〜 You and I 〜
- 1 名前: log0076 投稿日:
2000/06/05(月) 23:23
- ―You and I,DREAM A LITTLE DREAM OF ME.
-1-
都内某所のコンビ二。夕方6時、この時間帯は近くの学校帰りの学生たちが、集まってく
る。レジは休みなく動く。そのレジを扱う少女は2週間前に入ったばかりだ。だが、ごっ
たがえす客に慌てることもなく、ただ機械的に仕事をこなしていた。そのうち客足が途絶
えるとレジをほかの店員に任せ、弁当類の入れ替えを始めた。少女は腕時計を見る。あと
1分で7時だ。7時。その時、自動ドアが開いて一人の少女が入ってきた。長身でスタイ
ルもいい黒髪の美少女だ。
「(・・・。また?)」
弁当を買えながらため息をつく。ここ一週間、その美少女は毎日やってくる。しかも絶対
に彼女の周りをうろつくという奇妙な行動を取るのだ。少女はそれが不思議でそれでいて
怖かった。そう思いながら仕事をしてると案の定、美少女は来た。ただいつもと違ったの
は・・・。
「石川先輩?ですよね?」
- 2 名前: log0076 投稿日:
2000/06/05(月) 23:25
- ハイ!新連載。
できるだけ1日1回の間隔で更新してきます。
お楽しみに。
- 3 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/05(月)
23:43
- 同時連載大変でしょうが頑張って下さい。
展開が全く読めないところも素敵。
黒髪の美少女が誰か言ってないところも素敵。
- 4 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/06(火)
00:02
- ちなみに、スレッド立てるときsageで立てるとエラーになることがあるから
気をつけて。
- 5 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/06(火)
03:54
- シャイガイ
- 6 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/06(火)
03:59
- 黒髪の少女は貞子に決定しましたーおめでとー
- 7 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/06(火)
04:16
- がんばりや〜〜〜
- 8 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/06(火)
19:04
- 頑張ってね〜
- 9 名前: log0076 投稿日:
2000/06/06(火) 22:16
- -2-
そう聞かれた瞬間、石川は血の気が引いていくのを感じた。鼓動が激しく鳴る。目の前が
真っ白に・・・なる。
「・・・川さん。・・・し・・・川さん。石川さん!」
店長に呼び起こされて気がついた。弁当コーナーのまん前でおよそ1分ほど気絶していた
らしい。起きて周りをうかがうが、先ほどの少女の姿はすでになかった。
「大丈夫かい?なんなら帰ってもいいんだよ。」
「いえ、大丈夫です。すいませんでした。」
そういって石川は仕事に戻った。少女の着ていた学生服で彼女は不安を覚えた。
―夜10時、仕事を終えて店を出ると、止めておいた自転車にまたがり石川は家路につい
た。しばらくこいでいるとマンションが見えてきた。彼女はこの春から実家の神奈川を離
れて都内の通信制の高校に通っている。彼女の両親は最初はいい返事をしなかったが、最
終的には彼女の意見をのんだ。それは両親に「ある自負」があったからである。彼女は中
学3年の頃に「傷」を負ったせいで病気になってしまったのだ。それをわかってあげられ
なかったというのが、申し訳なかったのだ。そんなわけで両親は判断を彼女に委ねた。彼
女自身で「傷」から立ち直ることを期待したのだ。
- 10 名前: log0076 投稿日:
2000/06/06(火) 22:41
- -3-
だが治りかけていたはずの傷は、思わぬところで開きかけていた。
「(・・・あの子。私を知ってる。)」
コンビニでの出来事を思い出しながら彼女は、オートロックを解除して自分の部屋に帰っ
ていった。
―夢。いや、「傷口」だ。外の闇に包まれる部室。そこの窓から見えた満月。ただの獣の
目にしか見えない中年の男の目。信頼してたはずだった。押さえつけられる両腕。ふさが
れる口。乱暴に身体を舐め回す舌。それと同時にかかる荒い息。押し込まれる指先。男の
耳に噛み付く自分。男から逃れる自分。逃げる。いつもは恐怖を感じさせる闇が彼女を包
み隠す。包み隠す。
「!」
時計は朝の4時を回っていた。着ていたTシャツが寝汗で濡れる。夢の余韻に嗚咽する。
こみ上げてくるものを抑えられずにトイレで吐く。服を脱ぎ捨て生温いシャワーを全身に
浴びる。鏡の前に立つ。やせ気味の身体。そのくせ乳房はふくよかだ。嫌悪感が襲う。昨
日のあの少女との出会いは確実に「傷」をひろげた。だが不思議と怒りはなく、ただ恐怖
感が彼女に巣食った。
「・・・恐い。」
- 11 名前: log0076 投稿日:
2000/06/06(火) 22:56
- -4-
その日の夜10時すぎ、石川はコンビニのバイトを終えてマンションに戻ってきた。自転
車を置きマンションの入り口に向かうと、さっきはなかった人影が見えた。思わず警戒す
る。恐る恐る見てみると・・・「あの」少女だった。少女が石川に気づいて駆け寄ってき
た。その呼吸は、なぜか乱れていた。石川は恐る恐る少女に聞いた。
「・・・どうして、ここが?」
「ハア、ハア・・・追っかけたん・・・ハア・・・ですよ。」
石川は驚いて目を丸くした。
「何で・・・そうまでして・・・。」
荒くなった呼吸を整えて少女は言った。
「・・・どうしても、確かめたかったんですよ。あなたが・・・石川梨華かって・・・。」
「・・・どうして?・・・あなた一体、誰なの?」
そういうと少女は少し顔色を曇らせた。
- 12 名前: log0076 投稿日:
2000/06/06(火) 23:00
- >6
すいません。ジョンソンではないです・・・。
察しのいい人ならタイトルを見ればわかります。
明日でもう「美少女」の正体わかっちゃいます。
それでは明日。おやすみなさい。読者諸君。
- 13 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/06(火)
23:31
- >log0076さん
たぶんみんな分かってます。
黒髪で長身って二人しかいないし、しかも石川より年下ってことになったら
もうあの人しかいないですよね?
- 14 名前: 13 投稿日:
2000/06/07(水) 17:33
- You and I ですもんね。
You and I, You and I,「Y」 and 「I」
- 15 名前: log0076 投稿日:
2000/06/07(水) 22:36
- -5-
「・・・覚えて、ないんですね・・・。」
石川は静かにうなずく。
「神奈川の中学・・・通ってましたよね。今、私そこの3年なんです。・・・吉澤ってい
います。」
『神奈川の中学』その言葉に石川は大きく動揺した。「傷」の原因になった『神奈川の中
学』に通っていたあの頃・・・。身体が震え、再び吐き気が彼女を襲う。口を抑えて嗚咽
を止めようとするが「恐怖」がそれを止めさせない。吉澤は石川を心配して手を伸ばし触
れようとした。
「!・・・大丈夫ですか?」
「・・・っ!触らないで!お願い!」
吉澤の手を振り払って石川はマンションに入り自分の部屋に戻っていってしまった。
「先・・・輩・・・。」
吉澤はただ呆然とすることしかできなかった。
- 16 名前: log0076 投稿日:
2000/06/07(水) 22:59
- -6-
吉澤を振り払ったあとのことが思い出せない。あのあと石川は、結局吐いてシャワーを浴
びて夢も思い出せないほど深い眠りについたのだ。せっかく戻りかけていた体重を二日で
5キロも落とした。起き上がった石川は、時計を見る昼の12時を少し回っている。およ
そ半日も寝たことになる。
「(・・・お腹すいた。)」
そう思い冷蔵庫を覗いてみるが何もなかった。
「(せっかくの休みだっていうのに・・・。)」
ため息をつきながら財布を取り出し彼女は買出しに出かけた。買い物をしながら吉澤のこ
とを思い返した。
「(私と同じ中学の後輩かあ・・・。でも私はあの娘を知らない。覚えてないだけ?)」
そうこうして買出しを終え、再びマンションに戻ってきた。メールボックスを開けるとダ
イレクトメールがたまっていたため床一面に散らばった。慌てて片付けていると一枚の名
刺ぐらいの大きさの紙が混ざっていた。見ると、(090−○○○○−○○○○ 吉澤)と
書かれていた。石川はとりあえずそれを財布に入れておいたがかけることはなかった。
- 17 名前: log0076 投稿日:
2000/06/07(水) 23:17
- -7-
あの日以来、吉澤はコンビニにもマンション前にも現れなかった。彼女が現れなくなって
から2週間ほどたった日曜日。石川は公園で散歩をしていた。たまにはこういうことでも
していないと、余計なことまで考えてしまうからだ。公園内をひとしきり歩いて木陰にな
っているベンチを見つけて座った。さすがに日曜ともなると老若男女のカップルや子ども
を連れた家族が多く見られる。若いカップルを見ながら石川は、もしかしたら存在してい
たかもしれない自身の未来を重ねた。でも、今の彼女にはそれは困難だった。彼女は人に
触れることができないから・・・。恐いのだ、触れられることが・・・。そんなことを考
えていると急に辺りが暗くなった、おそらく通り雨だろう。石川は慌てて家路についた。
と、その時石川の頭上に傘がかかった。驚いて見ると吉澤だった。
「・・・あ。」
「2週間ぶりですね、先輩。送りますよ。」
石川は断る理由もないし、吉澤の笑顔に負けて素直に送ってもらうことにした。
- 18 名前: log0076 投稿日:
2000/06/07(水) 23:20
- まだまだ盛り上がりに欠けるけど、これからです。
思ったより反応悪くないですね、今のところ。
辛口・甘口感想どんどんください。
それじゃ、寝ます。また明日。
- 19 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/07(水)
23:21
- 頑張れよ〜
- 20 名前: 中西圭三 投稿日:
2000/06/07(水) 23:22
- ♪YOU & I 〜 ♪嫁はんに逃げられた〜
- 21 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/07(水)
23:23
- 今後に期待
- 22 名前: ロケン郎 投稿日:
2000/06/07(水) 23:23
- 面白いです。楽しみにしてます。そうか、タイトルで加護かと思っちゃったです…
- 23 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/07(水)
23:27
- ほんとに毎日更新してくれるんですね。ありがたいかぎりです。
また明日楽しみにしてます。おやすみなさい。
-
- 59 名前: log0076 投稿日:
2000/06/09(金) 01:02
- -8-
歩きながら二人は全く言葉を交わさなかった。何を話せばいいのかもわからない。結局互
いに一言も出ないままマンションが見えてきた。石川は歩いてる最中もずっと下を向いて
いたのだが、マンション前にさしかかったときにはじめて吉澤のほうを見た。
「!」
「・・・どうかしました?」
吉澤は体半分を雨でぬらしていた。吉澤は石川に気を使い石川の全身が入るようにしたた
め自分の体を半分外に出していたのだ。
「ご、ごめんなさい。私・・・。」
「あ、謝らないでください。たいした事じゃないですから。」
「ううん、せめて服だけでも乾かしてって・・・。」
そういって石川は吉澤に嘆願した。吉澤は下手に気を使わせたくないためためらった。
「いや、ホント・・・。大丈夫ですから。」
「・・・お願い。」
「・・・。」
「・・・。」
吉澤は結局石川に根負けして素直に従った。
-
- 61 名前: log0076 投稿日:
2000/06/09(金) 23:10
- -9-
「8Fだから・・・。」
「えっ?乗らないんですか?」
エレベーターの前で、吉澤は石川に聞き返した。
「うん。密室・・・ダメなんだ。」
そう言って階段の方へと石川は向かった。吉澤は、歯がゆくなり石川を追いかけた。
「無理に合わせなくてもいいんだよ・・・。」
「大丈夫ですよ。これぐらい平気ですよ。」
そうこうして8Fにつき、石川の部屋までやってきた。かぎを開けて石川は吉澤を中
に通した。
「どうぞ。」
「あ、おじゃまします・・・。」
通された部屋は2LDKで狭くはなく、家具は最低限のものしか置かれていない。リ
ビングにはTVや電話そして小さなテーブルが置かれていた。いたってシンプルだ。
石川は隣の部屋から大きめのTシャツとジャージを持ってきて吉澤に渡した。
「乾かしてる間は、コレ着てて。じゃ、お茶入れるから・・・。」
「あ、ハイ。」
そう言って吉澤は石川に見えないように素早く着替えた。少しすると石川が、お茶を
持ってきた。
- 62 名前: 投稿日:
2000/06/09(金) 23:27
- -10-
「紅茶、飲める?」
「あ、ハイ。」
石川はテーブルにお茶を置いて、クッションを取り出して吉澤を座らせた。
「じゃ、コレ乾燥機にかけてくるから・・・。」
「あ、ハイ。」
石川が乾燥機の方へ行っている間に、吉澤は思わず大きくため息をついた。
「(何、緊張してんだろ・・・。さっきから同じ返事ばっかだし・・・。)」
それをほぐすために紅茶にガブついた。
「今、かけてるから・・・。」
そう言って石川が戻ってきて吉澤の前に座った。沈黙。部屋に乾燥機の音だけが響く。
「ゴメンね・・・。」
「えっ?」
「電話番号入れていったでしょ?私、かけなくって・・・。」
「・・・あ。いや、こっちこそできすぎた真似しちゃって・・・。」
再び沈黙。少し間を置いて石川は、恐る恐る聞いた。
「・・・。私のこと。どこまで知ってるの?」
- 63 名前: 投稿日:
2000/06/09(金) 23:31
- >62
名前入ってない?どうしてかな?偽者ではないのでご安心を。
盛り上がるのはもうちょい先かな。
読者諸君が喜んでくれればいいんだけど。やや不安。
一気に感想が減って物寂しいね。愁。
- 64 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/09(金)
23:41
- おれは毎日チェックしてますぞ!!
そして毎日しつこく書きこんでますぞ!!
ピンチランナー2の健気な石川も
こっちの暗い過去を背負った石川も萌えますなぁ。
ほんと毎日の更新には感謝してます。
これからも読み続けるので頑張ってください。
- 65 名前: log0076 投稿日:
2000/06/09(金) 23:52
- >64
THANKS!この一言に尽きます。感涙。
吉澤の石川への思いの変化も注目してね。
- 66 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/10(土)
00:03
- わかりました。なるほど、ポイントは吉澤の心境の変化ですか。
そろそろピンチランナー2にしても石川に笑顔が戻ってほしいものです。
今日もお疲れさまでした。
- 67 名前: ロケン郎 投稿日:
2000/06/10(土) 18:08
- インデックスが復活してたんで過去ログから捜しました。いやー吉澤×石川、いいッスね!
