私は、物心がついたときから、作家になりたかった……。

末期癌の宣告を受けた人と結婚をした、(映画にもなった)、C=S=ルイス作の「ナルニア国物語」。

7冊のこの一連の物語を読んで、心から感動して、私は作家になることを心に決めた。 

自分がこれらの本を読んで受けたあふれるばかりの感動を、他の人にも、与えられるような人間になりたかった。

(日本の作家では志賀直哉、絵本では「九月姫とうぐいす」、漫画は感動的な台詞をいっぱい教えてくれるスヌーピー、

アメリカの絵本といえば、Dr.Sueの、思い出の「水晶の宮殿」、最近の作家では、大江健三郎……。)

小学校のときから、私は、ありとあらゆる本を読み漁った。

それらの本はほとんどすべて、私に大きな影響を与えた。

小学校のときから、私はなぜか、晴れの日よりも、雨の日のほうが好きだった。

友達と外で遊ぶよりも、家の中で本を読んでいることのほうが好きな、内向的な子供だった。

これは、決して、幸福なこととはいえなかった、むしろ、不幸だった。

なぜなら、私は、現実の世界ではなく、架空の夢の中の世界にのみ生きていることを、自ら望んでいたから。

そう……、小学校のとき、私はいじめられていた。

 

世界中で、1番大好きな人は、私のママ。

世の中では、よく、片想いの苦しみとか、初恋の思い出とか、

あたかもこの世で1番、重要なことのように、美しい言葉で必要以上に大げさに、

大きな声で歌い上げてしまう人とかは、本当に多いのだけれども、

そういう人たちは、本当にうらやましい。

なぜなら、私には、そんな余裕はまったくなかった。

自分に無比の愛情をくれるこの上なく愛すべき人を傷つけているのに、これ以上の

深い悲しみなどは、世の中にあるわけもない。……と、

私は小学校のときから、ずっとそう思いつめてきた。

 

小学校1年のとき、アメリカから帰国して、

日本の小学校に入学した私は、

クラスの皆の前で先生に自己紹介をするようにいわれたとき、

日本語がうまくしゃべれないことに気づいた。

あまりにもみじめだった。

でも、そのあとすぐに、

教科書を忘れたと思って先生に言うと、

殴られてたたされた。

何日かしてから、

掃除用のバケツにごみがたまっている中に、私の教科書が

流し場の誰も見ないようなところに捨てられているのが、クラスメイトにより発見された。

私はおとなしかっただけで、何も悪いことは誓ってしていなかった。

私の心はひどくゆがみ、

成長することをやめた。

だから、

私の精神年齢は、いまだに、6歳児のまま……。

 

私は世界中で1番大好きなままを悲しませたくないから。

本当に一生懸命にがんばって大学にもいって、

社会人にもなったのだけれど、

6歳児が会社づとめをして、うまくいくわけはない。

精神を病んだ私は、

精神病の先生に教えられて、

初めて自分の精神年齢が、

6歳児のままであることに気づいたのだった。

私は愕然として、

病の床に伏せた、起き上がる気もしないし、

もはや何をする気もなかった。

それで仕事も何もしないで、

2年半の年月が流れてしまった。

 

でも、もう泣き寝入りもしたくなしし、

このままつぶされて負けてしまいたくはない。

もうすぐで年が明けると、

2000年というまったく未知の、

光り輝く時代がやってくるそうだ。

2000年は笑顔で迎えて、

そしてこれからもずっと、

笑顔のままでいたい。

世界中で1番大好きな人のためにも、

これから好きになる人のためにも。

 

だからまずは、

長年の夢だった、作家になることからはじめよう。

 


ジオシティーズ2000ミレニアムメッセージコンテスト