このサイトは俺個人の日記を掲載するサイトだ。
僕は京都府京都市在住の28才独身男性です。暇だったら読んで行ってくれ。
4月1日会社の年度初めの朝礼で社長が40分近く話をした。 しばらく、体調が思わしくなかった様だったが、今日の話を聞く限りではほとんど回復しているようだ。健康維持の為に早起きして練習(鍛錬)し、自信が持てるように頑張ろう。
4月2日今日は会社・事務所には顔を出さないで、自宅で一日を過ごす予定だったが、気になる事もあって顔を出した。仕事を片付けてから懇意にしてもらっている人にゴルフに誘われ10時に急いで事務所を出る。スコアは悪かった。
4月3日20日過ぎに咲き始めた我が家の庭の小さな桜の木ですが、残念なことにテングス病が入り込みはじめました。専門家の話では冬季に病気にかかった枝を伐採して薬を塗らなくてはいけないそうです。とりあえず咲いてる花を楽しみましょうということになり家族焼肉となりました。バーベキュー台を使用せずに七輪で焼いてみました。少人数の時は七輪の方が便利でお肉もよく焼けます。
4月4日食べたうどんにビックリした。食堂で「たぬきうどん!」と注文したのですが出てきたのはなんとあんかけ?こりゃお店のお姉ちゃんが間違ったのかなと思いながらも言い出す勇気もなく、テーブルの端に置いてある伝票をつまんで裏を見ると、たぬき×1となっているのでやっぱりこれでいいんだと自分に言い聞かせていただきました。たぬきうどんはあんかけのアゲ入りうどんと、後でわかったのですが、しょうがのきいた「たぬきうどん」のファンになってしまった。たぬきうどん”がしばらく俺のブームになりそうだ。(^_-)-☆
4月5日今日は紅葉ロケだ。幸い、ご覧のように快晴である。残念なことに、ぼくが大好きなADのFさんは、急遽、他の仕事がトラブって、現場に来れなくなってしまったのである。何よりこの仕事は、嬉しいことに長く続いていることもあって、ぼくの中でも特別な仕事のひとつである。最近では「桜」と「紅葉」だけになってしまったが、Fさんと共にいい樹を探して歩く中でのやりとりは、とても楽しいのである。そんなわけで、これも長いつきあいになっているのプロデューサーIさんと、デザイナーのOさんと、これまた長いつきあいのロケバスのTさんと共に、Fさん不在でロケは始まった。歩きながら、我ながらおもしろいな?と思ったのは、常に「Fさんはこういうの好きだろうなぁ?」と思いながら、ファインダーを覗いている自分がいることであった。まずは、大原の三千院に向かった。ぼくたちは三千院の奥にある「音無の滝」を目指した。予想通り?北山の方の紅葉は、すでに終焉を迎えていた。その後いくつか回ってはみたのだが、どこも「終わっている・・・」そうこうしている間に、お昼になってしまった。平日にも関わらず、京都はすごい人出である。それもあって、ちょっと早かったけど(11:30)これもいつもの「レストラン小宝」という洋食屋さんに向かった。とにかくここのオムライスは絶品である。そんなわけで、いつも満席状態である。
4月17日夜中にテレビを見ていたら突然物凄いCMがながれてきた。ネットで検索してみたところなんでも安岡喜晴とかいう医学生らしいが、、、まあ、あまり診察はされたくないものだ。
4月30日朝,温泉に入ってから朝食.昼まで委員会.12時終了の予定が,15分ほど遅れる. 終了後,急いで塩釜港までぶっ飛ばす.船に乗るため,遅れたら置いて行かれてしまう. 高速道路を飛ばして,やっと着いたら出航直前だった.セーフ. というわけで海上保安庁の巡視船に乗り,塩釜港から松島湾沖へ.海上のごみ の観察などをする.船は湾を回って塩釜港に戻る. あとはゆっくり帰る.夕食は45号線沿いの会津っぽでラーメン.
5月18日実家の父の誕生パーティーのため実家に行く. まず,さのやでプレゼントの酒を買って,まず将監へ.そこにしばらく いた後,泉ヶ丘に移動.部屋の照明の具合が悪いので,ヤマダ電機 まで行って新しいのを買ってくる. 夕方からパーティー.ワインをさんざん飲む. 実家に泊まり.
