願 もし私が仏になる時、あらゆる衆生が私の名まえを聞いて、私の国を
慕い、念仏を称え、その功力によって一心に私の国に生まれたいと思
って(至心回向欲生我国)、その願いが果たされなかったならば、私は仏
にはなりません。 (鈴木大拙訳)
このように十八願に対応して十九願と二十願というのが化身土巻に方便として出て
きます。十九願というのが方便としての要門、二十願は方便としての真門です。真門
の四法のうち教は『阿弥陀経』、行は自力の念仏を指します。ここはあまり説明するつもりは
ありませんが、なぜ方便に十九願とか二十願というのが出てくるのかと言いますと、
十九願というのは自力諸行、諸々の行を自力で行う人々を救いましょうという願いが
かけられています。二十願は念仏に出遇っても、念仏を自力にしている、自力念仏を
称える人々も救いましょうということです。
ところが、一番大切にしてほしいのは、やはり十八願があるからこそ十九願、二十願の
人々も救われるということです。まず十八願が初めに来ていることに注目して下さい。
本来、求道の仕方を順番に考えますと、初めは自力の修行を積みながら破れて、
念仏の教えに出遇っていく。しかし、念仏に出遇ってもなかなか自力から離れることが
できない、そのことに気づいて他力に帰していくような、十九願、二十願、十八願という
順番で考えてしまいます。自力に破れて他力に帰していくというだけではなく、他力に
帰したら、初めから他力の中で生きていたという世界に気づくことが大切なのです。
だから、私は「初めに十八願あり」と読んでいかなくてはならないと思います。
十八願があるからこそ、十九願や二十願の人々も救われていくのだという、願いという
ものを感じ取っていかなくてはならないのです。それは、十八願に「ただし、父・母・聖者を
殺し、僧侶の和合を破り、仏身より血を出すというような五逆罪を犯したものと、仏の
み教えを謗るものとは、この限りではありません」という唯除の文がついていて、
その唯除の文が十九・二十願を生み出していったといただくこともできるように思います。
十九願は、自力の修行を積んでいた人も最期には阿弥陀仏がお迎えに行きましょう
ということです。最期まで自力で生きたとしても、誰もが死ぬ間際になったら自分の
命は思い通りにならなかった、死にたくないと逃げても逃げても最期はおまかせして
いかなくてはならないと気づかさせられるのではないでしょうか。死んでいく時にこそ、
自力の修行者も自分の命だけは思い通りにならなかったと気づくことが他力との
出遇いといえます。だから、命が終わる時に臨んで阿弥陀仏が聖者と共に自力の人の
前に現れましょうと願われています。
二十願は、念仏の教えに出遇い、念仏しかないと気づくことができても、その念仏
を自分の善根にして、自分の力で念仏を称えていこうとしてしまう私たちの現実の問
題を如実に照らし出されているように感じます。
今の真宗は、この十八願というものを難しいので明確にできていないように感じま
す。だから、曾我先生の教えを受けて自力の念仏を称える二十願におってもよいのだ、
という傾向が出てきてしまったのです。これは決して曾我先生が二十願でもよいと言
ったわけではなく、ある逸話があるようです。ある弟子が二十願から少しも離れるこ
とができませんと落ち込んで悩んでおられました。その悩んでいる状態を見たもので
すから、曾我先生はあなたが二十願にいる状態にいることを知っておればそれでいい
よ、というお話しになったと思います。しかし、その人は曾我先生は二十願におるこ
とを知っていればいいのだ、とおっしゃられたと自慢したのです。自己否定していた
にも関わらず、自己を肯定してしまったように思います。ですから、皆さんは十八願
に立たなくてはいけない、たとえ立てなくても立たなくてはならないと、十八願を強
調していくことが今の教学の上では大切なことだと思います。
私たちにとって自力の念仏は非常にわかりやすいのです。皆自力ばかりで生きている
わけですから。しかし、二十願を安易に認めてしまったらおかしなところに埋没していく
ように思います。「愛欲の広海に沈没する」という親鸞聖人の有名なお言葉があります。
これは煩悩が邪魔して十八願の広い海に溺れるという親鸞聖人の悲嘆です。
信巻に悲嘆を持ってきたことには何か深い意味があるように思います。信巻でもわざわざ
悲嘆されたわけですから、この悲嘆の裏には十八願に会い獲た喜びを読みとって
いかなくてはなりません。十八願という広い清らかな海にいるはずの私が、煩悩から
