2002年10月

 


 10月 31日 (木) 


 
 鈍った体に労働はこたえますね。でもお金貰えるから良いし雑務も楽しい。

 さて、卒業論文の製本は、自分でやってしまおうと考えております。

 保存ができれば良いそうなので、サイズなどなどとにかく本の形に仕上げれば良いのでしょう。

 パリだかどこかで手書きの書物が限定十二冊一冊十万とか二十万とかで売り出された

 というような話を聞いたことがあった気がします。

 自分の最初の本は自分で好きなように作るのが良いなあ。

 楽しみ。

 製本屋に予約して早い期日まできりきり書くのと

 ぎりぎまで書いてぎりぎりまで作るのと

 どっちが時間的に余裕あるのかな。

 バイトが多い。

 文化祭の講演会忘れてた。

 行ってみたい気がしますが結構時間的にイッパイイッパイ。

 ひとに頼まれると大事を取ったりしないのでフル稼動です。


 


 10月 29日 (火) 



 

 

 

 

 

 

 ということを思いました。考えました。

 

 と試しに書いてみて、内容がわかるひとはいないでしょうね。

 

 事細かに全てを語るのはかえって強そうでいて組織が細かく脆くなるから弱いと思うけれど

 そう考えるのも弱さと言う先生がいてそうかとも思う確かに。

 

 ここで本のタイトルでも言えばわかるのだろうか。

 

 「本のタイトル」

 

 じゃあこれで貴方は私の考えることがわかるか?

 そこはかとなく。

 でもそれただのイメージよね。

 

 

 表現ってそういうことじゃないの。

 

 空白の部分話せる人は表現者になれないのか。

 

 今言いたかったことは空白の部分だよ。

 

 

 何のための日記なんだか。

 忘れないための日々の綴りごとか。

 

 いやもともと空白なんだろうか。

 結局どうでも良いことを喋るだけで「話すこと」という目的の行為は達成できるので、

 たぶん「話す」内容を考えたりしないのかもしれん。

 いや話したい内容はあるな。

 でも話さないでもいいから自己完結して話したいようなことでもなくなる。

 言うほどのことでもないような。

 そんなの多い。

 

 今日ちょっと話したかったのはここ一ヶ月くらい読んでいる本のこと、

 あと見たかった映画が来月特集だということと。

 

 物事詳しくないけど見たかったんだよ。

 見てみたかったということだけで十分かね。



 これは見たかったんだよ。

 

 

 と書いたつもりになって消そうと思ったけど消さない。

 三重になってしまう。

 


 


 10月 28日 (月) 



 何ヶ月振りかしらというくらい久方振りに朝起きた。

 午前六時、朝日はオレンジ色だった。

 電車を乗り継ぎ等々力に行く。

 途中、むかし通った高校の駅を通る。まだ高校生は身近だった。

 

 いやーーー 赤ん坊はむつかしい!

 母は偉大だ。

 赤ん坊は異星人だよ。

 おもりが仕事のくせに勝手がわからない。

 赤ん坊は壊れそうなほど脆く見えるからいつも遠巻きに眺めるだけで、きちんと接したことがなかったのよ。

 腫れ物に触るようにオッカナビックリだ。

 後半子供の扱いに慣れ今回で撮影の流れを把握したので次回はもっと動けるでしょう。



 でもほんとお母さん凄い。

 26歳のお母さんは産んで一ヶ月間、自分の赤ん坊を見ては可愛さと嬉しさとで涙が零れたそうだ。

 赤ん坊と母親には国籍も何もないなあ、とか後から思ったりした。

 子供産んだら子供の世話だけで時間が経つな。

 母親は一体そのあいだ何を考えるのかしら。気の遠くなるほど長いあいだ。

 子供もいずれ大人になるんだな。

 うちは大人予備軍として子供を見ている。

 さまざまな見方はあれど、いろいろの尺度で正しく育つと良いです。

 自然なのが一番良い。

 



 悪徳こそ自然の現象という意見もございますが、それでは人類破滅するから。

  
 


 10月 25日 (金) 