これからも応援しています。頑張ってください。ピンチランナー2もさがさなくっちゃ!
- 68 名前:
某スレの156 投稿日: 2000/06/10(土)
18:15
- 石川ファンの僕としては log0076
さんの二つの小説には期待しています。
頑張ってください。
- 69 名前: log0076 投稿日:
2000/06/11(日) 00:28
- -11-
「えっ?どこまでって・・・。」
不意の質問に思わず吉澤は戸惑った。
「答えて!」
思わず声が高くなった。石川はハッとして顔を伏せた。しばらくの沈黙のあと、吉澤は口
を開いて話し始めた。石川はそれを聞いた。
「・・・初めて、初めて先輩の事を知ったのは、私が中1の頃だったかな・・・。夏のテ
ニスの地区予選でウチの学校が、10年ぶりに全国大会にいけて、それで優勝までは行か
なかったけどベスト8ぐらいまでいって・・・。先輩、表彰されてたじゃないですか。そ
れで知ったんです。」
石川は記憶の糸をたぐるようにそれに聞き入った。それを見て吉澤は再び話しはじめた。
「それ以来、自分の部活の終わりにちょこちょこ見に行ってました、先輩のこと。なんて
いうか・・・気になっちゃって、先輩一人で残って練習してましたよね?」
「見てたんだ・・・。」
石川は恥ずかしそうに言った。しかしそれを聞いて「ある不安」に襲われもした。
- 70 名前: log0076 投稿日:
2000/06/11(日) 00:46
- -12-
「ハイ、こっそり・・・。大会が終わってもほとんど練習してましたよね?」
「うん、なんか次の年で最後だったし・・・。前のより成績落としたくなかったし、もっ
と巧くなりたかったから・・・。」
「そういうわけで、秋、冬、そして次の春って先輩のことほぼ毎日見てたっけ・・・。な
んか、私、バレー部だからテニスの事よくわかんないんだけど・・・。なんか、惹かれて
いたのは確かですね。」
「そう?」
「ハイ、だから・・・。だから先輩が最後の夏の大会でられなかったのは、残念だったか
な・・・。」
そう吉澤が言うと石川の表情は沈んだ。そして「傷」がまた開こうとしていた。だが石川
はそれを覚悟していた。こうなることは覚悟して今こうしているのだ。話を中断している
吉澤に続けるように言った。
「確か、体壊しちゃったんですよね。大会の日の直前頃に・・・。」
「うん・・・。」
「傷」が再び開き始める。
- 71 名前: log0076 投稿日:
2000/06/11(日) 00:49
- 順調に更新できてるなあ。良いことだ。ウンウン。
石川が一押しってワケでないのに最近なぜか石川だらけだ。謎。
娘。全員、脱退者含めて好きなんだけどな・・・。
まあ、こういうこともあるかってわけで今日はココまで。じゃ。
- 72 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/11(日)
00:54
- お疲れさまでした。吉澤けっこうかわいい奴ですね。
なんかこの作品読んでると吉澤にも萌えてきました。
これからも頑張ってください。
- 73 名前: log0076 投稿日:
2000/06/11(日) 23:53
- -13-
―フラッシュバック。「あの満月」が彼女を見つめる。石川の体が震え始めた。やはり、
「傷」を抑えるのはまだまだ難しかった。吉澤が、そんな石川の異変に気づいた。
「先輩?顔色が悪いですよ。横になったほうが・・・。」
「えっ・・・。大丈夫だよ。」
声が震えてしまった。気分が悪くなってきたのも確かだった。吉澤は戸惑った。
「・・・もう、帰ったほうがいいのかな・・・一人のほうが楽でしょう?」
吉澤は気を使ったつもりだったが、石川は、吉澤に悪いと思い、引きとめようとしたがで
きなかった。
「ゴメン・・・ゴメンね。」
吉澤は、後ろ髪を引かれながらも帰っていった。石川は自分で自分が嫌になった。その日
の夜、石川は涙が止まらなかったのは言うまでもない。
- 74 名前: log0076 投稿日:
2000/06/11(日) 23:58
- >72
最近、吉澤押しなんでそう言っていただけるのは喜ばしい限りです。はい。
吉澤は、ココでは不器用なやつにしていきたいなあ・・・。
高倉健みたいに・・・。なんつって。
今日はもう遅いんで続きはまた明日。散々待たせといてコレだけでスイマセン。泣
- 75 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/12(月)
00:15
- 何をおっしゃいますやら!!作者さん。
少しずつでも毎日読めるだけで嬉しい限りです。
もともと石川萌えなうえに最近吉澤にも萌えてきたので、
この小説はホントに楽しみです。
作者さん週に一度くらい休まれてはいかがですか?
あまり無理しないでくださいね。
- 76 名前: log0076 投稿日:
2000/06/12(月) 00:27
- >75
止まったら死んじゃうの。嘘。
なんかね。書くの好きだからさ。休む気起きない。
体壊したら休もうかな。それまでは書くよ。
- 77 名前:
名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/12(月)
00:36
- 休む気起こさないのはすごいっすね。尊敬します。
では、身体に気を付けて頑張ってください。
- 78 名前: log0076 投稿日:
2000/06/12(月) 22:00
- -14-
次の日、吉澤は部活に参加していた。だが、今いち乗らない。昨日のことが頭の中で反芻
する。そんな吉澤に、監督である教師から檄が容赦なく飛んだ。
「コラ!吉澤!ちゃんと参加しろ!」
「ハ、ハイ!」
やれやれ、と思いながらも吉澤は再び練習し始めた。
「(先輩の顔・・・見たいなあ・・・。)」
そのころ石川は・・・。コンビニでバイトに励んでいた。とりあえずは、バイトに集中す
ることでイヤなことが忘れられる。今の彼女にとっては必要不可欠な時間なのだ。
「(昨日は、本当に悪いことしちゃったなあ・・・。)」
そうこうして二人はお互いにそれぞれの時間を過ごした。
―夜。バイトを終えた石川は、帰るため自転車の鍵を解いてた。そのとき、声をかけられ
た。振り向くと同じバイト仲間のシバタという青年だった。彼もこの春から、石川と同じ
くバイトで入ってきた。大学生だ。背は170センチくらいで、見た目はそこらへんのち
ょっと軟派な感じの青年だ。石川は無意識に警戒しながら返事をした。
- 79 名前: log0076 投稿日:
2000/06/12(月) 22:15
- -15-
「何ですか?」
「あっ、その・・・さあ。今、付き合ってるヤツとかいるの?」
それを聞いて石川はやな予感がしたが、逃げるわけにもいかないので、とりあえず正直に
返事した。
「いませんけど。」
「そ、そう?じゃ、じゃあ・・・おれと、付き合わない?」
いやな予感が当たってしまった。困惑はしたが、あいまいに返事をするのも石川の性格上
許さないのできっぱりと返事した。
「ごめんなさい。私、シバタさんとは付き合えません。」
「・・・そっか・・・。ま、仕方ないよな。うん、じゃ。」
そうやってシバタは帰っていった。石川はそれを見送り、自分も自転車にまたがり帰ろう
とした。その時、物陰に人の気配を感じた。見ると、吉澤だった。そんな彼女と目が合っ
た。石川が声をかけようと一歩踏み出した途端、吉澤はなんと踵を返して逃げていってし
まった。
「待って!」
-
- 82 名前: log0076 投稿日:
2000/06/13(火) 23:28
- -16-
吉澤の足は速かった。いくら離れていたとはいえ、石川は自転車なのに追いつけないほど
だった。そんなこんなで結局、石川は吉澤を見失ってしまった。石川は、仕方なくとりあ
えず家に帰ることにしたが、ひどく落胆した。その理由は、石川自身でも全くわからなか
った。
「(どうして?)」
一方、なぜか逃げ出してしまった吉澤も、戻るわけにも行かず家に帰るため神奈川方面の
電車に乗っていた。
「(何やってんだろ?私。あ〜、自分にムカツク!!!!)」
電車を降りたあとも、まして家についたあとも、吉澤の自身に対するムカツキは取れなか
った。「何故、逃げたのか?」それは吉澤自身もわからなかった。ただ、石川と目が合っ
たあの時、いてもたってもいられないほどの「怒り」というか「嫉妬」にも似たような感
情が彼女の中に、瞬時に渦巻いたのだ。
「あ〜〜〜、もう!寝よ、寝よ!」
そう一人で叫んで吉澤は部屋の電気を消し、布団をかぶった瞬間、ケータイが鳴った。
-
- 85 名前: log0076 投稿日:
2000/06/14(水) 23:06
- -17-
とりあえずディスプレイを、のぞいてみたが自分でかけたことはない番号だった。ただ、
「03」から始まっていたので、もしやと思い、出ることにした。
「・・・もしもし。」
【あっ・・・。】
「!・・・先輩?」
受話器の奥で、漏れた声の特徴ですぐに石川とわかった。ただ、さっきのことがあった為
か、なかなかお互いしゃべり出せなかった。しかし、吉澤は自分で招いたことだ、と半ば
やけ気味に石川と話し始めた。
「先輩?いっやあ〜、嬉しいなあ〜、やっとかけてきてくれたんですねえ〜。逃げた甲斐
があったってモンですよ〜、ハハ・・・。」
【・・・。】
どうやらハズしたらしい。再び沈黙が訪れる。吉澤は、落ち着いて再び話し始めた。
「・・・さっきは、逃げちゃってスイマセン・・・。」
【・・・ゴメン。】
「あ、謝らないでください!ホントに、悪いの全部、私のほうだし・・・。」
吉澤は心底、自分の行動に腹を立てた。自分だけならまだしも、石川をも混乱させている
からだ。吉澤は、大きく息を吸い、大胆なことというか突拍子な事を言った。
- 86 名前: log0076 投稿日:
2000/06/14(水) 23:26
- -18-
「今度の日曜どっか一緒に行きませんか?」
何言ってんだ?そう思いながらも、これは吉澤の素直な言葉だったりする。混乱した末に
出た言葉ではなく、前々から望んでいたことだった。
【・・・いいよ。】
「ほ、本当ですか?」
【うん、どこ行く?】
「えっ・・・うう、あ、えっと・・・。静かなところがいいなあ。」
【私は、公園でゆっくりお弁当でも食べながらお話したいなあ。】
「そ、そうしましょう。」
【お弁当は、私作るから。】
「えっ、悪いですよ。」
【いいの。私、お弁当つくるの好きだから。】
「・・・じゃあ、お任せします。日曜の朝10時に向かいに行きますから。」
【うん。待ってるから、じゃあ。】
そう言って石川が、電話を切った。吉澤はしばらく放心状態だった。喜びと戸惑いでボー
っとしてしまっていた。ただ、石川の声が、いつも以上に、弾んでいたのを思い出して、
新たな発見のようなものに心が躍ったのは確かだった。
「あんな風に、しゃべるんだ。」
-
- 94 名前: log0076 投稿日:
2000/06/16(金) 00:58
- -19-
―日曜日。吉澤は、約束どおり10時きっかりに石川のマンションに着いた。インターホ
ンに番号を入力して、呼び出しボタンを押した。しばしの間があって、石川が出た。
【はい?】
「あ、先輩?吉澤です。今、下にいますから。」
【わかった。今、行くよ。】
1分ぐらいして石川が降りてきた。その服装は、いつものジーンズ姿ではなくて、白
のワンピースというかわいらしいものだった。吉澤は思わず見入った。
「おはよう。じゃ、行こうか?」
「・・・。えっ、ああ、は、はい!あっ、荷物持ちます。」
吉澤は、そう言って石川の持っていた2つの荷物のうちの重そうなほうをすかさずと
って持つことにした。
「あ、いいよ。重いよ。」
「大丈夫ですよ。体力には自信あるんで・・・。」
「ありがとう。」
「さっ、行きましょうか。」
二人は、とりあえず駅に向かい電車に乗って、隣町の公園に行くことにした。
- 95 名前: log0076 投稿日:
2000/06/16(金) 01:17
- -20-
電車に揺られて20分ほどで、二人は目的の公園についた。その公園は、広く一面が緑
でサイクリングロードや湖もあった。二人はしばらく散策した後に、丘に登りそこに立
っている大きな木の陰にシートを広げて腰を落とした。しばらく風にあたって二人は黙
っていた。そんななか、石川が口を開いた。
「・・・ちょっと早いけど、ごはん食べようか?」
「そうしましょうか。」
吉澤は、そう言って体を起こした。石川は、大き目のランチボックスを開けて弁当箱を
出し始めた。一面に並べられた弁当の中身は、見た目も色使いも大変よく吉澤は目を丸
くして感嘆した。
「うわあ〜〜。すごいっすね。おいしそ〜。」
「口に合えばいいんだけど・・・。」
そう言いながら石川は紙皿と割箸を吉澤に渡した。吉澤はいくつかのおかずをそれに盛
って食べた。
「・・・どう?」
「おいしいですよ。」
吉澤の返事は、あっさりしていたが箸が進んでいる様子を見て、石川はそれがうそでな
いとすぐにわかった。石川も食べ始めた。食べながら二人はわずかではあったが会話を
楽しんだ。少し早めの昼食は、二人の空腹だけでなく心も満たしていった。
-
- 98 名前: log0076 投稿日:
2000/06/16(金) 23:36
- -21-