離れることができず如来に背き続けて生きている、そのような私を救わんがための本願で
ある感動があります。溺れるはずのない海に溺れている悲嘆でもあります。この愛欲は、
信巻・三一問答の中で出てきた字訓釈の「信楽はすなはち欲願愛悦の心なり」と、
弥陀の欲愛(欲生・信楽)に背き続けている煩悩具足のわが身の悲嘆であると同時に、
十八願の広海がその煩悩を包み込もうとしている喜びまで読み取っていかなくてはなり
ません。喜びまで味わうことができなければ、十八願の心はわからないのではない
でしょうか。化身土巻だけでなく信巻にこの悲嘆があるからこそ、信巻は光輝き大きな
意味を持ってくるように感じます。
そして、最後に真仏土巻と化身土巻があります。真仏土巻というのは真実の仏の世界と
いうことで仏のはたらきを説かれています。十二願「光明無量の願」そして十三願「寿命無量
の願」というものが、真仏土巻の初めにあげられています。
十二願 もし私が仏になる時、光明に限りがあって、少なくとも百千億那由他
の諸仏の国々を照らすことができないならば、私は仏になりません。
十三願 もし私が仏になる時、寿命に限りがあって、少なくとも百千那由他劫
で尽きるなら、私は仏になりません。
真実の仏の世界を「ひかりといのち」ということで表わしています。『正信偈』の最初に
「帰命無量寿如来、南無不可思議光」と言われるように、ここでは逆になっていますが
無量寿といういのち、不可思議光というひかり、この二つが阿弥陀仏のはたらきであり、
真実の浄土そのものです。ひかりはあらゆるところを照らし出すはたらきとして
示されています。また、いのちは永遠なるいのちを誰もが求めているという問題に
答えようとしていると言えます。そして、化身土巻では、先ほども述べたように十九願、
二十願で埋没している私たちの姿を問題にしていかれたように思います。
では、私がどのように『教行信証』の全体像というものを見ているか、述べさせて
いただきたいと思います。先ほども言いましたように親鸞聖人は『教行証文類』と信を
抜かしています。これは、『教行信証』を読むときは信というものがどこにいっても
必要不可欠だというメッセージだと思うのです。教巻を読むときも信巻に照らし合わせて
読む。行巻を読むときも信巻に照らしあわせて読む。証巻を読むときも信巻に照
らし合わせて読む。そして、真仏土巻や化身土巻を読むときも信巻に照らし合わせて
読むことが必要だと思います。特に化身土巻は、曾我先生が「念仏の意義」の中で信巻と
対応して読んでいくことを指摘されておられることからも一目瞭然です。親鸞聖人の悲嘆が
信・化身土巻の両方に記されていることも興味深いことです。あらゆる巻を信巻に対応して
読んでいくとおもしろい発見が生まれてくるのではないでしょうか。
でも、皆さんには申し訳ないのですが、後二十年くらいはかかるかもしれません。
皆さんからは二十年も待てないとお叱りの声があるかもしれませんが、それなりにいつも
ベストの状態で臨んでいきたいと思います。なぜ二十年かといいますと、私が六十歳に
なるまでまだ二十年あり、六十まではなんとか頭も働くのではないかと思うのです。
学者は三十代で思索して、四十代でそれをまとめる。そして、五十代になって
勉強してきたことを発表するというのが定説のようです。六十過ぎましたら、勉強し
てきたことをさらに信仰として深めていき、味のようなものを出していくことが大切に
なってくるのではないでしょうか。
ところで、金子先生は教行信証巻と真仏土・化身土巻というように二つに分けたの
ですが、私は真仏土の中に教行信証があり、化身土の中にも教行信証があると分けたい
のです。まず真仏土と化身土という二つの浄土を分け、それぞれに教行信証がある。
そして、信だけは真仏土と化身土の二つの浄土に交差しているのです。真仏土の教は
『大無量寿経』ですが、化身土の教は『観無量寿経』であり『阿弥陀経』であります。
真仏土の行は正しく大行・念仏ですが、化身土の行は自力の諸行であり、自力の念仏
なのです。真仏土の証とは他力のさとりでありますが、化身土は自力のさとりであり、
十九願・二十願がどこまでもつきまとってきてしまうのです。たとえば、恋人同士は
よく「あなたのことを信じています」と言います。しかし、結婚したら浮気でもしない限り
「信じています」とは言わないのではないでしょうか。私たちの信は疑いと紙一重なのでは
ないでしょうか。疑う心があるからこそ、信という言葉を使うのです。
本来ならば、「私は信じる」という言葉すらいらない世界でなくてはならないのに、自分が
