──王族勇者3──
い ろ は に 学 ぶ 遭 遇 


前説◎差久の一言。
 
 何も言わず読めとは言わない。

 何か言ってから、読んでみよう。




──★言葉の意味を忘れた旅人★──

 人が言葉を使うということ。
 必要であるからあるということ。
 なぜ必要であるかということ。
 言葉を放つ切っ掛けは何かということ。
 切っ掛けは脳裏に浮かぶ、意思を込めた言葉の連立。
 なぜ言葉の連立が切っ掛けになるかということ。
 それは言葉としての役割が人にものを伝えるというところにあるゆえ。
 言葉は一つでは単なる固有名詞にしか過ぎず、それ以上の意思は相手に
伝わることは難しい。それでは言葉の存在の意味が薄くなる。
 言葉は二つ以上組合せてこそ意味と成す。そして成る可く伝えるべき
物事に近寄った意味を伝えることができる。
 言葉とは人にものを伝えるための手段である。
 であるからして。
 別に本に向かって言葉を放つ必要はこれといってない。余談だが。
 そして言葉は意思だけでなく、文化、歴史、力さえも伝えていく。
 そうして今。
 言葉の意味をもう一度深く根堀などして考えてみようと試みる感心な
若者がいる。
 もちろん、不幸な奴なのだが。

※ ※ ※

それはある街角で起きる小さなストーリー。

 彼は下を向く。ただ重力に逆らうことにさえ疲れを覚え、ただ引力の
法則による命令に従うまま、彼は項垂れていた。
 その彼の目の前の人間が、言う。
「苺が」
 それをどうしたいというのだ。
「………………………」
 彼は彼の意思を聞きたかった。が、どうしても長丁場になりそうである
と判断し、とりあえず今の立場関係から洗ってみることを彼は試みた。
 自分が不幸で彼が加害者。何というかいろいろと完璧である。
「きれいだな」
 主語は何だ。
「…………………………」
 言葉というものは素晴らしいと考えさせられる。こんな単語だけでは
単にこちらの神経をギリギリと逆撫で傷つけるだけだというのに、これに
何か一言でも付け加えれば、それは人の心を動かすことさえできるのだ。
そうだ。一言付け足すだけだ。とってもお手軽だ。三点セットだ。
「どういうことだ」
 それは疑問か。ならばその内容を表す説明を述べろ、例え一たす一で
あろうが問題を聞かなければ解くことなどとても不可能である。
「………………………………………………」
 沈黙というものはそれを勝るまさに人類の本能レベルの宝である。
これがなければ人は気が狂ってしまう。必ずしも人に言葉が必要である
わけではないのではないかと、悲しい感情の中、心の底から思うのである。
 しかしやはり沈黙での意思の疎通を願うのは傲慢な他力本願に
他ならないであろう。
「 ──だから、頼む、何かまともなこと一つぐらい言ってくれないか?」
 久しぶりに、確か一時間前「ここはどこか知らないか?」という問いに
次ぐ言葉を、シェイクは放った。それ自体に力は感じられなかったが、
渾身であった。巨木をも貫くだろう。
 目の前の、椅子に座った彼は、棒立ちになっているシェイクを見つめず、
ただ真っ直ぐすぎるその瞳の光の揺らぎさえ見せず整然と言った。
「頭だ」
「……………………………………………………………………………」
 そうか。
 シェイクは納得することに成功したのだ。
 そう。郷に入らずんば郷に従え。言葉は微妙に違えど気にすんな。
そうだ、その教訓を、自分は長い間忘れていた。それを思い出させた
この素晴らしい出会いを大切にしよう。そう、そうなんだ。
  ──『頭だ』なんだ。
 『頭だ』。
 ……………………………
 やっぱり。
 何だか全部無理そうなので、シェイクは珍しく自分の弱音を認め
その場にひざまずいた。