昼食を済ませた二人は、しばらく公園内の人々を、目で追っていた。ちょうどその時、ベン
チに座っていた一組のカップルが、いちゃつき始めたため、2人はなんとなく気まずくなっ
てしまった。吉澤が苦笑いをしながら石川のほうを向いた。
「・・・場所、変えましょうか?」
石川はそれに静かに頷き、二人は立ち上がり荷物をまとめて再び公園内を歩き始めた。しか
し休日ということもあってか、なかなか人の少ないところが見つからない。その時、吉澤は
ボートに目をつけた。
「先輩。ボート乗りませんか?」
「えっ?でも、私漕ぐの下手だし・・・。」
「私が漕ぎますよ。結構、得意なんです。行きましょう。」
「うん。」
そうして二人は、ボート乗り場に行き、ボートに乗り込むことにした。吉澤が荷物を持って
先に乗り込む。吉澤は、一瞬石川に手を伸ばしかけて、引っ込めた。石川は他人に触れられ
るのが苦手だというのを身をもって経験したからだ。なので、できるだけボートに乗りやす
いように努めた。石川は、その気使いに感謝したが、そんな自分が嫌にもなった。そうこう
して2人は、なんとかボートに乗り込んだ。吉澤は、漕ぎ始めた。
- 99 名前: log0076 投稿日:
2000/06/16(金) 23:56
- -22-
しばらく漕ぎつづけて大体、湖の真中らへんについてとりあえず吉澤は漕ぐのをやめた。
「ふう。よいしょっと。」
「・・・漕ぐのうまいね。私なんて腕力ないから・・・。」
「コツさえ掴めばこんなの楽勝っすよ。」
2人は、しばらくそんな会話を続けていた。石川が、何気に湖に手を入れて水の冷たさを
感じている。そんな石川を、眺めて吉澤はそっと石川に聞いた。
「・・・先輩。この前の続きなんですけど・・・その・・・先輩、中3の夏ぐらいから学
校来なくなりましたよね・・・。どうしてですか?」
聞くべきではなかったかもしれない。吉澤は言葉を出した後に、遅すぎる後悔をした。石
川の表情が曇っていくのが手にとるようにわかった。
「・・・。それは・・・。」
石川は言葉に詰まった。今の事態はある程度予想はしていたが、やはり現実のものとなる
と行動に移すのは困難だ。
「病気に・・・なっちゃったの・・・。それは、知ってたんだっけ?」
「ハイ・・・。入院してたんですよね・・・。」
「どんな病気か、知りたい?」
まっすぐでそれでいて酷く潤んでいる石川に見つめられ思わず吉澤は固まってしまったが、
静かに頷いた。知らなければ前には進めないのだ。
- 103 名前: log0076 投稿日:
2000/06/18(日) 00:25
- -23-
「私さ・・・あの時、拒食症になっちゃったんだ・・・。程度は低かったけど・・・。」
「・・・そうだったんですか・・・。ごめんなさい、思い出させて・・・。」
「いいの!謝らないで・・・こうでもしていかないと、前に進めないような気がするの、
だって家族にだってまともに話さなかったんだもん・・・。」
それを聞いて吉澤は驚いた。そして今生まれた疑問をすぐさま石川にぶつけた。
「家族には、まともに話していないのに・・・私に話しちゃっていいんですか?私なんか
に・・・。」
吉澤は言葉に詰まった。また空気がおかしくなっていく。石川は再び口を開いた。
「わからない・・・。でも、あなたなら・・・。」
石川はそれ以上は、何も言わなかった。
「もう、帰りましょうか。」
吉澤は、ボートを漕ぎ始めた。そうして二人は公園をあとにした。帰りの電車では一言も
発っせなかった。そうこうして石川のマンションまで戻ってきた。石川が玄関に向かって
歩き始めた。
「・・・先輩!」
「何?」
「また、どこか行きましょう。」
石川は言葉は発さなかったが、笑顔でそれに頷いた。
-
- 106 名前: log0076 投稿日:
2000/06/19(月) 00:02
- -24-
卒業式の終わった後の体育館。椅子とかはそのままだ。校長先生が壇上に立っている。一人
の生徒がゆっくり壇上に上がってきた。その顔は少しだけやせこけていた。校長先生がその
人に卒業証書を渡した。それをもらうとその人は振り返って出口に向かって歩いてきた。私
は出口の外側にいる。出口を開けてその人が出てきた。私はその人に言葉をかけた。
「卒業おめでとうございます。」
その人は私に気づくとびっくりしてそそくさと玄関のほうに向かっていってしまった。その
人は・・・先輩は、あの時の事を覚えていない。でも私は忘れない。忘れられない。何故だ
かはわからないけど・・・。
「んっ・・・。」
吉澤は目を覚ました。
「懐かしいなあ・・・。」
そう1人でつぶやいて、吉澤は起きた。昨日は、石川と初めて出かけた。後味の悪いことも
あったが最終的には、またどこかに行く約束ができたので吉澤は満足できた。が、やはり石
川の過去について踏み込むべきなのかどうかがわからなかった。ただ、家族に話せなかった
事を自分に話してくれた石川・・・。
「(私、先輩の力になれるのかな・・・。)」
吉澤は、そう思いながら学校へ行く準備を済ませて家を出て行った。
- 109 名前: log0076 投稿日:
2000/06/19(月) 22:04
- -25-
初デート?をしてから3日後の夜。吉澤のケータイが鳴った。石川からだ。
「もしもし。」
【こんばんわ。今いい?】
「はい。」
【日曜日、空いてる?】
「はい。」
【もし良かったら映画でも行かない?】
「はい。いいですよ。じゃ、また前みたいに迎えに行きますから。何時に行けば?」
【前と同じく10時に来て。】
「はい。わかりました。じゃ、日曜日に。」
【うん、待ってるから、それじゃ。】
「はい。」
会話自体はあっさりしてたものの吉澤は、内心むちゃくちゃ嬉しかった。なぜなら石川の
ほうから積極的に誘ってきてくれたからだ。吉澤は枕に顔をうづめた。
「くうぅ〜〜〜〜っ!先輩・・・カワイイ!」
- 110 名前: log0076 投稿日:
2000/06/19(月) 22:08
- ちょっと最近、更新ゆったりしすぎてるかな。
でもピンラン2より先に終わらせるのもなあ・・・。
どっちもいつ終わるかめどがたちません・・・。
この小説。吉澤が石川萌え化しつつある、注意せねば。反省。
- 111 名前: 不詳 投稿日:
2000/06/19(月) 22:18
- いけいけ吉澤!
- 112 名前: 名無しさん 投稿日:
2000/06/19(月) 22:29
- こっちも終わるめどたたないんですか?うれしいなぁ。
俺は石川萌えしてる吉澤に萌え。最近吉澤のほうが好きになってきた。
でも娘。の誰かを好きになる時って小説読んでからだからな・・・
こんなんでいいのかな・・・
- 113 名前: log0076 投稿日:
2000/06/21(水) 00:24
- -26-
―日曜日。天気はあいにく雨だが、もちろん吉澤は気にしない。前と同じように石川
のマンション前に来た。石川はすでに玄関前で待っていた。一週間ぶりでも、吉澤に
は、それがひどく長く感じた。
「先輩、おはようございます。」
「おはよう。じゃ、行こう。」
「は〜い。」
二人は、傘をさしながら並んで歩いた。とりあえず目的の映画館につくまでちょっと
だけではあったが会話をしたりもした。そうこうして、映画館についた。リバイバル
上映の作品のためか映画館の中の人の姿はまばらだった。二人は最前列より少し後ろ
の中央に並んで座った。しばらくすると、明かりが落ちて映画が始まった。二人はす
ぐ映画に引き込まれていった。その映画はそこらへんにありふれている恋愛物のそれ
とは一味違って吉澤もすぐ引き込まれていった。そうこうして映画が終わり、スクリ
ーンが幕で閉じられ、館内に再び明かりが点いた。
「おもしろいですね。私、普段あんまり映画見てないから、あんまし偉そうには言え
ないっすけど・・・。」
「私・・・映画館来たの久しぶりだったし・・・映画って好みがあるでしょ?不安だ
ったけど・・・そう言ってくれると嬉しい。って私の映画じゃないんだけど。」
石川はそう言いながらテレ笑いをした。吉澤もそれにつられて笑顔になった。
-
- 117 名前: log0076 投稿日:
2000/06/21(水) 23:36
- -27-
二人が映画館を出ると雨がやんでいた。
「晴れましたね。」
「うん。」
「ゴハン、食べに行きましょう。」
「うん。」
二人はしばらく歩いてレストランに入った。店員に案内されて二人は席に着いた。すかさずメ
ニューを渡された。しばらく二人はそれを見た。
「何にしようかな〜。」
「うん。」
「・・・よ〜し決めた。先輩、決まりました?」
「うん。」
それを聞くと吉澤は店員を呼んだ。吉澤はオムライスを、石川はラザニアをそれぞれ頼ん
だ。20分ほどして料理が来た。
「いただきま〜す。」
そう言いながら2人は食べ始めた。別にお互い食べることに夢中になっているわけでない
のだが、どうにも2人とも料理を食べ終わるまで会話ができなかった。水を飲みながら吉
澤がようやく口を開いたがそれはホントにそっけないものだった。
「・・・そろそろ出ましょうか?」
- 128 名前: log0076 投稿日:
2000/06/22(木) 23:03
- -28-
レストランを出たあとも、2人はなかなか話し出せなかった。人間とはホントに不思議な
ところもある。さっきまでは順調に話せていたのに、今はこうだ。ここで下手に話そうと
しても結果は目に見えている。そのためなのか2人は、ますます態度が硬化していった。
「(う〜。話し出せない・・・。どうしてだろ?私が、緊張しすぎてるからなのかな?ホ
ントは、もっと先輩と話したいのになあ・・・。)」
「(自分から誘っておいて話さないなんて・・・どうしよう。どうしよう・・・。)」
2人は、お互いに同じことで葛藤しながら街を歩き続けた。2人の葛藤は続く。
「(・・・そういえば、私って・・・名前・・・呼ばれたことないよなあ・・・。うう・
・・なんかヤダ・・・。名前、呼んで欲しいなあ・・・。)」
そう思いながら吉澤は一瞬ではあったが、石川に視線を移した。
「(・・・あ、こっち見た・・・。どうしよう。やっぱり、私から話し掛けていかなきゃ
いけないんだよね・・・。)」
そんなこんなで2人は、歩きつづける。そしてようやく口を開いた。
「先輩。服、見ましょうか?」
口を開いたのは吉澤だった。
「(私ってダメだなあ・・・。)」
自分のふがいなさに、石川は苦悩した。
- 132 名前: log0076 投稿日:
2000/06/23(金) 23:29
- -29-
2人は、いろんなショップを巡った。キャミソールなど夏に向けての物を買った。ひ
ととおり服を見終わり、2人は雑貨屋に入った。その店には、アクセサリー類が所狭
しと並んでいた。2人は、それを丹念に眺めた。
「先輩、コレ似合うんじゃないんですか?」
「えっ?」
そんな石川に、吉澤はカチューシャを見せた。うさぎの模様が入っている。悪く言え
ば少々、子どもっぽいかもしれない。が、吉澤の嬉しそうな顔を見て石川は、照れな
がらも、それを受け取った。そして付けてみた。
「似合う?」
「(カ、カワイイ・・・。)」
そう思いながら吉澤は、首を縦に振って答えた。思わず頬が熱くなった。
「・・・じゃあ、買おう・・・かな。」
「・・・あ、あの・・・私が買います。先輩に。」
「えっ?いいよ、悪いよ。私のものより自分のもの買わなきゃ。」
「お願いです!」
吉澤は石川に懇願した。石川は、しばらくとまどったが、吉澤があまりにも必死なの
で結局折れた。吉澤は、それを、清算して石川に再び渡した。吉澤の優しさというか
自分への気遣いに石川は、少々心が和んだ。
-
- 6 名前: log0076 投稿日:
2000/06/24(土) 23:52
- -30-
石川のマンションへの帰り道、会話は相変わらず乏しかったものの2人は、満足してい
た。別に無理に会話を繕わなくてもいいのだ。石川は吉澤に対してそう思った。そして
吉澤も同じくそう思った。そうして、2人は石川のマンション前へと着いた。
「今日はホントに楽しかった。カチューシャ・・・ありがとう。嬉しかったよ。」
「私もホントに楽しかったです。・・・先輩。」
「ん?なに?」
「あ・・・その・・・ま、また電話して誘ってください。もっと先輩とどっか行きたい
んで。それじゃ。」
「うん、絶対に電話するから、じゃまた今度。」
「ハイ!」
吉澤は元気良く手を振って駅のほうへ向かった。吉澤は、石川の姿が自分の視界から消
えるまで手を振りつづけた。石川も手を振返した。石川はそんな吉澤に、また心を和ま
せた。吉澤は帰りの電車で今日の余韻を楽しんでいた。でも、少々心残りもあった。
「(今日気づいたけど、私って、名前・・・呼ばれてないんだよなあ。ちょっと悲しいか
も・・・。)」
石川は吉澤の名前を呼んだことはない。別に呼びたくないわけでなくただ単に、呼ぶ機会
がないだけなのだ。吉澤もそれはわかっているのだが、ちょっとブルーになった。
-
- 10 名前: log0076 投稿日:
2000/06/25(日) 23:33
- -31-
毎日が蒸し暑い。もう7月だ。映画を見に行って以来、毎週ではないが石川と吉澤は、暇
を見つけては、ショッピングなどに繰り出していた。
「ふあ〜、暑いっすね。」
「うん。」
吉澤と石川は、そう言いながらベンチに腰掛けた。数えてみると今回で初めてのデート?