主体の信というものでどうしても考えてしまうのです。十八願の他力の信心が自力の
信心を自己批判していく中で生まれてきたのが、曾我先生の「信に死して願に生きる」と
いう誓願不思議を言い表したお言葉であると思います。それは、真仏土と化身土に
交わる信があるからだといえます。交わる信があるからこそ、「救われてみたら、
自らが信じる必要もなかった、ただ如来にのみ信ぜられていた」という願いのみに
生きる曾我先生の表白ではないかと思います。これは、十九・二十願に先だって十八願が
ある重要な意義だと思います。そして、私たちの現実は何かを信じようとしてしまう十九・
二十願の世界を彷徨っているとも言えます。このように読んでいけば一番『教行信証』の
全体像というものがわかりやすいのではないかと思います。
最近、『親鸞の教行信証を読み解く』という著書が出ておりまして、全部で五巻が完結
しました。この「読み解く」というタイトルは、何か自力で『教行信証』を読み解いていこうと
いう気持ちを感じまして、おかしいのではないかと思っていました。しかし、今回の第五巻を
読みましたら、藤場さんという人は結局真・仮・偽というものを明らかにして読み解きたかった
という意味を込められたというのがよくわかりました。真に対して仮があり、偽があると、
このようなことをきちんと見極めて読み解いていきたかったようです。しかし、真実の信だけは
読み解くことはできないのではないか、真実の信はどこまでも他力ですから読み解く必要はない。
逆に真実の信心が私たちに近づいて来て下さるのがアプローチです。これこそ、正に
他力回向ということです。私たちが『教行信証』の教えをいただくということは、仏の声を聞いて
いくことであると言えます。知らず知らずのうちに仏の声が聞こえてくる。「ああ、そうか」と
親鸞聖人の『教行信証』を書かれた心が自然とわかってくるような「教行信証からのアプローチ」が
なければ、『教行信証』はわからないと思います。
私がこのようなことを言うのも無礼かもしれませんが、『親鸞の教行信証を読み解く』という
著書を書かれた藤場さんは化身土巻を立場として読み解こうとされています。ある程度結果を
出されておられますからとやかく言う必要はないのですが、化身土巻から読んでいこうという
読み方では、富士山があるとすると下から登っていくのではなくて、ヘリコプターで一気に
頂上まで登って行って、下へ降りていくというような味気のないものになる気がします。
富士山を見たことには変わりはありませんから、このような指摘はしない方がよいかもしれません。
ただ、化身土巻から読むのであれば最初から化身土巻を読みながら、前の教・行・信・証巻に
時々戻って読んでいかれた方がよかったように思います。教巻・行巻・信巻・証巻と読んで
いかれましたが、どうして早く化身土巻に行かないのかなとじれったくなってしまいました。
化身土巻にしても曾我先生の指摘にもありましたように、もっともっと信巻に対応して読んで
いかないと、一番肝心な信というものが浮き彫りになってこなかったようで非常に残念でした。
なかなか皆様のお顔を拝見していますと、難しいなあというお顔をされておられる
ようです。もう一度、反復してお話ししていきたいと思います。『教行信証』の教巻は
真実の教えというのは『大無量寿経』だということです。行巻は行、行いです。行いという
のは真宗では念仏です。念仏というのはどこに出ているのかというと、法蔵比丘が
四十八願というものをお建てになったということであり、その行というものが念仏です。
ですから、今回は私が行巻を講義するのですが、念仏とは何か、ということです。
念仏とは何かということで一年間やっていくわけです。龍樹・天親・曇鸞・道綽・善導・
源信・源空という七人の高僧の念仏の教えの伝承をお話ししていくわけです。中国の
高僧が三人出てきますので、念仏だけでなく中国で流行した禅との関係も明らかに
できればよいと思います。まだまだ勉強する段階ですが、最近坐禅を組むということは
全然別々のことではないと考えています。だから、今年は禅と念仏についても明らかに
できればよいと思います。
坐禅というのはどのような意味があるかというと、自己否定、自分を否定する行であると
秋月龍a先生も言っておられます。真宗にも煩悩具足、煩悩から離れられない
凡夫であるというように自己否定していくことがあります。「真宗は聞法がすべてだ」
と言われるように、坐禅を組むように足を運んで教えをただ聞くという、それのみと
いう坐禅にも近いものがあるように思います。
