残 り 物 の 英 雄 -2-


『勇者の名』

 私たちの国が──
 お祖母ちゃんが大変なんです。
 勇者様。
 スタンフォード様。どうか、どうかお祖母ちゃんをお助けください。
 
 野原の草が跳ねた。
 何かがそこに着地したのだ。そして、それは草に隠れるほどに小さい。
 うさぎ? 確かに、それほどの大きさだろう。だが──
「リープ? 何処行ったんだ?」
 少年の呼ぶ声が、野原に響く。
 少年は、その大きい頭でさえ持て余すような、ぶかぶかの唾なし帽子を右
手で押えつけ、風吹く野原で辺りを見回していた。
 その呼び声が届いたのか、草原から、白い何かが顔を出した。
「きゃる」
 やはりうさぎ? その白い体は、確かにそうだと言える。
 しかし、彼には鱗があり、そして長い尻尾。あまつさえ、羽毛の翼までが
ある。
 そこにいたのは、小型のドラゴンとでも呼ぶべき不思議な生き物だった。
 少年は、しかしそんな異質感を感じるでもなく、自分の呼んだ友達に駆け
寄っていく。
「リープ。駄目だよ、こんなとこに来ちゃ。
 ここはね── 」
 ここは。
 ここは何だというのだろう。
 リープはそんな疑問をもったように首を傾げ、自分を呼ぶ友達に視線を送っ
た。
 その友達は、今はまだコケたまま立ち上がりそうにない。
 何処に引っかかってこけるのだろう。
 そんな疑問が新たに浮かんだように、リープは反対側に首を傾けて見せた。
「リープ………馬鹿にしてない? もしかして」
 少年は、顔だけリープのほうに向け、にらんでやる。凄みはいかんせん足
りない。
 が、リープはそれに対し、器用にプルプルと首を振って見せた。人語を解
するようだが、なぜか、その仕種自体既に馬鹿にしている気もする。
 それは少年には伝わらなかったようで、彼は気を取り直し、立ち上がる。
「でね。ここら辺りは、お城の領地に近いから、近づいたら怒られ── 」
 怒られた経験が彼にもあるからそんなことを言うのだが、
 彼はリープがあらぬ方向を見ていることに気づいた。
 無視しているのかと、ムッとしたが、あまりにも一心不乱に(わかる)見
ているので、自分もそちらに釣られて見遣ると、
「いやぁぁぁっ!」
 悲鳴が聞こえた。
「え?」
「るぐぉぉぉぉぉぉ!」
 続いて獣の咆哮が幾重にも重なりあったような叫びが響いた。
「くそ! 化け物が! シャルムに近づくなっ!」
 深く低く、勇敢に何物かを制する声は、まだ年若いものに聞こえた。
 それが三重奏となって森の奥から近づいてくる。
 少年はひどく自分の鼓動が早くなっているのに気付いていた。
 そしてどうすべきかも、既に頭の中では決定済みだった。
 『逃げよう』
 あれはどう考えても『危険』以外の何物でもない。それに関われば、自分
は──
  ─死んじゃうかもっ!? 
 きびすを返す。
 しかし、足はその命令を聞いてはくれなかった。聞こえてはいないのだろ
う。その恐怖で、足は震え今にも崩れ落ちそうだ。
  ─だっ、だったら這ってでも───!
 今、恐怖に打ち震えている彼の視界はひどく狭くなっていた。見えるのは
がくがくと定まらない景色。その中に、走りさって行くリープの姿が見えた。
 でもそっちは。
  ─そっちは『危険』な方だよリープ!
 彼の足が初めて主の命令を聞き届けた。
 一歩、二歩。
 ……三、四……
 彼は我知らず走っていた。
 その方向に何があるのかが判らないわけじゃない。
 そちらには『危険』と。
 そしてそこに向かおうとしている『親友』がいるのだ………!
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
 叫ぶのも我知らずならば涙もまた我知らずに流れていて、それ全てに彼は
全く気付いてはいなかった。
 そして──
 リープにやっと追いつくかというところ、森と草原の境から十mというと
ころで。
 まず少女が飛び出てきた。
 息も絶え絶えで、乱れた髪をさらに揺らしながら走る彼女は少年に気付く
事なくその横を素通りした。彼女に見えるものは、追ってくる化け物と『助
けてくれる人』だけであるはずだからだ。
 少年の方も彼女を気にする暇もなくリープを掴み抱きしめた。
 それから森から一振りの剣が回転しながら飛び出た。それは少年のすぐ脇
につき刺さり、少年はそれにも気付かないままリープを抱きしめ続け、
 次に簡単な武装をした少年が後ろ向きに飛び出てきた。
 そのまま倒れるのかと思いきや年に似合わない跳躍力でそのまま着地──し
ながらも彼は回転しそのまま少女を追って、
 彼は頭に巻いていた鉢巻きを舌打ちしながら取り捨てると同時に、うずく
まっている自分と同じ年頃の少年に気付いた。
 はっとしたが、このままここに居続けるのは自殺行為と判断し謝罪の言葉を
口の中でかみ締めるとそのまま走り抜けた。
 そして森が震える。一つ大きく。まるで心臓の鼓動のように。
 リープを抱きしめ、まだ少年は周りの状況を把握することを始めない。
 彼の心中は一つの言葉で埋まっていた。
  ─助けなきゃ。
 『リープを助けなきゃ』
 森は大きく鼓動し、一瞬だけ静寂を、まるで巨大な突風を吐き出すために息
を大量にため込みいったん息を止める瞬間のように動きを止め、
 巨大な圧力を吐き出すとともに、巨大な一本角を持った全長が巨木ほどの長
さもある化け物馬が飛び出し、
 少年は『それ』を一瞬だけ睨み据え、頭上の、いつもと変わらないまっさら
な空に向かい叫んだ。
「友達を助けなきゃならないんだぁぁぁぁぁぁっ!」

