手紙  
砂々利     

 うんざりするような雨の季節も終り、こっちはそろそろ暑くなってきました。そちらはどうでしょうか。気候のことはわかりませんが、楽しく元気に過ごしていることを切に願っています。
 なんだか、堅苦しい書き方しかできませんけれど、こういう手紙を書く気恥ずかしさのためですから、どうかお気になさらないでください。こうしてお手紙を差し上げるのは、たまたま成り行きでそうなってしまったのですが、折角ですから何か思い付いたことでも書いてみようかと思います。
 今の私には、あなたがどこで何をしているのか、知る由もありません。わかっているのは、名前と性別と、年齢くらいのものでしょうか。正直、あなたについて書くことは何もないのです。
 ですから、私がこのところしきりに考えていることを書くことにします。幼稚な考えだとお思いでしたら、どうか声を上げてお笑いください。私もそれを望んでいます。

 私は、学校というものが好きになれません。親しくしている友人は大勢いますし、学業の方もそれなりにうまく行っています。追いつめられるほどの嫌がらせを受けているわけでもありません。それでも、学校は苦手です。
 教室という決められた空間、朝から夜まで敷き詰められた時間割、私たちを監視している先生たち、成績というたった一つだけのモノサシ。
 まるで、牛や馬と変わりません。私たちが、それほどひどい仕打ちを受けてはいないと感じていられるのは、頭が良いからです。もし、牛や馬が私たちと同じくらい頭が良ければ、犬に吠えられたり、ムチで叩かれたりしないでしょうし、私たちが牛や馬のように頭が悪ければ、先生たちは私たちを時間割と教室にはめ込むために、犬やムチを使っていることでしょう。私たち生徒と、牛や馬のような家畜は、その程度しか違いはないのです。
 近頃は学校や先生たちが世間から非難されたり、教育制度の見直しが進められたりしているようです。そういう話を聞くと、私はうんざりしてしまいます。私も学校を嫌っていますが、彼らほど無知でも鈍感でもありません。ですが、そのような何も理解していない大人たちが多いことは事実です。それどころか、私の周りの友人たちにも、そんな大人たちと同じ楽天家が多く、私はいつもあきれてばかりいます。
 私の両親は、毎朝目覚し時計で起床します。姉は大好きなケータイ電話で友達とおしゃべりばかりしていますし、弟はいつもパソコンの前に座って、メールの交換やチャットをしているようです。
 家族のそんな光景を見たり、思い出したりするたびに、私は絶望し、やるせない気持ちになるのです。だってそうでしょう? 私たちはいつもいつも学校を嫌いだって言いながら、結局、その枠から出ることができないまま生活しているのです。犬やムチが恐いから、わざわざ自分で起きる時間を管理している。何もやることがない時間には、休み時間と同じように、ヒマつぶしのために適当な相手を見つけて、仲間意識を互いに牽制しながら、どうでも良いような話をする。授業中に先生から隠れてこそこそと手紙のやり取りをしたり、ひそひそ話をしたりする。生活の中にあるすべての事は、まるで学校でやっていることと変わりありません。みんな、社会の中にいながら、学校の中と同じ事を、自分から望んでやっているのです。牛や馬のように苦しみたくないから、たとえ家畜だとしても賢く生きようとして、そうやって枠の中に収まってしまっているに違いありません。
 きっと私だって、学校を卒業しても、また同じ枠に入れられて、生きていくことになるのでしょうね。どこまで行っても、いつまでたっても、大嫌いな学校の中で、皆と同じように賢くなって、生きていかなければならないのでしょうね。
 だから、ふと、どこか見知らぬ国に行こうかなって思ったのです。私を枠の中に押し込めるものが何もない国に。それはきっと、海の向こうにあるわけじゃなくて、高い空を越えて行かないと辿り着けない所にあるのです。その国に向かって旅立つためのスタートラインは、折角だから学校を選びました。学校で、一番空に近い場所を。
 翼のない私には、どこまで行けるかわかりません。けれど今飛ばなければ、きっとこのまま、この広くてちっぽけな世界で、下らない人生を歩まされるだけです。「生きていれば良いことがある」なんて言葉は、私には抗生物質のようにしか聞こえません。そうやって不自然な形のままで生きていく事に、何も意味はないはずです。私たちが本当に望んでいることは、決して家畜の幸せではないのですから。私が行かなければならない道は、もう他には考えられません。犬やムチを恐れないため、誰かに決められた枠から抜け出すため、偽りの笑顔を見せないため、そして私が私であるために、飛び立たなければならないのです。
 昨晩眠りに落ちるまで、そんな風に思っていたのですが、今朝目が覚めると、涙がぼろぼろとこぼれてきました。そんなつもりは全くなかったのに。けれどそのお陰で、自分の事が少しだけわかりました。私には、そんな勇気はなかったのです。柵を越えれば自由になれるとはわかっていても、その未知の世界への第一歩が恐くて踏み出せないのです。

 もしも、私がその一歩を越えてしまっていたら、あなたはこの手紙を読むことができなかったわけですよね。そう考えると、今はとても不思議な気持ちがします。こういう楽しい気持ちをたくさん見つけることが、幸せとつながっているのなら、今はこんな枠の中で生きていくのも、悪くはないような気がしています。きっと、どこに行っても、私にはこんな生き方しかできないんだろうな、とも思いました。あなたには、すべてわかっているのでしょうけれど。

 夏は汗が気持ち悪いし、気力がなくなるので嫌いです。あなたが過ごしている所は、快適だと良いですね。
 もっと書きたいことはあったのですが、時間が来てしまいました。授業中のたった一時間だけで書かせるなんて、ひどい先生だと思いません?
 あなたがこの手紙を読む日を、楽しみにしています。その日がきっと、臆病な私の選択が正しかったかどうか、わかる日なのですから。
 それでは、あなたが幸せな毎日を送っていることを願って。  

十年前のあなたより   




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