|
2002年2月28日
近頃眠るとき以外部屋にいない。わたしは部屋が好きだが、今の時期フローリングの床が冷たくて、落ち着けない。 昔はいかにもな子供部屋に憧れていたが、屋根裏部屋だから家具を置けるスペースがない。おおきい机やベッドは部屋を窮屈にして、ぜんぜんきれいではなかった。大学生になってから部屋は随分かわった。工夫するのは楽しい。すのこの棚や本棚は作った。ベッドは捨てた。ふとんだけれども天井が低く、寝心地が良い。白い生成りのカバーで揃えたのはいつだったか。カーテンは白いガーゼ。イスは模様が気に入って古道具屋で買ったもの。ガチャガチャテレビはテレビ線がなくてもコンセントを繋ぐだけで画像がうつる。お香はバラの匂いが好き。 長く机に向かうことをしていない。大学受験のときから勉強するとき画板だった。。 パソコン使う用事から離れられないので、当分部屋に落ち着くこともないのだろうなあと思いながら、リビングの一角はわたしの持ち物が山積みになっているのです。
|
|
2002年2月27日
イルムス館を見ていた。食器やガラスやタオルがすてきで、ここの販売員でもたぶん良いのだろうなあと思った。柳宗理、ロイヤルコペンハーゲン。きれいなものがたくさんある場所なら安らかな気分で働ける気がした。邪魔するのは自尊心や自己愛で、それがなければどのようにしても生活していけるんだろうと思う。
富岡多恵子「砂に風」読了。 恋というのは本来生き物として自然の性欲であって、それらを満たすための相手に近づくための理由付けに過ぎない。他人の動きがおもしろいのは一瞬一瞬が不意打ちだからだ。などなど。 野溝七生子「梔子」読了。 描写の繊細さと想像力の豊かさに感心した。もう少し若い頃、もっと心の柔らかい内に読むべきだったかと思う。私は今好い子ではないし、過去を振り返っていい子であった時期はないだろうと思われた。(AJICOはこの主人公のあじこのことだろう)
裏の空家に引越しがあった。二階の窓から大きなトラの縫いぐるみが飛び出していたから、たぶんこどものいる若い家族なのだろう。地元の学校に通わなかったから近所に親しい友達のいた経験がまったくない。放課後に友達の家に遊びに行くことなどなかったから幼馴染とかもなく、ひとより少し楽しみが少ないのかなあと考えたりした。 本を一生懸命読むとすぐ気分が影響されてこまる。
|
|
2002年2月26日
本屋に行こうとしていたら好きな人から電話があったようなので家の電話でかけなおした。 久し振りに声を聞いたなあと思いながらとりとめなく話す。夏頃の思い出が薄くなってきてしまった。だから三月中に一週間ばかり帰国すると聞き、すこし安心した。痩せたというので抱き心地が以前と違うのかと思うと寂しい気もした。
本屋に行ったが新刊は興味をそそるものもない。文学の棚から探し出すのも億劫でHPで確認しようと思い、文庫の棚を行ったり来たりする。ジュンク堂は広くて、入ったら最後出て来れないのだった。文芸文庫を一冊買って読んでいる。写真集は高いのでその場で見る。ナガシマユリエの写真集は家族ヌードの発想に驚く。
ガーゼのシャツと綿の下着を買って家に帰った。 家帰って今日買った本読んで、読みながらご飯食べて、お風呂入って、多分今日はこのまま寝る。スーツ姿の男女に怯える。
|
|
2002年2月23日
わたしや弟があまり熱心に本を読まないのは、階段の壁棚だけでなく、リビングのすみに積まれた古本の山が、すでに風景として捕らえられていて、それらが「読み物」として認識されないためではないか。読もうという意思をもって見ると、本棚には大方の本が揃っている。家に本があるせいで、本を買う楽しみがない。買おうかと思いながら読むべき本は家にあるので、買う気が起こらない。親の本だから本を所有する喜びも感じない。
ビデオデッキが壊れた。ビデオを差し込むと、受け入れてくれず出してしまう。奥まで押しこむと、引っ掛かって、ボタンを押しても出してくれない。困ったな。 デスクトップパソコンのプリンターを普段使うノート型に繋げてインストールしようとしたが、うまくいかず、インクだけを紙に擦りつけるので困る。必要に迫られるので、近いうちに買いにいかねばならないのが億劫だ。 駄目なときはみんな駄目だということを痛感した。
|
|
2002年2月22日
お見舞いに西新井まで。 日暮里に待ち合わせだったけど早く着いたので谷中霊園を歩く。墓石の上に茶トラ猫。羽二重団子は今度食べようと思った。 花粉が飛んでいるらしく、鼻炎に泣く。良い天気だったのに残念。「園児に気をつけて下さい」の看板に笑った。 郊外の大病院は清潔できれだけど、冷たい感じでよそよそしく、長くはいたくない場所だった。こちらの病院は、町の病院といったようすで感じが良い。
西新井大師にお参り。寒桜、紅白梅が咲いていた。大師前の食堂は値段が良心的だった。たぬきうどんでは足りず、あんみつも食べる。大師を出たところで黒猫を見つけて追いかけたけど逃げられた。
|
|
2002年2月18日
夢を操作したいと思っていました。 夢を操作するには、夢の中で意識を持てればいい(意識を持つ夢を明晰夢と呼ぶ)。
@夢のシチュエーションを希望に近付けるのには、BGMや香り、眠る前の30分間の瞑想を利用する A夢を忘れないようにレム睡眠の直後に、強い刺激を受けることなく眼を覚ます B夢の中で意志を持つには、日頃から夢を覚えておく習慣をつける C覚めそうになったら回転する
