
名前:周華健 (EMIL CHAU)
生年月日:1960年12月22日、香港西榮盤周記米店(お米屋さん)の四男とし
て誕生!!
学歴: 台湾大学数学系卒業
職歴: 1985年台湾ロックレコードに制作助手として入社(まだ退社してない
ですね)。
現在は音楽製作会社スターズフェリー社長、ポルトガル料理【ピノッキオ】
(木偶葡國餐廳)レストランのオーナー。
血液型: B型
身長: 173cm(体重は公称70キロ。最近はもっと引き緊まっている…と思
います)
家族構成: 結婚前は両親、兄3人、妹1人の7人家族。現在は妻、一男一女の四人家族。そして
周貴妃と呼ばれるワンちゃん。
できる言語: 北京語、廣東語、英語、それに台湾語と潮州語。
ファッション:好きなスタイルはジーンズにTシャツ。最近映画撮影のために前髪をカット。
13年ぶりに
ヘアースタイルを変えたと言われ(それではデビュー前から?)、初お目見えしたおでこの皺がキュートです。
英名: EMIL。アルバム『有故事的人』を機に、本人が「これからはWAKINと呼んで欲しい」
と宣言。 これは「WAKIN」は華健の廣東語読みであることと、台湾で愛称"阿健"(アーキン)
と呼ばれているのを、この際一緒にしてしまおう!! と考えたからと推測できるのですが…。
以前から華健スタッフが無理してEMILと発音すると「いーもう」と聞こえるのも、多少関係
しているかもしれません。華健本人はもちろん日本語の「いも」の意味を知っています。
好きな時間帯: 深夜1時から4時まで。アルバム『風雨無阻』では夜中3時のモノローグ
を収録。普通の人が寝ている時に活動しているのが好きらしい。
これまでのCM出演:リプトン紅茶(台湾)、スーパースパウ(健康飲料で台湾・中国大陸)、
SHARPのスーパービューカム(香港)、TSL謝瑞麟宝石店(香港)...etc(他にどんなものに出演しているのかご存じの方は教えてください!)
ドリンクのCMが多いということは、華健のさわやかなイメージによるところが大きいの
でしょう。
華健芸能界への道とその後の活躍:14歳の時に3番目の兄からギターをもらったことを
きっかけに、ギターにのめり込み、たちまち音楽の虜に。その熱中度は、それまで「神童」
とまで言われた成績がガタ落ちになるほど。ちょうどその頃の香港芸能界は、<温拿五虎>
ウィナーズ(アラン・タム、ケニー・ビーなどが在籍)の全盛期。ウィナーズは、自分たち
が作詞作曲した歌を次々とヒットさせ、「香港のビートルズ」と表されていたバンド。
メンバー5人は皆若くてかっこよく、女性だけでなく同世代の男性からも大人気だった。
華健もそんな一人で「僕こそ6番めの虎になるんだ」とギター練習に日夜明け暮れていた。
17歳で無線電台の歌唱コンテストに参加。4000ドルの賞金と半年間学費免除の歌唱訓練
の権利を受賞。しかしずっと夢見ていた芸能界デビューはならず。が一方では、成績が落ちた
ことにもめげずに実験映画の主役を務めたり、演劇の主役と演出を手がけるなど学生生活を
エンジョイしまくっていた。そんなわけで、19歳で大学進学のため台湾へ。当時台湾は
<民歌>(フォークソング)が盛んで、キャンパスからたくさんのシンガー
ソングライターが誕生し活躍していた。華健も得意のギター片手に民歌専門
の西餐店で唱い、芸能関係者に声をかけられることを秘かに待っていた。
あるレコード会社にスカウトされ『最後圓舞曲』を発表したが、期待ほど売れ
ずに終わったこともある。そんなことにもめげずに唱い続けていたところ、
李宗盛(ジョナサン・リー)に知られることとなり、ロックレコードに晴れて
入社。製作アシスタントから始まり、潘越雲『旧愛新歌』の製作に携わる。
そして'87年ついに『快楽天堂』(*→ディスコグラフィ参照)で、初めて
自分の歌声がアルバムに収録される。いよいよ華健のアーティスト人生が
スタート! そしてその夏に最初のアルバム『心的方向』を発表。作詞徐愛維、作曲陳揚の
『心的方向』が、デビュー曲にしてヒット。それから1年半の間に発表したアルバム
『我是真的付出我的愛』『SAD WITH OUT YOU』『期待更多 付出更多』には、自ら
作詞作曲した曲を収録した。その中の『寂寞的眼』や『我願意等待』は、華健の代表作となる。
こうして、本格的にシンガーソングライターとしての実力人気を確実なものにしていった。
(やったー!!) 一方、'87年には台湾映画《桂花巷》(*→フィルモグラフィ参照)に出演。
映画初出演ながら、主人公の夫という重要な役を演じる。ベッドシーンもありながら、残念
なことに周華健の名前はなぜかクレジットされずでしたが。(なぜ、なぜ!?) その後も歌に
演技にと大活躍、アルバム『花・心』『風雨無阻』は全中華圏規模で大ヒットした。'94年
には初の廣東語アルバム『有弦相聚』をひっさげて、生まれ故郷香港で本格的なデビューを
果たす。なんとここでも「四大天王」を脅かす存在と噂されるほどの人気を獲得。続いて廣東語
アルバム『弦途有イ尓』『弦弦全全』"縁三部作"を完結させる。また95年から97年まで
ワールドツアーを決行。香港、中国、シンガポール、マレーシアを始め、カナダ、オーストラ
リアなどを巡る。地名をざっと見ただけでも、華健ファンの層の厚さを物語るものと言えるだ
ろう。
俳優、テレビ番組の司会、ラジオDJ、作詞家、作曲家、プロデューサー、もちろん歌
手として等々…。また音楽製作会社スターフェリーの社長として才能あるアーティスト
やミュージシャンを芸能界に送り込んでいる。
(text by 瀧谷 由紀)
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