blue heaven――多分、天国――#3

db1-li12.jpg

「ああそうだ、真理はよくここで誰かと“しゃべって”たっけ」
 直接向かい合ってとか携帯電話で、という意味ではない。
「姉さんが?」
「君とじゃなかった?」
 深雪は首を横に振った。
「はい……。手紙とか電話は時々……でも“直接”っていうのはなかったです」
「そう……。じゃあ誰だったんだろう?」
 意外だった。真理も深雪も一時間以上かけて特殊能力学級のある学校へ通っていた。近所の子供とも遊ぶこともなく、いつも姉弟二人きりだった。そんなしょっちゅう話をするような親しい友人がいたのだろうか。
「……鈴木さん“読める”んでしたっけ?」
「え? いや“読んだ”わけじゃなくて、顔の表情とかさ雰囲気でわかるじゃない、なんとなく。“しゃべってる”なって」
 能力は千差万別である。それを一括りにしてA、B、Cとランク付けするなんて乱暴な話だと深雪は思う。
「あ、でも、姉さんと“しゃべってた”ってことは、その人も……」
「そう、おそらく」
 文哉が人差し指を深雪に向ける。
「相手も能力者」
「……」
 この研究所の他に能力者と知り合うとしたら、やはり小・中学生時代しかない。
「でもまあ、真理ぐらい能力があれば一般人とだって“しゃべれる”かもしれないけど」
「……」
 藤枝真理。深雪の五歳違いの姉。行方不明となってしまった今は、伝説の能力者だ。
「あ」
 深雪が小さく声を上げた。
「あの、もしかしてその人だったら、姉さんがなんでいなくなったか知ってるとか……」
「かもしれないね。深雪君、真理の親しい人、心当たりない?」
 再び深雪は首を横に振った。
「そっか、手がかりなしか」
(姉さん、ここで誰と話してたの? どうして、ここから出て行かなきゃならなかったの? ここで何があったの?……)


『深雪君、もっとリラックスして。一回深呼吸してみようか、はい吸って』
 ガラスに仕切られた向こう側から、マイクを通して敦子が呼びかける。ガラスのこちら側、深雪の目の前には黒い箱が置かれている。この中を“見ろ”というのだ。
 素直に敦子の言葉に従って首を回したり、瞑想するたびに深雪は気分がどんどん沈んでいく。
(百回深呼吸したって無駄だよ)
『じゃあ、もう一回集中して箱を見てみてね』
(僕は姉さんじゃない)
「高階さん、もう今日はこのくらいでいいんじゃないですか」
「そうですよ。彼も疲れてるみたいだし」
 敦子以外の研究者は、深雪への興味を失っている。確かに訓練によって多少のレベルアップは望めるが、やはり能力の高低は持って生まれたものなのである。
 そんな様子を深雪はヘルメット――内部に脳波を捕らえるセンサーがついていてガラスの向こう側の計測器に送られるのだと説明された――を載せた頭でぼんやり見ていた。敦子のリアクションが大きくなるほど、他の者は不機嫌な表情になる。
 敦子が自分に姉の能力を求めているのはわかるが、黒い箱はそれ以外の何物にも見えない。どうすることもできない。
(だって、僕は姉さんじゃない)
 その瞬間、深雪の視界がゆらりと波打った。
 無意識に叫び声を上げたらしく、一斉に研究員が振り向く。
『深雪君、どうしたんだい?』
 耳元をキーンという音が掠める。床や壁や目の前の箱がぐにゃりと捻じ曲がる。たまらず深雪は椅子から転げて頭を抱えた。
『おい、大丈夫かっ?』
『どうしたの、深雪君! 深雪君!』
「見ろっ!」
 それまで小さな幅で動いていた、深雪の脳波計の針が一気に振り切れた。
「!」
 ビシッ!
 鋭い音に振り向くと、仕切りのガラスに亀裂が走っていた。
「バカな……」
 が、つぶやきはかき消された。亀裂はあっという間に広がり、四方に飛び散った。
「きゃあっ」
「危ない、伏せろっ!」
 ジリリリリリリッ!
 部屋の警報装置が作動し、建物全体に鳴り響く。
「どうしたんですかっ!?」
 真っ先に飛び込んできたのは文哉だった。砕け散ったガラスを見て唖然とする。
「ふ、文哉君……」
「敦子さん、大丈夫ですか!?」
「平気よ、私は……。深雪君を……」
 敦子は崩れたガラスの向こうを指差す。文哉は一度廊下に出て、深雪側のドアを開けた。

db1-li12.jpg


TOP #2へ #4へ