 来訪延べ二千人ありがとうございました。

 ホームページの意図とはそれぞれで、

 ここは相互コミュニケーションの場としての役割はほとんどありませんが、

 カウンターが時折思い出したように秋風に回る風車にも見え、

 卵の黄身が黄色いだとか、朝目覚めが良いとか、

 そんな日常のささやかな喜びに似ております。

 だから時々投げ捨てても拾い上げてしまうのでしょうね。


 今日はわたしのおばあちゃんの誕生日です。

 おめでとうございます。

 83歳です。

 ひとりだけのおばあちゃんだから長生きしてもらいたいものです。

 そして今日はおばあちゃんが家にきています。

 


 先昨日は授業に群像の編集部の方がいらしたので話を聞き、

 一昨日は日雇いで返品する化粧品の仕分け及び梱包作業。

 昨日は冬眠。

 今日は卒業論文の先生と会う。

 ハナムケの話を聞く。

 旅、幣、餞、ひととの別れ、別れる相手への餞、物品、金、詩歌。

 文学とは本来別れの際に示す詩歌から生まれたもの、お払い箱、賽銭箱、払う、清める。

 旅をして様々なひととの別れを繰り返した人によって書き綴られる文学が、

 より文学の本質に近づくことができるのだろうか、と思った。

 旅でなくても、幾つもの関わりとちぎれるように別れること。

 はっきりとした別れというのは、なかなか簡単にできなくて、緩慢な別れ方を選びがちだけど、

 ……

 オチがないけれど思うところ様々でした。

 
 
 


 10月 21日 (月) 



 http://www.246.ne.jp/~apricot/tuki.html

 見上げれば今夜は満月で、

 本当なら何かの動物になるはずで、

 けれども腸の具合が悪く(これはきっと悪い薬のため)、

 朝から雨で、

 昨夜は一日の半分を眠り背骨がきしきし痛み、

 一週間のうち二日誰かと会ったら五日は会わずにいるべきかもしれないとか、

 今温かくしたワインに砂糖をいれて飲んでいる。

 まみどり色の音楽を聴いて、

 帰りは濡れたアスファルトを一歩一歩足裏に感じて歩き回る。

 銀杏の実がたくさん落ちている大学通り。

 桃色と水色の夫婦が並んで脇を通り過ぎていった。

 秋の匂いがした。

 
 


 10月 20日 (日) 



 大熊さんと行ったサルガド展@渋谷文化村。

 慣れ始めて写真の映像がダイレクトに伝わってくる中盤が辛い。

 最後だけ可能性を残す展示構成で、多少穏やかになる。

 映像の捕らえ方が凄いと思う、神々しい。

 絵として気に入るものも多い。



 世間は薄っぺらい、と渋谷の繁華街を歩いて思う。




 




 霧雨の振るなか傘を差し掛けてくれる大熊さんはトトロだった。

 階段の上から誰かが写真を撮っていた。

 のぼりのエスカレータで転んだ。


 


 10月 19日 (土) 



 知らないひとたちでの飲み会で吐くまで飲むのはNGね。

 しかも歌舞伎町の飲み屋街。

 楽しい飲み会ではありましたが、これにラブを期待するのは到底無理です。

 よくわからないけれどなんだかヘコむ。

 GO−CONGならもう少し良い場所を予約すべきよ。

 社会人予備軍なら。

 社会とはそんなものか? 造花のようなものなのだろうか。

 マイナスなイメージばかりが膨らみます。

 たぶん何を大事とするかの違いなのだろうな。人間的な部分で。

 私が企画したらもっと素敵にするわよ。

 男女の出会いの場は、つくられたものならばなおさら、雰囲気を大切にすべきです。

 そして良い男なら雰囲気の良いダイニング・バーの2、3、把握しておくべきです。

 ……それは仕方ないか。わがままだ。ごめんなさい。

 

 話は勢いがあって面白かったんだけどね、

 やっぱり疲れてしまいました。穏やかなのが良い。

 楽しいことを想像して眠りたい。

 慣れないと。

 明日は気が楽だ。だけどサルガド。


 


 10月 18日 (金) 