5月30日掲示板チェスでうちの掲示板が賑わい始めたのだが、流石に進行するゲームが多くなると掲示板が掲示板としての機能を果たさなくなるので、掲示板チェス専用掲示板を探す事にする。私も経験者なのだが、掲示板チェス自体はいいものなので、これをポシャらせるのは惜しい。
6月20日眠い。早起きと言うのは眠いのだ。でも犬の散歩は私の仕事。ああ、眠い眠い眠いー。チェスの事。まだ続いている最後の国際戦のゲーム、対戦相手からの葉書にこんな文面が。「私は切手を集めているのだけど、色々な日本の切手を貼って葉書を送って貰えないだろうか」 私、初めての国際戦と言う事で、送る葉書は絵葉書にして送っていたのだが、切手には丸っきり無頓着。郵便料金が 70 円だと言うので、70 円切手を一気に 100 枚、買って、ずっとそれを使っていた。故に私が相手に送っていた切手は唯の1種類のみ。 まだ 70 円切手が余っているのだが、どうせ使う物だし、じゃあいろいろ種類を取り合わせて買ってみようか。50 円切手 + 10 円 x 2 と言う組み合わせにしておけば、国内郵便の時も 50 円、或るいは 既に買ってある 70 円切手 + 10 円切手と言う組み合わせで、ちゃん使える。 あ、そう言えば、最近、JAngband 、やっていねえや。 久し振りの感じで、最後にプレイしたキャラのファイルを開いてみる。装備を確認。ああ、駄目だ。自分が何を装備していたのか、すっかり忘れてしまっている。おお、ダメージの指輪(+18)なんていいアイテムを装備していたのか、なんて自分のした事に自分で驚いたり。 使っている武器は{特別製}の★ダガー『ベランギル』なのだが、これもそう言えば、便利な武器だったんだよなあ。やり直してみて、改めてそう思ってもみたり。 取り敢えずは1回だけ降りて、直ぐ地上に戻ってみたレベル35 の人間の戦士、これも少しずつやり直してみて、勘を取り戻さんといかんなあ。
7月16日福島に出張。いや〜、なんか自然に囲まれてていい感じだわ、これは。こんな所で 働きたいよ〜。あの山並みは磐梯山か何かか?すげー。いいなー。いつの日かこ んな所で働くことを夢に見つつ。そう言えば、初めて東北新幹線に乗った。 MAX やまびこは結構乗り心地快適。東京駅で買ったかに弁当も激ウマ。日帰りで忙 しい出張だったけど、何だか充実感いっぱい。お土産は胡桃ゆべし。これ、大好き なんだよねー。福島の名物とは知らなんだ。
8月24日「少女監禁」と「バスジャック」 マスコミ報道と精神医療 読了。「少女監禁」と「バスジャック」をネタに、マスコミ報道と精神医療を斬る。って感じの本です。 記者クラブでの発表を横並びでなんの疑いもなく書くだけの新聞と、面白ければなんでもOKなTV等の、マスコミの体質ってのは全くしょうもない。週刊誌は著者の顔が見えるだけマシかな、と私は思っているんだけど、それもあんまりアテにならないかな。結局本質に当りたければ、こうしてさまざまな角度から、たくさんの資料にあたらないといけない、ということなのか。 精神医療については。マスコミが知らないのをアゲツラうのも可哀想になってきた。内容を良く知らない市民が多すぎることこそ問題の様な気がした。緑や黄色の救急車が未だに信じられてるようではダメだ。そのへんから直さなきゃ、教育しなおさなきゃダメだね。 内科や歯科に罹るのは普通で当たり前なのに、精神科に罹るのはどこかうしろめたいのはナゼなんだろう。シロウトな私としては、まずその辺からして疑問だらけ。 私としては、そんな疑問を持つことができた、という意味でこの本はあたりだった。マスコミ報道に対しては、必ずしも真実を伝えている訳でも事実を伝えている訳でも無いという事は胆に銘じておくべき。
9月14日この夏初めて最高気温が30度以下。すごく涼しいという感じ。しかも曇っていたので、過ごしやすい一日。なのに、戸外での仕事ができないのは、口惜しい。昨日の田んぼの溝作りがひびいて、腰の具合がすこぶる良くない。堅いコルセットを巻いて、一日中ごろごろ。こういうときに、もって来いの面白い本をむさり読む。早稲田実業の関西教室だ。八幡神社、(宇佐、石清水、鶴ケ岡)延暦寺、琵琶湖疎水、藤原京、平城京、長岡京、平安京、源義家、同為朝、鹿ケ谷、俊寛、蹴上水力発電、応神天皇、道鏡、紫式部、清少納言、・・・・・・・百科事典、広辞苑などのキーを叩きながらだから、すごく面白い。数日前の腰痛の時は保津川あたりのことだった。この本は目線が高校生、同時にボクみたいなあまり勉強してない、教養のない、と言っては高校生に失礼だが、その目の高さがすごくいい。高校時代にさぼっていて覚えていなくて、しかし、少しだけ、断片的に頭の隅っこにへばりついていた知識の一部をくすぐってくれて、まるで高校時代にタイムスリップさせてくれるんだ。