ヴァンヘーレンマニアックス



ここでは皆様にもっとヴァンヘーレンの事を知ってもらいたいので作りました。



(1949.10.13.)
サミーヘイガー、カリフォルニア州モンターレで生まれる。

(1955.5.8.)
アレックスヴァンヘーレン、オランダの ナイメンで生まれる。

(1955.10.10.)
デイヴィッドリーロス、インディアナ州 ブルーミントンで生まれる。

(1955.6.20.)
マイケルアンソニー、イリノイ州シカゴで生まれる。

(1957.1.26.)
エドワードヴァンヘーレン、オランダのナイメンで 生まれる

(1971)
エドワードとアレックスのヴァンヘーレン兄弟が 『トロージャンラバーカンパニー』というバンドを結成。

(1973)
エドワードとアレックスが中心とするあの、 『トロージャンラバーカンパニー』がバンド名を『マンモス』に変更。さらにデイヴィットリーロスがマンモスに参加。

(1974)
マイケルアンソニーがマンモスに参加。

(1975)
マンモスがバンド名をヴァンヘーレンに変更。

(1978.1)
ヴァンヘーレン、デビユーシングル、 『ユーリアリーガットミー』をリリース。

(1978.2)
ヴァンヘーレン、デビューアルバム、『炎の導火線』 をリリース。全米でなんと600万枚の爆発的ヒット になる。

(1978.3)
ヴァンヘーレン、初の全米ツアー開始。

(1979.4)
ヴァンヘーレン、第2弾アルバム『伝説の爆撃機』 をリリース(全米6位)ワールドツアー開始。

(1980.4)
ヴァンヘーレン第3弾アルバム『暗闇のおきて』をリリース

(1981.5)
第4弾アルバム『戒厳令』をリリース。全米でプラチナディスクを獲得。

(1982.5)
第5弾アルバム『ダイバーダウン』をリリース。300万枚以上の記録になる。

(1983.5)
ヴァンヘーレン、初の”USフェスティバル”に出演。 25万人の大観衆を前に、”ヘヴィメタルアイ”の ヘッドランナーをつとめる。またこのワンステージで 150万ドルというギネスブックの記録を塗り替える。

(1983.12)
弟6弾アルバム『1984』をリリース。(全米2位) 600万枚の記録。トリプルプラチナディスク獲得。

(1984.1)
シングル『ジャンプ』をリリース。これが初めの5週 連続全米1位に輝く。

(1985.2)
デイヴィットリーロス、ソロデビュー、ミニアルバム、 『クレイジーフロムザヒート』(全米15位)をリリース。

(1985.9)
デイヴィットリーロスがヴァンヘーレンから抜ける。 そしてサーミーヘイガーがヴァンヘーレンに。

(1986.3)
サミーヘイガーを2代目ヴォーカリストに迎えた、 新生ヴァンヘーレンのシングル 『ホワイキャントディスビーラブ』(全米3位)をリリース

(1986.4)
第7弾のアルバムで新生ヴァンヘーレンのアルバム 『5150』をリリース。(400万枚)全米NO.1に輝いた。

(1987.2)
映画『オーバートップ』のサントラ盤に吹き込んだ サミーヘイガーwithエディーによる『オーバーザトップ』 が全来でシングルカット。

(1988.5)
弟8弾のアルバム『OU812』をリリース。 前作につずき、全米NO.1に輝く。

(1989.1)
全国ツアー日本来日。京都、広島、大阪、東京、名古屋、 合計5公演を行う。

(1991.6)
第9弾のアルバム『F@U#C%K』をリリース。 全米のアルバムチャートで堂々1位に輝く。

(1993.2)
前年5月にカリフォルニアのセランドアリーナで 収録された、初の2枚組ライブアルバム 『ライブ:ライトヒアライトナウ』をリリース。 同名でライブビデオもリリース。

(1995.1)
第11騨アルバム『バランス』をリリース。 前作にあたる『F@U#C%K』につずいて、 再び全米のアルバムチャートで堂々のNO.1に輝く。 サミーヘイガー加入後ヴァンヘーレンのオリジナルアルバム 4枚はすべて全米NO.1という大記録を達成する。

(1995.4)
ヴァンヘーレン、これまでの全アルバムの総売上が全世界 で合計6000万枚を突破。

(1996.5)
ステェーブンスピルバーグ制作、マイケルクライトン脚本 (ジェラシックパーク)ヤンデボン監督(スピード) という話題の映画『ツイスター』のサントラ盤が リリースされる。

(1996.6)
サミーヘイガーが脱退発表。同時に 『グレイテストヒッツ』が発表。

(1996.9)
"1996MTVビデオミュージックアワード"にデイブを加え て11年ぶりにオリジナルヴァンヘーレンが プレゼンターとして登場。 復活したヴァンヘーレンが初めて公式の場に 姿を現す。

(1996.10)
『グレイテストヒッツ』リリース。 新曲2曲を含む初のベストアルバムになる。


エディーのギターは1978(炎の導火線)の頃はアイバニーズ・デストロイヤーと有名なホームメイド・ギターだったと思います。

デストロイヤーはボディーをチェインソウとドリルで削って音が変わったらしいです(^^:)

ユーリアリガットミーのソロのエンディングでスイッチングミュート奏法を使いたいために2つのピックアップとそれぞれのヴォリュームを備えたこのギターを使用したのは有名です。

この2本のギターのピックアップはギブソンのP.A.F.を使用してました。

ホームメイドギターのつまみはヴォリュームだけですけどつまみにはトーンと書いてあるがこれは彼のジョークらしい(^^:)

ミュージックマンもヴォリュームのつまみが1つなのですがよく見たら"TONE"になっているはずです。ギターを作ったのは75年頃にボディー50$ネックが30$で買って作ったらしい。

ちなみにこの頃のアンプはエディー愛用のピービー5150ではなくオールドのマーシャル100Wスーパーリードだった。いや、たぶん(^^:)


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