2002年11月

 


 11月 29日 (金) 



 出席出したあとカフェで文章再考。

 三時から仕事。

 八時過ぎまで電話かけ、コピー、ポジ切り。

 金井美恵子「ピクニック、その他の短編」

 後楽園ホテルの前のイルミネーションは噴水や滝などでファンシークマを除けばかなり綺麗だと思うのに

 高島屋や旧表参道など有名どころと比べるとほとんど注目をあびない。

 来週はやすみをもらう。

 卒論は駆け足。
 


 11月 28日 (木) 



 火曜日の夜はぼたん鍋をご馳走になる。

 初ぼたん。

 いわずともイノシシ肉ね。

 冷凍のぼたんの塊は解凍に相当の時間を要していた。

 解凍後はえんじ色の肉。血が垂れる。

 鶏肉と豚肉のあいだのようですこし臭みがある。

 べつのひとは腐りかけの牛肉だといった。うーん、ひどいいわれよう、ぼたん。

 特製たれがよかった。砂糖、しょうゆ、みりん、日本酒、酢? かな。

 安くてあまい赤+白ワイン、白ワインを飲みながら。

 おいしいご飯を食べられるのはいいなあと思い、たのしいのは更にいいなあと思い。

 食べられない時期があったのでますます思う。食は精神的健康に繋がる。

 来年お金がたまったらだれかと住もうか。

 ひとりで住むか。

 でも余裕がなくなると動けなくなるな。

 住みたい場所たくさんあるけれど勤務地から自宅まで以上に遠くなると厭だし。

 (自宅から勤務先まで四十分地下鉄一本という近さ。

 まだ首都圏四箇所のうち配属先は未定だけど、多分本社のある新宿です。

 新宿西口、都庁と目と鼻の先、ヒルトンホテルのとなり。

 これはキャリアウーマンになれという指令だなあ。とりあえずなっとこう。ヒールで闊歩する。)

 はやく卒業論文書き上げたい。ついはめをはずしたので枚数変わらず。

 読みたい本読み返したい本とビデオが山積み。
 
 旅行のプランも立てたいし、未知の語学も勉強したいしで。

 


 11月 23日 (土) 



 朝八時四十五分の駒沢公園は犬が走ったりチアリーディングが踊ったりバンドが歌うたいしたりする。

 母以上子どもつきと母未満が三十分置きに来るのを

 バスに押し込めたり赤い旗について行かせたり写真など取ったり。

 銀杏並木がちょうど黄色に色付いて散る前の一瞬を描いている。

 バスの前で長い長い待ちぼうけでこれほど待たされることもなかったかもしれないと

 思ったりしたが数ヶ月待っていたこともあったなあと思い出しもする。

 バス運転手は自称ロケバス屋で様々な仕事があるものだ。

 猟犬が大階段の前でボールをキャッチする。

 わたしは電波をキャッチしたいところ。

 


 ほんとうに寒かった。

 


 11月 22日 (金) 



 カラーセミナー。

 とくに収穫なし。

 結局自分でやるほうが面倒くさいかも、と製本を頼みに行った。

 でも表紙は変える。

 あと二十日。平気なの?まだ半分。

 
 


 11月 21日 (水) 



 今週出ずっぱりで体力のない私は風邪を引き始め、薬を飲んだらそれがあわず仕事中に世界が遠のいて、

 (ただの鼻水止めカプセルなのに、動悸が不規則に激しくなる。絶対まずい。)

