「平太ちゃん、算数のテスト百点だったんだって?」
邦夫伯父は、酒で顔を赤らめて、上機嫌な様子だ。
「国語もでしょ?」
奈子伯母もスイカを切り分けながら、話に乗る。
「理科も得意よね?」
小夜が可愛らしい声でいう。
さて、彼女は平太も広太もお気に入りなのだ。
「あ、今日、お祭りいっしょに行こう?
小夜、浴衣買って貰ったのよ。
広太くんは、目がいいもん。
きっと、金魚すくいも上手よね?
小夜にとってくれるよね?」
彼女の言葉に、広太はちょっと嫌そうな顔をした。
それを見た平太が、
「小夜、広は野球が得意だから本当に目もいいよ。
金魚すくいも得意だよ」
と言った。
「小夜、良かったわね。
あんまり遅くなると大変だから、早めに浴衣を着ましょうか?」
奈子伯母と美都子叔母が、小夜を奥の部屋に連れて行く。
「じゃあ、俺も夕方まで寝とこうか」
一升瓶とグラスを持って、邦夫伯父も出て行った。
残されたのは3人だけだった。
「綺麗に食べなさい」
それは、今日、由貴が初めて発した言葉だった。
「由貴ちゃん、うるさい」
「由貴ちゃん、ママみたい」
平太と広太は声を揃えた。
双子だからか、タイミングはぴったりだ。
しかし、アイスの好みは違うようで、平太はストロベリーを、広太はチョコレートを食べている。
「口の周りについてるよ」
さきほどと同じように、特に優しいわけでも厳しいわけでもない声でいう。
「知ってるよ」
「なめておけば大丈夫」
「というか、由貴ちゃん、昔は優しかったのに」
「ねー、昔はよく遊んでくれたのに」
十歳の子どもが、「昔」を口にすると違和感を感じるのは大人になったからかな?
そう思う由貴は高校生だ。
「二人とも小夜の面倒を見るのが嫌?」
二人の言葉が聞こえなかったかのように別の話題を口にする。
「だって、小夜って、わがままだし」
というのは、広太。
「小夜は、お姫さまだよね。
皆が自分に優しいと思ってる」
「そうだよな。好かれて当然だと思ってるよ、あれは」
「よく、あれで学校でいじめられないよね」
可愛い声で可愛い顔で、そんなことを口にする二人をじっと見つめる。
特別、驚くようなことではない。
二人が、賢いのは知っていた。
それに、彼らには多くのものが見えるのだ。
「うまくあしらうとか出来ないの?」
「由貴ちゃんだって、僕らのこと嫌いでしょ?」
「だから、あんまり話さないし、遊ばないんだ」
でも、心はまだ子どものようだ。
「馬鹿ね。私が平と広が嫌いなわけないでしょ?
ちょっと小夜に遠慮してただけ。あの子、私があんまり好きじゃないみたいだから」
「あー、だって、由貴ちゃん可愛いもん」
「由貴ちゃん、頭いいしね」
「結局さ、小夜は、大人の女になりたんだよな」
「そう。由貴ちゃんみたいに綺麗になりたいんだよ」
由貴は、本当によく見ていると改めて感心した。
「それに由貴ちゃんは、僕らといっしょだし」
「小夜は違うから」
「でも、小夜がいっしょになれるわけないんだよ」
「伯父さんは違うし、伯母さんは御坂の人じゃないし」
「しょうがないのよ。男の人には、遺伝しにくいみたいだから」
冷たい目をして言うものだから、由貴は慌てて口を挟んだ。
「でも、僕らはそうだよ」
「そういうこともあるの。でも、いっしょだから、いいわけでも、違うから悪いわけでもないからね」
「わかってるよ。
何、心配してるの?」
「別に伯父さんを馬鹿にしてるわけじゃないよ」
二人はすぐに良い子の顔をする。
「でも、いっしょの方が安心でしょ?」
「隠さないでいいし、相談できるし」
だから味方でいてね、と二人は由貴に笑いかける。
しょうがないな、と笑う側にも不安を抱える時期があったから。
御坂家の子が多く通うのは、昔から全寮制の私立青陵学院と決まっていた。
この一族の人間は、創立当初から絶えず理事の椅子に座っている。
理事長になることも少なくはなかった。
創立者から、共同経営者として指名されていたのが関係しているのだろう。
その学院の廊下を由貴が駆ける。
まだ、朝のHRには早い時間だ。
彼女が飛び込んだのは、平太、広太の教室だった。
二人は、他にだれもいない教室で額を合わせるように話し込んでいた。
「平、広、あなたたち」
彼女が全てを言い切る前に彼らは立ち上がり、腰を折った。
「ごめんなさい。封印を解くつもりじゃなかったんだ」
「触ったら、解けちゃったんだ」
二人の言葉に、彼女はため息をつく。
「どうして、すぐに教えてくれなかったの?」
「だって、最初は封印だなんて気付かなかったんだ」
「手ごたえがなかったし」
「だからって、こんなになるまで気付かなかったわけじゃないでしょ?