ベーゴマの続きなぜか、この事件があってから、斉木はボクに近づかなくなった。もちろんいじめも無くなった。赤沢も上村も斉木に同調した。ボクのペチャ作りは、「これなら勝てる」と思えるまで3日もかかってしまった。デビューの場は半鐘下の小屋での勝負だった。斉木がきていた。ほかに5人来た。全部で6人だ。「今関、おまえ、あのタンクか」「んだ。あれペチャにした」ベーゴマの勝負で勝つためにはコツも運もある。誰も自分は絶対に勝てると自信と確信をもって来ている。ボク以外の子ども達は最低でも8-10個は持っていた。今日のメンバーは全員がペチャのはずだ。ペチャにするか、まったく磨らない既製品のままで勝負するかは、あらかじめ話しあって決めていた。最初は3人づつの勝負になった。ボクは始めの組みだった。一二三で一斉に場へ投げ入れた。みんな背が低く、しかも真ん中へ入れるのではなく、場の縁に近い、高いところに正確に入れる。ベーゴマは勢い良くうなりをあげながら旋回し、しだいに、渦巻きながら場の中央に向かって下がってくる。縁の側を上げて、下に向けてベーゴマの肩が下がって互いに相手の腹を狙う。ボクの手は油でべたべたになっていた。負けたら、すぐにでも退散しなければならないからだ。祈るような気持ちで自分のベーゴマが相手の腹に激突することを祈った。1発目、がちんとぶつかった。だが勢いとタイミングが合わなかったのか互いに20センチほど飛び下がっただけだった。2発目、見事ボクのペチャは相手の腹に激突。相手のベーゴマが場から勢い良く吹っ飛んだ。ボクの勝ちだ!!だがもうひとつあった。相手のベーゴマはどれとぶつかっていないので、まだ勢いがあったが、ボクのは2発もぶつかっているので、勢いは負けていた。ボクはぶつからないで、旋回だけして、引き分けることを祈った。何秒かたって、ボクのベーゴマは勢いが緩んで笑いだした。笑ったらその勝負は終わりだった。この場合は引き分けだ。ボクは1個戦い獲ったのだ。もう心臓が爆発しそうなくらい胸が高鳴った。この日の勝負で、ボクは3個戦い取った。しかも全部ペチャだ。自分のペチャを作るときには4日もかかったから、戦利品の3個は大戦果だ。ベーゴマデビュー戦での勝利の翌日から、ボクは土俵蔵の入り口のひさしのところ、雨が降っても濡れない場所に、ペチャ作りの杭を作ってもらうことができた。兄が作ってくれたのだ。母にもベーゴマ獲得のいきさつを話したら、喜んでくれた。特にけつを校長室でぶたれた話しなどはいつもはあまり笑わない母も父も大笑いして喜んでいた。その上、父は福神漬の樽を使って、表面に軍隊のシートを切ってかぶせ、すばらしい場を作ってくれた。ボクはこの場で毎日のように勝てるベーゴマの投入法を研究した。場の縁ぎりぎりのところに入れて、しかも下方に肩が下げながら、周囲を旋回する入れ方をだ。戦利品のペチャはさらに磨って、重心も合わせ、より強い負けないペチャに仕上げた。こんなこと書いていると、なんだか限りなく終わらなそう。もうここいらでこの話しは中断。
10月18日朝から、歯が痛い。悪い歯が2本あって、そのうち1本は収まっていたが、今朝はその歯のほうが痛い。まったくかめず、すべて飲み込むだけ。朝のごはんも昼も。しかし、これも経験だが、まったく噛まなくても人間の消化器ってあんがいいけるもんだと。栄養学の本などでは、よく噛めとどの本にも書いてあるし、誰でもそういうが、噛まなくても胃や腸がきちんと消化してくれるもんだと・・・・。元気やまかわネットワークで8月に焼いた炭をほたる川に埋めて水質浄化に役立てば、とのイベント。土木事務所が調査費から増富建設にユンボ、石、金網、人力などの費用をだしてくれてたので、以外とスムースに進んだ。場所は商工会の裏。重しになるように大きな石を金網の底に敷き、その上に0.5立方メートルぐらいの炭を入れたものを水に沈めるというもの。金網は2個。こんなことで水がきれいになるわけはないということは、みんな承知の上だが、これですこしでもほたる川をなんとかしなければという人が増えて、町や県を動かすようになればと思う。参加者が多く、50人以上も。中学生十数人、小学生数人も参加してくれた。初めて参加の人が5人もいた。上勝町の堀口さんから電話があって、女の子誕生とのこと。彼にとっては初孫だ。おめでとう。夜は毎月第2土曜日に開かれている「土曜会」。今回はコーヒーの美味しいいれかた。徳島市の「ワイン市場」という場所で。
11月5日今日も歯医者。痛い方の歯をまた治療。痛んでいる歯が2本並んでいて、そのうち1本だけしか治療してなかったようで、今日はもう1本の方を。麻酔が効いていて昼飯は抜き夕方になって麻酔が消えたので、夕飯は早めにたらふく食べた。やっと生きた心地がしてきた。