 卒業論文提出まで二ヶ月もない事実、製本を考えたら一ヶ月強しかない事実を知り愕然とする。

 ・・・・・・

 優しい文章が書きたいなあ。

 でもそれでは印象が薄かろう。

 


 10月 16日 (水) 

 

 夕飯を母親とふたりで食べる。ビストロワイン二本半を飲む。安いけれど甘くておいしい。

 芸術とか価値観とかについて話し合う。今酔っ払って良い気分よ。

 価値観。

 最近子供の話や就職の話などで様々物思うのだけれど、

 人間の本能と社会の価値観の物差しとの落差がありすぎて、生き方に困る。

 真理を追究したいという一方で社会の通念に従いたいと思う気持ちもあり。

 芸術も万人に共通する観念ではない。

 それで母親と少々意見が対立したりもするけれどムキにならずヤンワリ対応できる程度には大人になったのか。

 例えば同棲が悪いか否かについて、

 アングラ芸術は結局自己満足ではないか、などなど。

 具体的な現実ではなくて例えばの話、うちは今純粋な感情を大事にしてみたいような気分なのだが。

 自然のもの。

 芸術も芸術論などというのはあとづけの理論で、

 幾らかの研究もありつつ結局創造者は個人の趣味と感性により芸術を生み出すもの、

 それもややもすると自己満足に完結し易いこと。

 本心と世間の見方の違い。

 先のこと。

 もしこれをしたら先が怖いって言ったら何にもできなくて、そういう考え方に捕われる部分が非常に厭なのだもの。

 けれど一時の感情に流されることもアヤマチとも思うのも事実で。

 色々な見方を認めたいし様々な人も認めたいのに、素直に。

 結局自分で様々経験して確認しないことには納得できないよね何でも。

 取り合えず動いてみろということか。

 見るべきことも多いか。

 幼い。

 眠い。

 普遍の価値観ってないかしら、誰にでも認められるもの。

 

 


 10月 15日 (火) 

 

 三限出席後ドイツ語の友達と久方振りに会い五限は研究室に行き、

 先生にラーメンとコーヒーをご馳走になった後学校に戻り喋る。

 最近買ったユリイカの矢川澄子追悼特集。(表紙の、彼女のセルフポートレイトが好きだ)

 一枚の写真がある。

 矢川澄子と澁澤龍彦、画家の野中ユリ、暗黒舞踊の土方巽、富岡多恵子と関わり合う池田満寿夫、

 みんな私の好む創造物を生み出してきた人達がひとつのアトリエに集まっている写真。

 (四谷シモンがいたら完璧だけど世代が違う)

 私は彼らが好きです。

 海亀塾もいずれ何年後かに、こんな風に集まって、それぞれの成果を話し合えたら良い。

 
 

 数ヶ月前ひとつの愛の終わりと共に壊れた「I」のキーが、知らぬ間になおっている。素晴らしい。

 夜空には膨らみかけた半月で、これから月が満ちるにつれて様々充実すると良い。

 今週の終わりに大熊さんとサルガド展を見に行く約束をする。

 ひとりでは辛かろう。

 

 久方振りに会う女友達は女友達女友達していない女友達で、彼女等とは離れた距離感が心地良い。

 会わないうちにあった出来事を時系列で説明しあってみる。

 会わない期間が長いとまず最初はレンアイ話で最後までレンアイ話ね。

 たぶんさばさばした性格の持ち主だから割合みんな入り組んだ事情があって、

 私だけではなかったとほっとしつつ互いに助言し合ったり弱点を指摘しあったり。

 たぶんこれからも続く。べたべたしない、つかず離れず良い関係。良いこと。

 

 鳥さんにウィンスロップ展の展示案内を頂く。早く行きたいものだ。ありがとうね。

 先生にラーメンとコーヒーをご馳走になった後、大熊さんと散歩がてら大学に戻り、

 途中で背の高い人ともあったので、一緒に文カフェで、先ほどの続きのように、

 それぞれ4年間の深い人間関係を時系列に書き出すことを強制してみた。

 過去の話を精算して未来に繋げるのです。冬だから。

 何が弱点って地に根を張る関係ではなくて、風吹けば飛ぶような関わりばかり重ねるからなのね。

 始まりは何となくのくせに終わりばかり明確にするから、駄目。

 電話がきらいとか人と会おうとして会う約束が苦手とか、駄目ね。

 学びました。

 