 早々に帰らせて貰い昏々と眠る。頭使うし卒論で寝てないし。普段から寝過ぎなのね。

 あしたはセミナーだから卒論指導の先生にあえず、会社を呪っているところ。


 昨日は某雑誌の編集者が話を聞きに来た。

 特に話すべきことでもないと思って話さない。ということが普段から多い。

 「世界のことより身近の問題を考える方が楽なんじゃないの?」

 という質問があったけれど、取り敢えず自分が充実しないと他者を思いやる余裕も生まれるはずがない。

 というより学生の身分で考え過ぎて世界の悲惨な情景を観察するだけなのなら、いっそうよろしくない。

 あいまいな立場のままいきること、なにかを達成する以前になにものかすらにもなっていないなら、

 それはどうなんだ。

 別に人生のクリアにすべき課題は多くて、まず社会に生きるひととして機能することも必要なんじゃないの。

 つねに世界のことを忘れないのは最前提。

 そのうえで身近に優しく、器を大きくし、なにかしらなにものかになったとき、

 例えば坂本龍一さんみたいにその立場を利用できるようになればよい。

 というのはわたしがわたしにあうやり方として考えたことだから、ひとそれぞれ生きかたがある。

 たとえば記者になって被害者の家をインタビューして回ることなんか絶対にできないと思うし。

 特定の考え方にのみ感化されるのも危険である種の宗教に近い。さまざまの可能性を許容できればいい。

 基本的に世界に生きるどんなひとも否定したり嫌悪したりする権利などないなあと思う。

 

 楽というのではなくて、どれも大切なものごとなんだけど、身近に起こるもののほうがリアル、

 というとやっぱりリアリズムの問題に突入するんだね。

 無関心で片付けるには大き過ぎる問題だということだ。
 
 


 11月 19日 (火) 


 
 今日は良い日だった。

 音楽作ったりおもしろい言葉繋げたり。

 帰り道遭遇してコーヒー飲んだり。

   
点といわれて俄然やる気。

 捨てたもので判断されるのは困る。

 新しい本は、素敵な装丁だった。

 だけど中表紙の方がほんとうに好きだった。

 
 


 11月 18日 (月) 



 卒業旅行?



 行く予定もなかった卒業旅行。

 行くことになるとは。

 しかもあの国へ。

 変ななりゆき。

 えー、わたしには縁がないと思っていたあの国か。

 わたしは行くまいと思っていたのに行くことになる。大学とおなじで。

 どうせ行くならのめりこんでみようか。言葉とか。

 縁のない本や雑誌も読むことになる。

 だからみんな行くんだな、といまさら納得した。遅い。

 将来やっぱりどこかに行きたいから、働きながらなんとかいろいろな場所を見る。

 行きたい都市も、これを気に、行きたい時に行けるようになりたい。

 予定。

 頑張ればたくさん情報が集まる仕事かもしれぬ。

 なりたいものは、取り敢えずセールスレディではない、確実に。

 仕事先の斜め前にある紫色の建物のなか、ときどき時間のあるとき煙草を吸ってから仕事先にいったりする。

 そこもやっぱり異国なんだなあ。日本人が設計したはずだったが。語学学校だからか。

 にわかに用事が増えたなあ。

 どこ行こう。

 ほとんどひとりで歩くから、いろいろ集めて整理して予定立てて。

 日本国内だって旅行らしい旅行したことないのに。平気か?

 いや、やる気。

 だからよろしくね。

 いや、本当は興奮してるの。こういう部分もあったのね、と。

 つい気分がよくて新しいマニキュアを塗ったりした。

 たかだか五百円のちがいで、良いマニキュアはほんとに良い。時間削減。

 今日映画途中までしか見れなかったのがざんねん。次はビデオにとっておく。

 とりあえず、卒論。

 合う文章と合わない文章があり、

 合わない文章を捻り出してこちこち書いた四十枚は、躊躇なく消去する。

 やっぱり、書きたい内容に合わない。

 そして三十枚を一気に書き上げた。良い調子。

 スケッチに終わるもの、つまり感性と主張が噛み合わないもの、あるいは感性だけのもの、

 のたりのたり進んでいるようだけどやっぱり現在から過去への視点の繋がりで読んでいて疲れるもの。

 変わらない一つの時間軸を、設ること。

 けれど光る表現はだれにもひとつは必ずあって、感心する。

 絶対浮かばない、言葉のつながりがある。

 客観的に読むとね、アップされている小説たち。

 偉そうなんだけどね。

 今日は文化学院の少し先にあるレモンUで食べる。マロニエ通り。

 アール・ヌーヴォー調のインテリア。イタリア料理。

 安井かずみが卒業した文化学院、レモンは彼女の思いでの場所だったようだけど、

 (「自由という名の服を着た女」参照)

 そのレモンはお茶の水の画材屋の二階にあったものの方だろうか。

 レストランはあとからできたんだろうし。

 文化学院には11月25日に池田理代子さんがくるそうです。

 

 
 


 11月 14日 (木) 