から5回目になる。相変わらず会話は少ない。それに最初のデート以来、石川の過去につ
いては話していない。吉澤も聞きたくないわけではないのだが、今のこの関係が壊れるか
もしれないのが、非常に恐かった。石川は聞かれない限りは、話そうとしなかった。2人
の関係はかなり微妙といえば微妙なのだ。
「先輩。夏休み入ったらもっと遊べますね。」
「うん。もっと遠いトコまで行ってみたいね。」
「遠いトコかあ・・・。私は先輩と一緒にいれればいいんだけど・・・。」
「えっ?なあに?」
吉澤が、少々口ごもったため石川は「一緒にいれればいい」が、聞き取れなかった。吉澤
は思わず出た言葉に、自分で恥ずかしくなってしまった。
「えっ?な、なんでもないっすよ。(ついつい本音が・・・。って、やっぱり私って先輩の
こと・・・。)」
吉澤が石川に目を移すと、石川と目が合った。2人の視線が絡まった。
-
- 14 名前: log0076 投稿日:
2000/06/26(月) 23:14
- -32-
石川を見つめる吉澤。その吉澤を見つめる石川。二人は見つめ合ったまま視線を外すこと
が出来なくなってしまった。互いに見つめ合う2人も街の中では、ただの風景の一つでし
かなかった。おそらく1分ほどその視線は、外れなかった。その時、吉澤の買った服が入
っていた紙袋が落ちた。その瞬間、視線は外され、吉澤は慌てて紙袋を拾い上げた。
「ハハ・・・。落としちゃったよ。」
ひとり言のように吉澤は言った。石川もなんとなく口を開いた。
「・・・そろそろ行こうか。」
「はい。」
2人は立ち上がって再び街の中を歩き始めた。
「(ふあ〜、たまたまだったけど・・・。あんなに長い間見つめちゃったよ・・・。顔、赤
くなってなきゃいいんだけど・・・。)」
「(あんなに見つめられたのってはじめてかも・・・。嫌だったかな・・・。)」
相変わらず消極的に2人は、考えていた。性格のせいなのか。それともお互い嫌われたくな
いという気持ちのせいなのか。おそらく本人たちすらわかっていない。いや、わかっていて
も案外、無意識のうちにその考えを消してしまっているのかもしれない・・・。
「(今日こそ歩を進めるべきなのかな・・・。)」
「(何だか苦しいな・・・。前に進みたい・・・。素直になりたい・・・。)」
-
- 18 名前: log0076 投稿日:
2000/06/27(火) 23:22
- -33-
2人は街中を歩く。時に足を止めてあーだこーだ言ってみたり、ここぞとばかりに吉澤も
ハジけて石川を、笑わせたりもしてみた。5回目のデートということもあってか、吉澤は
かなり頑張って石川を楽しませようと試みた。そんな吉澤にのせられてか石川も少しずつ
ではあったが、口を開く回数がいつもより増えていった。
「あ〜、先輩。ちょっと、お腹すきませんか?」
「う〜ん?ちょっと、すいたかも。」
「ちょっと待っててください。」
吉澤は、そういって石川にいったん荷物を任せてクレープ屋の方へと走り出した。しばら
く待っていると、できたてのクレープを持って吉澤が戻ってきた。
「お待たせしました!はい、ど〜ぞ。」
「ありがと。いくら?」
「なあ〜に、みずくさい事言ってんですか。おごりですよ、お・ご・り。」
「えっ、でも・・・。」
「心配しなくても、今度はじゃんじゃんおごってもらう気ですから。」
吉澤のそんな言葉に、石川は思わず吹き出した。今まで吉澤の前で笑ったことがないわけ
ではなかったのだが、見せたことのないような笑顔に初めてなった。石川は、吉澤が今に
自分にとっては、とても大切な存在なのかも知れないという思いが、一瞬ではあったが頭
をよぎった。
-
- 21 名前: log0076 投稿日:
2000/06/28(水) 23:47
- -34-
夕日があたりを真っ赤に染め上げた。吉澤と石川は、石川のマンションへと戻ろうとして
いた。
「うわ〜、真っ赤っかだよ〜。明日は晴れですね。」
「うん。」
今日の吉澤と石川は、お互いいつもよりも別れるのが惜しくなっていた。具体的な感情で
はないのだが、確かに2人には何らかの感情が芽生え始めていた。
「じゃあ、また今度・・・あっ、そうだ。」
「なあに?」
「夏休み入る前に、部活の合宿あるんで・・・来週再来週は、お出かけ・・・出来ないん
ですよ・・・。」
「そう、なんだ・・・。でも、夏休み入れば、また会えるんでしょ?」
「もちろんですよ!ただ、2週間も会えないのはちょっと寂しいかな・・・なんて。」
「・・・ねえ。」
「はい。」
「夏休み・・・どこ行きたい?」
「・・・ん〜〜〜〜。(どーしよ、どーしよ。)・・・お泊り・・・。」
「えっ?」
「先輩の家、お泊りしてもいいですか?」
-
- 25 名前: log0076 投稿日:
2000/06/30(金) 01:28
- -35-
その日の夜、吉澤は自分の部屋のベッドで床につこうとしていた。そうやって今日の出来事
を思い返した。
「先輩の家、お泊りしてもいいですか?」
かなりの勇気を振り絞って吉澤は希望を口にした。正直かなり恐いものはあった。石川の自
分に対する思いというか、どこまでのものと思っているのか明暗がつくこともある種、意味
するからだ。吉澤の額がうっすら汗をかいた。その返事は、案外早かった。
「いいよ。」
「ほ、本当ですか?」
「うん。」
「(う〜〜〜〜。先輩、笑顔だったし、とりあえず嫌われてないんだよね。)」
相変わらず消極的な考えだったりするが、吉澤は純粋に嬉しかった。それ以外は、その時点
では深く考えてはいなかった。考える余地もないほど舞い上がってしまったのだ。
一方、石川は・・・。
-
- 28 名前: log0076 投稿日:
2000/07/01(土) 00:24
- -36-
床にはつかずに、取り込んだ洗濯物をたたんでいた。それでも思うのは、今日の出来事だ
が・・・。
「(お泊りかあ・・・。初めてだなあ。妹みたいだなあ。)」
石川は吉澤を「妹」のように思っている。吉澤自身が聞いたら、どう思うかは定かではな
いが、あまり素直には喜ばないのかもしれない。でも、石川にとっては必要であることは
間違いがないのだ。
「よしと。」
石川は洗濯物をたたみ終えると、電気を消して布団にもぐりこんだ。最近は、悪い夢も見
なくなった。吉澤のおかげなのだろうか。それは石川もなんとなくは感じていた。
「(今年の夏は・・・楽しめそう。)」
石川はそう願いながら、ゆっくりと目を閉じた。
石川と吉澤。この2人は、間違いなくお互いを必要としている。本人たちに現時点での自
覚はないが・・・。
-
- 32 名前: log0076 投稿日:
2000/07/01(土) 23:33
- -37-
―7月下旬。吉澤は石川のマンションへと向かった。待ちに待った「お泊り」だ。この日
を思えば合宿なんて全然耐えられた。石川のバイトが終わる午後10時に合わせて家を出
て石川のマンションに着いた。しばらく待っていると、遠くから自転車をこぐ音が聞こえ
てきた。石川だ。3週間ぶりだっただろうか。吉澤は笑顔で駆け寄った。
「せんぱ〜い。」
「こんばんわ。・・・待った?」
「いえ、今来たばっかです。」
「じゃ、入ろっか。」
「ハイ。」
石川が自転車を置いてくるのを待って、2人はマンションへと入っていった。石川が部屋
の鍵を開けて、先に吉澤を入れた。久しぶりの石川の部屋に、吉澤は心が躍った。
「(先輩のニオイだあ〜。)」
「なんか飲む?」
「あ、はい。いただきます。」
「ちょっと待っててね。」
石川はそう言って台所のほうへと向かいながら吉澤に声をかけた。石川も久しぶりに吉澤
に会えたせいなのか嬉しかった。ただ、この「お泊り」が2人にとって重要な転機になる
ことをその時点では、2人はわからなかったし、わかるはずもなかった。
-
- 36 名前: log0076 投稿日:
2000/07/02(日) 23:42
- -38-
2人は紅茶を飲みながら、3週間分の穴を埋めるように話し出した。2人っきりのせいだ
からであろうか。いつになく話が弾んでいた。ふと時計を見ると、もう午前1時を少し回
っていた。
「・・・もう1時だ。」
「寝ましょうか?」
「あっ、お風呂入る?」
「あっ、先輩。先、どーぞ。」
「じゃ、布団出しとくから。」
そう言って石川は、立ち上がって隣の寝室に行った。吉澤も手伝おうと立ち上がってつい
ていった。寝室は、リビングと同じフローリング張りだった。立つとひんやりとした。そ
れを足に感じながら、吉澤は部屋を見回した。入って左のほうにベランダへ抜ける窓があ
って正面にはクローゼットがあった。右のほうには押入れがあって石川は布団を出し始め
ていた。吉澤は慌てて手伝いに入った。
「あっ、いいよ。1人でも大丈夫。」
「いいですってば。」
そう言いながら二組の布団を出し終えると、石川は浴室のほうへ行った。しばらくすると
水のはじく音が浴室から聞こえてきた。吉澤は布団に倒れこんだ。
「(・・・私、先輩のこと、やっぱり・・・。)」
-
- 42 名前: log0076 投稿日:
2000/07/03(月) 23:52
- -39-
「お風呂、空いたよ。」
「あ、ハイ!」
しばらくして風呂場から出てきた石川に声をかけられ吉澤は我に帰った。考え事をしてた
せいだろう。吉澤は浴室に向かった。ひととおり全身を洗い終えて、吉澤は湯船に肩まで
つかった。それでも思い浮かぶのは石川ばかりだった。そんな自分を、吉澤は笑った。
「(ビョーキだね。恋の病だ・・・。)」
自分は石川が好き。それを、ようやく吉澤は素直に思った。
「お湯加減、良かった?」
「はい。」
わしわしと頭を拭きながら吉澤は答えた。そうしながらストンと石川の布団の隣の自分の
布団に座った。しばらく吉澤の頭を拭く音が部屋に響いたあとで、石川が言った。
「・・・じゃ、もう遅いし、寝ようか。」
「はい。」
石川が部屋の電気のスイッチに手を伸ばし明かりを消した。
「おやすみ。・・・。」
「おやすみなさい、先輩。・・・。」
2人は眠りに入った。しかし、吉澤は隣で寝ている石川が気になって、なかなか眠れそう
になかった。石川の顔を、ずっと見ながら吉澤は眠りに入っていった。
-
- 51 名前: log0076 投稿日:
2000/07/04(火) 23:40
- -40-
「・・・おはよう。朝だよ。」
「んっ・・・おはようございます。」
石川が布団の上から、肩を揺らして吉澤を起こした。朝から石川を見れて、吉澤は何だか
妙に嬉しくなった。とりあえず、顔を洗ってリビングのテーブルの所へ行くと、焼き魚・
ご飯・味噌汁など定番の朝食がすでに用意されていた。吉澤は、目を輝かせて言った。
「うは〜、スゴイっすね。おいしそ〜、いただきまぁ〜す。」
「どうぞ。」
石川も吉澤の嬉しそうな顔を見て、思わず笑顔になった。2人は、あっという間に朝食を
平らげた。石川が食器を洗い始めた。
「あのぉ〜、手伝わなくていいんすか?」
「いいの、お客さんなんだから。」
石川は吉澤に背を向けたまま言った。その声は、嬉しそうだった。そんな石川の後姿を見
て吉澤は、「ギュってしたいなあ。」と何度も思い、その衝動と戦いつづけた。石川と会
って間もない頃、何かに震える石川に触れようとした時、激しく拒絶された。おそらく自
分に限ったことではないのであろうと、吉澤はわかってはいたが妙に悲しくなったのは事
実である。石川は他人に触れられたくないのだ。
「(どうして・・・なんだろう。)」
吉澤は漠然とそう思った。そして、なぜなのかを知りたくなった。
- 54 名前: log0076 投稿日:
2000/07/05(水) 23:26
- -41-
午前中は、ひたすら他愛のないことを話し合った。それでも吉澤には、十分すぎるくらい
幸せだった。そう思っているから、余計に石川の気持ちというものが気になってしまうの
も事実だったりする。時たま、吉澤はそうやって考え込んでしまうためか、ついつい石川
の顔を、見つめっぱなしになってしまったりする。そんな石川と目が合ってしまうと、お
互いしばらく沈黙が続いてしまう。午前中は、そんな感じで過ぎていった。
お昼が近づき、お腹がすきだしてきた。石川が冷蔵庫を開けて声をあげた。
「あっ!」
「ど、どうしたんですか?」
「買出し・・・するの忘れてた。」
そんな石川に、吉澤はちょっと笑ってしまった。
「あ、もお〜。笑わなくてもいいじゃん。」
「す、すみません。つい・・・。(かわいすぎだよぉ〜。)」
吉澤は顔を手で覆った。笑顔を隠すためでなく、赤くなってしまっている表情を隠すため
だ。それだけ、顔に出るくらいに反応してしまうのだ。
「・・・買出し、行きましょうか?」
「うん。」
そうして2人は、買出しに出ることになった。
-
- 58 名前: log0076 投稿日:
2000/07/07(金) 01:40
- -42-
買出しのため外に出た2人を、夏の日差しが照らした。
「うひゃ〜、あっついなぁ〜。」
「ホント・・・。」
2人はそう言って近所の大型スーパーへと向かった。スーパーの中は、冷房がきいていた
が肌寒いくらいだった。2人はカゴを取って買い物を始めた。
「お昼、何食べたい?」
「えっと、冷やし中華とか・・・麺類がいいっすねぇ〜。」
「そう。」
石川は生麺をいくつか取った。
「インスタントでもいいですよ、先輩。」
「いいの、作るのが好きなんだから。ね。」
吉澤の頬がカァッと熱くなった。吉澤は、そんな自分に少々呆れた。
「(・・・ハマリ過ぎだな・・・。ホント。)」
「どーしたの?行こうよ。」
「あ、はい。」
吉澤は、少しだけ離れたところにいる石川を急いで追いかけた。そうこうして、買出しの
時間は過ぎて行った。
-
- 61 名前: log0076 投稿日:
2000/07/07(金) 22:52
- -43-
石川は慣れた手つきで、冷やし中華をあっという間に完成させてしまった。吉澤は石川の
料理の腕に、ただただ脱帽した。石川が完成した冷やし中華を、早速運んできた。
「いただきます。(・・・お、おいしい。)うまいっす!」
