別にジャズが好きって訳じゃないけど、セロニアス・モンクは何故か好き。特にトリオが好きなんだけど、
トリオ演奏は数えるほどしかない。アルバム一枚トリオなのはプレスティッジのこれと、リバーサイドの
最初の二枚とブラックライオンの奴しかないはず。リバーサイドの二枚はカバー集なので、オリジナル中心の物は
プレスティッジとブラックライオンの二枚だけのはず。モンクというと、トリオよりもカルテットやソロの
イメージが強いかもしれないが、昔読んだ本に面白いことが書かれていた。実はモンクはトリオがやりたかった
のではないかという物で、実際ブルーノートの初期セッションにもトリオがあるし、プレスティッジも
リバーサイドも最初のアルバムはトリオである。では何故、パーマネントのトリオ活動が実現しなかったのか。
まず、キャバレーカードの没収がある。モンクは一時期キャバレーカードを取り上げられていて、ライブ活動が
アメリカでは行えなかった。これではレギュラーバンドを組んで音を練り上げるのは不可能である。ライブ活動が
メインであるジャズの世界ではこれは致命的である。最小限のトリオよりも、カルテットの方が各楽器の比重は
軽くなるので、カルテットに比重が傾いていったという事が一つ。これはちょっとカルテット寄りになっていった
理由としてはどうかと思う部分もあるが、キャバレーカード没収によるライブ活動の停止がモンクに何らかの
影響を及ぼしていることは間違いないだろう。しかしこれ以上になるほどと思ったのが二つ目の理由、
というかこっちがメインだったと思うが、ドラマーの問題である。モンクが一番気に入っていたドラマーは
アート・ブレイキーである、という物で、確かにトリオ演奏のほとんど全てがドラムはアート・ブレイキーだ。
プレスティッジのトリオにはドラムがマックス・ローチの物もあるが、これはスケジュールの関係で、
アート・ブレイキーが参加できなかったためらしい。このスケジュールの関係というのが問題で、
この頃アートブレイキーは自身のバンド、ジャズ・メッセンジャーを立ち上げていたので、モンクと
レギュラーバンドを組むことは不可能であった。ドラマーにアート・ブレイキーをむかえるのが不可能であった
モンクは、勢いトリオを諦めるしかなく、比重がカルテットに傾いた、という意見だ。これはなるほどとうなずける
物で、現在においてモンク最後の公式レコーディングは71年ロンドンでの物で、これがソロとトリオ演奏で、
ドラムがアートブレイキーであり、だからこそレコーディングを了承したそうだ。この類推はなかなか興味深く、
信憑性も十分に思えるな。