私も本当に坐禅でも組もうかなと思ったときもありましたが、真宗では聞法がすべてで
ある、足を運んで聞くことこそ大切なのだ、と気づきやめました。私は今このようなところで
話していますが、私自身も皆様と一緒にいろいろな先生のお話しを聞く、もしくはご門徒の
皆様のご意見にも虚心に耳を傾ける姿勢が一番大切なのです。今私が話していることも、
私自身が仏さまよりいただいたことを話しているわけです。本当にいただいたことがなければ、
皆様には響かないのではないでしょうか。私もどこまでいっても聞くという姿勢をなくして
しまったら、僧侶としての生命を失ってしまうように感じます。
それはさておき、信巻はあらゆる巻に対応していきますので、行巻で念仏の教えに
出遇えば一気に証りを得ることができるのです。行巻が明らかになれば、証巻の心も
明らかになってくるのです。証巻の十一願について見ていきましょう。十一願は「必ず
滅度に至る」ことを願ったものです。滅度というのは浄土と考えてもよいでしょう。
しかし、いのちが滅して浄土に行くのか、それとも今現在浄土に生まれることが決まるのか、
難しい問題が残されています。今・現在仏になるべき身と定まる現生正定聚・往生が
決まることと、必ず滅度に至るということはまだ至ってはいない、まだ仏に成ったとは
言えない未来の問題です。十八願にも「若不生者」もしも生まれることができないのならば、
と願われていますから十一願は化身土の問題ではありません。
親鸞聖人は、浄土を未来往生として、いのちが終わったら往く場所としてお手紙に
記されているところもあります。これは、真宗光明団・周南支部「あゆみ」三百四十八号の
中で細川巖先生が「親鸞聖人は死後の往生として浄土を使われた場合がある」と
触れられていました。滅度としての浄土という問題も大切だと思います。ただ細川
先生は例外的に述べられていました。
さかさかしきひとのまいりたるをば、往生はいかがあらんずらんと、たしか
にうけたまわりき。 (末燈鈔 第六通 聖典 六百三頁)
この身はいまはとしきわまりてそうらえば、さだめてさきだちて往生しそう
らわんずれば、浄土にてかならずかならずまちまいらせそうろうべし。
(末燈鈔
第十二通 聖典 六百七頁)
信心のさだまると申すは、摂取にあずかる時にて候うなり。そののちは、正
定聚のくらいにて、まことに浄土へうまるるまでは、候うべしみえ候うなり。
(末燈鈔
第十三通 聖典 五百九十頁)
いのちが終わって浄土に生まれる、往生すると三回だけ書かれておられるようです。
これは、十九願、二十願における化身土としての浄土ではなく、十一願の滅度を意識
しているのではないでしょうか。池田勇諦先生は「ともしび」第五百八十三号で
必至滅度はその表現から未来と言わざるをえないのですけれども、その未来は
これから先のわからない未来じゃないんです。むしろ現実を成り立たせてくる
未来です。いまここへ来る未来です。真実の未来です。その意味においては必
至滅度は未来、つまり言葉を換えれば私たちの生きる根拠だということです。
と述べられていますから、ここでは滅度を涅槃ではなく、未来往生としての「浄土」
と理解して説明したいと思います。私は、未来往生というのはどうしても死後の往生
としての浄土としか捉えることはできないのではないかと考えています。生きている
今、仏になるべき身と定まる信心をいただいても、私たちは迷い続けてしまうものです。
その最後の受け皿として、いのちが滅して必ず救われていく浄土があることは非常に
有難いことです。私たちは自分が浄土に生まれたいというように願うと錯覚している
場合も多いように感じます。ところが、阿弥陀仏が私たちの意識より先に浄土に生まれ
させましょう、必ず至るようにしましょうと願っていて下さるわけです。しかし、私たちは
誤って自分が浄土を願うというように自力でとらえてしまうのです。私が浄土を願っても、
願わなくても、浄土なんかに生まれたくないと嫌がっていても、無理やりにでも浄土に
生まれさせようと願われているところに重要な意味があります。
私が浄土を願おうが願うまいが、そのようなことは一切関係ないのです。このような
ことを述べると恩寵主義で、「あるがままで有難い」と誤解を与えるかもしれません。
しかし、真宗は法の深信の上ではあくまでも他力なのです。それとは裏腹にわが身は
どこまでいっても自力で、素直に有難いとはなかなかいただけません。その姿が機の
深信です。この機の深信があればこそ恩寵主義では決してありません。阿弥陀仏が