吉澤は満面の笑顔で石川に言った。石川はその笑顔を見て、微笑み返した。
「ありがと。嬉しい。」
「ホント、先輩って料理うまいですね。私もたまにするんですけど、どうにもうまくいか
ないんですよね〜、材料切るところから、すでにもうやばくて・・・。」
「私だって、最初はそうだったよ。でも、毎日の積み重ねだよ。・・・晩御飯、一緒に作
ろっか?」
「はい!是非是非。」
そうやって会話をしながら、吉澤はふっと思った。この雰囲気のまま過ごしていくか、そ
れとも、そのうち聞きたいことを聞いてみるか・・・。仮に聞いたとして、今のような状
態に再び戻れるのだろうか?不安が大きく感じられた。
―夜が近づいてきた・・・。
吉澤と石川は、昼間の約束どおり一緒になって晩御飯を作っていた。石川は、吉澤に丁寧
に切り方のコツなどを教えていた。
-
- 65 名前: log0076 投稿日:
2000/07/09(日) 00:43
- -44-
「こう・・・ですか?」
「そうそう。ねっ?慣れれば簡単でしょ?」
「そうかもしれませんね。」
石川の丁寧な指導で、吉澤は非常にうまく野菜の皮を切っていった。今日の晩御飯は、カ
レーだ。簡単といえば簡単だが、石川はかなり凝って作っていった。吉澤は野菜を切るの
にひたすら専念した。そうこうして2人は、ようやくカレーを完成させた。
「(初めての共同作業・・・なあ〜んてね・・・。)」
「いただきます。」
「いただきまあ〜す。」
2人の夕食の時間はそうやって過ぎていった。吉澤は、食べながらこのあとの事をひたす
ら考えていた。
―聞くべきか、聞かぬべきか・・・。
夜10時。2人は交互に風呂に入って。TVを見ていた。今日は、石川が吉澤の後に入っ
ていた。その間、吉澤はひたすら考えていた。聞くべきなのだろうけど・・・今のような
楽しい雰囲気が壊れるのが怖い・・・。それが、吉澤を止めていた。
-
- 67 名前: log0076 投稿日:
2000/07/09(日) 23:39
- -45-
しばらくして石川が、風呂から上がって台所のほうへと行った。吉澤は、それを目で追っ
た。
「なんか飲む?」
「・・・はい。」
石川はグラスに飲み物を注ぐと、吉澤のほうへと持ってきて座った。
「はい。」
「ありがとうございます・・・。」
2人は、グラスに口をつけ、とりあえずはTVに見入っていた。石川は、TVを見ていた
が、吉澤は全然見ていなかった。いまだに聞くべきかどうかで葛藤していた。そうこうし
て一つの番組が終わった。石川が、吉澤のほうを見た。吉澤の目は、完全に空を泳いでい
た。石川が声をかけた。
「・・・どうしたの?具合、悪いの?」
「あっ・・・。いや、大・・・丈夫ですよ。もう・・・寝ましょうか?」
吉澤はこれ以上起きていたら、自分が何を言ってしまうかわからなかった。ので、眠りた
かった。吉澤は、リモコンでTVの電源を切ろうとした。その時、同じ事をしようとした
石川と手が触れ合ってしまった。石川は、無意識に拒絶を起こし、手をすばやくひっこめ
た。吉澤は、仕方ないとは思っていた。頭の中では・・・しかし・・・。
「どうして・・・なんですか?」
-
- 71 名前: log0076 投稿日:
2000/07/11(火) 00:39
- -46-
吉澤が、石川に見せた事のないような怖い目で、石川を見て言った。
「えっ・・・。どうしてって・・・。」
石川は、吉澤の突然の変貌振りに、少々戸惑った。
「・・・どうして、触れる事・・・できないんですか?」
吉澤の口調は、落ち着いてはいたが、感じた事のないような威圧感みたいなものを石川は
感じた。聞いている事の答えは・・・それを話す事は、吉澤に自分の過去を教える事であ
る。ズキリと、目には見えない傷が石川の中で、音を立てて忌まわしい記憶として再び開
き始めた。石川の視線が、吉澤を捕らえる事が出来なくなり、石川は再び傷を目の当たり
にした。ふっと肩の力が抜けて石川は、過去を話し始めた。それは、石川の意志をすでに
超えていたのか。いや、石川自身がどこかで望んで、自らで封じ込めたのだ。それを、今
解き放ち始めた。
―1年前の夏の夜。石川とその他のテニス部員は、その日の練習を終えて、後片付けを始
めていた。そんななか、テニス部の顧問が部長であった石川に言った。
「あ〜、皆が帰った後、話がある。わかったな?」
石川は何の躊躇もなく素直にそれに答えた。その時は、そんな事なんて全く予想もつかな
かった。何より、その教師を一教師として「信頼」していた。
- 74 名前: log0076 投稿日:
2000/07/11(火) 23:58
- -47-
石川は顧問に言われた通り、皆が帰った後の部室で1人待っていた。
「(今日、あんまりサーブとか決まんなかったから、怒られるのかな・・・。嫌だなあ。)」
そう思いながら、石川は顧問が来るのを待っていた。しばらくして、ようやく顧問が部室
に来た。
「先生、話って何ですか?」
「あっ、その、な。・・・。」
顧問が黙り込んで、石川へと一歩また一歩と、にじり寄ってきた。その不可思議な行動に
石川はあとずさりした。そして、にわかに恐怖心が沸いてきた。少し下がって、部室の真
中に置いてあるテーブルで、それ以上下がれなくなった。次の瞬間、顧問が電気を消して
石川の口にタオルを無理やり押し込んだ。そして、そのままテーブルへと叩きつけるよう
に押し倒した。
「・・・っ。!!!!!!」
押し倒されたときの痛みとあまりに突然の出来事に、石川はかなり混乱した。口の中に押
し込まれたタオルが、吐き気を覚えさせた。それとともに、恐怖が一気に石川の体中に、
広がり始めた。そんな石川の着ていたTシャツの中に、顧問が手を滑り込ませた。
「!!!・・・んん〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
石川が口にタオルを押し込まれたまま、大きく声を出そうとしたが、ムダだった。それは
まったく声にもなっていないほどの小さな叫びでしかなかった。
- 75 名前: log0076 投稿日:
2000/07/12(水) 00:21
- -48-
Tシャツの中に入った顧問の手が、石川のブラジャーを乱暴に引き剥がした。石川の体が
ガタガタと震えだし始めた。顧問は、それに躊躇する事はなく、己の欲望を満たそうと、
石川の乳房を乱暴にもみ始めた。そして、舌で弄び始めた。石川は抵抗したかった。が、
体が、思うように動かない。されるがままにされてしまっていた。聞こえてくるのは、荒
い中年男の獣のような息づかいだけだった。視線を泳がせると、部室の窓から満月が見え
た。恐ろしいくらいに、蒼くて、綺麗で・・・。少しの間だけ我を忘れた石川を、再び現
実が呼び戻した。顧問の手が石川のジャージの中へと入り、一気に石川の秘部を触り始め
た。石川はただ恐怖する事と嫌悪感に襲われた。次の瞬間、顧問の指が石川の秘部をつき
始めた。それは、酷く乱暴で、快感とは程遠いものだった・・・。次第に石川が、我を取
り戻した。そして、怒りが彼女を突き動かした。石川は渾身の力をこめて顧問を殴りつけ
た。それはスキだらけだった顧問にうまくあたり、石川は一瞬のスキをついて部室を逃げ
出した。石川は闇の中を、一心不乱に走った。何も考えずにただ必死に逃げた。家に着く
と誰の目にも触れないように、真っ先に部屋へと入り、服を着替えて、部屋の中でひたす
ら脅えていた。苦痛のあまりの大きさに、涙なんて一粒も出なかった。
部屋の窓から見上げると、さっきと同じ月が見えた。石川はそれをひたすら朝になるまで
見つめつづけていた。
-
- 80 名前: log0076 投稿日:
2000/07/12(水) 22:43
- -49-
「・・・。」
石川の話を聞いた吉澤は、かなり動揺していた。ほんの少しだけ、想像した最もありえな
いと思っていた話を、石川がしたからだ。吉澤は、完全に言葉を失っていた。それに構う
ことなく石川は、再び話し始めた。
「その日以来、学校に行けなくなった。ご飯だって食べられなくなって・・・それで入院
したの・・・。3ヶ月ぐらい入院して・・・学校には、単位取るために少しだけ行った程
度。それ以外は、ほとんど家で過ごしてた・・・。12月ぐらいになって・・・わた、し
・・・を・・・レイプ・・・した・・・あいつ・・・が。」
石川の唇が、体が再び震えだした。再び記憶が石川を震えさせた。
―1年前の12月。珍しく雪が降っていた。石川の家に、一本の電話がかかってきた。そ
の相手は、あの顧問だった。石川は、震えを必死で押さえながら何とか話した。
「も・・・もしもし・・・。」
【・・・話があるんだが・・・。会ってくれないか?】
「!」
石川は、身勝手すぎる突然の要求にかなり腹を立てた。人通りの多い街中で話す事を約束
して、石川は顧問と会った。最初、顔を見たときかなりの吐き気に襲われたが、何とかこ
らえた。
- 81 名前: log0076 投稿日:
2000/07/12(水) 22:58
- -50-
顧問は石川と顔を合わせるなり、いきなり頭を下げた。
「あの時は・・・本当にすまなかった。どうか・・・してたんだ。今日は、その事を謝り
たかった。知っているだろうが、俺には家族がいる。どうか、黙っていてくれないか?俺
はこんな事で家族を失いたくないんだ。頼む!」
「・・・。」
あんまりの身勝手な言い分に、石川は呆然としていた。レイプした事を「こんな事」で、
済ませようとしている顧問に、殺意すら覚えた。だが次に顧問は、さらに信じられない行
動に出た。バッグの中から、茶封筒を取り出し、石川の前に差し出した。
「50万入っている。受け取ってくれ。」
「・・・。」
石川はそれを、払い落とし顧問に向かって言った。
「いりません。こんな・・・もう、二度と私の前に現れないでください!!」
石川はそれだけ言うと、ダッフルコートのフードを目深にかぶりなおし、その場を逃げた。
家に帰り、自分の部屋のベッドで、声を殺し、枯れるまで泣き続けた。悔しくて仕方がなか
った。気が付くと、朝になっていた。
話し終えた石川の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。吉澤は、それを止める事が出
来ず、そんな自分を呪った。石川のすすり泣きが、部屋のなかに響いた。
-
- 84 名前: log0076 投稿日:
2000/07/13(木) 22:16
- -51-
石川はしばらく泣き明かすと、泣き疲れてか眠ってしまった。吉澤は結局どうする事も出
来ず、隣の部屋からブランケットを引っ張り出して石川にかけてあげることぐらいしか出
来なかった。そのまま電気を消した。月明かりによって、石川の顔がうっすらと照らされ
ていた。吉澤はそれを見つめながら苦悩した。2時間ぐらいは、それが続いた。
「(私に・・・何が出来んのかなぁ・・・。)」
想像以上に深刻なモノだった石川の過去。吉澤は戸惑っていた。それでも、確かに自覚で
きるのは、自分は石川が好きで好きでしょうがないという、それだけだ。
「(それだけ・・・でも・・・。)」
吉澤は意を決してか、ゆっくりと垂れていた頭をあげ、寝ている石川の方へとゆっくり近
づいた。そして、四つん這いの格好で、石川の真上にかぶさった。石川の顔の真横に、両
手をつき、膝を石川の腰の真横辺りの置いた。そして、石川を見上げた状態で、石川を呼
んだ。起きるまで何回も。
「先輩・・・。」
「!・・・。」
石川は、さすがに最初は驚いた。が、すぐに落ち着いて吉澤を見つめ返した。長い沈黙が
続いた。
-
- 87 名前: log0076 投稿日:
2000/07/14(金) 23:41
- -52-
吉澤が手をゆっくりと石川の顔の辺りに近づけた。石川は黙っている。吉澤は、石川の頬
に自分の手を触れた。
「っ・・・。」
石川が途端に震えだした。吉澤は慌てて手を離そうとした。
「や、やめ・・・ないで・・・お願い・・・。」
震えながらも何とか声を出し、石川は吉澤に懇願した。
「でも・・・。」
「お願い・・・もう、過去からは・・・。助けて・・・。」
悲痛な言葉に吉澤は、一瞬動けずにいた。しかし、石川が望むなら。吉澤は再び手を近づ
けて石川の肩に触れた。再び石川は反射的に拒絶を示したが、その目は続ける事を望んで
いた。吉澤は半ばヤケ気味に、石川をギュッと強く抱きしめた。石川は相変わらず震えを
抑えられずにいた。しかし、必死にそれをこらえて自らも吉澤の背中に手を回した。
「!・・・先輩・・・。」
2人はそのままの姿勢でしばらく抱きしめあった。吉澤は、石川の胸の辺りに頭を置いて
石川の心音を聞いていた。石川は、もう震えてはいなかった。少しだけ前に進めたのかも
しれない。石川は思った。
-
- 90 名前: log0076 投稿日:
2000/07/15(土) 22:46
- -53-
石川は吉澤に抱きしめてもらった事で、少しずつだが「傷」をしっかりと受け止め始めて
いた。朝が近づき、部屋も少しづつ日で明るくなっていった。吉澤は、石川の胸の辺りに
頭を置いたまま、いつの間にやら眠っていた。その寝顔は、とても安らかだった。石川は
それを見て、少しだけ口元を緩めて笑った。何気に吉澤の前髪を一撫でして、少しの間だ
け目を閉じて眠った。
―朝。部屋の中がすっかり日で照らされ否応なしに体が覚醒した。吉澤は目を覚ました。
「っ・・・。」
目を覚まして、音のする台所のほうへと視線を移すと石川がいた。その姿を見て、吉澤は
昨日の出来事を思い出し、悲しくもなり、嬉しくもなった。自分の手を見る。
「(感触が・・・残ってるよ。)」
カァッと、急に熱くなってしまった。そんな吉澤に、石川が近づいた。
「起きた?じゃあ、朝ご飯食べよっか?ひとみちゃん。」
「・・・はい、顔洗ってきます。」
吉澤は洗面台まで行き顔を洗った。顔を上げて自分の顔を見て、物思いにふけった。
「(ん?・・・先輩、確か『ひとみちゃん』って言った、よね。・・・嬉しい。)」
吉澤は、思わずガッツポーズをとってしまった。昨日以上に、石川のことが大好きになっ
