blue heaven――多分、天国――#6

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「な、深雪ってつけたの親父だろ?」
「え?」
 急に話題が変わったので、深雪はきょとんとした顔になる。
「相変わらずすごいネーミングセンスだよな。笑えるわ」
「ああ、そう、僕の生まれた日が大雪で……東京で十二月にこんな雪が降るのは珍しいって、それで……」
「ん?」
 言いよどんだ深雪を見返す。 
「知ってるよね、こんな話。姉さんに“聞いて”るでしょ?」
「……なあ、深雪」
「は、はい」
「自分がこう言ったら相手はどう思うなんて、考えなくていいんだよ。お前はずっと真理と一緒にいたから、しゃべらないことに慣れすぎた。そりゃそうだよな、口に出さなくても思ってること全部伝わっちゃうんだもんな。だから、いざ誰かと話そうとすると、どう言えばいいのかわからない。あれこれ気を回しすぎてうまく言葉が出てこない」
(そう、その通りだ。……僕には姉さん、姉さんには僕しかいなかった)
 能力者が珍しい存在でなくなったとはいえ、世間の目は温かいとはいえない。いきおい、家に閉じこもりがちなるのも仕方がないといえよう。これは全ての能力者の共通事項である。
「責めてるわけじゃないからな」
 黙ってしまった深雪を、心配そうに覗き込む。
「大丈夫、その通りだなあって思っただけ」
「そっか。でもな、これからお前は他人とコミュニケーションをとる方法を勉強してかなきゃならない」
「……」
「お前がここいるのは二十歳までだ。いつかは社会に出て働くようになる。幸い、お前の能力は弱い。一般人として充分、適応した生活を送れるはずだ」
(社会……働く……)
 中学を出たばかりの、アルバイトの経験すらない少年には、その未来をぼんやりとしか描けなかった。
「じゃあな。オレ、下の階の一号室使えって言われてるから」
 荷物を拾って立ち上がる。
「兄さん、待って」
「ん?」
「兄さんの名前……」
「へ?」
 言われてみれば、散々話をしておきながら名乗るのを忘れていた。
「はっはっはっ、だよな、くっ、そうだよなっ」
 突然、棟全体に響き渡るほどの大声で兄が笑い出したので、深雪はぎょっとした。
「オレ、バカじゃん、ははっ、ありえねえよ。オレの、ふふっ、オレの名前はマサミ。シンジツって書いて真実」
 なんという一日だったのだろう。ベッドに入っても、深雪はなかなか寝つけなかった。頬や腕の傷にそっと触れてみる。急に目の前がグルグル回りガラスが割れた。そして現れた兄・真実。真理はなぜ姿を消さなければならなかったのか。兄弟それぞれに謎めいた言葉を残して。
(わからないよ、姉さん。ここで何があったの? これから僕はどうなるの……)
 問いかけは行き先を失い、闇の中に溶けて消えた。


「あなたが昨日希望したことだけど」
 敦子は固い表情で真実と向き合っていた。
「特例として認められることになりました」
「それはどうも」
 真実は全く気持ちのこもらない言葉を、短く返しただけだった。
「……何も教えてはくれないのかしら? 昨日の測定室のガラス、あれ、あなたの仕業?」
「オレに興味あります?」
 敦子は真実をにらみつける。
「あなた、本当に真理と深雪君のお兄さん? ちっとも似てないわ」
(そのひねくれた性格といい、だらしない格好といい)
「ねえ、もういいでしょ? わかんないだろうけど、ここ、マジで檻だね。うー、吐きそう」
 研究員ら一般人を守るための能力遮断材。真実には辛いらしい。裏を返せばそれだけ能力が高いといえる。
「真理もこれが嫌で出てったんじゃないの?」
「勝手なこと言わないで! 真理は何年もここにいて、研究に協力してくれたの。嫌なら最初からいるわけないでしょ!」
「そっか、それもそうだな」
 あっさり同意されて、なお怒りが募る。
「……真実君」
「はい?」
「知ってるなら教えて。真理は、今どこにいるの?」
 激しい感情を押し殺して尋ねる。
「知ってたら、わざわざこんなとこ来ませんよ」
「本当に? あなた能力者なんでしょ? 真理と血が繋がってるんでしょ? 真理みたいな力あるんでしょ? それでもわからないの!?」
 敦子の悲痛な叫びを聞きながら、真実は部屋の外に出た。
 と、そこに文哉が腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「鈴木さん」
「あーあ、敦子さんかわいそ」
「立ち聞きですか?」
「まさか。僕は“聞こえない”よ。僕は“見える”だけ。これが――と指で壁を叩き――なければの話だけど」
「おかげで、オレもう最悪ですよ。なんか話しあるんなら、別のとこにしてください」
「え?」
 文哉は二重の意味で驚いた。一つは、昨日はノーコメントと言ったのに今日はしゃべる気があるらしいこと。もう一つは――
「それともオレが怖いですか?」
 真実はニヤリと笑うと、廊下の角を曲がって見えなくなった。

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