自然に目が覚めれば直前のレム睡眠時に見ていた夢を覚えているので、それを操作できればいい。そして特別見たい夢は瞑想ののち、最初のレム睡眠の直後に起きればいい。 そして昨日実践した。 夢を見た。日頃寝過ぎているので、丁度最初のレム睡眠の直後に目が覚めた、一時間半後。枕元のノートに日記を書く。結構覚えているもの。あんまりおかしな夢を見たのでひとり笑う。思わずリビングにかけこんで母親と弟にその面白さをひとり笑いしながら説明してしまう。次の日には何が面白いのかまったくわからなくなっていた。
|
|
2002年2月16日
アザラシのようにソファに横たわってテレビを見る。体力ないね。 夢のなかでこどもを産んだ。両手に収まるくらいのこども。みんなお酒を飲んでいて目を離したすきに、赤ん坊が見あたらなくなってしまった。半狂乱になって座布団引っ繰り返したりした。ちいさすぎるからすぐに見失ってしまう。こどもを胸に抱く気持ちは幸せで、胸が熱かった。愛のかたまりってこういうことなんだな。目が覚めてなんとなくこどもを持つ母親の気持ちがわかった気がした。
妊娠もお腹の中にひとつの可能性が宿っているかもしれないと思うと胸踊るもの。楽しみと思う。
|
|
2002年2月15日
林海象「夢見るように眠りたい」@シネマ下北沢。 桜のワンカットが美しさをとらえて、目が潤むほど。昭和初期の趣味がヒット。この時代に生まれたら素敵なのに。制約がある方が生きやすい。ゆで卵をナイフとフォークで食べるのは楽しい。 アンティークの店も良かった。買い物はひとりが多い。何も買わない場合も多いし気をつかうので、だれかと行くのは申し訳ない。 |
|
2002年2月13日
ビデオの返却が今日なので見る。 林海象「二十世紀少年読本」。 壊れたオルゴールのようなモノクロ映画。 風呂あがりで体が冷える。
日常に儚さを感じることなどなくなってしまいそうで逃げ出したくなる。 友達宅に泊まって、翌朝一緒にご飯を食べた。 瞬間の儚さを持ち続けて生きたいと思った。
|
|
2002年2月12日
クラブキングのラジオ収録@渋谷FM。 メインは三人、全員途中から参加して、まとまりなく、喋りたい放題 無自覚であるということの自覚。 現代の無感覚な若者層への訴え。
|
|
2002年2月11日
討論会。911事件のあと方向性がどう変わったか?
|
|
2002年2月10日
紀伊国屋の飲み会に行って来ました。バイト辞めて三ヶ月、昔のことに思える。ちょっと落ち着かない。大きい組織に属したい。 外に出て人と接したのが十日振り。長いこと冬眠している。いささか恐怖感を覚える。
犬のようにころころしつつ限界を感じた。 すし詰め状態の車で家の近くまで送って貰う。ありがとう。
|
|
2002年2月9日
シャーベッツ「VIETNAM NIGHT」@スペースシャワーTV 知らない曲が多くなった。
BJCの儚さと激しさ、シャーベッツの深遠で静謐な不穏の世界が好き。 グレッチの音に恋して、一日中ずうっとヘッドフォンで聞いていた。 CDラックを片付けたら何にもなくなった。すっきりした。
シャーベッツでは「グレープジュース」がいちばん良い。 さあ手を離しひとり水面を行け 光を胸に入れるために生きなよ 幼くて行き先もわからない 俺達きっとみんな迷子さ
|
|
2002年2月7日
母親は何でも動く人です。銀行業に復帰して、週五日働いている。働く人に家事まで任せるのは忍びない気がしてきた。春休みで一日中家にいるので時間はある。そこで毎晩夕食は一品は私が作ることになった。今日返本期日を過ぎていた本を返却しに図書館に行った。 店先に菜の花を見つけたので一束買う。 陳列した加工食物の紙パックにめまいを感じ、お菓子もぜんぶ作ろうかという気になる。 菜の花のおひたし、からし醤油あえ。
|
|
2002年2月6日
落ち着かない日があります。 すべきことに手をつけないでいてやる気が起きないときです。叫んだり踊ったり転がったり笑ったり吠えたりしますが駄目でした。
そして夜中にケーキを焼く。
単純作業は心を穏やかにします。
|
|
2002年2月4日
風邪で三日寝込んでいます。 一日中寝てもいられず、何ができるわけでもなく。インターネットをいろいろ弄る。 むかし関わった人が、夢を叶えて有名になっていたりした。過去のを思い出して後悔したりりする。
関わっていたころは夢は夢で、無理だと思っていたのは事実で、思いやりのなさや視野の狭さや許容範囲の狭さ心の狭さ、嫌悪以外の何の対象でもない。どこが良かったのかと不思議に思い、良い部分を幾らかでも見出していただろうひとにした対応には嫌気がさす。 実にもならないほど短い期間だったその間柄はそれきりで、改善すべき点が多い。 寝てらんないと思うけれど、シュウカツなど現実問題にぶちあたって投げ出したくなる。 マイペースに進められたら良いです。
|
|
2002年2月2日
写真屋さんに写真を撮ってもらう。町の写真屋さんも最近はハイテクで、デジタル写真をやっている。
「眼のちからを抜いて。もっとやさしくして。顔を作るんだよ」 数枚撮った写真の表示される液晶画面を見せられて、その場で選ばされる。素人目に見ても違いなど全然わからない。 「いえ、プロの目で良いと思うので……」 「こういうのは、自分でちゃんと決めてもらわなきゃ」 おじさんが良いといった写真でいいんだけど、同じのを私が希望するのもな。 「じゃあこれで」 と私は敢えて別の写真を選ぶ。ちょっとがっかりした様子のおじさんだった。
|