ていた。
-
- 93 名前: log0076 投稿日:
2000/07/16(日) 22:41
- -54-
2人は、朝ご飯を食べていた。TVをつけてニュースを見ているためか、あまり会話はし
ない。しかしお互いに、ちらりちらりと顔を見ていた。朝ご飯を食べ終わり、2人は食器
を洗いながら今日のことを話していた。
「先輩。今日、どっか行きましょうか?」
「うん。でも・・・お昼から、雨降るかもよ。」
「う〜ん。大丈夫ですよ。・・・公園行きましょうか。」
「うん。」
2人は、食器を洗い終えると、さっそく外に出た。とりあえず折りたたみ傘をカバンに忍
ばせた。今のところ天気は良い。とても雨が降りそうには思えないほどだった。2人はそ
うして初めて2人で行ったあの公園へと着いた。あの時よりは、あまり人がいなかった。
2人は、公園内を歩き始めた。しばらく歩いて、ベンチに腰掛けた。沈黙。
「・・・あの。」「・・・ねえ。」
「・・・。」
同時に言葉が出てしまい2人はまた沈黙した。しばらくして吉澤が口を開いた。
「・・・先輩。」
吉澤がじっと石川を見つめた。石川は動けなくなってしまった。目に映るのは吉澤の熱っ
ぽい目だった。
-
- 102 名前: log0076 投稿日:
2000/07/18(火) 23:17
- -56-
降り出した雨が弱くなり始めた。
「雨、弱くなりましたね・・・。」
「うん。」
2人は互いにゆっくりと体を離した。それぞれの体温がまだ体に残っている。そろそろ正
午ではあるが、2人は昼食を用意してこなかった。
「帰ろうか・・・。」
「はい。」
2人は、1つの折りたたみがさに2人で入って家路へと着いた。ただでさえ大きくない傘
に、2人で入ったものだから、なんだかんだで家に着く頃には、体がほとんど濡れてしま
っていた。2人は石川のマンションに着くと、さっそく風呂に入った。吉澤が先に入り終
わりリビングに座り込んで、再び雨が降り始めた外を窓から眺めていた。そうしながら、
公園での事を思い出していた。
「(先輩・・・気持ちが伝わったんだ。)」
お互いの気持ちを伝え合い、抱きしめあった。石川を好きになり始めてから、ずっとどこ
かで願っていた。夢に終わるかもしれないと不安に思ったことさえあった。でも、現実に
なった。
「(ずっとそばにいたい。)」
吉澤は、石川を想いながらそう誓った。
-
- 109 名前: log0076 投稿日:
2000/07/19(水) 23:36
- -57-
「ほら、ちゃんと拭かなきゃダメだよ。」
考え事をしてたため、吉澤は風呂から上がった石川に気づいてなかった。石川が、そう言
いながら、膝をつき、座っている吉澤の頭を拭き始めた。吉澤はそれにされるがままにな
った。というか何となく動けずにいた。何となく顔をそむけてみたが、少し下に目線をや
ると、キャミソール風のワンピースのようなものを着ている石川の胸元が、思い切り視界
に入った。一瞬だけそれに見入ってしまった。が、すぐに我に返った。
「(わわわわわわわわわわ。)」
吉澤は顔を真っ赤にして、思わず目を閉じた。しばらくして石川が、吉澤の頭を拭く手を
止めた。
「これで風邪ひかないね。」
「あ、ありがとう・・・ございます。」
吉澤は顔を下に向けたままそう答えた。
「ひとみちゃん・・・どうしたの?」
石川が下を向く吉澤を不思議がって、その顔を覗き込もうとした。次の瞬間・・・吉澤は
石川をいきなり抱き寄せた。
「ひ、とみちゃん・・・。痛い、よ・・・。」
「っ!・・・ご、ごめんなさい。つい・・・。」
吉澤は石川を離した。
- 58-
吉澤は石川から離れると、それ以上何も言えなくなってしまった。石川に背を向けたまま
何も言えずにうつむいた。
「(・・・何やってんだろ。調子乗りすぎだ・・・。)」
吉澤は、そう思いながらため息をついた。部屋の中に、雨音が響いた。次の瞬間、吉澤は
後ろから突然抱きしめられた。石川だ。肩の辺りから石川の褐色の腕が伸びて、吉澤を優
しく包み込んだ。石川から抱きしめてきたのだ。いきなりの事に吉澤は、一瞬呆けた。
「先・・・輩。」
「いや?」
「い、いいえ!・・・出来れば、もう少しこうしてたいです・・・。」
石川も過去を吹っ切って、少しでも好きな人に触れようと健気に考えて行動したのだ。吉
澤も何となくだがそれを察した。しばらくして、吉澤は振り向いて石川のほうを向いた。
石川はとりあえず吉澤の肩から手を下ろし、目線を合わせながら座った。石川の目には、
吉澤が、その吉澤の目には石川が。それぞれの顔が、お互いの瞳に映っていた。
「あの・・・キス、してもいいっすか?」
「!・・・いいよ・・・。」
石川は、吉澤が突飛なことを言ったので、一瞬目を丸くしたが、次の瞬間、すぐに笑顔に
なって返事した。
「・・・じゃ、じゃあ・・・。」
-59-
吉澤と石川は膝立ちの状態になった。吉澤が石川の肩に両手を置いて、少しだけ自分の顔
より低いところにある石川の顔を見るために少しだけうつむいた。その時、石川が吉澤の
ほうを見上げた。吉澤がコクリとツバを飲み込んだ。
「・・・。」「・・・。」
しばらくの沈黙のあと、吉澤が唇を石川の唇へと近づけた。石川が目を閉じた。吉澤も唇
がつくかつかないかの所で、ようやく目を閉じた。そうして2人の唇が重なった。石川の
唇は吉澤の想像以上に柔らかくて暖かかった。自らの唇でそれを確かめた。一分は経った
だろうか。吉澤はゆっくりと石川から顔を離した。それにあわせて石川が目を開けた。吉
澤はそれを見つめる。
「は、初めてなんです・・・キス・・・。」
吉澤は、顔を赤らめて石川に照れくさそうに言った。
「・・・私もだよ。」
「!・・・マジっすか・・・いやぁ・・・嬉しいなあ・・・。」
思ってもみなかった石川の言葉に吉澤は素直に喜んだ。そんな吉澤に石川が言った。
「・・・ね、抱きしめて。」
「ハイ!」
吉澤は満面の笑みで石川を抱き寄せた。2人はそのまま昼食も食べないで、手をつないで
昼寝をした。長いような、短いような時間が過ぎていった。
-60-
―蒼い月。暗闇で泣いている自分。抑えても止まらない吐き気。底なしの恐怖。
「!」
石川は目を覚ました。夢だ。隣には吉澤が寝息を立てて寝ていた。身体が寝汗で濡れてい
る。石川は体を起こした。雨はやんでいた。部屋の中に真っ赤な夕日が差し込んでいた。
まだ夕方の4時だ。寝汗が冷えたせいなのか、それとも拭いきれない恐怖のせいなのか、
鳥肌が立ってしまった。
「(寒い・・・。)」
石川は身体をさすった。
「ん・・・先輩?・・・寒いんですか?」
夕日のせいか吉澤が目を覚まし、石川に話し掛けた。
「んっ・・・大丈夫。寝汗かいちゃったから。」
「・・・はあ。・・・ご飯作りましょうか。汗かいたならシャワー入ってていいっすよ。
私、作りますから。」
「ありがと・・・。」
石川は素直に吉澤に従って、シャワーを浴びに部屋を出た。脱衣所で着ていた白のワンピ
ースを脱ぎ捨てた。その下の下着も脱いだ。あらわになった鏡に映る自分の裸体を、石川
はじっと見つめた。褐色の肌、細い腰、豊満な乳房・・・。それを凝視した。ほんの前な
ら無意識に嫌悪感すら覚えた。
-61-
吉澤が食事を作り始めた音で、石川は我に帰り浴室に入って身体を洗い湯船に浸かった。
薄暗い浴室の天井を見つめて石川は、物思いにふけった。1年前の過去から、自分は少し
づつではあるが立ち直ろうとしている。正直言って、立ち直れるなんて夢にも思っていな
かった。一生背負っていくしかないんだ、とあきらめていた。でも、今は違った。吉澤と
出会い、そして惹かれてから、間違いなく良い方向へと進み始めた気がする。吉澤がいな
かったら自分は今どうなっていただろう。今はあるはずもない事を想像しながら、石川は
また恐怖に包まれた。
「先輩、ご飯できましたから。」
浴室の外から吉澤に声をかけられ石川は再び我に帰った。
「うん、今上がるから。」
石川はそう言って湯船からあがり、身体を拭き、服を着てリビングへと向かった。そこに
は吉澤がいた。テーブルの上に、作った夕食を並べていた。石川に気づくと吉澤は子ども
のように笑顔になった。そんな風に笑いかけられて石川もニッコリと微笑み返した。
「じゃ、食べましょうか。」
「うん。」
そうして2人は食べ始めた。外はすっかり暗くなり始めて、夜が近づいてきた。
-62-
石川はあまり箸が進まなかった。それは吉澤の料理がまずいわけではなく、昼寝したとき
に見た夢がまだ頭の中に残っていたからだ。吉澤がそんな石川を心配して声をかけた。
「・・・口に合いませんか?」
「ううん。おいしいよ。」
「・・・そう、ですか。具合が悪いんなら無理に食べなくてもいいですよ。」
「ごめんね。でも、本当に大丈夫だから。」
石川は吉澤を心配させまいとして、夕ご飯を全て食べきった。食器洗いは石川だけでやる
事にした。
「じゃ、お風呂入ってきます。」
「うん、ちょっとぬるくなってるかもしれないから。」
「大丈夫ですよ。」
吉澤は笑顔でそう言いながら、浴室のほうへと行ってしまった。石川はそれを見送ると、
再び食器を洗い始めた。そうして食器を洗い終わり、石川はリビングに座り込んだ。浴室
のほうから水の跳ねる音がした。それを聞きながら、石川はまた眠りについてしまった。
ほんの一瞬の出来事だったと思う。蒼い月。石川は夢の中で恐怖した。しかし、それはす
ぐに覚めた。
「・・・んぱい、先輩・・・。」
吉澤の声で現実に引き戻された。
-63-
目を覚ました石川の目に、心配そうに石川を見る吉澤が映った。石川は再び大きな恐怖に
襲われ、たまらず吉澤に手を伸ばし抱きついた。吉澤もそんな石川を力強く受け止めた。
そうされて石川は途端に泣き出した。急にもろくなってしまった。
「先輩・・・大丈夫ですよ、私が、ついていますから・・・。」
「ごめんね・・・ごめんね・・・。」
石川は、吉澤に抱きつきながら、ただ繰り返し謝っていた。謝ることなど何一つもないの
にだ。混乱している。吉澤は石川を立たせると隣の部屋へと連れて行った。
「先輩・・・疲れてるんですよ。とりあえず、寝ておけば・・・。」
「いや!眠りたく・・・ないの。夢を、見たくないの。」
「先輩・・・。」
「怖くて、怖くて・・・どうしようもないの。私・・・私・・・。」
石川は、突然の事に完全に混乱しきっていた。無論、吉澤も例外ではないのだが・・・。
吉澤はそんな自分に苛立った。
「・・・先輩。」
吉澤はつぶやいた。それに反応して吉澤のほうを向いた石川に、すかさずキスをした。
「(馬鹿だ・・・。)」
吉澤は自分自身を見下した。すぐに唇を離した。
-64-
「すいません・・・。」
「・・・謝らないで、混乱させて・・・ごめんね。」
それっきり2人は何もしゃべらなかった。ただ、手をつないでずっと布団の上に横になっ
ていた。お互いに天井を眺めていた。
「・・・あっ。」
どのくらい時間がたったのかは、正確にはわからないが、吉澤は眠ってしまっていた。慌
てて身体を起こして、石川のほうに目を向けた。
「先輩・・・。」
「いいよ、眠ってても・・・私は、大丈夫だから。」
「・・・。」
吉澤はまた自分に腹が立った。あまりにもふがいない、そんな気がしてやまなかった。再
び沈黙が訪れ、部屋の中に雨の降る音が響いた。
「(・・・雨。また降ってきた・・・。)」
時計に目を向けると、もう朝の4時だったが、雨雲のせいで外はまだ暗かった。吉澤は握
っていた石川の手を、さらにギュッと握って言った。
「先輩・・・外、行きませんか?」
-65-
「・・・いい、けど・・・。」
「屋上、行きましょう。」
「でも、なにしに?」
「なんとなく、ですよ・・・。」
そう言って吉澤は立ち上がり、石川も立ち上がった。傘を一つだけとり、2人は屋上へと
向かった。吉澤が屋上へのドアを開けた。当然といえば当然だが、誰もいなかった。吉澤
は石川を引き寄せて傘を開いた。そして外へと出た。
「・・・。」
「・・・。ひとみちゃん?」
吉澤が履いていたサンダルを脱いだ。
「何してるの?」
「えっ・・・気持ちいいですよ。なんか落ち着くんです・・・。先輩も脱いだらどうです
か?嫌な事・・・忘れられますよ、少しの間だけでも・・・。」
吉澤はそう言ったかと思うと、石川に傘を持たせて、雨の中に入っていった。
「ひ、ひとみちゃん!?風邪ひくよ。」
「少しだけ!・・・少しだけ、このままでいさせてください・・・。頭、冷やしたいんで
・・・。」
石川は何も言えず立ち尽くしていた。屋上から見える青白い町並みをただ眺めていた。
-66-
少なくとも30分ぐらいはたった。吉澤は依然として雨に打たれていた。石川は再三、戻
ろうといったにも関わらず、吉澤は全くそれを聞き入れなかった。「もう少しだけ」それ
の繰り返しだった。とうとう石川が、たまりかねて吉澤のほうへと駆け寄った。
「ひとみちゃん!もう・・・本当に、体壊しちゃうよ・・・。部屋、戻ろうよ。ねっ?」
すっかり濡れている吉澤の髪が、吉澤の顔を覆い隠しているため、石川は吉澤の表情を読
み取る事が出来なかった。
「先輩・・・。」
「なに・・・?」
「怖いんでしょ?その・・・過去・・・が・・・。」
「・・・うん。」
「わかってやれないって、ツライです。」
「・・・ひとみちゃん。」
「私は、先輩の事、好きですから・・・だから、一緒に乗り越えていきたいです。」
吉澤はそう言って石川を抱きしめた。石川の手から傘が落ちた。その瞬間、石川は吉澤の
苦悩を肌で感じた。石川は吉澤を抱き返した。
「ごめんね・・・ごめん。私のせいで・・・。」
「一緒に、乗り越えていきましょうよ。私は先輩が望むならそばにいますから・・・。」
吉澤が石川の耳元で、消え入りそうな泣き声で言った。
-67-
そうこうして吉澤はようやく石川に連れられて部屋に戻ってきた。全身が雨で濡れてしま
っていた。夏の雨だといっても冷たいのに変わりはなく、吉澤の体は冷え切っていた。石
川はとりあえず吉澤を風呂に入らせた。
「ちゃんと肩までつかってね。」
「・・・。」
吉澤は返事を首を縦に振ってした。30分ほどして風呂から上がってきた吉澤に石川は暖