 仕事を早々に切り上げて神保町に出る。

 たまたま雑記帳に神保町その他の行きたい喫茶店をリストアップし地図に書いていたので、

 目的の純喫茶「ラドリオ」までM嬢と行きます。

 下にもあるけれど倉橋由美子の「聖少女」がとても好きで、

 O嬢も美徳の不幸もポール・デルヴォーもその影響で読んだもの見たものなのでした。

 借り物だったので原本がなくて、いろいろ書くには曖昧な部分も多い。

 (好きなものとか人が好きといったら絶対に好きといいたくないヒネクレものなのだけど言ったもの勝ちだし

 好きなの好きと言えないのはまた辛いし不自然なので言ってしまえという気持ちになった近頃。

 そして好きだと思えるものを教えてくれる人もまた貴重。)

 (大抵の良いものは既に誰かしらの心の中にあって、良いものを良いものとして思う感覚は大差がない。

 既に誰かのものだからと敬遠すると何にも残らなくて何が好きなのがわからない状態に陥ります。

 それってナンセンス。

 完全に自分だけのものなど、実は何もないのではないかと思う。

 体験や記憶や思考など本来なら個人に属するものも、

 複合的に見ればそのパターンというのは其々だけど、切り離したらひとつひとつのパーツは

 必ず共有する人やものがある    はず

 物事の捉え方も結局何かに影響されたもので、真のオリジナルなんてない気がする)

 色々な人の紹介する「ミロンガ」の斜め向かい。知ってるね。

 

 小説でもやっぱりそうなのですが、「ラドリオ」ではウィンナコーヒーを頼む。

 普段ブラックなのですがクリームが濃くてまたおいしいのでした。

 小説は近親相姦ゆえの純愛と相当重いストーリーでそれは好きではないのですが、

 出てくるモチーフがことごとく好きです。

 客も多くはない。

 ほとんどいない。

 紀伊国屋書店バイト時代に書店研修で来ていた某出版社の某さんが来た。

 名前を忘れてしまったしあの頃より私も大分印象が変わったから覚えていないだろうし

 あちらは編集作業の合間の束の間の休息で険しい顔をしてお弁当を食べていたので声をかけられず。

 あの頃私は出版社に入りたくて、カウンターの内側でいろいろ尋ねたものだった。

 神保町だからたぶん間違いないけどね。

 普通に出会うものなのだなあ。

 

 古書街をいろいろ見て帰った。

 けれど抜けていたので、マッチを折ったり携帯を忘れたりした。
 

 


 11月 8日 (金) 



 「いとしい」を読み終えた母親に「くみこの小説は川上弘美そっくりだ」と言われる。

 言われたことなどなかったが曖昧に逃げるところは似ていると思う。

 文章が稲垣足穂に似てるといわれたこともあった。

 
 いろいろ読む本がありますが、読んだことにならない気がします。

 書いて整理しようかなこの際。

 川上弘美多和田葉子井伏鱒二小池真理子ノナミアサ宮部みゆき山田詠美柳美里は、好きでたくさん読みました。

 尾崎翠野溝ナオコ稲垣足穂好き。森茉莉もだいたい。

 赤坂真理高木のぶ子
小林恭二。

 金井美恵子もだいたい好きなので読んで、他に特に好きなのは倉橋由美子「聖少女」渡辺淳一「阿寒に果つ」。

 「挽歌」「氷点」「清秋の蹉跌」記憶に残るもの。

 ばなな江国はぼちぼち、

 現代小説のいろいろ、「ジャンプ」「無常の日々」「ロックンロールミシン」「インストール」「ボディレンタル」

 「親指P」「シングル・セル」「タイムスリップコンビナート」「もの食う人々」「自動起床装置」「硝子生命論」

 「レストレスドリーム」「シュガータイム」「ナチュラルウーマン」「トパーズ」「限りなく透明に近いブルー」「ノルウェイ」

 「ねじまき鳥」「スロウボート」「風の歌」「葬儀の日」「人形愛」「砂に風」「玩具」

 「眠れる美女」「蜜のあはれ」「富士日記」

 ・・・・・・

 なんだか思い出せないのもたくさんあるなあ。

 海外ものや名作をほとんど読まないのね。

 時々読むけれど熱心には読まないので読んだうちに入らないのかな。

 代表作くらいはたいてい読んでいますが。

 「O嬢」「心臓抜き」「うたかたの日々」「西瓜糖の日々」「愛のゆくえ」「悪童日記」「ラマン」「浴室」

 今ずっとばたばたしているのでずーっと長いあいだ読み途中なのがサド「悪徳の栄え」今下巻半ば。

 赤ん坊のお守したあとに読む気はしません。面白いけど。面白いのよ。

 女流作家の現代小説ばっかりでしたね。

 

