直江信綱はすこしばかり不幸だった。
 なぜなら愛しくて愛しくて愛しくて……(エンドレス)堪らない生涯の伴侶・仰木高耶が、ここ数日一緒に眠ってくれないからである(せっかく同棲しているのに!!!!!)。

「高耶さん……今日も一緒に寝てくれないんですか?」
 高耶が風呂上りの一杯(ただし牛乳)を飲んでご機嫌な一瞬を見逃さず、高耶の好きな声と表情を作って訊いてみたのだが、
「――オレ、『一週間おあずけ』っていったよな?」
とブリザードより冷たい視線と声を返されてしまった。
「え、と……」
「いったよな? それとももう忘れたのか? いくら三十路の親父だからって、耄碌するには早すぎるんじゃねぇのか?」
「覚えてますよ!! 私は確かに三十路ですが、耄碌なんかしてません!!」
「だったら大人しく一週間経つまで待ってろ」
 ぎろり、とトドメのひと睨みを残し、高耶は『勉強部屋』に引き上げてしまった。
(あああ……どうしてシングルベッドなんて用意してしまったんだろう)
 同棲を始める時、まだ学生である高耶が心置きなく勉学に励めるようにと部屋を用意したのは必要なことだったと思うが、そこに仮眠用のベッドを用意してしまったたことは、喧嘩の度に後悔している。
(仲直りできたら、今度こそあのベッドは売り払おう!!)
 直江は硬く拳を握り締めながら決意したが、喧嘩の主な原因である『たっぷりじっくりまったり高耶さんを味わう』ことを自粛するつもりは全くないらしい。

 さて、翌日は金曜日。
 金曜日といえば休日前夜。
 いつもなら胸弾ませて迎える夜も、今週に限っては淋しい夜だ。
 そう、高耶の言う『一週間』は、日曜日までを意味しているのだ。
(寒い……寒すぎる……)
 未明から途切れ途切れに降り続く雪にスーツを濡らしつつ、それでも直江が
心まで凍えずに済んだのは、高耶が適温の風呂と暖かい手料理を用意してくれたからだ。
 その心遣いには本当に感謝するし、嫌われてはいないのだと希望も持てるのだが、それでもひとりで横たわるダブルベッドはやたらに広くて寒い。
(ああ、抱きたいなんて贅沢はいわない。せめて高耶さんの体温を感じながら眠りたい……)
 せめてもと、高耶用の枕をむぎゅむぎゅと抱き潰しながら寝返りを繰り返していると、きぃ……と微かな音がした。
「……高耶さん?」
 確認するまでもなく気配で高耶であることは判るのだが、
(もしかして願望が見せた幻かもしれない)
との思いから声をかける。
 と、高耶は一瞬動きを止め、それからなにかを振り切るようにバタンとドアを閉めると、そのままベッドに潜り込んで来た。
「た、高耶さん? どうしたんですか?」
「……なんだよ。オレがいちゃ邪魔なのかよ?」
「そそそそんなこと、まったくありません!!」
「じゃあ、いいじゃん。――まだ雪も降ってるし、ひとりじゃ寒いんだよ」
 高耶はそっぽをむいたまま、枕を寄越せ、と手を伸ばしてくる。
 もちろん、久々の高耶の温もりを枕なんぞに譲ってやる気は毛頭なく、直江は腕枕をしてやると同時に高耶が自分の方を向くように、ころん、と細身の身体を返した。
「……なんだよ」
 視線が会った途端睨まれても、直江の頬は緩むばかりだ。
「嬉しいんですよ。高耶さんに夜這いされるなんて、思ってもいませんでしたから」
「だ、誰が夜這いなんかするか! オレはただ、今夜は特に寒いから……っ」
「ええ、本当に今夜は寒いですね。だから、うんと愛し合って、身も心も温まりましょう!」
「だから夜這いじゃないって……んん、ん〜〜〜っ!」
 悪足掻きする高耶に伸し掛かり、5日ぶりの唇をじっくり味わう。直江がひとまず満足した時には、高耶の息は上がっていた。
 唇だけでなく目尻までを紅く染めた高耶は、凄艶かつ愛らしい。
(ああ、こんなに素敵なひとに夜這いされるなんて、俺は三国一の果報者だ!!)
 と、うっかり回ってしまったのが運の尽き。
「ねえ、高耶さん。『愛してる』っていってみて?」
「〜〜〜〜〜っ、調子にのんな、この馬鹿犬っ!!」
 手よりも先に足の出るご主人様にベッドから蹴り落とされ、哀れ、馬鹿犬は床で丸まってしまった。
 その隙に高耶はドスドスドス!! と足音も高らかに勉強部屋に駆け込んでしまう。
「た、たかやさぁ〜〜〜〜ん」
 情けない声で呼びかけても、勉強部屋の鍵は外れない。
 ちなみに、夕方の『週間予報』では、明日から一週間は晴天続き、気温も4月初旬並みの暖かさになると断言されている。

 直江の不幸はまだ続く。



2005.3.5


この小説へのご意見・ご感想は掲示板メールでどうぞ

HOMEへ    100題へ