かい紅茶を飲ませた。吉澤は何も言わずそれを飲み干した。
「ひとみちゃん?」
吉澤は何も言わなかった。一瞬、顔を上げて石川のほうを見たと思った途端に、ふっと力
が抜けて後ろのほうに崩れこんでしまった。
「!」
石川が慌てて吉澤に近寄り、額に手を当ててみると、案の定、酷い熱を出していた。
「ひとみちゃん!しっかり・・・。」
その声で、吉澤はふっと力なく目を開けた。
「す・・・ぃません・・・。」
ちょっとだけ笑いながら吉澤はそう言ってまた目を閉じてしまった。
「大丈夫だから。」
石川はそう言って吉澤を抱きしめると、さっそく看病を始める事にした。
-68-
石川は吉澤を、なんとか引きずりながらも隣の寝室に運んで、布団の中に寝かせた。そし
て氷枕を作って頭の下にひいた。
「あっ・・・。」
吉澤が再び目を開けた。高熱のせいであろうか、小さい子どもみたいに泣き顔になってい
た。石川はそんな吉澤の頭を撫でながら優しく言った。
「今、ご飯作るから。それ食べて薬飲めば治るから。」
吉澤はコクコクとうなづいて再び目を閉じた。石川は吉澤の脇に体温計をはさんで熱を計
った。
「39度5分・・・か。」
思ったより高かった。石川は手早くおかゆを作って、風邪薬を取り出した。吉澤を起こし
ておかゆを食べさせる事にした。
「・・・味、わかんない・・・。食欲が・・・。」
「それでも食べなきゃ、はい。」
そうして石川は、吉澤に何とかおかゆを食べさせた。これで薬さえ飲めば、少しは良くな
るはずである。
「苦っ・・・。飲めない・・・。」
「あ〜んして・・・はい、お水飲んで。」
吉澤は薬を飲み干すと深い眠りについた。
-69-
吉澤は夢を見た。
石川と初めて会ったあの体育館だ。いつもは現実に起こったとおり、石川に声をかけると
石川が逃げ去ってしまう夢だったが、今回は違った。吉澤はいつもどうり夢の中で体育館
を去ろうとしている石川に声をかけた。
「先輩。」
いつもならこのあと石川が逃げ去っていくのだが、少し雰囲気が違った。石川と目が合っ
た瞬間、情景が変わった。石川の服装も髪型もそして吉澤自身も今の姿に変わったのだ。
夢の中で吉澤は驚いた。石川がそんな吉澤の手を掴んだ。変わった情景を良く見てみると
最初にデートしたあの公園だった。夢の中だからだろうか少し違った雰囲気も感じられた
が、ほとんどあの公園そのままだった。それを眺める吉澤を石川がさらに引っ張っていっ
た。声を出して問いかけようとしても、夢の中であるためか声が出せなかった。それでも
何とか振り絞って出してみた。
「せ・・・先輩、ど、こ行くんですか?」
石川は振り向かなかった全く声が届いていない風だった。夢だから仕方がないのだろうと
吉澤はあきらめた。次の瞬間、突然目の前が真っ暗になった。
「!・・・(苦しい・・・。)」
水の中だった。石川の姿が消えていた。水の中で吉澤は一人もがき苦しんだ。次第に力が
抜けていった。夢の中で目を閉じた。
-70-
「うっ・・・。」
吉澤は苦しそうに声を出して目を覚ました。体中汗をかいてて気持ちが悪かった。
「ひとみちゃん?」
すぐそばで洗濯物をたたんでいた石川が、目を覚ました吉澤のほうへと近寄った。
「ひどい汗・・・ちょっと待っててね。」
石川はそう言って寝室を出ていった。吉澤は天井を見つめた。少しだけ頭痛が和らいでい
た。石川が戻ってきた。洗面器に水を汲んで持ってきた。石川は掛け布団をよけた。
「じゃ・・・脱いで。」
「!!!?ほえ!は、恥ずかしいっすよ・・・。」
吉澤は具合悪いながらも必死にリアクションした。
「だめ!今日は、お風呂入れないんだから。」
石川はそう言って吉澤を抱き起こすと、寝汗ですっかり重くなってしまっていたTシャツ
を脱がせた。吉澤は胸の部分を隠した。
「じ、自分でやります・・・。」
「いいよ。はい、タオル。」
石川は水で固く絞ったタオルを吉澤に手渡すと、着替えのTシャツを出し始めた。吉澤は
その間に素早く上半身を拭いた。胸を隠しながら石川に言った。
「終わりました・・・。」
-71-
「はい、新しいTシャツ。」
石川がそう言って吉澤に手渡した。吉澤がそれを着ようと後ろを向いた時、石川が言った。
「背中・・・拭いた?」
「へっ、ああ・・・拭いてないです。・・・!せ、先輩?」
石川が吉澤の背中を拭いた。
「ちゃんと、拭かなきゃね・・・。」
「あ、ありがとうございます。」
石川の献身的な看病に、吉澤はひたすら感謝の念を覚えた。そうして石川が吉澤の背中か
ら手を離した。
「はい、少しはマシになったでしょ。」
「ええ、ありがとうございます。」
吉澤はそう言いながらTシャツを着終えると石川のほうを振り向いた。後ろを向いて洗面
器にタオルをつけている石川をたまらず後ろから抱きしめた。
「どうしたの?」
「ふふっ・・・なんか抱きしめたい気分だったんですよ。」
吉澤は石川を後ろから抱きしめながらそう言った。石川の心音が、胸にわずかに感じられ
た。
-72-
吉澤はようやく石川から離れた。石川は吉澤を布団に入れて、掛け布団をかけた。
「そうだ、言い忘れてたけど・・・今日、バイトなんだ。なんなら休むけど・・・。」
「いいですよ、もうだいぶ良くなりましたし、急に休んだらお店にも先輩にも迷惑かかっ
ちゃいます。だから行ってきてください、仕事。」
「・・・わかった。ご飯作っておくから、食べてお薬もちゃんと飲んでね。」
「はい、ありがとうございます。・・・先輩。」
「ん?なに?」
エプロンを取っていた石川に吉澤が声をかけた。
「えっと・・・。」
なかなか言い出そうとしない吉澤に、石川が近づいた。
「早く言いなさ〜い。」
石川がふざけ口調で言った。近づいた石川の顔に吉澤は力なく手を添えた。その手はすぐ
に地に落ちた。
「・・・。」
石川は無言で吉澤の前髪を撫で上げて、あらわになった額に軽く口づけた。
「じゃ、行って来るね。」
石川は吉澤に優しく微笑んでそう言った。
「はい。」
-73-
石川が寝室を出て、玄関が閉まる音が聞こえた。吉澤はしばらく布団の中に入っていたが
おなかがすいたので起き上がってリビングへと移動した。テーブルの上には石川が作って
いってくれたおにぎりが置いてあった。吉澤は座って食べ始めた。
「(ん〜、うまい。先輩はお料理得意だなあ〜。)」
そんなことを思いながら、吉澤はあっという間におにぎりを平らげてしまった。石川の言
う事を素直に聞いて、風邪薬を飲んで再び寝ることにした。
「(先輩帰ってくるまであと5時間・・・あと5時間・・・。)」
親の帰りを待つ子どものように、吉澤はひたすら時間が過ぎるのを待ちつづけた。しばら
くすると薬の作用で眠ってしまった。
「・・・う〜ん。」
吉澤は目を覚ました。部屋は真っ暗だった。隣には石川が眠っていた。時計に目を移すと
もう夜中の3時だった。
「(あ〜あ・・・今日は全然話せなかったなあ・・・。)」
そう思いながら吉澤は落胆した。が、隣で眠っている石川の顔を見ていると、そんなもの
も一気に吹き飛んでしまっていたりする。
「(明日はウンと楽しみましょうね、先輩。)」
吉澤は石川の額に軽くキスをして再び床についた。
-74-
―翌日。今日はお泊り最終日だ。吉澤は明日からまたバレー部の合宿に参加しなくてはな
らないのだ。とりあえず2人は朝食を済ませて、朝のニュースを見ていた。
「先輩。」
「なあに?」
「あの・・・下手にどっか行くよりも、今日はずっと2人で家にいませんか?」
「そうだね、バイトも休みだし。いいよ。」
「ありがとうございます。」
そうして2人は家で過ごす事になった。吉澤はさりげなく石川の隣へと近づいた。
「・・・どうしたの、ひとみちゃん?」
「い、いや・・・その少しでもそばにいたくて・・・。」
「・・・じゃ、はい。」
石川はそう言って自分の太ももをポンと叩いた。
「へっ?ひ、膝枕・・・すか?」
「嫌ならいいけど。」
「いや、嫌じゃないです。じゃ・・・お言葉に甘えさせて・・・。」
吉澤はそう言って石川のももの上に頭を置いた。石川のももは見た目は細いながらもなか
なか心地よい感触だった。
「(ほえ〜。)」
-75-
吉澤は石川の太ももの感触を堪能した。
「・・・ひとみちゃん。」
「は、はい。なんですか?」
「耳・・・掃除してる?」
「えっ・・・き、汚いっすか?」
「汚くはないけど・・・何となく、したいなあって・・・。」
「じゃあ、やっちゃってください。」
「わかった・・・」
そう言って石川は耳かきを取り出すと、吉澤の耳をつまんだ。
「じゃ、こっちから・・・。」
数十分ほどして、石川が言った。
「よし、と・・・じゃ、反対も。」
「はい。」
吉澤は体を一旦起こして、石川の体のほうに顔を向けて、再び横になった。石川が再び耳
掃除を始めた。吉澤は呼吸で規則的に上下する石川の腹部を眺めていた。
「・・・とみちゃん。ひとみちゃん。終わったよ?」
石川に呼ばれて吉澤は目を覚ました。いつのまにかうたた寝をしていたみたいだ。穏やか
な時間が流れていた。
-76-
「先輩。」
「何?」
昼食のパスタを茹でている石川の後ろから吉澤が声をかけた。石川が振り向かないでそれに返事した。
「あの〜、すっごく抱きしめたいんです・・・。」
「・・・。」
石川が手を止めた。そして振り向いた。見てみると吉澤の頬が紅潮してた。どうやら自分で言って自分
で恥ずかしくなってしまったらしい。石川はそんな吉澤に顔を寄せて、自分からキスをした。今までの
石川では考えられないくらい大胆だった。石川がゆっくり顔を離した。
「あ・・・。抱きしめたかったんだっけ・・・。」
「・・・。へっ、いや。(まさか急にされるとは・・・。)」
吉澤は石川の大胆な行動に驚いたが、嬉しくもなった。そのとき、パスタを茹でていた鍋が吹きこぼれ
た。石川は再びそちらを向いて火を止めた。吉澤は、その間に再びテーブルの方へと戻っていった。
「・・・おいしい?アラビア―タって作るの初めてなんだけど・・・。」
「・・・えっ?お、おいしいです。辛いの好きですから。」
「どうしたの?ボーっとしちゃって?」
吉澤は心の中で苦笑した。口で言うにもくさい事だが、石川がどんどんめまぐるしいほどに綺麗になっ
ていくのに吉澤は驚いているのだ。
「(恋の力ってやつなのかな・・・)」
- 23 名前:log0076投稿日:2000/08/18(金)
00:02
- -81-
石川と離れて1週間。吉澤は、合宿を終えて、早々と家へと帰ってきた。
「ただいま〜、暑いよ〜。」
「おかえり、ひとみ。」
「ちょっと、今からでかけてくるから。」
「夕ご飯は?」
「あ〜、いらないや。」
そう言って吉澤は、シャワーを浴び終えると、早速玄関のほうへと向かった。
「じゃ、行ってくるから。」
そう言って吉澤はドアを開けて出て行こうとした。吉澤の母が言った。
「あ、ひとみ・・・。」
「んっ?なに?」
「気を・・・つけてね。」
「うん。行ってきまぁ〜す。」
電車に乗って、吉澤は石川の家の近くにある駅に着いた。足取りは軽かった。
「(1週間ぶりかぁ〜、早く会いたいよ〜。)」
吉澤は、石川に会いたい気持ちを、胸いっぱいにしながらひたすら歩いた。そ
うして横断歩道へと差し掛かった。その直後に、吉澤は目の前が真っ暗になっ
た。
- 24 名前:log0076投稿日:2000/08/18(金)
00:03
- -82-
吉澤と離れて1週間。石川は、それなりに寂しさを感じながらも、バイトや学業に
専念していた。1週間の間、連絡はお互いとらなかった。他人が聞いたら笑われそ
うだが、とらなくてもお互い何処かで、つながっているような、そんな感じがして
た。今日、吉澤は合宿から戻ってくる。
―夜7時。石川は、部屋で吉澤を待っていた。約束の時間を少し過ぎていたが、石
川は怒るでもなく、ただ吉澤を待ち続けた。待っている間、石川は妙な胸騒ぎが止
まなかった。
「(もしかしたら・・・疲れて寝ちゃったのかな・・・。)」
石川はそう思いながら、時間がたつのを待った。
―夜8時。石川は一回だけ吉澤の携帯に、かけてみる事にした。5回コールして、
ようやくつながった。
【はい・・・。】
その声は、吉澤の声ではなかった。中年の女性の声だった。石川はとりあえず聞い
てみた。
「あの・・・私、吉澤ひとみの知り合いなんですけど。」
【・・・。】
その中年の女性は、一瞬間を置いて、ゆっくりと石川に話し始めた。それを聞いて
石川は、呆然とした。
「ひとみちゃんが・・・死んだ・・・。」
- 25 名前:log0076投稿日:2000/08/18(金)
00:04
- -82-
吉澤と離れて1週間。石川は、それなりに寂しさを感じながらも、バイトや学業に
専念していた。1週間の間、連絡はお互いとらなかった。他人が聞いたら笑われそ
うだが、とらなくてもお互い何処かで、つながっているような、そんな感じがして
た。今日、吉澤は合宿から戻ってくる。
―夜7時。石川は、部屋で吉澤を待っていた。約束の時間を少し過ぎていたが、石
川は怒るでもなく、ただ吉澤を待ち続けた。待っている間、石川は妙な胸騒ぎが止
まなかった。
「(もしかしたら・・・疲れて寝ちゃったのかな・・・。)」
石川はそう思いながら、時間がたつのを待った。
―夜8時。石川は一回だけ吉澤の携帯に、かけてみる事にした。5回コールして、
ようやくつながった。
【はい・・・。】
その声は、吉澤の声ではなかった。中年の女性の声だった。石川はとりあえず聞い
てみた。
「あの・・・私、吉澤ひとみの知り合いなんですけど。」
【・・・。】
その中年の女性は、一瞬間を置いて、ゆっくりと石川に話し始めた。それを聞いて
石川は、呆然とした。
「ひとみちゃんが・・・死んだ・・・。」
- 26 名前:log0076投稿日:2000/08/18(金)
00:07
- 更新。
今週中に終わりそうです。
- 27 名前:名無しさん投稿日:2000/08/18(金)
00:16
- うそだ・・・・・・・・
- 28 名前:名無しさん投稿日:2000/08/18(金)
00:22
- 吉澤がいなくなったら誰が石川を救うんだ?
