魔王は友達だった。
勇者の友達だった。
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勇 者 狂 想 曲
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─少女が唸った。
『とりあえず進む』
場所は水道管破裂の名所『ゼルスマー・タウン』。理由は重力圧縮を引き
起こす過度の空気移動が一日に何度も発生するからであり、その原因はまず
間違いなく町の端にできた『空間のゴミ箱』という魔物を捕らえる罠のせい
なのだが、それを止めると今度は魔物が町に被害をもたらす。見過ごす他に
ない。
過度の空気移動が人体には影響を及ぼしていないのが看破する大きな理由の
一つでもある。しかしおかしい。なぜ岩よりも硬い水道管が破裂し、人体には、
もっと端的に言うなら水道管以外のものには害をなさないのだ?
答えは皆揃っている。皆が同じことを口にする。
『それは魔法だからさ』。
空間のゴミ箱は魔法で作られたものだ。魔法で作られたものがどういう
ものかなど、普通人にはわからないということだ。
だから魔法使いは、何だか知らないけど水道管が嫌いなのさともっぱらの噂だ。
─少女はそのゼルスマー・タウンで唸っていた。
場所をもっと絞ろう。
『ゼルスマー・タウンの東北に位置する』『戦いは終わるのかという名の
酒場の』『地下の』『重油が粘りを帯びるほど腐ったような臭いが薄く
立ち込める』『青いサビを至る所に作っている鉄板に囲まれた』
『味気ない広さの部屋にある』『木で作られた少し傾いているかもしれない
カウンターを仕切って』『緑色のタバコを吹かして頬杖をつきながら
立っている女性と』『向き合うところに』
少女はいた。
まだ唸っている。
唸り方はどう猛犬が地面に落ちているステーキを他の犬と挟むように
立っているときにするようなものが適当だ。
然るにそれは結局少女自身の理想でしかなかった。
緑のタバコをくわえたまま、口の左端から黄色い煙を吐く女に脅えの
色は見えたりはしない。
そもそも緑タバコの女に少女の形相など見えてはいない。
その女の前には一枚の白い紙がある。白紙ではない。それが眼前を
防いでいる。
浮いているはずもない。それは少女が掲げていた。緑たばこの女の眼前に。
つまり突きつけているつもりだが、緑たばこの女は見当違いの感想を
漏らした。
「………目は悪くない、わ」
後味の悪いしこりが残る話し方をする女に、少女は今度こそ激高した。
「ちがーう! いやそうでもないのか。
ちょっとまって………
えーと」
少女は五秒頭を捻った。
「そう! 目が悪くないんならこれが見えるはずじゃない!
それでまだ文句があるの!?」
またさらに紙を突きつける。もはや鼻先一寸といった間隔だ。目が
悪くなくてもそれでは見えないだろう。
緑たばこの女はそんなことも別段問題にあげず、再び黄色の煙を
口の左端から細く噴き出す。
その紙には『就職適合証』という文字が写っていた。その下の文字は
彼女の名らしい。 周りには緑たばこの女と少女。それとまだカウンターの
中には三人ほどの男がいたが、全く関与する様子を見せず自分の仕事を
忠実に行っていた。
少女はじっと目の前にいる緑たばこの女の言葉を待った。待っている間は
ずっと紙の裏側を睨つけていた。彼女にはその向こう側の女の顔が見えて
いるのだろう。
かくして緑たばこの女は口を半分開いた。
「文句ねぇ。じゃあこうしようか、な」
少女は期待に胸乗せて聞き入った。
「何か今日は朝ご飯の卵ののりが悪かった、から」
「なに?」
いきなり何の話をするのか、少女は困惑したが、先走るのは『プロ』
としては失格なのだろうと考え直し、続きを待った。
待った。
それはもう。
五分も。
「何なのよ」
苛立ちを押さえ切れずに、少女は顔のあちこちが痙攣していることを
察しながら聞いた。 緑たばこの先の火が一際大きく燃え上がり、
そして一気に左の口端から煙が吐き出された。
意味は分からない。
だが、苛立ちはあちらも同じであるということは考えついた。
─何言ってんのよ。理不尽はそっちじゃない。
「わかんない、か。
んだから私の文句は、今日の朝ご飯気に入らないからあんたを『採用』
しないってこと、なの。そういうことにした、の」
きぃきぃと鳴きながら回るさび付いた換気扇だけ、その部屋の中沈黙を
守らなかった。 少女の顔色は変わり続けていた。その血の引く音と
上る音が聞こえてきてもいいぐらいの変化だ。
途端。少女の後ろでドアの開く音が聞こえる。少女は振り返らない。
