弱虫龍之介


 こんにちわ。したらです。

 芥川龍之介という作家がいました。「羅生門」とか「河童」などの作品を残しています。夏目漱石の弟子であり、大正時代を代表する文士でもありました。
 昭和になってすぐ、睡眠薬を飲んで自殺してしまいました。
 「将来に対するぼんやりとした不安」って名言もあります。

 「まー、いきなり何を難しいことを言ってるのか。大した頭も持ってないのに・・・」
 と哀れんでくれる方もいらっしゃるでしょうが、ちょいと聞いていただきたい。

 学生時代からこの作家が大好きで、尊敬もしていたし、そのキレイな文章にも憧れていたのですが、最近になってちょっと考えが変わってきました。
 「芥川龍之介って頭はいいし、いい文章を書くけど、弱虫だなあ」と思うようになってきたのです。
 この心境の変化は、きっと僕自身が学生時代と違った考え方になったからでしょうけど、これはちょっとすごいことです。
 
 僕は最近、人生について深く考えるのが嫌になってきました。自分の人生など何がどうなるのか分かりません。
 ボブ・ディラン風に言うなら、「答えは風に吹かれている」のです。
 龍之介が「将来に対するぼんやりとした不安」を持っていても、そんなことは誰もが持っています。
 どんなに暗い将来しか自分を待ち受けていないにせよ、それを突破するために抗う方法が、1つくらいあるものです。世間体とかプライドなどを捨ててしまえば、何となく楽になります。

 と人生をある程度楽観的に捉えてしまえば、「こんなことで自殺するなんて、あいつ弱虫だなあ」と思えてくるのです。
 芥川龍之介は繊細な人だったわけで、本当は弱虫でも何でもありません。ただ、僕の考えが変わってしまっただけです。
 昔は「龍之介先生」だったのが、いつのまにか「弱虫龍之介」になっていた。

 昔は僕もいっちょまえに人生に絶望したり、思うように行かない世の中をのろったり、体の調子の悪さに耐えられなかったりしたものです。
 龍之介の考え方に賛成するあまり、彼を真似て自殺を考えたこともあるのに、今となると随分わがままなことを言ってますね。

 それでも、これが僕の今の考えです。

 権威の影に隠れて発言するみたいで心苦しいのですが、森鴎外が舞姫で「昨日の是は今日の非なる・・・」なんてことを書いてます。
 僕もそうなんですね。昨日正しいと思っていたことは、今日になると間違っていると思うようになる。
 僕はそれでいいんだと思っています。「男に二言はない」なんて見た目だけは格好のいい言葉がありますが、僕は人間ですから、昨日の自分を否定したりもします。
 
 ふらふらと生きていてもいいじゃないか。僕に確固たる思想がなくたって、何も問題はないじゃないか、と思えるようになったことに気付いたんですね。
 ここに気付いたのは、龍之介を再読したからです。昔と違う自分がはっきりと見えました。
 それもこれも「弱虫龍之介先生」のおかげです。
 感謝してます。