| 47.青空教室 (22の続編) |
「お、来てるな」 玄関の内側に入り込んで新聞受けを開け、仰木高耶はすこしばかり目を細めた。 このあたりを担当している郵便配達員はなにを考えているのか、アパートの入り口に郵便受けがあるのに、各部屋の新聞受けにまで配達することがある。 おそらくは他の部屋に書留などを配達したついでなのだろうが、おかげで高耶のワクワク&ガッカリは2倍になるという寸法だ。 (――ワクワク?) なんでオレがあんなヤツのためにワクワクしなきゃなんねぇんだよ、と誰も見ていないのに渋面を作り、乱暴に靴を脱いでコタツに潜り込む。今夜は冷え込みが厳しいのでストーブも点けたいところだが、あいにくと灯油は一昨日から切れているし、買いたくても金がない。 貧乏は侘しい、と呟きながら目を落としたハガキには鶯色の色鉛筆で 『昨日、一昨日と、出張で大阪に行ってきました。大阪城公園ではもう梅が満開で、一足早く春を満喫できました。高耶さんは梅と桜、どちらがお好きですか?』 などと、綺麗で読みやすい字が綴られている。 (梅ねぇ……梅に鶯、って洒落たつもりか?) 風流で結構とハガキを置き、高耶はインスタントコーヒーを入れるために立ち上がった。 あんなヤツ、こと直江信綱と文房具店で出会い、おかしな成り行きから絵手紙を受取るようになってから2週間が過ぎようとしている。 第一印象は (すげぇ、完璧なハンサム。デッサンモデルになってほしい) であり、喫茶店で会話を交わしてからは (オレなんかにハガキ寄越そうだなんて、変なヤツだなぁ。でも結構稼いでるみたいだし、会社ではバリバリのエリートなのかも) などと思っていたのだが、いざ絵手紙――もとい、カラフルな字手紙――が届き始めると、直江は意外と手のかかるヤツだった。 最初の字手紙にはでかでかと住所・氏名・生年月日・星座・血液型・固定電話番号・携帯電話番号・メールアドレスまで書いて寄越し、高耶は 「個人情報の保護が叫ばれてるときに、なんて無用心なことしやがるんだこの馬鹿!!」 と電話で説教する羽目になった。 次に届いた字手紙には 『色鉛筆は消しゴムで消せないので、書き損なってはいけないと緊張しながら書いてます。――でも、もう3枚もハガキを無駄にしてしまいました。情けない限りです』 とあり、高耶は頭痛を堪えながら 『色鉛筆用の消しゴムがあるし、ハガキサイズの安い用紙も色々売っている。それなら書き上げてから切手を貼るようにすればいいし、両面使えるから、失敗したヤツはメモ代わりにすればいい』 と生活の知恵を伝授せざるを得なかった。 (あいつに皆無なのって、絵心じゃなくて一般常識じゃないのか?) コーヒーを啜りながらもう一度ハガキに向けた目が、すうっと細くなった。先ほどは気づかなかったが、ハガキの右隅の文字が、妙に滲んでいる。 「そういやあいつが買ったの、水性色鉛筆だったっけ」 行儀は悪いが舐めた指で左隅の字に触れると、文字がたちまち滲んでいく。 《水筆でなぞれば溶けて水彩画のようなタッチも楽しめます!!》 文房具店で見た宣伝ポップが脳裏を駆け抜け、高耶に溜息を吐き出させた。 「あーあ、今度はフィキサチーフを使うように忠告しなきゃなんねぇのかよ」 水筆で溶けるということは、逆にいえば水に弱いということだ。フィキサチーフ(定着液)をかけて定着しなければ、字が滲んで読めなくなるのはもちろん、他の郵便物を汚す可能性もある。 「しょうがねぇなぁ。あいつの都合の良い日に、青空教室でも開いてやるか」 ボヤいたつもりのセリフが、妙に弾んで鼓膜に届く。 そのことすら自覚していない高耶が、青空教室開催の知らせを受けた直江が 「ふふふ……いいペースだな」 などとほくそ笑んでいることに気づくはずもなく。 青空教室はいつのまにか屋内でのプライベートレッスンへと変貌していくのだが、それはまた別のハナシ。 |
| 2005.3.6 この小説へのご意見・ご感想は掲示板かメールでどうぞ HOMEへ 100題へ |