 最近日記俗っぽい。特に今日は恋愛話とな。きちんとツヅリオリしないと。取り敢えず日記。

 
 最近資料を漁る。変なところに詳しくなる。


 家帰ると松本清張の「鬼畜」、全部見られなかったのが惜しい。


 今日は暑かった。暑いのに黒いセーターなぞ着るから益々暑かった。むさくるしい姿。


 


 10月 14日 (月)

 

 食用キノコ ハナイグチとムラサキシメジ

 連休を利用して八ヶ岳に行って来ました。

 東京から離れて自然の只中にいると、感覚が素直になる。

 些細なことで感情が揺れ動くから、芸術を志す人が山中に暮らす事実が、納得できる。

 定職を持つこと、若いうちにしかできないことだと思うから、

 本当は都心から離れてモノ作りながら隠居者のように心静に暮らしたい気持ちは強いけれど、

 当面の間自分の選択を後悔したりはしません。

 色々見てみましょう。

 針葉樹林の間から零れる夕日の鮮やかな黄色に、悲しくもなったけれど、

 穏やかな暮らしは、何歳になってもできる。

 今に相応しいことを迷いながらも追う。

 長い視線はなくさないでいたい。

 

 隣の山荘には両親より少し若いくらいの男性が一人で毎週訪れている。

 そのM氏はアウトドア派で、カントリー調のインテリアは凝っていて、家具の殆どを作ったそうだ。

 昼間収穫した自生キノコの鍋を囲んで、お酒を飲む。

 でも家族いると腹割ってちゃんと話せないんだよね。ほんとじゃま。

 今まで接したことのない感じのひとで苦手なタイプなのに、

 無理して喋ったさ。

 免許さえあれば絶対ひとりで行くのだが。


 
 やはりひとりで生活したいものだ。

 
 


 10月 11日 (金)

 

 今日は友達について行き二時間強某出版社で宛名書きのアルバイトをしてきました。

 珍しい場所に入れて様々興味深かったです。この場を借りてお礼です。ありがとう!

 大学四年間で何人かの編集者の方と会う機会があったけれど、(思い出すと結構多いなあ)

 みんなどことなく似た雰囲気がある。業界人の雰囲気というものかしら。

 うーん、面白かったです。

 昨年11月に本屋を辞めて以来、久し振りのアルバイトでした。

 そして卒論指導の先生と少し話をした。早く書きたいものです。




 明日からの連休は、八ヶ岳に行ってきます。

 秋の山は、夏とは違う姿を見せていることでしょう。

 楽しみだ。


 10月 9日 (水)

 

 昨夜大変良い構想が浮かんで興奮して眠れないほどだったのに今日になったら気分が昂揚しない。

 思い立ったらすぐ取りかかると良いテンションが保てるものなのに。

 興奮しっぱなしで駆け抜けるように書く小説は、大体素敵な様子になる。

 こちこち書き連ねる小説は退屈になる。

 惜しい。

 しかし文章を書こうとしても、普通の良い文章は書けるのに、

 何だか輝くような、雰囲気のある、魅力的な文章が書けないので弱る。

 それでごろごろした。

 仕方がないので余分な資料を印刷したりした。

 今借りている本を返したら、画集を借りてこよう。

 ポール・デルヴォーの。

 書くのが楽しみで眠る気にもならないほどになったらその衝動を優先させましょう。

 衝動、

 日常にもっと感じられれば良いのになあ。どうも固い。


 小説という呼び方はなんだかいやらしい、「ショーセツ」の音ばかりが空回りしていく。

 モノガタリと呼ぶと、客観的になった。


 「ホテル・ニュー・ハンプシャー」
 


 10月 8日 (火)

 

 今日はたくさんの人と会い、話ができ、様々考える切欠を貰ったので良い日でした。

 あと半年だから、この人間関係を大事にしながら、卒業製作など張り切ってガンバロウと思う次第です。

 


 10月 6日 (日)

 

