英萬です。

浅い夢


絶対に叶わない夢なんて、見る物じゃない。
叶わない夢だと、そう思った時点でもう諦めているのだから。
諦めてからは、ただの想像になってしまう。
そしてその想像が、いつか本当になったりはしないかと、考える。
人間の頭は都合の良い事ばかり考えたがる。
本当に、都合の良い事ばかり。

「どうしたんですか?」
ヒデにそう言われて初めて、ぼーっとしていた事に気付いた。
そういえば読み始めた本のページが3ページしか進んでいない。
「考え事?」
「…ああ、うん。まぁね。」
「萬斎さん、忙しそうですもんね。」
顔を覗き込んできていたヒデと目が合った。
一瞬微笑んできて、それからすぐにぬるくなったコーヒーをまた飲み始めた。

それは、何?
君の作戦なのかい?
でも、残念だな。
それだけでは、僕の心は動かないよ。
けれど、今そう思うという事は、自分に対する誤魔化しかも知れない。

そういう事を考えながら、本のページをめくった。
読んだ訳じゃない。
読んでいると思わせる為に。
その行為を知ってか知らずか、ヒデはテレビを見て軽く笑っている。
テーブルに乗せてある左手の、指の動きを見つめた。
笑う度に、微かに動く。
例えば、毎日こうして二人きりで居る時間があればいいのに。
ほんの少しでも、いいから。
そう思った瞬間、時計が目に入った。
無意識の自分の行動に、心底嫌気がする。
癖、なんだろうな。
どうしても周りを確認してしまう。
自分は今している事をしていていいのか、それとも違う事をするべきか。
そういう事を、ヒデと一緒にいる時に気にしたくない。
時計は、丁度帰ろうと思っていた時間を表示していた。
「…そろそろ帰ろうかな。」
本をカバンに仕舞いながらそう言った。
「え?もう、ですか?」
残念そうに、ヒデがそう言った。
嬉しくなる。
それだけで、今日は来て良かったと思えた。
「うん。明日早いからね。」
「そうなんだ…。」
コートを着ながら玄関へ向かう。
わかってる?本当は帰りたく何か無いんだよ。
でも、今ここでそう思うのは、
叶わない夢を見てしまう事の始まりだから、そうはしない。
何も言わずに、何も伝えずに、
僕がここから去って行けばいいだけなんだから。
靴を履く為に自分で玄関の電気を付けた。
ヒデは無言のまま、僕を送り出そうとしている。
不満ではないけれど、少し寂しい気もする。
「じゃ、またね。」
振り返ってヒデを見て、また自分で玄関の電気を消した。
ドアを開けようと左足を一歩踏み出したとき、コートが何かに引っ掛かった。
「?」
後ろを見ると、ヒデが軽くコートを掴んでいた。
「…何?」
その行為の意味が分からない。
電気を消してしまったので、ヒデの表情がよく見えない。
「…あの、今日…。」
ゆっくりと、言い辛そうに話し出す。
「ん?」
ヒデに見えるのかは分からないけれど、軽く微笑んだ。
「今日、泊まっていきませんか?」
せっかく作った笑顔が、その一言で崩れた。
ヒデはまだコートを掴んでいる。
きっと、自分で気付いていないのだろう。
もしかしたら掴んだ事自体無意識の内にやった事かも知れない。

これじゃ、帰る訳にはいかないかな。

そう思う事にした。
「いいよ。」
そう言って、また部屋に戻る。
明日はここから仕事場に向かおう。
靴を脱いで、ヒデが立っている場所を追い越した。
いつの間にか、コートを掴んでいた手は離れていた。




続く。