いつ気付いたの?」
「今朝」
「馬鹿。早く言いなさいよ」
「だって」
「『だって』も何もないの。もうすぐそこに来てるじゃない。早く逃げなさい」
「でも」
「あなたたちには、まだ無理なの。わかってるでしょ?」
「でも、由貴ちゃんだって」
「玲にも手伝ってもらうから大丈夫。早く逃げる!」
由貴は二人の手を引いて、教室を飛び出した。
廊下を走って、回廊に差し掛かった辺りで呼び止めたられた。
「由貴」
ブレザーの少年が由貴の腕を掴んだ。
隣には、彼の黒髪とは対照的な茶髪の少年もいる。
「玲。槇も来てくれたんだ」
「当たり前。チビの面倒を由貴だけに押し付けるつもりはないから」
双子はチビと呼ばれて、不服そうな顔を見せた。
しかし、それは一瞬で、青ざめる。
「あ」
二人の視線の先に、黒い霧のようなものがあった。
それは、巨大でとても青みを帯びていた。
「玲、槇、二人を連れて行って」
「わかった」
「由貴」
「大丈夫だから」
由貴は、背後から駆け出す足音を聞くと、すばやく構えを取った。
青白い光が由貴を包み込んだ。
黒い霧の一部が由貴に向かって伸びた。
光はそれを弾き、幾筋にも分かれて、霧を貫いた。
霧は一瞬震えて、膨らんだ。
由貴に覆いかぶさる。
そこに黒い影が飛び込んできた。
「玲」
彼は腕を霧に向かって伸ばす。
触れる傍から、霧は蒸気に変わり、消えていく。
「玲、やめて。
そんなことしても無駄よ。
あれは、そんなことじゃ消えない」
彼女の言葉を肯定するように、霧は膨らみ、更に濃度を増して行く。
朝日は、その姿に遮られ、辺りが薄闇に包まれた。
「玲!」
霧が彼を取り込むように渦巻く。
由貴は、彼と霧の本体との間に向かって、手のひらを向けた。
彼女の腕ほどの太さの光が伸びる。
霧は切断された。
切られた霧の周辺を光の粒子が取り巻く。
それが見る間に増えて行き、玲を取り囲む霧の一部が青白い光に囲まれた。
そして、弾けて、消えた。
「玲!」
倒れている彼に由貴が駆け寄る。
「どうして、戻ってきたの?」
「由貴だけに任せられないよ」
「でも」
「双子に言ったんだろ? 『玲にも手伝ってもらう』って」
「それは、でも」
「信じて。俺が絶対に力になるから」
「でも」
「由貴」
呼びかけると同時に腕を伸ばして、由貴を抱きしめた。
それは縋りついているようにも見える抱擁だった。
橙光が彼の身体から、彼女の身体に伸びる。
彼の光は彼女を包み、本来の光と入れ替わって、染み込んだ。
彼女の身体は、本来の光に包まれている。
しかし、彼女の中から橙光が滲んでいた。
そして、彼は力を失い、床に沈んだ。
「玲」
支え切れなかった人を彼女が見つめた。
そのときには、既に霧は彼と彼女がいる場所を包み込んでいた。
外から見れば、それは完璧な半球だった。
「大丈夫。俺がいるよ。槇ほど役には立たないかもしれないけれど」
「そうだね。あれの相手はきっと槇が一番得意だよね。
でも、だから、槇には平たちと一緒にいて欲しいの」
由貴は、立ち上がった。
小さく「ごめんね」と呟いて。
彼は、それを聞いて目を閉じた。
両腕を掲げると、そこから光があふれ出した。
それは、霧の表面を辿るように広がっていった。
霧は、光に包み込まれて、少しずつ形を崩していく。
やがて、霧は光に包み込まれた球になった。
青白い光が明滅を繰り返す、そのうちに橙光と入れ替わる。
すっかり橙光に変わると、それは吸い寄せられるように玲に向かった。
霧を包み込んだまま、光は玲に溶け込んでいく。
「玲」
ささやきのような呼び声に玲がまぶたを持ち上げる。
「玲」
視線が由貴を捕らえた。
泣きそうな顔をしている彼女。
「大丈夫。こんなの何でもない」
「でも、玲がここまでする必要は」
「俺がしたかったんだ。本当に大丈夫。1日寝てれば大丈夫だから」
「うん。もうすぐ槇が来るから、部屋に戻れるよ」
「ああ、しばらくは、双子も大人しくしてくれると嬉しいな」
「大丈夫。ちゃんと、私が見てるから」
「そうしてくれ」
|