| パンドラの箱 |
唐突だが、高耶は青い箱に弱い。 『お好きなものをひとつどうぞ』 と色とりどりの箱を差し出されるとサイズや重さに関係なく青いものを選ぶし、ふたりで暮すマンションに直江宛の荷物が届いたときも、青い箱に入っていた時だけは 「なあ、まだ開けないのか?」 「オレが開けちゃダメか?」 と落ち着かない。 先日のヴァレンタインにも 「絶対に誰からも貰わない」 とお互い硬く約束したのに、青い箱のチョコだけは断り損ねて帰ってきた(もちろん、直江にたっぷりとオシオキされて速攻で『ゴメンナサイ』をしにいったが)。 「高耶さんはどうして青い箱に弱いんですか?」 今日も今日とて先日の騒動に凝りもせず、福引の景品の中から青い箱を選んだのを見て、直江は長年の(?)疑問を口にした。 「んー? そいうやオレって青ばっか選んでるなぁ……」 追求されてようやく気づいたのか、高耶は呑気に小首を傾げている。しかし、そういいながらすでに貰ってきた青い箱を開封しているので、否定もできなかったのだろう。 直江がコーヒーを淹れている間じゅう考えていたが、やがて 「あー、ひょっとしてじいちゃんのせいかな」 とのたまった。 「お祖父様、ですか?」 「うん、たぶん」 高耶は出てきた入浴剤の裏表を眺め、箱と重ねてテーブルに積んだ。いつものことながら、中味が確認できれば落ち着くらしい。 (そうか、お祖父様からのプレゼントは、いつも青い箱に入ってたんだな) 微笑ましい光景を想像して緩みかけた直江の頬は、マグカップを受取る高耶の表情にたちまち引き締まった。できるだけ高耶に密着してソファに腰を降ろすと、普段からは考えられない素直さで体重を預けてくる。 そうして直江の体温とコーヒーで身体を温めてから、高耶はひとつ息をついた。 「じいちゃんち――ってつまり親父の実家なんだけど、そこに遊びに行くと、なんでか居間の隅っこに青い箱が置いてあったんだ」 これぐらいの、と身振りで示された大きさは結構なもので、直江はなんとなくクーラーボックスを想像した。 「箱の中には玩具が入ってて、オレと美弥はそれでばあちゃんと遊ぶんだ。帰る時は持たせてもらって、次に行ったときにはまた新しい玩具が入ってた」 「遊ぶのはお祖母様と、ですか? お祖父様とではなく?」 「………………ああ。遊んだのは、ばあちゃんとだけだ」 考えて、迷って、躊躇って。 最後の最後の頷きは、ごく小さなものだった。 「じいちゃん、オレ達が家に着く頃になるとなんだかんだ理由つけて外出してたんだよ。帰ってきても、『おう、来てたのか』って言うだけで、後は黙って茶啜ってるだけでさ。――だから、ばあちゃんが『おじいちゃんも、あなた達が可愛くて仕方ないのよ。この箱に入ってる玩具だって、買ってくるのはおじいちゃんなんだから』って言ってくれても、慰めだとしか思えなかった」 静かに言葉を紡ぎながら、幼い頃の自分を睨むかのように、高耶の視線が一瞬尖る。 「じいちゃん、オレが7歳の時に入院してさ。見舞いに行ったら、相変わらず無愛想なツラして言いやがったんだ。『玩具がなくて、悪いな』って」 一瞬硬く目を瞑ったのは、祖父の顔が思い浮かんだからなのか、滲んだ涙を隠したかったからなのか。 瞼が開かれたときには、高耶の表情は柔らかなものになっていた。 「それっきり、じいちゃんには逢えなくて……四十九日にじいちゃんちに行ったら、玩具どころか青い箱もなかった」 記憶に引き摺られるまま過去に戻ってしまいそうで、直江はとっさに高耶の手を掴んだ。 「直江?」 自分よりは小さな、だが幼児のものではなくなった手が、優しく握り返してくれる。黒い瞳に自分が映っているのを確かめて、直江はなんとか微笑みを浮かべた。 「高耶さんが青い箱を選ぶのは、中にお祖父様の愛情が入ってるかもしれないからなんですね」 「……そんな大袈裟なもんじゃねぇよ」 こんな癖、おまえに質問されるまでは気づきもしなかったんだぞ。 唇を尖らせる高耶の言い分を、信じないわけではない。 だが、たとえ無意識であったとしても、高耶は幼い頃に受取り損ねた祖父の想いを、今度こそ正しく受取りたいと願っているに違いないのだ。 高耶にとって青い箱は、災厄と希望の代わりに悔恨と愛情の詰まったパンドラの箱だ。目にしたら最後、どうしても開かずにはいられないのだろう。 (トラウマなら治療法を考えるところだが) 切なくも優しい想い出まで、取り上げてしまいたくはない。だが、過去ばかり懐かしまれても恋人としての立場がないので、直江はわざとらしいほど明るい声を発した。 「じゃあ、これから高耶さんへのプレゼントは、青以外の箱に入れてもらうことにしましょう」 「――へ?」 子供のように丸くなった瞳が、ぱちぱちと瞬きながら直江を見詰める。 「せっかく私がプレゼントしているのに、お祖父様のことを懐かしまれたのでは大損ですからね」 「……おまえって……」 深い、深い溜息とともに、高耶の肩からも手からも力が抜けていく。 「ったく、どこまで独占欲強いんだよ」 「高耶さんのためなら、どこまでも。私の愛情は底なしですから」 「いってろよ、ばーか」 耳を紅くしてそっぽを向いてしまった恋人を抱き寄せて。 直江は高耶の祖父の分までたっぷりと、柔らかな黒髪を梳き続けたのだった。 |
| 2005.2.20 この小説へのご意見・ご感想は掲示板かメールでどうぞ HOMEへ 100題へ |