『沈黙に勝る勝者無し』

 久しぶりに幸運が自分の上に降って湧いたとき。
 自分は喜ぶべきであったろうか。これくらいが当たり前だと思うべき
だったろうか。疑ってかかるべきだったろうか。
 彼は、まさに稲妻を受けるに勝るとも劣らない衝撃に襲われ、我知らず
涙を流し放心した。そこまでしなくてもいいのにと自分で思いはしたが、
涙は止まらなかった。
 今日は昨日森の中で見つけた小屋で宿を取り、朝に小屋にあった
あり合わせのもので朝食を取り、薪割りに精を出していたシェイクは
食べ損ねてしまった。
 そして夕方。シェイクを除く全員が腹痛を訴え寝込んでしまった。
『逃げるなら今がチャンスだっ!』
 シェイクは後ろから聞こえる呪詛らしき声を余裕で振り切り小屋から出た。
 と思ったら帰ってきて、言った。
「って言うか少しは怪しいなって思えよ。
 ばかだなぁおまえら」
 そして再び聞こえる呪詛を完全にかやの外にして、今度こそ、彼は
自由の空へ巣立っていったのだった。
 
  ──それは偽りの自由。
 炭のようなすすけた黒が彼の影をぼやかしていた。
 彼は落胆していた。では彼の落胆を表してみよう。
 かみさまのうそつき。
 はたまた一度は完全に見放した希望にすがった、これは罪だという
のだろうか?
 っつーか神様そんなに俺が嫌いか。

「祟りの」
 その言葉。いや。決してそれは『言葉』なのではないと、彼は意固地に
認めず、その『鳴き声』を聞いて、彼は顔を上げたのだと、そう思う
ことにした。
 それにしても物騒な鳴き声だが。
「あぺぷ」
 シェイクもお返しに鳴き返してやった。馬鹿みたいと言えばそれの
代表格という感じでインターハイ確実だが、そもそもここに自分がいるのが
より馬鹿のようである。優勝は頂きだ。
 シェイクにとってはどうと言うわけでもなく、さらに言うならどこまでも
どうでもいいことだったが、彼は返答(に近しいもの)をしてから鳴き声の
主を確認した。
 祟りというからには、いやさ、そのような意味を持つ単語を鳴き声として
(意固地)吐くからには、あまり年は若くないだろうと踏んでみたが、
やはり彼は年も若くない、それどころか明日自分の足下に、己の顔があると
言うどきどきな体験をしてもよさそうな老人であった。
 周りからは緩やかなハープに乗せて奏でるクラシックな音楽が流れていた。
 そこは、一種の酒場だろう。別に宿と連結しているわけでもなく、ただ
酒場だった。
 ほかの客の話し声、否、鳴き声によるコミュニケーションをできるだけ意識
しないように、シェイクは彼の返事を待っていた。
 老人は、わざわざシェイクの座る席に相席し、さらに真ん前に陣している。
これでシェイクに用がないというのであれば、たちの悪い老人のいたずらだ。
ためらわずスカイフックで水月落としだろう。
 その席は窓際で、その窓から見える景色はすっかり闇に染められている。
そしてそのせいでシェイクはこの村、と言うか鳴き声で旅人の意識を朦朧と
させるのが、種族単位で趣味である集会場に足止めを食らう羽目になったのだ。
うらめしや鳴き声集団(命名)。
 そこで彼は老人に目線を合わせた。
「用がないのか。そしたら頷け。その後俺は立ち上がって腕を振り上げるので、
あんたは少しあごを上げて待機しろ。以上だ」
 どうせ言葉は通じないだろう。そう踏んでシェイクは目茶苦茶なことを
言った。が、彼が頷けば、とりあえず言ったことの九割は果たす気持ちではいた。
 しかし残念というか。老人は頷きはせず、逆に老人の方が立ち上がり、
腕を振り上げて見せた。
 シェイクは、この場に殺ぐ、と一瞬思ったが、よくよく考えれば実にマッチ
しているなと思うようなことを頭によぎらせてから、その格好が、何かを
指さしているジェスチャーであることに気付いた。
 そう。それは別にかの伝説のクロスラリアートとかそういう離れ業に
挑戦とかではなく、老人は一点。酒場の外、村のほぼ中心に立つ、ただ
長細いだけの塔と言う感想をもつものを指し示していた。
 そして言った。
「とれた」
 いや、鳴いただった。
「ふむ。そんなことがあったのですね」
 シェイクは声にならぬ叫びを上げながら、頭をあんまり強く打たなきゃ
いいけど、などと人事のように後ろに倒れていき、そして暗転した。


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