※───────※───────※
 シャルムは泣きじゃくっている。無理もない。彼女はまだ十になったばかりだ。
 自分の腕の裾を握りしめたまま彼女は人目も気にせずに泣きわめいていた。
疲れて眠るまで、ずっとそうだろう。
  ─もう、戻れまい。
 彼はそんな思いで祖国を思い出していた。ひどくしみる苦さが口の中を流れ
る。
 結局見捨ててしまった──と。
 だから忘れてしまおう。新しく明日を生きるため。人として。彼自身『アル
ゲイン』の人生を進むため。そう祖母と約束したのだから。
  ─シャルムを、守って。
 だが、自分だけでは彼女を救い出すことはできない。祖国を乗っ取った賊達
は必ずシャルムを捜し出す。おそらく自分もだろうがそれはただの保険だろう。
奴等が欲しいのは─
 ──奴等に祖国の壊滅を依頼した輩が欲するのはシャルムに流れるストック
ホルムの女王の血だ。
  ─依頼したのは、おそらく南の島連合『ラガン』だろう。文明の発達は遅
れているが、魔物達で構成されている『魔武異の軍』は世界でも指折りの軍事
力だと言われている。一人の少年が一人の少女を守り抜く相手にしては、手応
えがありすぎる。
 そう言う彼のその物言いといい、すましたような鋭い視線といい、実年齢よ
りも幾分年老いてみえた。苦労が多いからだろうと、本人は語っている。
 『苦労が多いって、私のせいとかゆーんじゃないでしょーね』
  ─………………
 昔から繰り返されてきた問答が、また聞こえてくる。
 『そう言うアルにも、私はどれだけ苦労をしてきたことか── 』
  ─何を思い出している。
  ─俺は逃げる訳には行かないんだ。
 不可能でも、何だろうがこの少女を守り抜かなくてはならない、そんな苛酷
なお題目を前に思い出話で頬を濡らしている場合ではない。
  ─ふん。偉そうに言う割にはさっきのような化け物一匹に手も足もでな
かっ──
 そういえば─
 さっきの少年。彼はどうなった?
  ─何を言う。
 …………聞くまでもない。
 あの年であの化け物に立ち向かえる技量があるはずがない。証拠に、彼はた
だうずくまって震えていただけだった。
 ……………………
 静かに、黙祷を捧げる。
 自分たちは、こうやって見知らぬ、無関係の人達の命の上に立ってしか生き
られない。
 もうその運命の輪は回り始めたのだ。
 逃げられない。それだけで自分の人生は終わってしまうからだ。
 祖母に、国に、両親に、この少女に誓った。偽りはない。
 もはや、進むのみ。
 いつの間にか、シャルムは疲れて彼の裾を握りしめたまま眠りについていた。
 彼は見上げた。自分たちがもたれかけている小高い丘の上に立つ巨木を。
 視界の端までに、枝が伸び、緑で埋めつくされる。そして囁くように光が揺れ
る。
 巨大なその光景が彼を飲み込もうとしているようだ。
 自分はなんて小さい存在なのか。そんな思いを、彼は既に知っている。
 祖母の顔を見上げるときに、いつも抱く感情。
 そして─
  ─泣くのは金輪際止めだ。もはや、流すまい。
 彼はその涙を拭き取りもせず、裾を握りしめたままの彼女を背におぶると、
近くに見える村へと足を進めていた。
 そんな時、彼の肩に一種妙な重みが走った。今はシャルムを背負っているの
だから重みを感じるのは当たり前だが、なぜか『一定間隔』で重みが増したり
元に戻ったりを繰り返している。
 これは、背負っているシャルムにかかっている重みが自分の肩に伝わっている?
 そう判断すると瞬時に彼は振り返り、剣に手を──
 ……………………………………………………………
「あれ。君確かあの獣に追われてた子だね」
 さらに言うなら、今自分の前に立っているこの子はあの獣に襲われていたはず
で帰らぬ子のはずなのに。
 ? ? …………?????
「君の名は?」
 アルゲインは、いつもなら慎重に低い声で問いつめることを、軽い挨拶を交わ
すように、つまり気の抜けた調子で聞いていた。
「え? うーんと………笑わない?」
「もちろんだ」
 名を聞いて笑うなど、武人のすることではない。自分のプライドにかけて断言
すると彼は真剣に思った。
「ほんとに?」
「本当だとも」
 彼らは、見ためは同じ年頃だというのに、既にお兄さんとあやされている子
供という図式が完成していた。
 そういえば彼の背中で、何か白いものがよじ登っているようにも見える。
今は関係ないが。
「僕の名前ね。
 す、スタンフォードって言うんだ………」
 彼は、その名前に恥ずかしげがあるようで、大きな頭をなお持て余している
ぶかぶかの帽子をかいたり握ったりしていた。
 アルゲインは倒れていた。
 シャルムの不憫さを哀れに思いながら。笑わないと言ったのに倒れるのはな
お失礼なのではないかと悔やみながら。でも一番かわいそうなのは実は自分とか。
 とにかく彼は今一時だけ苛酷な運命を小休止したようだった。
 その彼の様子を、やっと肩に顔を出せたリープが『くあ』とあくびしながら
眺め、かの『スタンフォード』はどうしたらいいのか判らずにオロオロして佇ん
でいた。


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