 母が友人宅からカスピ海ヨーグルトというものを貰ってきた。

 紅茶キノコやヨーグルトキノコと同じように、種菌を牛乳の中に入れるだけで菌が繁殖し、

 カスピ海ヨーグルトとなる。

 カスピ海ヨーグルトは、粘性が強く、酸味が少ないので食べ易い。

 指で触ってもくっつかないほど表面張力が強くて、木工用ボンドを食べているような舌触り。

 毎日食べるとお通じが良くなり、肌にも良いそうよ。


 久し振りに洋服を買いに街に出る。

 出掛けに棚を眺めても着たい服がない。楽しくない。これは大層気分が落ち込みます。

 色々見ては回ったけれど収入のない身としては大した物も買えない。

 (本当はすぐにでも働きたいのだけれど働きたい場所がなくて困っているのです)

 散々歩き回り思い悩んだ末、黒いロングパンツと白いガーゼのシャツを購入する。

 結局変わり映えしないのだけれど、自分の趣味とは変化ないものです。

 好きなものは同じ形で色違いを何枚も揃えたくなる。

 少しお洒落もしましょう。

 そう思って、シルクの、ざっくり編んだ首巻きを出しておいた。

 首巻きひとつで普段着る服も表情が変わります。


 


 10月 5日 (土)

 

 銀座の松屋に白州正子の骨董展を見に行こうと先週から母と約束をしていたのだけれど、

 母は昼間歯医者と今晩市谷にお食事に行く用事があり、わたしも頭が痛かったので、

 気分が乗らないということになり、お流れ。

 展示会に行かなくても直接武合荘に行けば良いことですし。

 明後日までやっていますし。

 行く行くといいながら一向に行く気配がないのですが。

 というわけで本を読みながら寝過ぎの上に更にうつらうつら昼寝している。

 夕方頃漸く起き出して部屋の掃除をする。

 部屋が汚いから気分が荒むのよね。

 読もうと思ってまだ読んでいない本が二十三冊あった。

 何してたのかしらね自分!

 


 10月 3日 (木)

 

 久し振りの授業ですっかり時間割を忘れ、ぼんやり席について授業開始を待っていたら、

 一時限早い「法律原論」の講義であわくって教室を出て参りました。

 一時間待つ間本屋を三軒はしごしてカート・ヴォネガット・ジュニア「スローター・ハウス5」を購入する。

 今読んでいるのは人から借りたまま中途で放り投げていた「道化師の恋」。

 目白四部作は四冊読まないと読んだことにはならないらしいので読み返す予定。

 娯楽でも勉強でもここしばらく活字を読む気力と忍耐力が失せていて、

 やはり鬱だったんだなあと思いもし、鬱から脱するか否かは幾分自分の自己管理でどうとでもなるのだと思う。

 病的なものは薬飲むしかないけれど、軽度なものは結局怠けからくるものだろうな。

 なんだか本を読めるのが嬉しくていそいそと読む。

 趣味の本ばかりだけれど、義務の本ばかりだとまた鬱に戻りそうなのね。

 しかし夕方からちょっと外出て歩き回っただけで疲労甚だしいのだから、

 これで営業なんてできるのかしらと少し悲観的になるけれど前向きにがんばりましょう。

 美術の授業で白川静のビデオを見たのだけれど、

 志を持ち、恒に続け、識を持つこと(省略した意味)が彼の信念だそうで、

 ひとつの形ある物を築くには当然のことだなあとその部分だけ特に書き留めておいた。

 ナマケモノはいけません。

 教室で、白いタートルネックのセーターの上に茶色のカーディガンを着たオンナノコがいて、

 白いタートルネックのセーターの折り返された首周り部分が、

 斜め後ろから見るとどうしても首固定用ギプスに見えるので、すこしおもしろかった。



 弟が言語学に進むそうで、(「言語学って何やるの?」と聞いたら「よく知らない。」との答え。それでいいの?)