どうしようもない愚かな私をいのちが終わったら必ず浄土に生まれさせようと願われて
いるということは本当に有難いことです。この愚かさというのは、人間の存在自体の
愚かさであり、たとえりっぱに生きているとしても、ぐうたらに生きているとしても愚かと
いうことには変わりありません。そのような仏の願いに気づいたら、浄土を願わなくても
よいと言われても、願わずにはいられなくなるのではないかと思います。
自力に破れることによって、如来の前では私の責任は一切なくなる、ただ自力を尽く
せる限りは自分の責任はあくまで自分の責任として果たしていかなくてはならない世界が
広がってきます。願生浄土という言葉がありますが、案外私たちは自力の心で浄土を
願っている場合も多いのではないでしょうか。その問題点において清沢先生は非常に
徹底しています。
来世の幸福のことは、私はまだ実験しないことであるから、ここに陳ぶることは
できぬ
というように『わが信念』の中で来世に対する救いというものを捨ててしまわれました。
その『わが信念』のお言葉が今の真宗の流れの中で浄土というものを曖昧にして
しまっているという危険性があるように感じます。
しかし、清沢先生はやはり徹底的にはからいを超える点でレベルが高かったのでしょう。
決してあいまいなことは許さない白黒はっきりしずきた性格だったのでしょう。
私たちは自力ばかりで生きていますので、別に浄土をわがはからいで願うことが悪いことか
どうかという問題になってきますと、一概に悪いとは言い切れない。悪人正機とは裏腹に
善人になること、自力作善を常に好む人間の弱さというものがあると思います。
なかなか自力か他力か白黒はっきりすることのできない弱さというものもあります。
その点、蓮如上人はそのような人間の弱さというものを見据えて、浄土に生まれさせ
ようという願いに気づかせるために、浄土を願うということを説かれたようです。浄土を
実体化してしまわれたという危険性もありますが、蓮如上人のお心というのは非常に
深いと言えます。我々のはからいから逃れることができない、そういう凡夫の状況を
見据えて、的確に教化されたのではないかということを改めて感じます。
清沢先生は来世の幸福はまだ実験したことがないからわからないということで、私たちが
浄土を願うことを否定してしまうようなことを陳べられましたので、教学自体が浄土を
見失ってしまったようです。死後の救いの否定として「今救われなくていつ救われるか」と
いう問いかけはすばらしかったのですが、滅度としての浄土の問題がおろそかになった
ように思います。そのような清沢先生の流れをくみながら、金子先生が浄土というものを
明らかにされていかれたのです。
ただ清沢先生は四十一歳で亡くなられておられますから、まだかなり若かったと言え
ます。明治時代の四十歳というと、今は五十過ぎの精神年齢かもしれませんけど、
若すぎたがゆえに来世のはからいをも捨てようとされたと思います。清沢先生の一途な
真面目さでもあります。
これは、幡谷先生の『大悲の妙用』という著書で読みましたが、曾我先生、金子先生も
浄土を願いながら亡くなられていかれたそうです。曾我先生が亡くなられる時に、金子先生が
病床にお見舞いに行かれまして、曾我先生が「私は金子先生の言われた浄土というものが
今までわからなかったのですが、やっと死ぬ間際になって明らかになってきました」と
おっしゃられたそうです。私は浄土を願う心というものは、たとえはからいであっても自然な
ことではないかと思います。そのことを明確にしていかなくては浄土真宗と言えないのでは
ないかとさえ感じます。
曾我先生が晩年病気に苦しまれて、「身体が痛くてたまりません」と弱音を吐かれた。
そうしたら、金子先生は「それはかなわないでしょう。人間にはそんな痛みなんか引き受けて
いくことなんてできませんよ」と優しいお言葉をおかけになられたらしいです。
やはり、苦しみは私たち人間が肉体的に辛いのでどうにかしてほしいと思ってしまうものです。
しかし、その苦しみすら法蔵菩薩が私の代わりに引き受けて下さろうとしている願いに
気づくことが精神生活で大切なのでしょう。ただ、私たちは肉体的な苦しみはかなわない
ものですからいつも逃れたい気持ちばかりです。
来世のことはまだ実験したことがないからわからない、と言いきれる人は立派であり、
すばらしいとも思いますが、たとえ浄土を願うということが自力であっても、ただ苦しみから
逃れたいという願望であったとしても、浄土を願わずにはいられないという気持ちは
人間の自然な感情なのではないでしょうか。しかも、私たちが浄土を願う以前に、
