blue heaven――多分、天国――#5

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 会議室が一斉にざわめく。
「それで?」
 研究員の一人が促す。
「その子は三歳の時に行方不明になったきりだそうです」
 ざわめきが一段と大きくなった。
「電話に出られたお母様も大変驚かれていて、あまり詳しいお話は聞けませんでした」
 ざわめきは収まらない。皆が好き勝手なことをわめきちらしている。
「だからさっきから言ってるじゃないですか、真理と深雪の兄貴だって。あ、すいません、お茶のお代わりもらえます?」
 たまりかねて男が口を開く。
「でも証拠はないわ。あなたは自分が藤枝真実(ふじえだ まさみ)だと証明できるかしら?」
 敦子は戸口に立ったまま、鋭い視線を投げる。
「証拠? 証拠って言われてもなあ。じゃあ、それ」
 男は、一番近くに座っていた文哉のグラスを指差した。
 と、グラスがかすかに揺れた。
「!」
 全員が固唾を呑んで見守る中、グラスがゆっくり机の上を滑っていく。表面の水滴が一筋の尾を引いて。
 グラスは男の目の前で止まった。
「いただいちゃいます」
 そう言って、一気に中身を飲み干した。
しばらく誰も何も言えなかった。
「さすがだね」
 口を開いたのは文哉。
「この部屋の中で、大したもんだ」
「ああ、ウワサの能力遮断材ね。さっきから頭、ガンガンしてる」
 男――真実は本当に痛そうに顔をしかめた。
「真理といつも“しゃべってた”のは君だね? つまり君も能力者」
「ストップ」
 文哉の質問を真実は遮った。
「能力に関してはノーコメント。オレは、モルモットになるためにここに来たんじゃない」


「おーい、深雪」
 呼ばれて、弾かれたように椅子を蹴った。
「よっ」
 ドアを開けると、先刻と同じ片手にバック、片手にサッカーボールの姿で兄は立っていた。
「兄さん……」
 深雪は言葉が続かず、立ち尽くしている。
「入ってもいい?」
「え? ああ、もちろん」
「へえー、結構広いんだ。藤枝家の子供部屋より快適そうじゃん」
 絨毯の床、パソコンが載った勉強机、ベッド、クローゼットは壁面収納タイプ、バス・トイレ。一冊の雑誌も放置されていない殺風景な部屋は、ビジネスホテルのようだった。
「なーんにもないんだね」
 真実は荷物を放り投げると、ドンとベッドに腰を下ろした。
「あ、あの、うちに電話したんだ。週末に父さんと母さんこっちに来るって。でも、兄さんの声聞きたいから、今日遅くなってもいいから電話してって」
「そう、わかった」
 深雪は所在なげに立ったままだ。
「驚かないんだ、いきなり見ず知らずの人間がやってきて“お前のお兄さんだよ”って言っても」
 深雪は首を横に振った。
「驚いてる。“感じる”から、あ、あなたと僕が……血がつながってるって。でも、頭では理解できない。だから、すごく混乱してる。……あの、僕の言ってることわかりますか?」
「もちろん。よくわかるよ」
 真実は真っ直ぐに深雪を見つめて答えた。
「座って、深雪」
 と、自分の横を指し示す。言われた通り、深雪は真実の隣に腰掛けた。
「真理はいつもなんて言ってた?」
「頭……頭で考えちゃダメだって」
 人間は空を飛ぶことはできない、水に深く潜ることはできない、遠くにあるものを見聞きすることはできない、手や足を使わなければ物を動かすことはできない……。
『誰がそんなこと決めたの? みんなそう思い込んでるだけ。頭で考えちゃダメよ、深雪』
「ま、いろいろ話もあるけどさ、これから少しずつしてけばいいじゃん。時間はいくらでもあるし」
「え?」
「オレ、ずっとここにいるから。っていっても研究には協力しないけどね」
「じゃあ、どうして……」
「真理に頼まれたんだ」
「姉さんに? 何を? いつ?」
 勢い込んで尋ねる。
「いなくなる直前。で、お前を守ってくれって」
『深雪を守って、お願い』
「守る……僕を……?」

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