ここの『職員』の誰かが入口のドアを開けたのはわかっていた。
─さっさと出ていけという意思表示も伝わっていた。
少女は動かず紙を掲げたままその裏面を凝視し続けた。
── 。
緑たばこの女はこの少女の顔をよく見たくなった。個人的には嫌いでは
ないこの少女の。 紙に手を掛けいったん手を止める。このまま引いても
少女があまりにきつく握りしめているため引き千切ってしまうからだ。
少女は素直に手を放した。
紙を手元に置き、頬杖をついていた左手の人差し指でそれを何となく
回してみる。
少女は、やはり活発な顔をしていた。
それを象徴するような燃えるような紅のショート。そしてよく動きそうな
大きな目。いつくだろうか、緑たばこの女には十四に見えた。
書類に目を落とすと十七ということらしい。
名前は──
「あなたの名前、は?」
「書類に書いてあるでしょ。アルティよ」
「それだけ? ファミリーネーム、は?」
少女の目にはまだ怒りの炎が燃え上がっている様子だったが、その一言で
一気に冷え込んだようにその輝きを止めた。
「ない。捨てたわ」
それは珍しくない。少女がこの稼業につくというのなら、家族は邪魔な
存在だろう。
『だからというわけではないが』緑たばこの女はそれ以上追求せず、
再び書類に目を通し始めた。
─アルティを『ハンター』として認め、ギルドに登録する権利を
証明する─
それはれっきとしたギルドへの推薦状だった。
それを一通り眺めて、初めて緑たばこの女が難しそうに顔を歪めた。
唸りはしないが、明らかに困惑の浮かぶ表情だった。
アルティにはわからない。
何を悩んでいるのか? 推薦状がきたのだから、ギルド側としては
受け入れるしか他ない。何しろ推薦を出しているのはギルドより上の存在、
いわゆる『国家』なのだから。
念のために聞いておく。
「字は読める?」
「王下七ヵ国に通じている、わ」
王下七ヵ国とは、アルティたちの住む大陸を大ざっぱに七つに分けた
地域のことをいう。 その国々はそれぞれ異なった言語をもっている。
それが全部理解できているというのは、つまるところ彼女の知らない
言語はないということだ。
ちなみにアルティは二ヵ国語を操る。
「そりゃすごいわね。だったらさっさとハンターの契約手続き初めてよ」
ちょっと悔しかったのか、頬をうっすら赤らめながら緑タバコの女を睨む。
ハンターギルドの受付員はまだアルティの書類を指で回していた。
そして変わらず顔は曇り模様。
そしてぽつりと言った。
「おなか減った、な」
「知るかぁぁぁぁぁっ!」
どうも先程から顔を歪ませて悩んでいたことが、自分のハンター契約の
認証の是非ではなくて受付員自身の腹の空き具合によるものだったことを
知って、とうとうアルティは自分の中にあった止め金を引きちぎった。
そして受付カウンターの上にあった紙を強引に手で払って、右足を
乱暴にのし上げると、緑タバコの女の顔にアルティは自分の顔を突き
つけて抗議を始めた。
「なんっ、なのよさっきからあんたの態度は!
ハンター見習いがハンターギルドの受付員より偉いいわれはないわよっ!?
って言うか選択肢なんか他にないんだからさっさと判こ押して自分の
仕事を遂行してりゃいいのよ!
仕事なめてんの!? あんた!?」
唾が飛ぼうが紙が乱雑に空中に舞おうが──
一向に構わない様子で緑タバコの女はぼやっとした視線でアルティを眺め、
することもない様子で右手で頭を掻いた。
「仕事には誇りを持ってる、わよ。
適当に、ね」
その言葉に誠意を感じ取ることが、少なくともアルティには出来かねた。
「本気で怒るぞ! こっちはハンター志望するくらいの覚悟は出来てんのよ!
ここでおっぱじめる気!?」
「あー、」
─『あー』?
今のは何だろう。
了承という意味か?
それにしては何だかはっきりしない言葉に思える。
例えばなにか突拍子もない何かに気づいたような。
そういえばなぜか受付員はアルティの側頭部辺りに向けて指をさしている。
……………………………
アルティが自分の左上空を眺めると。
乱雑に空中で舞っている紙の中に、『推薦状』と書かれた紙くずが混ざって
いるような、でも気のせいのような──
そんなあやふやな気分で、アルティも釣られて、
「あー」
とか呟いてみた。
※───────※───────※
とりあえずギルドにも落ち度はあったとして、アルティは特別課題を受ける
ことによって、ハンターの免許を取れることとなった。
─課題内容は─
第一級『ターゲット』として名高い剣鬼『レイラック』の持つある物を盗むこと。
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