blue heaven――多分、天国――#4

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 目に入ったのは散乱したガラスと、床に身を投げ出した深雪。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ!」
「あ……」
 抱えあげた深雪はところどころ血がにじんでいたが、目立った傷もなくすぐに目を開けた。
「大丈夫? 歩けるね? とにかくここから出よう」
 手を貸して立ち上がらせる。廊下では駆けつけた別の研究員が敦子らの手当てをし、集まった能力者の子供達がそれを遠巻きにしていた。
「何が起こったんだ、一体?」
「わからない、急にガラスが割れたんだ」
「病院に行きましょう。誰か車出して」
「みんな、大丈夫だから部屋に戻りなさい」
「強度に問題が……」
「信じられん、こんなことは初めてだ」
 騒然とする中、深雪はふらふらとその輪から抜け出した。
「ちょっと、どこ行くの?」
 文哉が気づいて、腕を掴む。
「切れてるじゃないか。ちゃんと手当てしてもらわないと」
 深雪は口の中で、何かもごもごとしゃべる。
「え? 何? 聞こえない」
「……来てるんです」
「来てる? 来てるって言ったの? 何が来てるの?」
「……が来てるんです。行かないと……」
 おぼつかない足取りで深雪は階段を降りていく。
(頭、打っちゃったのかな)
「深雪君。深雪君ってば」
 しかたなく、文哉も深雪の後を追った。


「誰だ……?」
 ちょうど一ヶ月前、深雪が初めてやってきた時と同じくらいの場所に、その男は立っていた。
 背が高く細身だがスポーツをやっているとわかる体型、その証拠に真っ黒に日焼けしている。長めの髪は金と茶のまだら。原色のTシャツに洗いざらしのGパン、足元はスニーカー。両耳にピアス、首と手首にもシルバーのチェーン。渋谷なら珍しくないが、これほどこの場にふさわしくない人種もいないのではないかと文哉は思った。
 そして片手には大きめのナイロンのバック、もう片方にはむき出しのサッカーボールを抱えていた。
 深雪はじっと、頭一つ大きいその人物を見上げている。
「あーあ、ケガしてるじゃん」
 男はかがんで深雪の髪や服を払った。細かいガラスのかけらが舞う。
「君、ここは関係者以外立ち入り禁止なんだ。出て行ってくれないか」
 深雪越しに文哉が声をかける。
「痛かったか? ん? 薬塗ってもらえよ」
 男は深雪の頬の傷を指でなでる。
「君!」
「聞こえてますよ、鈴木さん」
 顔も上げずに答えた。
「どうして、僕の名前……?」
 男はやっと文哉に向き直った。
「鈴木さん、鈴木文哉さんでしょ。すぐにわかりました。うん、真理から“聞いて”た通りだ」
「真理!? 君は真理を知ってるのか!?」 
「ええ、妹ですから。双子の」
「なっ、なっ……」
 文哉は驚きのあまり腰を抜かしそうになった。
「どういう、そんな、知らないぞ、聞いてない、真理が双子だなんて誰も……」
 狼狽し、いつものクールさは微塵もない。
「深雪君、本当なの? この人は本当に君のお兄さんなの? 敦子さんは知ってるのか? 黙ってないでなんとか言えよ!」
 火の粉は深雪に飛んできた。
「あ、あの……」
 噛み付きそうな勢いに、声も出ない。
「深雪を責めるのはやめてください。オレ達が会ったのは今日が初めてですよ。深雪はオレのこと知らなかっただろ?」
 深雪は無言で首を縦に振った。
「はあ?」
 わけのわからない話に、文哉は眉間にしわを寄せるばかりだ。
「ナイスチューミーチュー、深雪」
 真理と深雪の兄であるという男は、にっこり笑った。
「初めまして、兄さん」
 小さな声で、しかしはっきりと答えた。


 会議室の空気は重量を持っていた。突然やってきた男のせいで、ガラスの破損事故などどこかへ飛んでしまった。招集された全研究員は押し黙ったままだ。男だけがリラックスして長机の真ん中に一人で腰を下ろしている。男から見て左右と正面にずらりと白衣の列。
 トントンとドアがノックされ、静寂が破られた。続いて入ってきた敦子が、事務的に片手のメモを読み上げる。
「ただいま藤枝さんに確認しましたところ、確かに真理には双子の兄がいるそうです」

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