頼むから嘘だと言ってくれ!!
- 29 名前:I&G投稿日:2000/08/18(金)
00:25
- おーい、いきなりなんちゅうー展開なんだ。
うそだよね。
- 30 名前:名無しさん@1周年投稿日:2000/08/18(金)
00:44
- おい〜、なんでこんな展開なんだよう!
死なすことないだろう・・・。
これから石川はどうすればいいんだよう!!!
・・・すいません、取り乱してしまいました。
- 31 名前:名無しさん@1周年投稿日:2000/08/18(金)
09:58
- はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜?
まじでぇ〜〜〜〜〜。
このあとりかちょはどうなるのさ。
こんなんで終ってしまうのかよぉ。
ハッピ〜エンドにしてよぉ。
- 32 名前:名無しさん@1周年投稿日:2000/08/18(金)
11:40
- 俺は奇跡にかける!
- 33 名前:名無しさん@1周年投稿日:2000/08/18(金)
22:03
- お。俄然おもしろくなってきた。うまいこと決着をつけないと相当つまらない
話になるぜ。作者さんの腕の見せどころってやつだな。
- 34 名前:log0076投稿日:2000/08/18(金)
23:03
- -83-
石川は病院にいた。受付で場所を確認して、急いでそちらへ移動した。ドアを開け
ると、白いベッドを囲んで、吉澤の両親と弟2人が立っていた。石川は、両親に会
釈してベッドのほうへと近づいた。ベッドに横たわっている吉澤の顔にかかってい
る白い布をずらした。吉澤の血の気のない顔がそこにあった。恐る恐るその顔に触
れると冷たかった。石川は、吉澤の死をそこでようやく受け止めた。受け止めたは
ずなのに、涙は出なかった。その後の、記憶はない。起きたのは、その病院の一室
だった。あのまま倒れてしまったらしい。一向に涙は出ない。出したところで、ど
うにもならない。吉澤の母親が、石川を訪ねた。石川は聞いた。
「何時に・・・ひとみちゃんは・・・?」
「夜7時過ぎに・・・信号無視のトラックに跳ねられて・・・。」
7時過ぎ・・・胸騒ぎの原因がわかった。吉澤が事故に会った場所は、石川の家の
すぐ近くだった。吉澤は、石川に会いに行く途中に事故に遭ったのだ。そう思うと
石川はいたたまれなくなった。吉澤は自分に会いに来なければ。そんなことを考え
ても、もう吉澤は帰ってこない。永遠に、戻ってこない。
―翌日。石川は吉澤の告別式に出ていた。吉澤は石川の事をよく家族に話していた
らしく、石川は火葬場まで同行させてもらえた。火葬の間、石川は外に出て、煙突
から立ち上る煙を眺めていた。相変わらず涙は出なかった。心に、ぽっかり大きな
穴が開いた、そんな気分だった。
- 35 名前:log0076投稿日:2000/08/18(金)
23:04
- -84-
吉澤の遺骨を、石川は無表情に拾った。やはり、涙は出ない。悲しいとは思ってい
る。でも、出ない。石川は、もうそれ以上考えるのを押し殺した。そうして吉澤の
遺骨全てが骨壷に入れられ木箱に入れられた。石川は、吉澤の両親に頼んで、吉澤
の遺骨を分けてもらった。
「これからも、ひとみの事忘れないでいてね・・・。」
「はい。絶対に、忘れません。」
そうして石川は、吉澤の遺骨を携えて家路に着いた。家に着くと、いつぞやかのデ
ートで一緒に撮った写真を、写真たてに入れて骨壷の隣において、手を合わせた。
写真を撮ったあの頃は、こんな事が起こるなんて夢にも思っていなかった。あまり
にも、突然すぎた。
「ひとみちゃん・・・。」
石川はつぶやいた。
吉澤が死んで1週間たった。石川は、あいかわらず涙を流さなかった。そんなもん
だから、石川は自分に対して嫌悪感に近いものを持った。どうして泣けないのか。
それは、やはり吉澤が死んだという事を、何処かでわかりたくないからなのかもし
れない。
―深夜。石川は、布団の中で何度も寝返りを打った。夢なのか声が聞こえた。
「先輩・・・。」
- 36 名前:log0076投稿日:2000/08/18(金)
23:05
- 更新です。
明日最終です。
>33
う〜むむ・・・どうかな。
- 37 名前:33投稿日:2000/08/18(金)
23:16
- >>36 どうかな。とりあえず終わらせてみてくれ。ラスト間際でも相手役の死って
そうとうやり尽くされたネタだし、下手にやるとイージーなだけだからな(見たと
ころ伏線もないし)。ま、あまり気にせず好きにやってくれたまえ。
終わらせたところで聞いてみたいのだが、ラストは最初の最初から考えていたのか?
- 38 名前:どっかの21投稿日:2000/08/18(金)
23:17
- むぅ。途中の適度な甘さがよかったんだけどなぁ。<感想だから気にしないでね。
ただ甘いのはキライだけど、甘くなる前の当人の心理描写が甘さを飲み込めるものにしてると思います。
ここから先はなんか読むのキツそうな気がする。 予感を裏切ってくれ〜。
- 39 名前:log0076投稿日:2000/08/18(金)
23:23
- >>37
はい。
- 40 名前:33投稿日:2000/08/18(金)
23:24
- >>39 ネタバレは終わってからにしてくれ…
- 41 名前:名無しさん投稿日:2000/08/18(金)
23:52
- やっぱりほんとに死んだのか・・・
まじでへこんだ・・・
- 42 名前:名無しさん@1周年投稿日:2000/08/19(土)
03:07
- く〜、ちょっとlog0076氏に怒りを覚えたぞ!
なんで死なすんだよ〜。>>39で、「はい」って、言ってるってことは
最初からこの展開を決めてたんだな。そうか・・・
しかも、明日終わりとは。出かけるから見れねー!!
- 43 名前:どこかの作者投稿日:2000/08/19(土)
07:30
- 主役の一人が死ぬってやりつくされてたのか。
私もやっちゃったけど。
log0076さんがどういう結末にさせるのか楽しみ。
- 44 名前:名無しさん@1周年投稿日:2000/08/19(土)
11:05
- どこかの小説で後藤が死んだ時には生き返ってたけどやっぱり無理だったんだな。よっすぃ〜が生き返ることは。
- 45 名前:名無しさん@1周年投稿日:2000/08/19(土)
15:02
- これでよっすぃ〜の似た人が死んで実はよっすぃ〜が生きてたなんて言ったら俺は泣く。
- 46 名前:log0076投稿日:2000/08/19(土)
23:09
- -85-
「!」
石川は、目線を闇の中に向けた。確かに吉澤の声が耳に入った。夢なのかもしれな
い。でも、夢でもいい。石川は、そう思った。口を開いて、石川も声を出した。
「ひとみちゃん?いるの?ね、来てよ。一緒に・・・寝ようよ。」
そう言って、石川は掛け布団を開いて誘った。闇の中に、気配は感じる。しばらく
して布団の中に、入ってきた。暖かい感触が、石川の腕に触れた。なつかしい匂い
が、石川の鼻をついた。吉澤だ。石川は抱きしめた。だが、顔が確認できない。見
ようとしても、暗くて全くダメだった。かといって電気をつけて、夢だったら醒め
てしまう。それは嫌だった。しばらくして、石川は抱き返された。その時、石川は
それが吉澤であるという事を確信した。そう思った途端、堰を切ったかのように、
涙があふれてきた。石川は、とうとう泣いた。
「ひ・・・とみ、ちゃん・・・うっ・・・。」
「・・・。」
向こうは何も言わない。ただ石川を抱きしめていた。しばらくして、ふっと石川か
ら離れた。
「いやっ!・・・行かないで・・・私も一緒に・・・。」
「・・・ダメですよ、先輩は、生きてください。」
石川の頭の中に、吉澤の声が直接響いた。
- 47 名前:log0076投稿日:2000/08/19(土)
23:09
- -86-
「置いてかないで・・・ひとみちゃん。」
「私は・・・もう先輩のそばにはいれないけど、見守ってますよ。先輩、生きてく
ださい。私の分も・・・。」
「ひとみちゃんなしで・・・どうすればいいの?生きてけないよ・・・。」
「先輩なら、大丈夫って・・・信じてます。」
「いやっ!待って・・・ひと・・・。」
石川の口を、吉澤らしき存在が塞いだ。それが2人の最期のキスだった。
「強く・・・生きてください。約束です。そうそれば、また会えますよ・・・。」
暖かい手が、石川の頬の涙を拭った。途端に、吉澤の顔が一気に視界に現れた。優
しい笑顔。石川を見つめる大きな瞳。
「約束・・・。ひとみちゃ・・・」
――梨華・・・さようなら
「!」
石川は目を覚ました。部屋の中はすっかり明るくなっていた。朝だ。吉澤の姿は、
なかった。当たり前なのだが・・・。でも夢でもなかったように思えた。昨日まで
あった胸のつっかえは、すっかり消え去っていた。顔に涙の跡が残っていた。どう
やら泣いたのは確かのようだった。
「生きてください・・・か。」
吉澤の言葉を、石川はつぶやいた。その顔は笑顔だった。何かを決意したかのよう
に、石川は起き上がった。
- 48 名前:log0076投稿日:2000/08/19(土)
23:10
- -87-
石川は公園に来ていた。吉澤と初めて来た。そして、初めてお互いの気持ちを伝え
合った公園だ。公園内をしばらく散策したあと、石川は吉澤と初めてキスした大木
の下へと来ていた。大木に触れて、石川はあの時の事を、思い返した。昨日の出来
事のように鮮明に頭の中を巡った。吉澤の綺麗な瞳が、熱い唇の感触が・・・全て
覚えている。いつかは、忘れてしまうのかもしれない。それでも、吉澤への気持ち
はいつまでも消えないのかもしれない。それほど石川にとっては、吉澤の存在は大
きかった。石川はしゃがんで大木の下に、穴を掘り始めた。ひととおり掘り終えて
石川は吉澤の遺骨の入った骨壷を取り出した。下手に自分の部屋において置くより
は、此処に埋めておいたほうが、いいと思っての事だ。
「2人の思い出の場所・・・だもんね、ひとみちゃん。」
そう言って、石川は穴の中に骨壷を置いて、上から再び土をかぶせた。石川は、立
ち上った。石川のその目は、少し前までの悲しげな目ではなかった。前へ進んでい
こうという力強い目だ。石川は、歩き始めた。生きていこう。そう思いながら。
それからの石川は、時には弱さが出てしまうこともあったが、確実に強さも持ち始
めていた。春・夏・秋・冬と何度も季節は繰り返されて、石川は年を重ねた。25
歳で、結婚をした。相手は、石川の全てを分かった上で、石川受け入れてくれた。
子どもを2人授かり、平凡ではあったが、良い人生を歩んでいた。時がたっても石
川の心から、吉澤の存在が忘れ去られる事はなかった。
- 49 名前:log0076投稿日:2000/08/19(土)
23:11
- -88-
吉澤が死んで70年経った。すっかり年老いた石川は、病院のベッドで一時危篤状
態に陥った。死が近づいてきた。だが、怖くはなかった。後悔なく生きていたから
だ。石川はベッドの中で、死を待っていた。布団の周りを、娘夫婦や孫たちが囲ん
でいた。石川は、彼ら1人1人の顔をしっかりと見て、はっきりとした口調で最期
の言葉を言った。
「ありがとう・・・」
石川は目をつぶり、永遠の眠りについた。逝く最後の瞬間に思い出したのは、あの
頃の吉澤の笑顔だった。身体が重くなったと思った瞬間に、一気に力が抜けた。
―私・・・精一杯生きれたよ、ひとみちゃん・・・
まばゆい光の空間の中を、石川は歩いていた。気がつくと、15歳の身体になって
いた。身体がうんと軽くて何でも出来そうな錯覚に襲われた。
(何処に行けばいいんだろう・・・逢いたい・・・)
何となく光の奥に、引き寄せられて、石川は走り出した。すると、急に周りに草原
が広がった。風で髪の毛が吹き乱された。その髪を直していると、急に人影が目に
入った。それは・・・
「・・・待ってましたよ。さ、行きましょうか。」
吉澤がいた。あの頃と、何ら変わらない笑顔で石川に手を差し伸べた。
「うん。」
2人は手をとりあって、光の中へと消えていった。
―You and I,DREAM A LITTLE DREAM OF ME.
-完-