 基本的に性的要素悪の要素の強いものが好きで、反動で少女的なものも好きな傾向があるのね。

 悪と善というか、澁澤と矢川澄子というか。

 相反する同士、似たもの同士というのは必然的に惹かれ合うもの、と思います。

 もともとひとつなのか、もともとひとつだったものが分かれるのか、

 ということで元々ひとつなんだよ。

 相反するものの魅力があるのね、音楽とか、ファッションとかの俗物でも。

 ブランキーとか相変わらず好きなんだけど一方でフレンチポップとかぽろぽろ聴いてるしね。

 極端のものが好きなら対立するもの正反対のものも少なからず引かれる要素があるはず。

 バッハチェロ組曲好き、淋しいから。

 

 

 



 久方振りの物欲の話。

 手帳を買ったよ。

 地味でシンプルで丈夫なのが気に入ったので即購入したのですが、

 マチスやゴッホやヘミングウェイも愛用していた品という。

 ステキ。

 ヘミングウェイはマティーニも好きでしたね。

 パッケージの帯に、オスカー・ワイルドの言葉があるの。粋よね。

 長く愛せるのが良い。

 今白檀の匂いの香水を探しているのですが、(というよりずっと以前からさがしているのですが)

 ジャスミンやヴァニラの匂いのトップで甘いものばかりで、クサい。

 やはりメンズの方が気に入るものがあるかもしれんと思い、

 ディオールとかシャネルとかテスターを嗅ぎまわっていた犬のように。

 それが今日良いものを見つけた。

 ヤードレーのサンダルウッドの石鹸、ボディースプレー、ボディーパウダー。

 混じり物のない大変良い匂いがする。

 英国皇室御用達だけあります。

 当分これで十分だわと、良い収穫。


 何でも歴史のない薄っぺらなのは厭なのね。

 

 

 しかし物欲の話はさもしいね。

 収穫獲得の喜びというのは。

 やめよ。






 今朝の読売新聞の一面、読みました?

 私少し不安になりました。

 何になりたいか今のところ具体的な方向性がないのが厭だけど、

 大企業にとにかく入るというちっさい夢は実現したので、

 次は修行を経て、純粋な夢を追うのです。

 経済力と瞬発力と行動力を、まずものにする。

 ゆっくりで良いんだ。

 たぶん何らかの表現者創造者を目指すだろうね。

 今は文芸だけどね。

 そして表すものはそれぞれだから、他者にまどわされないようにしたい。

 でも視野が狭くはなりたくない。

 常識から逃れられないなら両方の夢を追えば良いし。

 苦手なものなら少しづつ克服すれば良いし。

 

 

 だから修行なのよ。



 

 人間的に豊かになりたいです。

 

 最近自分のことばっかりね。

 卒論書いてるからかな。

 他に資料とか読まないし。

 マネキンの歴史には詳しくなりました。

 説明できます。

 あれはね、結構奥が深いのよ。

 流行もあるのよ。

 展覧会とか催して欲しいと思うところです。



 


 11月 2日 (土) 



 某雑誌撮影@目黒に立会い、赤ん坊のお守。

 今日は三人のお母さんと三人の赤ちゃん。

 三人とも母乳で育てられているので、母親が普通に母乳を与える様子にすこし驚きもする。

 子供の口にする栄養分を母親の体内で生成すること。

 当たり前と思っていたことが、実際改めて見ると、何とも動物的で、奇妙な感じがしました。

 胸から乳が出るんだよ。

 変だよ。

 私はお腹が空いて泣き喚く子供を抱いて母親の撮影が終わるのを待っていたのだけど、

 乳が欲しい赤ん坊は小さい手で胸元を押してくる。出なくてごめんね。

 赤ん坊は動物に限りなく近い。

 今日あしたはお休みだから十分寝て卒論書きます。

 今週は忙しかった。