もうすでに阿弥陀仏が私たちを浄土に生まれさせようと願われ、その願いがかなわなければ
仏にはなりません、とまで誓われているわけですから、私が浄土を願うことは当然のことだ
とも言えるわけです。私は浄土を願う必要はなくても、そのご苦労に気づけば浄土を
願わずにはいられないということです。滅度として浄土を捉えていく十一願と根本本願と
言われる十八願を対応しながら、阿弥陀仏の願いをいただいていくことが大切なのです。
教行信証の読み方ということで話してきましたが、十一願と十八願との関係を明ら
かにすること、十八願と二十願の問題を明らかにすることが大きな課題であると思います。
昭和三十年代に訓覇信雄先生というお方が中心となって同朋会運動を始められ、
非常に盛んになりました。私も訓覇先生の三重県のお寺まで聞法に行きましたが、
二十願の世界に埋没していると言いますか、何か念仏の教えに出遇った人たちが、
教えに出遇っていない人を差別している感じを受けました。念仏の教えに出遇って
いない人を非常に冷たい言葉で厳しく批判していくという悲しい状況がありました。
訓覇先生の「回心なくして真宗なし」という有名な言葉があります。回心とは念仏の
教えに出遇うこと、仏との出遇いを指します。訓覇先生は「回心とは頭が立体的になる
ことだ」とおっしゃられました。立体的というのは、ある物の見方は四方八方いろいろな
捉え方があると頷くことです。普段の思考回路が何が善だか悪だかわからないという
ように立体的になることを言います。そこに仏との出遇いの状態があります。
しかし、「回心なくして真宗なし」という言葉は二十願どまりだと思うのです。その言葉には、
回心して私は真宗に出遇ったというように自惚れの心というものが残っているように
感じるのです。だから、この言葉をもう一度否定する言葉が必要であった。
「回心なくして真宗なし」どまりではなく、「されど回心も必要なし」という、この自分の
回心をさらに否定していく立場に立っていかないと十八願というものは明確になっては
こないのです。このような視点に気づかなかったことが、同朋会運動が軌道に乗って
いかなかったのではないかと思います。二十願どまりで、十八願まで深めることが
できなかったのです。
だから、私たちは十八願を明らかにしていかなくてはならないのです。明らかに
できなくても明らかにしていこうという姿勢で真宗門徒として生きていかなくてはならない
のです。「されど回心も必要なし」という言葉が生まれてくることによって、十八願は
生きてくるのです。二十願の自力の念仏ではだめだという信念を持ち、念仏の教えに
遇い得ても自惚れずに頭を下げて聞法していく姿勢が大切なのです。今の私の話は
念仏の教えに出遇うことのできた回心のある人に向けて語っていますので、まだまだ
念仏の教えに出遇ったことがないと思っておられる方々は、自らの回心のないことを
仏に懺悔されていけば必ず回心できるはずです。回心してからが出発点になり、回心と
いう経験をどこまで自分の手柄にせず、賜りものといただくことができるかどうかが
大切です。どこまでも二十願に止まることなく十八願を信の要として聞法していこう
ではありませんか。
そして、最後に私の『教行信証』理解は従来の真宗における理解と異なっているところが
あるかもしれません。いろいろ思い違いをしているところも出てくるかもしれません。
しかし、私には『教行信証』を記された親鸞聖人の声が聞こえてくる、親鸞聖人の
叫びのようなものをどこまで聞くことができるかどうかということが、今の私の課題で
あるわけです。時には、全く従来の解釈と違うところも出てくるかもしれません。
そのような中で私一人が親鸞聖人からこのようにいただきました、という気持
ちを大切にしていきたいと思います。それに対しては、皆様のご批判を謙虚にいただき
たいですし、決して私独自の解釈を人に押しつけようとは夢にも思っていません。
皆様も、学問研究に止まらず「私自身はこのようにいただきました」という精神を忘れて
ほしくないと思います。古田武彦氏の著書にもありますが、『私ひとりの親鸞』に出遇って
いただければ本当に光栄であり、そこにこそ真宗学の醍醐味があるのではないでしょうか。
●幡谷明 大谷大学名誉教授には、ご丁寧にお手紙までいただき、いろいろ不明な所など
ご指摘いただきました。テープ起こしをして下さったTさんにもお礼申しあげます。
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