 来年から本郷に通うという事実がこの上なく羨ましい。

 高校時代もし本郷を見学に行ったなら、私も頑張った(かも)。


 
 遊び方を知識として学ぶばかりで全然実行に移せない4年間だった、と思いました。

 これは性質だな。しかたない。向かなかったの。

 過去を振り返ってあれこれ考えるのも、結局暇だからだよなあ。忙しくしよう。

 理想の、素敵な女性になるのです。(決意)

 色々な会社に潜り込むわ。(目指せ年収八桁)
 
 


 10月 2日 (水)

 

 金井美恵子 「小春日和」 読了

 「17歳のカルテ」

 17歳から4年経つけれど自分探しというのは普遍の主題のようで、

 ジーン・セバーグ風の格好に身を包んだウィナノ・ライダーの姿に見入りながら(髪切ろうかしら)

 そのうち感情移入してぼろぼろ涙が零れる。

 フランス煙草、ゴロワーズかと思う、絶え間なく紫煙を吹かす様子が、吸い方が良い。

 絶え間なく煙草を吹かすというのは半ば強迫観念によるものかと、

 目の前でマルボロをひっきりなしに吸うヒトを思い出したりもする。

 花屋の店頭で鳥さんの日記を思いだし思わず買ったガジュマルは、

 めずらしく可愛がる気を起こした私の気まぐれが悪いのか、水をやりすぎて根腐れをおこして、

 イモ状の太い根っこが腐って萎んでしまった。

 ギムジナーも瀕死だ。

 それを「枯れかけた花を生き返らすことに喜びを感じる」母に世話を頼み、

 別の元気なガジュマルをかわりに貰ったのだけれど、

 元気なガジュマルだけ自分の部屋に置き可愛がっている自分のゲンキンさ(というわけでもないけれど)に、

 やっぱり病気のガジュマルが気になって、

 新しく元気な木を心の底から可愛がることができない。

 小学校の頃教室の後ろのロッカーの上で半分に切ったジャガイモを豆腐のパックの水につけて栽培したものですが、

 世話されないジャガイモはだんだんに腐っていやな匂いを発し始めます。

 あんな風に溶けかけた根っこの内部はもう満たされないのだろうか?

 できるだけ水を与えないようにしていますが、

 ふと胸の睡蓮を枯らすためスプーン一杯しか水を飲めない病床のクロエを思い出しもした。

 病気治るまで水は控えてくれ。

 


 10月 1日 (火)

 

 ヒトと別れるたび日記どころでなくなり勝手にHPを閉鎖するのですが、細々と続けていきます。

 

 戦後最大級の台風上陸とのニュースが流れた今日、来年春就職予定の企業の内定式に行きました。

 オンナだけの職場で、私は大学卒業就職後の数年間を、修道院の修道女のごとく、

 社会的精神修行に費やす志でございます。

 (本気)

 150人のオンナノコに囲まれて、一抹の不安を覚えもする。

 ツマラナイ場所に自分を持っていくときは、しっかり自分を持たないと、ツマラナイ場所や人に埋もれてしまう。

 社会の門の入り口で、缶ビールばかりぐいぐい飲みながら、そんなことを考えていた。

 自分を自作自演するのは嫌いだけれど、周囲に流されたくはない。

 
周りは可愛らしいオンナノコばかりで、容易に馴染めず、作り笑いで頬が引きつる。

 女友達作るのが苦手という事実を忘れていたよ。

 けれど文芸科の個性的で努力家の面々の中で自分を卑下するより、

 馴染めないぶん誰にも惑わされず自分の方向性を見定めることができそうな気もします。

 怠けると流されるから、緊張感があります。

 内定式なのに飾られる花は相変わらず造花で、アバとカーペンターズが流れる。

 なんだか大変なところに踏みこもうとしているのだなあ。

 と、思わなくも、ない。

 こういうものかな。

 要は何を課題として、何を実現して、何を得てくるか。あたりまえのこと。

 マイペースで頑張ります。

 名刺ひとつで人のいる場所どこへでも入りこむ理由ができるのです。

 理由がないと何もできない怠け者の私には良い切欠です。


 台風でベランダから非難している鉢植えで、出窓がジャングル状態になっている。

 この状態がなんだか楽しい。





 「ベルリン・天使の詩」 「薔薇の名前」 「マルコヴィッチの穴」