2004年1月の日記


 


 1月28日 水曜日 


 

 

 昼活動行かなくなって一週間の登校拒否児。
 山手線ぐるぐるしてたりする。
 入ったカフェは禁煙だしよ。
 やれやれ。

 過去の夢と自分を語るだけの人生。
 あんまり悲しすぎるしつまらんから取り敢えずできることやっておこうと思い直して仕事に復帰。

 保険業界は沈みかかった船。
 行く先すら分からず、穴の補填でアップアップ。沈み待ち。
 生保業界が破綻するのは時間の問題と思われる。
 もはやシステム自体おいつかない。
 そして過去の契約を抱えている以上抜本的な改革は望めるわけもなく。
 あれもこれもと特約を付加してぶよぶよした保険。
 ぶよぶよしたあとは簡素なものが望まれるって恐らく分かっているくせに戻れない。
 それは郵政公社の定期つき終身の発売には断固として反対するだろうな。
 四大生保の総資産、総保有契約を共におおきく上回る。
 過去の負債の補填と現在の収益をあげるために、二倍の手数料を徴収していると云うこと。
 状況がわかってしまうと幾ら内容が良いといえ高過ぎる掛け捨ての保険をやみくもに売ることはできないな。
 社会状況の変化に対応するなど云々云っても保険の構造と営業スタイルが変わらない限り堂々廻り。
 むしろ杜撰な管理体制のもと築きあげてきた契約高はいまでは横ばいで、いい加減限界がきている。
 上司もわかっているのかわかっていないのか、現状がおかしいとすら思っていないので、
 仕事ボイコットしていたわけです。

 また小説を書き始めた。
 今度は長いものを。

 あらぬ疑いを晴らせぬまま部署を点々として正式な仕事を与えられず気落ちしていたSだったけれども、
 来月から仕事に復帰できるようになったと連絡があった。
 前向きな生き方のきっかけになれたなら良かった。


 


 1月26日 月曜日 


 

 

 誕生日おめでとうわたし。
 23歳になった模様。21歳で時間は止まっている。
 夕方は成増だったので東武東上線沿いに住んでいる帰宅途中のSと逢いお茶などした。

 つまらんな。

 


 1月16日 金曜日 


 

 

 先日発表のあった芥川受賞作蹴りたい背中と蛇にピアス、及び幻冬舎の学生懸賞の受賞作途中下車読了。
 最近若年作家の書く小説から遠ざかっていたから良い機会だ。
 受賞作に関して、前者はいびつな部分がなく小説として完成されていると思ったし、
 後者は未熟な文章ながら書くべきものがある作家だと思った。
 最後のものは同僚のお客サンの学生時代の友人で、今度間接的に紹介してくれるというから読んでみた。
 こちらは自白的な文章で描かれた主人公の理屈の裏に、本当のテーマが隠れてしまって勿体無かった。
 三人称にしたならばもっとしっかりした文章になるだろう。
 二百枚近くに及ぶ小説を輪郭を失うことなく書き通せるのは凄い。

 江国サン、直木賞受賞よかったね!といいたい。

 


 1月10日 土曜日 


 

 

 もう一週間が過ぎてしまった。
 風邪を引いて三日間会社を休んでいた。
 1日目はなかばズル休みに近い。
 朝家を出るのがどうにも厭だったから、鏡台に座り化粧を施す母の横で大人気なく駄々をこねた。
 けれども自分がやすめばというひとことが背中を押すことを分かっている母は何も云わない。
 熱が高いからと嘘をついて会社をやすんだ。
 次の日は出勤したが3月いっぱいで会社を辞めたいと上司に云った。
 なんでそう思うのと訊かれてもこの仕事を四年続けられる人に対してなにが云えるだろう。
 また次の日、その次の日とやすんだ。今度は本当に熱が高かった。
 眠り過ぎて怖い。
 
 熱の高い朝、時期良く健康を気遣うメールがSから届いた。
 一読してまた眠ったのだけれども、メールの夢を何度も見た。
 PCに向かったまま貧血のように倒れたらしいと云うのでこちらは心配になる。
 
 からだばかりがおとなである。
 1から10までを私に話すので、普段なら聞かない1から11までを聞く。
 このひともまた未成熟な犠牲者なのだと思うから。

 

 

 


 1月3日 土曜日 


 



 着物姿が見たいと云ったSを誘い、たまご色の小紋を着て浅草へ赴く。神谷バー前にて待ち合わせ。
 振袖を想像していたらしくおとなしいねとSが云う。
 振袖はちょっとまずいんじゃないのと訊けば涼しい顔をしている。

 仲見世通りに溢れるひとのあいだに隙間はなく、境内の内側は前に進む人と外に向かう人の流れが混ざり合って、
 賽銭を投げこむのに一生懸命でつい願い事するのを忘れたことに気付いたのは翌日になってからだった。
 やはり拍手がないとお参りに来た気がしない。
 縁日を冷やかしたり店を覗いたり、あちこちひっぱりまわす。
 銀座線に乗るもカレンダーを買い忘れていた私のリクエストで銀座に寄る。
 それから喫茶店を探して歩くが気の効いた場所がみつからず。
 ふと仕事の最中に確認したアンリ・シャルパンティエの直営店があったことを思い出して、
 寄ってみたところティールームは9時までの営業。良かった。
 話して帰る。
 さすがに正月三日の夜に客は少なく、Sの気にいったようだった。
 ここ一週間ぐらいの間に三回も会っていることに気がついて、
 私にはあるまじき頻度だなと思った。
 メールが多いといったら携帯電話が静まっている。律儀である。

 追記

 元旦とか叔父の家からひとり先に帰宅したのは良いが鍵を忘れて、
 近くのファミリーレストランで時間を潰していたりした。
 元旦なのに彼らは好んでファミリーレストランに来ているのだ。
 松浦絵里子の親指Pを再読した。
 しかしながら着物とかコルセットとか纏足とか近代文化には女性の拘束着が多い。
 男性首位の女性像というか。
 3日の夜は向田邦子の恋(新潮社刊、現存の往復書簡をベースにしたもの)を観ていた。
 向田邦子の恋人がつまらない男だと母と祖母が言い合っていたが、
 絶対確実な場所や人や時間や愛情が、
 ひとよりも過酷で忙しい仕事を持つ彼女にとっては必要だったのだろうと思われる。
 彼それ自身よりも彼と逢ったり手紙をやりとりしたりする行為そのものが大事だったのではないか。
 自らまわりを固めなければ崩れてしまうとわかっていたに違いない。
 

 


 1月2日 金曜日 


 



 あけましておめでとうございます。
 旧年中はたいへんお世話になりました。
 今年もどうぞ宜しくお願い致します。

 元旦は祖母の家に行き、明日は初詣に行く。
 年が明けるまでは長いのに、年が明けてからは早い。
 昨年は日々の過ぎるのが早かった。

 こころを豊かに、ひとに優しく。