blue heaven――多分、天国――#2

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「はあ? レベルC?」
 文哉のすっとんきょうな大声を誰もとがめなかったのは、その場にいた全員の気持ちを代弁していたからだろう。
「間違いないんだろうね、高階君」
 敦子は目を閉じたまま、額に指を当てている。
「……はい」
 重く、絞り出すような声だった。室内に落胆の色が広がる。
「はいって、敦子さん、ちょっと待ってくださいよ。だって弟なんでしょ、あの子? 真理の弟がレベルCって、そんな」
「最初から報告は受けてたわ、真里ほどの能力は無いって。姉弟だって差はあるのよ」
 敦子は面倒くさそうに答える。
「あきれた、Cだなんて。それじゃ非能力者と変わらないじゃないですか。一般人ですよ。Cなんていったら普通の人のちょっとカンがいいくらい?」
「C、Cって強調しないでよ。私だって、こんなに低いとは思わなかったんだから」
 耳障りな文哉の言葉に、つい本音がこぼれる。
「でも」
 敦子はそう言いながら、パイプ椅子をガタンと押しやって立ち上がった。
「私はあきらめたわけじゃありません。訓練すれば眠っている能力(ちから)が目覚めるはずです。ここはそのための施設じゃありませんか」
「そうは言ってもねえ、能力の強弱は生まれつきだからねえ」
「そうですよ。高階さんだって散々見てきたでしょう。ここへ来て、飛躍的に伸びた例なんてありましたか?」
 誰もが否定的な意見を述べる。
「私はあきらめません」
 敦子は繰り返した。
「あの子は特別です。あの子は、真理の弟なんですから」


(静かだ……)
 都心ではないが東京で生まれ育った深雪には、体験したことのない静けさだった。といってもここも都下――都内ではあるのだが。
 国立特殊能力第一研究所。そんな名称だったと思うが定かではない。門柱にも建物の内外にも一切表示がないのだから。第一というからには第二、第三がどこかにあるのだろうが、深雪は別に知りたいとは思わない。
 ここにいる人間は二種類。まず、白衣の研究員。白衣を着ていないのは研究対象、つまり特殊能力者。例外は食事の賄いとガードマンと清掃作業員。あとは、寮生活を送る能力者達の勉強をみる教師くらいか。
 システムは各国で異なるが、日本の場合は中学佼――特殊能力者だけの学級――を卒業すると、親元を離れ二十歳になるまでこの研究所に収容される。強制ではないが、ぜひご協力くださいと圧力がかかる。というのも特殊能力を持って生まれてきても、成長するにしたがって自然と消えてしまうのが常なのである。ある程度の年齢になっても能力を持ち続ける者、一握りのそれが研究所にとっては貴重な存在なのである。
 その貴重な存在である一人の少女が消えた。昨年のことである。文字通り、ある日突然姿を消してしまった。少女の名前は藤枝真理(ふじえだ まり)。深雪の実の姉である。
(どうして……姉さん……)
 元気にしていると手紙を書いてきた。仲良くしていた友達が研究所を去ってからは少し寂しそうだったが、それでも何も言わずにいなくなる理由がわからない。いや、何も言わなかったわけではない。深雪には――
『あの研究所に近づいちゃダメ。わかったわね、深雪』
「……姉さん……?」
 深雪が目をこすりながら起き上がると、深夜の部屋はもうなんの気配も感じられなかった。ただの夢かと思ったが、その翌朝真理がいなくなったとの連絡が入った。
(なんか、すごく……)
 焦っていたというか、必死の思いでそれだけ伝えたという感じだった。その忠告を無視しても、研究員の期待には応えられないとわかっていても、ここへ来てしまった。やはり姉の身に何が起こったのか知りたかったから。
「やっぱり姉弟だね」
 すぐ耳元で声がしたので、ぎくっとなった。
「そんなにびっくりしないでよ。僕が来たの全然気づかなかった?」
 深雪は小刻みに何度もうなずく。
(本当に能力者かよ)
「真理もしょっ中ここに来てたよ」
 文哉はフェンスの向こうを見つめながら言った。
「なんか面白いものでも見えるの?」
 研究棟の屋上である。
「あ、いえ、別に……」
「もっとも真理は、中にいると息苦しいっていうのが理由だったけど」
 L字型に建っている、研究棟と深雪ら能力者達の居住棟。研究棟は一部を除いて、天井、壁、床に至るまで“特殊能力遮断材”で覆われている。能力者達は“檻”と呼ぶ。能力が強ければ強いほど、息苦しさや頭痛を感じるのだという。見た目は普通の壁や床と変わりないし、どんな素材でできているとしても深雪の興味はひかない。
「君は? 全然平気?」
「ええ……僕は、別に……。鈴木さんも、頭痛くなったりするんですか?」
「痛いまでいかないけど、重いって感じはする。でも、もう慣れたよ。十年もいるんだから」
 鈴木文哉。四年の拘束期間を終えても、研究所に居続ける変り種。己が能力者であることを肯定的に捉え、研究にも進んで協力している点も例外的である。今現在は寮から出て、毎日ここへ通ってくる。能力の弱い順にAから分類されるレベルはJ。
 白衣は着用していないが、研究員と同じネームプレートをつけている。能力者であり研究員。あるいは、そのどちらでもないのかもしれない。

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